「よっし、寄り道行くで」
オレは放課後になってすぐ、通学カバンを担いで涼真の教室に向かった。
この三年間で一番早いんじゃないかってくらいの速度で教室を飛び出てやった。
エビセンが「小湊、忘れ物!」って叫んでたけど、聞こえなかったフリをした。
「大河!行くぞ」
涼真のクラスの方が少しだけ先に終わっていたらしく、ずんずんと大股の猛スピードで歩いてくる涼真とは廊下で合流できた。
「まず、駄菓子屋だったよな」
「そう!それで次は公園な。早よ行こ」
今日の寄り道のために入念に寄り道ポイントを決めていた。
何で急いでいるかっていうと、季節的には初冬ってところだから日が暮れるのが早い。
だからあっという間に暗くなってしまう。
特に公園。
暗くなってから行って楽しいのは夏までや。
秋以降はなんか寂しい感じがするし、遊具もベンチも風で冷やされて触ると冷たい。
だから、全力で寄り道を満喫するためには、まだ夕日があるうちに行くことは絶対条件。
ついでに食べ物もあると良い。
校門を出て、下校する人たちの流れに合わせてオレたちも早歩きをする。
しばらく歩いていると、味わいのある商店街が見えてきた。
「ここや!ここの通りにあるはずや。右側かな?」
「いや、地図上では左側だな」
涼真のスマホアプリに表示されている地図を見ながら、返事をする。
「なんか陽気やな、商店街」
自転車で三人乗りをするお母さんと子どもに、和菓子屋の前で立ち話をしているおじいちゃん達。
ちょっとだけ前に流行ったJ-POPなんかが商店街全体に流れている。
それに鯛焼きに、和菓子、クレープまであるから、歩いているだけでふらふらと目的の駄菓子屋以外の店に入ってしまいそうになる。
「あった!ここや!!」
商店街の美味しそうな匂いの誘惑に耐え続けて2分、駄菓子屋と書かれた看板を見つけた。
山村商店という駄菓子屋だ。
涼真と目を合わせてから店の中に入る。
思わずツバを飲み込んでしまった。
「いらっしゃい」
目尻に笑い皺があるおばあさんだった。
「っざっす」
昔ながらの駄菓子屋だ。
初めて入ったけど、レトロっていうんかな。
ここだけ別の空間みたいでワクワクする。
高校生にもなって、わざわざこの駄菓子屋に来たのには理由がある。
オレたちの本命は駄菓子だけど、大本命はこの店に置かれているというみかん水という謎の飲み物。
三年間飲んだことはなかったけど、オレたちの高校では駄菓子屋だけで飲めるレアな飲み物として浸透していた。
毎年、一年生が入学するたびに受け継がれていくみかん水。
そんなに美味しんかなって、涼真といっつも寮の部屋で話してた。
「みかん水、二本!ありますか!」
オレは早く飲んでみたい気持ちを頑張って抑えて尋ねた。
「あぁ、みかん水ね。さっき丁度売れちゃってね」
「えっ、もう売り切れっすか!?」
せっかくずっと楽しみにしてたのに。
「一本だけになっちゃったのよ。ごめんなさいね」
一本もないのかと思った。
良かった。
一本あって。
「じゃあ、半分ずつ飲むか」
「それしかないな」
ここまで楽しみにしておいて、どちらか片方だけ飲むなんか有り得へん。
「じゃ、一本買うっす」
「お兄ちゃんたち、喧嘩せず仲良く半分こしてね」
おばあさんはゆっくりと微笑んだ。
それからオレたちは通学カバンに入るギリギリの量のお菓子を選んで、みかん水代だけ割り勘をした。
「飲んだ後の瓶は、ここに持ってきて入れてね」
「うっす!あざっす!」
みかん水を受け取ったオレは元気に返事をした。
公園に到着すると先客がいた。
オレたちとは違う高校の制服をきた男子と女子が屋根がついた正方形のベンチに座っている。
「あっちに座るか」
オレは背もたれ付きのベンチを指差した。
広々と使える正方形のベンチに座ろうと思っていたのに。
仕方ない。
夕日に照らされたベンチに座り一息つく。
「明るいなあ、空」
引退するまでは、夕方とはいえこんな明るい時間にのんびりと公園のベンチになんか座っていたことはない。
ずっと汗だく、息切れ状態で動き回っていたから、空を見上げていた記憶がない。
雲の流れを眺めると、引退したんだなってしみじみ思う。
買ってきた駄菓子をオレと涼真の間に広げ、みかん水もベンチに置く。
こんな風に公園でお菓子を食べるなんていつぶりだろう。
「ちょっと寒いな」
涼真が笑う。
「夕日は直撃してるけどな、このベンチ」
オレは笑い返して、ぺりぺりと駄菓子の包装紙をあけ、バーベキュー味と書かれたポテトスナックを食べる。
サクサクと口の中で砕けて、バーベキューソースの香ばしい匂いがする。
涼真を見ると、あいつはいきなりガサガサと豪快にチーズ味のコーンスナックを頬張っていた。
「見て、向こうにいるのってカップルなんかな」
この公園の先客だった男女の高校生を見る。
寒くないようにという配慮なのか、薄ピンクの可愛らしい色のマフラーが二人の膝に置かれている。
「そうだろうな。距離近いし」
ふわふわと幸せなオーラに包まれている男女カップルは、オレたちと同じようにビニール袋から何かを取り出した。
鯛焼きだ。
二人の両サイドには湯気が出た飲み物が置かれている。
コーヒーか、カフェオレか、とにかくコンビニのカップに入った飲み物も美味しそうに見える。
「オレたちと全然ちゃうな」
「なんか大人な感じだな」
そういわれて自分たちのベンチを見ると、駄菓子の山にみかん水一本。
「オレたち、小学生の遠足みたいやん」
「たしかに。まあでも量なら俺たちの勝ちだな」
「あほか。雰囲気の話やろ」
オレはあほな涼真を放って駄菓子をポイポイっと数個口に入れた。
「ではでは、いただきますっ」
ベンチに座ったオレはさっそく、みかん水を飲んでみた。
「うまっ、てか甘」
普段、あまり飲んだことのない味がする。
瓶に巻かれたラベルを見ると清涼飲料水と書かれている。
「風呂上がりに飲みたくなる味や」
みかん味ともレモン味とも違う。
なんだかすっきりとした風味なのに柑橘系の甘酸っぱさがある。
「俺にもちょうだい」
みかん水代の半分を出した涼真が手を伸ばして催促してきた。
「わぁーかったって。はい」
もう一口飲みたかったけど、急かしてくる涼真に瓶を手渡した。
「ちょっとずつ飲めよ!半分こやで半分こ」
一気に飲まれないよう、涼真に釘を刺す。
「はいはい。わかってるって。んじゃ、いただきます」
今度は涼真がみかん水の瓶に口をつけた。
ごく、とみかん水を飲み込む音がして、涼真の喉仏が上下する。
その瞬間、予想以上にみかん水が減った。
「あ゙あ゙ー!!!涼真!お前飲み過ぎやって!おいっ、口離せ」
慌てて瓶を持つ涼真の手を握り、強制的に飲むのをやめさせる。
瓶を奪い取ってみると、オレが飲んだ一口よりも涼真の一口の方が遥かに多い。
「おいっ、一口でか過ぎやろ!」
「半分ずつにするんだろ?」
「そう!やけどお前の目分量適当やんけ。一気に飲まんと一口ずつ味わって飲もうって思ったのに」
オレはみかん水を両手で握った。
「もうオレも一緒くらい飲んだるからな」
オレはそう宣言して、宣言通り、ごくごくと二口分くらいみかん水を飲んだ。
うまい。
「いやいやいや!大河。それならお前こそ飲み過ぎだって。なくなるだろ」
今度は涼真にみかん水を奪い取られた。
そして涼真が何も言わずに再び、みかん水を飲む。
「なっ」
あかん。
鯨かと思うくらい、こいつの一口がでかい。
一口の概念知らんのかな。
「だから飲み過ぎやねん!早よ瓶離せ」
またオレが貴重なみかん水を取り返す。
あっという間にみかん水は半分以上減っている。
またオレがみかん水を飲み始めた瞬間、涼真が喋りかけてきた。
「あーあ、何回目の間接キッス、だろうなあ」
「ごふっ」
予想外の言葉に思わずみかん水を吹いた。
涼真が「へっ」と笑って続けた。
「あ、大河って間接キスとか気にしないタイプだったっけ?」
わざとらしい涼真の質問。
それにちょっと意地悪な笑みを浮かべている。
これは絶対にオレを煽っている。
「はあ〜?間接キスくらい気にせんし、そんなん。だいたいオレとお前、たまに部屋でコップ回し飲みしてるやろ」
「ふーん。それなら良いけど?じゃあ瓶越しにキスしながら飲もうぜ」
涼真がどうぞ、と手を差し出してきた。
これは作戦だと思う。
涼真の作戦。
間接キスとか幼稚なことを言って、オレを惑わそうという涼真のみかん水占領作戦。
ここで引いたら負けや。
「涼真こそオレとのキッスに意識すんなよ」
オレは涼真に言い返す。
龍馬は「べえ」と舌を出して白目を剥いた。
だからオレも涼真と同じ顔を返して、みかん水の瓶に口をつける。
涼真はにやにやとオレを見つめている。
『俺たち何回目の間接キッス、だろうなあ』
涼真の言葉が脳裏に浮かぶ。
たしかに、オレはさっきまで涼真の唇が触れていた場所に口をつけてた。
間接的なキス。
そういわれたら頷くしかない。
でも大丈夫。大したことはない。
「大河飲み過ぎ」
ぼうっと考えながらゆっくりと一口飲んでいたら勢いよく瓶を涼真に奪われた。
「なにするねんっ」
「はい、今から5回目」
涼真はにやりと口角を上げる。
「な、お前!いちいち数えてたんか!」
間接キスの回数を数えていたとは思わなかった。
そんなにも間接キスしてもうてたんか、オレら。
「てか、これもう無くなりそうだから全部飲むな」
涼真が空になりそうな瓶を揺らす。
わずかな量のみかん水はちゃぷんと鳴った。
「あかん」
「は?」
「オレが最後の一口は飲む」
「お前、最初の一口目飲んだじゃん」
「でも最後も飲む」
「最後くらい俺に譲れ」
みかん水を取り返そうと瓶に手を伸ばすと、涼真は長い腕を伸ばし、オレからみかん水を遠ざける。
なかなかに遠い。
でもオレは負けずに涼真の腕を引っ張る。
それなのにビクともしない。
さすがバスケ部。
「飲んだもん勝ち。あ、口移しならもらえるかもな〜」
そう言ってまた腹の立つにやけ顔で笑った涼真は、オレを制止したままみかん水を口にふくみやがった。
「あ゙ぁ!ほんまに全部飲んだやんけ」
「んん〜、んんんんん〜」
涼真が口にみかん水を入れたまま喋っている。
口を閉じてるからはっきり聞こえてこない。
だけどわかる。
「口移しであげよかって?」
涼真がうんうんと頷く。
絶対にオレがそこまで出来ないってわかっているのだろう。
涼真はにやにやしている。
このままじゃ涼真に負けてしまう。
「……、ほな、口からもらうわ」
オレは覚悟を決めて立ち上がり、座ったままの涼真の顔をガシっと掴んだ。
「んん!?」
涼真の口から驚く声が漏れる。
涼真を見下ろすと慌てているのを感じる。
けど、そんなもん無視や。
一瞬で決める。
一瞬でみかん水を奪い取ったる。
涼真に近づき、涼真の閉じた唇にオレの唇を触れさせる。
——ごくんっ。
嫌な音がした。
音だけじゃない。
がっしりと龍馬の顔を掴んでいたけど、僅かにこいつの喉が動く感触があった。
まさかやと思うけど、こいつ今、みかん水飲み込まんかったか。
オレに掴まれたままの涼真の口の端からみかん水がたらりと垂れる。
そんな……みかん水飲まれへんかったら、何のためにこんなことしたんや。
こんなキ、キスまがいのことまでして。
オレはみかん水どころか、涼真の唇奪っただけになってしまってる。
どうしよう。
唇から涼真の柔らかい唇の感触とほんのり柑橘系の甘酸っぱい香りがする。
「んん……」
涼真の苦しそうな声にハッとする。
オレは慌てて涼真の唇から自分の唇を離す。
涼真は相当驚いたのか、何も言わずに目を丸くしてキョトンとしている。
「は、ははっ。みかん水、飲めんかったあ」
あまりにも涼真が面食らった顔をしているから、急に恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
今さら遅れてドキドキする。
「お……お前、今……俺に。嫌だと思わなかったのか」
涼真は混乱しているのか、口をパクパクとさせて言葉をこぼす。
涼真をよく見ると、涼真の顔が真っ赤になっている。
さすがの涼真でも、オレの会心の一撃はよく効いたらしい。
「ベーつにぃ?」
オレは精一杯恥ずかしさをはぐらかす。
嫌だなんか全く思わなかったことも、また何だか恥ずかしい。
「おい、別にって何だよ。嫌だったなら嫌って……」
「別にオレは嫌ちゃうかったけど!!」
涼真の言葉を遮り、勢いよく言い切ってしまった。
「まあ、みかん水もらわれへんかったのはショックやけど」
口を尖らせて白々しく言う。
今さら無駄かもしれないけど必死に平静を装ったつもりだ。
「じゃあ、お前こそどうやねん!オレにキスされてもうて嫌やったんか」
「別に!!嫌じゃない!」
「は?お前も別に嫌じゃないんかよ。なんやねんそれ」
オレは照れながら半分キレたように答えた涼真に全力でツッコミを入れた。
「あぁー。もう……。むちゃくちゃすぎんだろ。なんか今すげー大河の頭もしゃもしゃしたいわ。ふ……ははっ、あはは」
ぼそぼそと喋っていた涼真が突然涼真が爆笑した。
「な、何笑ってるねん」
「もう今日は俺の負けだ。大敗した大敗」
涼真はさらに困ったように眉毛まで下げて笑った。
ぴゅうと吹いた風が涼真の髪を揺らす。
夕日に真正面から照らされた涼真は真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに笑っている。
「なんや!お前の!その顔!腹立つ!」
めっちゃ腹立つ。
涼真の表情を見て、胸がキュウってなってもうた。
なんでや。
ただの涼真やぞ、いつも部屋の真ん中にデカデカと寝転がってるただの涼真や。
やのに、何やこの感情。
かっこいいとも、かわいいとも違う。
涼真の照れた顔から目が離されへんようになるこの感じ。
「まさか大河にキスされるとは……。だめだ、思い出したら笑ってしまう」
「それはお前がみかん水くれるって言うたのに飲み込だからやろ」
「普通、突然、顔を上に向かされたら飲み込むだろ」
締まりのない顔をした涼真に耳をビッと引っ張られる。
また頬にひんやりとした夕方の風が触れる。
「涼真の手熱い」
「仕方ねえだろ」
「オレのせい?」
「お前のせい」
今のオレの手もきっと涼真と同じくらい熱い。
それに涼真に引っ張られた耳もじんじんとして熱い。
「向こうのカップルたちはオレらと違って仲良く鯛焼き食べてんで」
「そうだな。どっかの誰かさんみたいに突然唇奪ってないしな」
「……キスし出すかもしれへんやん」
「しねーだろ。むしろこっち見て笑ってただろ」
涼真がジロリとオレを睨む。
「……じゃれてるように見えてるって。多分」
オレは恥ずかしさを紛らわそうと、また涼真に向かって「べえ」っと舌を出して白目を剥いた。
相変わらず男女カップルは仲良く飲み物飲みながら喋っている。
みかん水で大騒ぎしてるオレたちとは大違いや。
それやのにキスまでしてもうて。
これじゃあ『引退したらやりたいことリスト』の学校帰りの寄り道じゃなくて制服デートや。
どっちを攻略完了にしたらええんやろう。
オレは放課後になってすぐ、通学カバンを担いで涼真の教室に向かった。
この三年間で一番早いんじゃないかってくらいの速度で教室を飛び出てやった。
エビセンが「小湊、忘れ物!」って叫んでたけど、聞こえなかったフリをした。
「大河!行くぞ」
涼真のクラスの方が少しだけ先に終わっていたらしく、ずんずんと大股の猛スピードで歩いてくる涼真とは廊下で合流できた。
「まず、駄菓子屋だったよな」
「そう!それで次は公園な。早よ行こ」
今日の寄り道のために入念に寄り道ポイントを決めていた。
何で急いでいるかっていうと、季節的には初冬ってところだから日が暮れるのが早い。
だからあっという間に暗くなってしまう。
特に公園。
暗くなってから行って楽しいのは夏までや。
秋以降はなんか寂しい感じがするし、遊具もベンチも風で冷やされて触ると冷たい。
だから、全力で寄り道を満喫するためには、まだ夕日があるうちに行くことは絶対条件。
ついでに食べ物もあると良い。
校門を出て、下校する人たちの流れに合わせてオレたちも早歩きをする。
しばらく歩いていると、味わいのある商店街が見えてきた。
「ここや!ここの通りにあるはずや。右側かな?」
「いや、地図上では左側だな」
涼真のスマホアプリに表示されている地図を見ながら、返事をする。
「なんか陽気やな、商店街」
自転車で三人乗りをするお母さんと子どもに、和菓子屋の前で立ち話をしているおじいちゃん達。
ちょっとだけ前に流行ったJ-POPなんかが商店街全体に流れている。
それに鯛焼きに、和菓子、クレープまであるから、歩いているだけでふらふらと目的の駄菓子屋以外の店に入ってしまいそうになる。
「あった!ここや!!」
商店街の美味しそうな匂いの誘惑に耐え続けて2分、駄菓子屋と書かれた看板を見つけた。
山村商店という駄菓子屋だ。
涼真と目を合わせてから店の中に入る。
思わずツバを飲み込んでしまった。
「いらっしゃい」
目尻に笑い皺があるおばあさんだった。
「っざっす」
昔ながらの駄菓子屋だ。
初めて入ったけど、レトロっていうんかな。
ここだけ別の空間みたいでワクワクする。
高校生にもなって、わざわざこの駄菓子屋に来たのには理由がある。
オレたちの本命は駄菓子だけど、大本命はこの店に置かれているというみかん水という謎の飲み物。
三年間飲んだことはなかったけど、オレたちの高校では駄菓子屋だけで飲めるレアな飲み物として浸透していた。
毎年、一年生が入学するたびに受け継がれていくみかん水。
そんなに美味しんかなって、涼真といっつも寮の部屋で話してた。
「みかん水、二本!ありますか!」
オレは早く飲んでみたい気持ちを頑張って抑えて尋ねた。
「あぁ、みかん水ね。さっき丁度売れちゃってね」
「えっ、もう売り切れっすか!?」
せっかくずっと楽しみにしてたのに。
「一本だけになっちゃったのよ。ごめんなさいね」
一本もないのかと思った。
良かった。
一本あって。
「じゃあ、半分ずつ飲むか」
「それしかないな」
ここまで楽しみにしておいて、どちらか片方だけ飲むなんか有り得へん。
「じゃ、一本買うっす」
「お兄ちゃんたち、喧嘩せず仲良く半分こしてね」
おばあさんはゆっくりと微笑んだ。
それからオレたちは通学カバンに入るギリギリの量のお菓子を選んで、みかん水代だけ割り勘をした。
「飲んだ後の瓶は、ここに持ってきて入れてね」
「うっす!あざっす!」
みかん水を受け取ったオレは元気に返事をした。
公園に到着すると先客がいた。
オレたちとは違う高校の制服をきた男子と女子が屋根がついた正方形のベンチに座っている。
「あっちに座るか」
オレは背もたれ付きのベンチを指差した。
広々と使える正方形のベンチに座ろうと思っていたのに。
仕方ない。
夕日に照らされたベンチに座り一息つく。
「明るいなあ、空」
引退するまでは、夕方とはいえこんな明るい時間にのんびりと公園のベンチになんか座っていたことはない。
ずっと汗だく、息切れ状態で動き回っていたから、空を見上げていた記憶がない。
雲の流れを眺めると、引退したんだなってしみじみ思う。
買ってきた駄菓子をオレと涼真の間に広げ、みかん水もベンチに置く。
こんな風に公園でお菓子を食べるなんていつぶりだろう。
「ちょっと寒いな」
涼真が笑う。
「夕日は直撃してるけどな、このベンチ」
オレは笑い返して、ぺりぺりと駄菓子の包装紙をあけ、バーベキュー味と書かれたポテトスナックを食べる。
サクサクと口の中で砕けて、バーベキューソースの香ばしい匂いがする。
涼真を見ると、あいつはいきなりガサガサと豪快にチーズ味のコーンスナックを頬張っていた。
「見て、向こうにいるのってカップルなんかな」
この公園の先客だった男女の高校生を見る。
寒くないようにという配慮なのか、薄ピンクの可愛らしい色のマフラーが二人の膝に置かれている。
「そうだろうな。距離近いし」
ふわふわと幸せなオーラに包まれている男女カップルは、オレたちと同じようにビニール袋から何かを取り出した。
鯛焼きだ。
二人の両サイドには湯気が出た飲み物が置かれている。
コーヒーか、カフェオレか、とにかくコンビニのカップに入った飲み物も美味しそうに見える。
「オレたちと全然ちゃうな」
「なんか大人な感じだな」
そういわれて自分たちのベンチを見ると、駄菓子の山にみかん水一本。
「オレたち、小学生の遠足みたいやん」
「たしかに。まあでも量なら俺たちの勝ちだな」
「あほか。雰囲気の話やろ」
オレはあほな涼真を放って駄菓子をポイポイっと数個口に入れた。
「ではでは、いただきますっ」
ベンチに座ったオレはさっそく、みかん水を飲んでみた。
「うまっ、てか甘」
普段、あまり飲んだことのない味がする。
瓶に巻かれたラベルを見ると清涼飲料水と書かれている。
「風呂上がりに飲みたくなる味や」
みかん味ともレモン味とも違う。
なんだかすっきりとした風味なのに柑橘系の甘酸っぱさがある。
「俺にもちょうだい」
みかん水代の半分を出した涼真が手を伸ばして催促してきた。
「わぁーかったって。はい」
もう一口飲みたかったけど、急かしてくる涼真に瓶を手渡した。
「ちょっとずつ飲めよ!半分こやで半分こ」
一気に飲まれないよう、涼真に釘を刺す。
「はいはい。わかってるって。んじゃ、いただきます」
今度は涼真がみかん水の瓶に口をつけた。
ごく、とみかん水を飲み込む音がして、涼真の喉仏が上下する。
その瞬間、予想以上にみかん水が減った。
「あ゙あ゙ー!!!涼真!お前飲み過ぎやって!おいっ、口離せ」
慌てて瓶を持つ涼真の手を握り、強制的に飲むのをやめさせる。
瓶を奪い取ってみると、オレが飲んだ一口よりも涼真の一口の方が遥かに多い。
「おいっ、一口でか過ぎやろ!」
「半分ずつにするんだろ?」
「そう!やけどお前の目分量適当やんけ。一気に飲まんと一口ずつ味わって飲もうって思ったのに」
オレはみかん水を両手で握った。
「もうオレも一緒くらい飲んだるからな」
オレはそう宣言して、宣言通り、ごくごくと二口分くらいみかん水を飲んだ。
うまい。
「いやいやいや!大河。それならお前こそ飲み過ぎだって。なくなるだろ」
今度は涼真にみかん水を奪い取られた。
そして涼真が何も言わずに再び、みかん水を飲む。
「なっ」
あかん。
鯨かと思うくらい、こいつの一口がでかい。
一口の概念知らんのかな。
「だから飲み過ぎやねん!早よ瓶離せ」
またオレが貴重なみかん水を取り返す。
あっという間にみかん水は半分以上減っている。
またオレがみかん水を飲み始めた瞬間、涼真が喋りかけてきた。
「あーあ、何回目の間接キッス、だろうなあ」
「ごふっ」
予想外の言葉に思わずみかん水を吹いた。
涼真が「へっ」と笑って続けた。
「あ、大河って間接キスとか気にしないタイプだったっけ?」
わざとらしい涼真の質問。
それにちょっと意地悪な笑みを浮かべている。
これは絶対にオレを煽っている。
「はあ〜?間接キスくらい気にせんし、そんなん。だいたいオレとお前、たまに部屋でコップ回し飲みしてるやろ」
「ふーん。それなら良いけど?じゃあ瓶越しにキスしながら飲もうぜ」
涼真がどうぞ、と手を差し出してきた。
これは作戦だと思う。
涼真の作戦。
間接キスとか幼稚なことを言って、オレを惑わそうという涼真のみかん水占領作戦。
ここで引いたら負けや。
「涼真こそオレとのキッスに意識すんなよ」
オレは涼真に言い返す。
龍馬は「べえ」と舌を出して白目を剥いた。
だからオレも涼真と同じ顔を返して、みかん水の瓶に口をつける。
涼真はにやにやとオレを見つめている。
『俺たち何回目の間接キッス、だろうなあ』
涼真の言葉が脳裏に浮かぶ。
たしかに、オレはさっきまで涼真の唇が触れていた場所に口をつけてた。
間接的なキス。
そういわれたら頷くしかない。
でも大丈夫。大したことはない。
「大河飲み過ぎ」
ぼうっと考えながらゆっくりと一口飲んでいたら勢いよく瓶を涼真に奪われた。
「なにするねんっ」
「はい、今から5回目」
涼真はにやりと口角を上げる。
「な、お前!いちいち数えてたんか!」
間接キスの回数を数えていたとは思わなかった。
そんなにも間接キスしてもうてたんか、オレら。
「てか、これもう無くなりそうだから全部飲むな」
涼真が空になりそうな瓶を揺らす。
わずかな量のみかん水はちゃぷんと鳴った。
「あかん」
「は?」
「オレが最後の一口は飲む」
「お前、最初の一口目飲んだじゃん」
「でも最後も飲む」
「最後くらい俺に譲れ」
みかん水を取り返そうと瓶に手を伸ばすと、涼真は長い腕を伸ばし、オレからみかん水を遠ざける。
なかなかに遠い。
でもオレは負けずに涼真の腕を引っ張る。
それなのにビクともしない。
さすがバスケ部。
「飲んだもん勝ち。あ、口移しならもらえるかもな〜」
そう言ってまた腹の立つにやけ顔で笑った涼真は、オレを制止したままみかん水を口にふくみやがった。
「あ゙ぁ!ほんまに全部飲んだやんけ」
「んん〜、んんんんん〜」
涼真が口にみかん水を入れたまま喋っている。
口を閉じてるからはっきり聞こえてこない。
だけどわかる。
「口移しであげよかって?」
涼真がうんうんと頷く。
絶対にオレがそこまで出来ないってわかっているのだろう。
涼真はにやにやしている。
このままじゃ涼真に負けてしまう。
「……、ほな、口からもらうわ」
オレは覚悟を決めて立ち上がり、座ったままの涼真の顔をガシっと掴んだ。
「んん!?」
涼真の口から驚く声が漏れる。
涼真を見下ろすと慌てているのを感じる。
けど、そんなもん無視や。
一瞬で決める。
一瞬でみかん水を奪い取ったる。
涼真に近づき、涼真の閉じた唇にオレの唇を触れさせる。
——ごくんっ。
嫌な音がした。
音だけじゃない。
がっしりと龍馬の顔を掴んでいたけど、僅かにこいつの喉が動く感触があった。
まさかやと思うけど、こいつ今、みかん水飲み込まんかったか。
オレに掴まれたままの涼真の口の端からみかん水がたらりと垂れる。
そんな……みかん水飲まれへんかったら、何のためにこんなことしたんや。
こんなキ、キスまがいのことまでして。
オレはみかん水どころか、涼真の唇奪っただけになってしまってる。
どうしよう。
唇から涼真の柔らかい唇の感触とほんのり柑橘系の甘酸っぱい香りがする。
「んん……」
涼真の苦しそうな声にハッとする。
オレは慌てて涼真の唇から自分の唇を離す。
涼真は相当驚いたのか、何も言わずに目を丸くしてキョトンとしている。
「は、ははっ。みかん水、飲めんかったあ」
あまりにも涼真が面食らった顔をしているから、急に恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
今さら遅れてドキドキする。
「お……お前、今……俺に。嫌だと思わなかったのか」
涼真は混乱しているのか、口をパクパクとさせて言葉をこぼす。
涼真をよく見ると、涼真の顔が真っ赤になっている。
さすがの涼真でも、オレの会心の一撃はよく効いたらしい。
「ベーつにぃ?」
オレは精一杯恥ずかしさをはぐらかす。
嫌だなんか全く思わなかったことも、また何だか恥ずかしい。
「おい、別にって何だよ。嫌だったなら嫌って……」
「別にオレは嫌ちゃうかったけど!!」
涼真の言葉を遮り、勢いよく言い切ってしまった。
「まあ、みかん水もらわれへんかったのはショックやけど」
口を尖らせて白々しく言う。
今さら無駄かもしれないけど必死に平静を装ったつもりだ。
「じゃあ、お前こそどうやねん!オレにキスされてもうて嫌やったんか」
「別に!!嫌じゃない!」
「は?お前も別に嫌じゃないんかよ。なんやねんそれ」
オレは照れながら半分キレたように答えた涼真に全力でツッコミを入れた。
「あぁー。もう……。むちゃくちゃすぎんだろ。なんか今すげー大河の頭もしゃもしゃしたいわ。ふ……ははっ、あはは」
ぼそぼそと喋っていた涼真が突然涼真が爆笑した。
「な、何笑ってるねん」
「もう今日は俺の負けだ。大敗した大敗」
涼真はさらに困ったように眉毛まで下げて笑った。
ぴゅうと吹いた風が涼真の髪を揺らす。
夕日に真正面から照らされた涼真は真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに笑っている。
「なんや!お前の!その顔!腹立つ!」
めっちゃ腹立つ。
涼真の表情を見て、胸がキュウってなってもうた。
なんでや。
ただの涼真やぞ、いつも部屋の真ん中にデカデカと寝転がってるただの涼真や。
やのに、何やこの感情。
かっこいいとも、かわいいとも違う。
涼真の照れた顔から目が離されへんようになるこの感じ。
「まさか大河にキスされるとは……。だめだ、思い出したら笑ってしまう」
「それはお前がみかん水くれるって言うたのに飲み込だからやろ」
「普通、突然、顔を上に向かされたら飲み込むだろ」
締まりのない顔をした涼真に耳をビッと引っ張られる。
また頬にひんやりとした夕方の風が触れる。
「涼真の手熱い」
「仕方ねえだろ」
「オレのせい?」
「お前のせい」
今のオレの手もきっと涼真と同じくらい熱い。
それに涼真に引っ張られた耳もじんじんとして熱い。
「向こうのカップルたちはオレらと違って仲良く鯛焼き食べてんで」
「そうだな。どっかの誰かさんみたいに突然唇奪ってないしな」
「……キスし出すかもしれへんやん」
「しねーだろ。むしろこっち見て笑ってただろ」
涼真がジロリとオレを睨む。
「……じゃれてるように見えてるって。多分」
オレは恥ずかしさを紛らわそうと、また涼真に向かって「べえ」っと舌を出して白目を剥いた。
相変わらず男女カップルは仲良く飲み物飲みながら喋っている。
みかん水で大騒ぎしてるオレたちとは大違いや。
それやのにキスまでしてもうて。
これじゃあ『引退したらやりたいことリスト』の学校帰りの寄り道じゃなくて制服デートや。
どっちを攻略完了にしたらええんやろう。



