『引退したらやりたいことリスト』の攻略は、意外とすぐにできることが多い。
放課後の教室に残る、お菓子を食べる、炭酸を飲む、学校帰りに寄り道をする……。
知らないことを 体験するというよりも、単に禁止されていたことを解禁していく感じに近い。
「なあ、おはよう。今日、食堂で昼飯食おうや」
放課後の教室を攻略してから三日後。
オレは起きたてほやほやの寝癖をつけた涼真に言った。
「今日?」
「そう、今日」
「なんで急に」
「え、今日の食堂のメニュー知らんの?カツカレーうどんやで」
「出た、カツカレーうどん」
部活生は食堂自体の利用は禁止されていないものの、食堂で食べずに教室に持ち帰って食べるようにと鬼ルールで定められている。
その理由は、多分だけど部活生が食堂で食べるのを禁止されているのは、静かに食べないから。
どうしても楽しくなってきて話し声が大きくなるし、先輩や先生に会う度に立ち上がって大声で挨拶する。
運動部が次々に大声で挨拶なんかしたら昼飯どころじゃない。
うるさすぎる。
ただでさえガタイの良いオレらが、食堂でそんなことをしたら圧迫感で迷惑をかけるからだろう。
だけど、オレは食堂の日替わりメニューを三年間ちゃんと確認してる。
「カツカレーうどん、食べたことないもん。食いたいやん」
食堂から教室に食べ物を持って移動するとなると、汁物はこぼす危険が高い。
廊下にでもぶちまけたら大変なことになる。
だからオレたちは、カツ丼とか親子丼とか、丼物ばかりを注文してきた。
だけど、この食堂のルールは3年の引退してから卒業までの数か月だけは解禁される。
騒いだ瞬間に体育教官室に呼び出しされて説教という地獄行き確定ではあるけど、三年間で初めて食堂を満喫できる機会は逃したくない。
「初食堂キメるなら今日やろ。オレ、絶対カツカレーうどん食うわ」
「いや、カツとカレーとうどん、別々に食えよ」
涼真が興味無さそうにあくびをしながら言う。
「それを全部まとめて食べる。これは時短でもあり、胃袋の満足度を高める方法でもあるセットでもあるやろ。なあ?今日行こうぜ」
オレは三年間で初めて食べるカツカレーうどんに期待が膨らむ。
「まあいいや。初食堂、やってみるか」
涼真は呆れた顔をしながらも、「エビセンとかに見られなかったら良いなー」と言って朝飯を食いに行く用意をした。
昼休みになり、約束通り食堂へダッシュする。
涼真にはあらかじめ席を確保しておいてくれと頼んだ。
「大河〜」
食堂に入ってすぐにデカい奴が手を振っていると思ったら涼真だった。
涼真は食堂のわりと端の方の席を確保してくれていた。
窓際の席で、食堂の出入り口からはやや死角というナイスな席だ。
「よし、先にオレ買ってくるな!」
オレは涼真に宣言して、カツカレーうどんを注文しに行った。
食堂のおばちゃんは、「はいはい、カツカレーうどんね」と言ってお金を受け取った。
数分もしないうちに、おぼんに乗った目当てのものが差し出された。
カツカレーうどんや。
少しどろっとした濃いめのカレーうどんの上に、揚げたてのサクサクとしたとんかつが乗せられている。
鼻から息を吸い込むと、カレーにカツ、うどんのだしの匂いが一気に入ってきて腹が鳴る。
「涼真。ただいま。次、行ってきてええで」
「おう。先に食ってていいぞ」
「いや、涼真待っとくわ」
せっかく初めて食堂で飯を食うんや。
どうせなら涼真としっかり味わいたい。
それならちょっとくらい冷めてもいい。
5分もしないうちに涼真が戻ってきた。
「ただいま」
涼真が向かいの席に座り、テーブルに昼飯を置く。
「は?お前、ちゃっかりカツカレーうどん頼んでるやんけ」
「え?うん」
「朝、別々に食えよ的なこと言うてたやん」
てっきり親子丼とか、ただのカレーうどんとかを注文してくると思っていた。
なんだこいつ。
朝から昼までの壮大なボケのつもりやったんかな。
「大河見たら俺も食いたくなった」
涼真は何も考えていないアホそうな顔をしている。
「天然やったか……」
「ん?え、写真とか撮りたかった?」
オレが涼真のアホさに呆れていると、さらにポカンとした顔をして聞いてきた。
「撮らん!食う!」
「だよな。記念写真撮るくらい楽しみにしてたのかと思った」
「ちゃうて」
オレは雑に返事をして、割り箸を割った。
カツカレーうどんは食べてみると想像以上に美味かった。
カレーがピリッと辛くてカツと絡むと良いアクセントになる。
カツもカツで、意外とサクサクとした衣の食感が残っていて、豚肉も柔らかい。
「うまっ!やば!え、ばり美味ない?」
オレは涼真に向かって共感を求める。
「たしかに。美味いな」
涼真も気に入ったらしく、頬が膨らむくらい頬張っている。
イケメンが台無しだ。
「初食堂、今日で良かったな」
涼真が水をごくごくと飲み干して言った。
今朝の『カツとカレーとうどん別々食えよ』とボケた顔で言っていたとは思えないくらい爽やかに笑っている。
「うん」
ほんまに今日で良かった。
涼真がこんなに喜ぶとは思ってなかった。
せっかく『やりたいことリスト』の一つを攻略するんやから、どうせなら思い出になるようにしたかった。
「ほんま、美味いな」
腹も気持ちもいろいろ満たされる。
最高や。
「よお、大河」
「ん?」
背後から名前を呼ばれて振り返る。
すると、同じクラスであり、同じサッカー部の吉田と南がいた。
「カツカレーうどん食ってんじゃん」
親子丼を持った南がオレの隣に座ってうどんの匂いを吸ってくる。
「そおやけど?なに」
「美味そう。ひとくちくれ。俺らが並んだ時点では売り切れてた」
吉田が続けて言う。
「無理。てか、お前ら隣座ってくんな。あっちいけ」
オレは、ぐいっと南を押す。
せっかく涼真と『やりたいことリスト』の攻略中なんや。
邪魔されたくない。
「ええー、いいじゃん。良いよな?鮎川っ」
吉田が涼真の肩に馴れ馴れしくポンと手を置いた。
「まあ。良いけど」
「なっ、涼真!」
涼真はあっさりと承諾してしまった。
なんでやねん。
これはオレと涼真のリストやろ。
なんでここに南と吉田みたいなうるさい奴混ぜるねん。
心の中でモヤモヤっとした不満が渦を巻く。
二人だけで楽しみたかった。
「とにかく涼真に手乗せんな」
オレは吉田の手を涼真の肩からペイっと払ってやった。
「あ〜?大河。お前、鮎川にはこんな感じなの」
「なにが」
吉田がにやにやと南と顔を合わしている。
何を言ってるのかわからない。
「まあまあ。鮎川、俺らここに座っていい?」
「うん」
また即答する。
だから、今はオレたちだけの時間だろって。
「その大河の顔。ははっ」
南がオレの頬を人差し指でぷすりと刺して笑う。
「大河っ、拗ねんなって」
「は?なに?拗ねてへんし」
ムッとして南を睨むと、今度は吉田が笑った。
「じゃ、行くか、吉田」
南は立ち上がると、吉田も「よいしょ」と言って立ち上がった。
「大河、お前、鮎川のこと独り占めしすぎんなよ」
南がオレの頭を鷲掴みにする。
オレはすぐに南の手を振り解く。
「お前、ほんと鮎川が絡むと厄介だよな。誰も鮎川のこと取ろうとしたわけじゃねーのに」
吉田と南がケラケラと笑ってくる。
オレが厄介?
どこがや。
オレは涼真との二人の時間を邪魔されたくなかっただけや。
「んじゃ、また教室でな」
ケラケラと楽しそうに笑う吉田と南は食堂から出て行った。
食堂を出る間際、あいつらは最後の悪あがきのようにオレたちに向かって指でハートをしてきていたから後でしばく。
「おいっ、涼真。なにが『まあ、いいけど』やねん」
オレは指ハートをしてきた吉田たちを睨んでいた視線を涼真に移す。
「へ?なに?」
涼真の顔がにやけていた。
明らかに締まりのない顔をして、カツカレーうどんを啜っている。
「な、なにちゃうねんっ、オレらだけの『やりたいことリスト』やろ。吉田たち混ぜたらちょっと……変わるやん」
涼真のふやけ顔を見たら伝染してくる。
変な顔でこっち見てくんなや。
なんか移るやろ。
「ははっ、ははは。可愛すぎかよ、お前。やば……」
「ああ!?なにがやばいねん、お前の方がやばいやろ。オレらの約束忘れてんのか!」
あかん。
涼真の照れくさそうに笑う顔が移ってくる。
「ごめんて。吉田たちを変に断るのもどうかなって迷ったんだって。大河と同じサッカー部だからさ」
「……気使ってくれたんか。それは怒ってすまん」
「いや、全然いい。全然。良いもの見れたから」
涼真はご機嫌な様子でカツカレーうどんを再び頬張る。
良いものってなんや。
オレは全く見てないけど。
「今度やったらしばくからな」
「わかってるって。それより早くうどん食えよ。冷めるから」
「うっさい」
オレは一度、涼真をしっかりと睨みつけてからカツカレーうどんを食べるのを再開した。
とりあえずこれで『引退したらやりたいことリスト』、食堂で昼飯を食べる攻略完了やな。
放課後の教室に残る、お菓子を食べる、炭酸を飲む、学校帰りに寄り道をする……。
知らないことを 体験するというよりも、単に禁止されていたことを解禁していく感じに近い。
「なあ、おはよう。今日、食堂で昼飯食おうや」
放課後の教室を攻略してから三日後。
オレは起きたてほやほやの寝癖をつけた涼真に言った。
「今日?」
「そう、今日」
「なんで急に」
「え、今日の食堂のメニュー知らんの?カツカレーうどんやで」
「出た、カツカレーうどん」
部活生は食堂自体の利用は禁止されていないものの、食堂で食べずに教室に持ち帰って食べるようにと鬼ルールで定められている。
その理由は、多分だけど部活生が食堂で食べるのを禁止されているのは、静かに食べないから。
どうしても楽しくなってきて話し声が大きくなるし、先輩や先生に会う度に立ち上がって大声で挨拶する。
運動部が次々に大声で挨拶なんかしたら昼飯どころじゃない。
うるさすぎる。
ただでさえガタイの良いオレらが、食堂でそんなことをしたら圧迫感で迷惑をかけるからだろう。
だけど、オレは食堂の日替わりメニューを三年間ちゃんと確認してる。
「カツカレーうどん、食べたことないもん。食いたいやん」
食堂から教室に食べ物を持って移動するとなると、汁物はこぼす危険が高い。
廊下にでもぶちまけたら大変なことになる。
だからオレたちは、カツ丼とか親子丼とか、丼物ばかりを注文してきた。
だけど、この食堂のルールは3年の引退してから卒業までの数か月だけは解禁される。
騒いだ瞬間に体育教官室に呼び出しされて説教という地獄行き確定ではあるけど、三年間で初めて食堂を満喫できる機会は逃したくない。
「初食堂キメるなら今日やろ。オレ、絶対カツカレーうどん食うわ」
「いや、カツとカレーとうどん、別々に食えよ」
涼真が興味無さそうにあくびをしながら言う。
「それを全部まとめて食べる。これは時短でもあり、胃袋の満足度を高める方法でもあるセットでもあるやろ。なあ?今日行こうぜ」
オレは三年間で初めて食べるカツカレーうどんに期待が膨らむ。
「まあいいや。初食堂、やってみるか」
涼真は呆れた顔をしながらも、「エビセンとかに見られなかったら良いなー」と言って朝飯を食いに行く用意をした。
昼休みになり、約束通り食堂へダッシュする。
涼真にはあらかじめ席を確保しておいてくれと頼んだ。
「大河〜」
食堂に入ってすぐにデカい奴が手を振っていると思ったら涼真だった。
涼真は食堂のわりと端の方の席を確保してくれていた。
窓際の席で、食堂の出入り口からはやや死角というナイスな席だ。
「よし、先にオレ買ってくるな!」
オレは涼真に宣言して、カツカレーうどんを注文しに行った。
食堂のおばちゃんは、「はいはい、カツカレーうどんね」と言ってお金を受け取った。
数分もしないうちに、おぼんに乗った目当てのものが差し出された。
カツカレーうどんや。
少しどろっとした濃いめのカレーうどんの上に、揚げたてのサクサクとしたとんかつが乗せられている。
鼻から息を吸い込むと、カレーにカツ、うどんのだしの匂いが一気に入ってきて腹が鳴る。
「涼真。ただいま。次、行ってきてええで」
「おう。先に食ってていいぞ」
「いや、涼真待っとくわ」
せっかく初めて食堂で飯を食うんや。
どうせなら涼真としっかり味わいたい。
それならちょっとくらい冷めてもいい。
5分もしないうちに涼真が戻ってきた。
「ただいま」
涼真が向かいの席に座り、テーブルに昼飯を置く。
「は?お前、ちゃっかりカツカレーうどん頼んでるやんけ」
「え?うん」
「朝、別々に食えよ的なこと言うてたやん」
てっきり親子丼とか、ただのカレーうどんとかを注文してくると思っていた。
なんだこいつ。
朝から昼までの壮大なボケのつもりやったんかな。
「大河見たら俺も食いたくなった」
涼真は何も考えていないアホそうな顔をしている。
「天然やったか……」
「ん?え、写真とか撮りたかった?」
オレが涼真のアホさに呆れていると、さらにポカンとした顔をして聞いてきた。
「撮らん!食う!」
「だよな。記念写真撮るくらい楽しみにしてたのかと思った」
「ちゃうて」
オレは雑に返事をして、割り箸を割った。
カツカレーうどんは食べてみると想像以上に美味かった。
カレーがピリッと辛くてカツと絡むと良いアクセントになる。
カツもカツで、意外とサクサクとした衣の食感が残っていて、豚肉も柔らかい。
「うまっ!やば!え、ばり美味ない?」
オレは涼真に向かって共感を求める。
「たしかに。美味いな」
涼真も気に入ったらしく、頬が膨らむくらい頬張っている。
イケメンが台無しだ。
「初食堂、今日で良かったな」
涼真が水をごくごくと飲み干して言った。
今朝の『カツとカレーとうどん別々食えよ』とボケた顔で言っていたとは思えないくらい爽やかに笑っている。
「うん」
ほんまに今日で良かった。
涼真がこんなに喜ぶとは思ってなかった。
せっかく『やりたいことリスト』の一つを攻略するんやから、どうせなら思い出になるようにしたかった。
「ほんま、美味いな」
腹も気持ちもいろいろ満たされる。
最高や。
「よお、大河」
「ん?」
背後から名前を呼ばれて振り返る。
すると、同じクラスであり、同じサッカー部の吉田と南がいた。
「カツカレーうどん食ってんじゃん」
親子丼を持った南がオレの隣に座ってうどんの匂いを吸ってくる。
「そおやけど?なに」
「美味そう。ひとくちくれ。俺らが並んだ時点では売り切れてた」
吉田が続けて言う。
「無理。てか、お前ら隣座ってくんな。あっちいけ」
オレは、ぐいっと南を押す。
せっかく涼真と『やりたいことリスト』の攻略中なんや。
邪魔されたくない。
「ええー、いいじゃん。良いよな?鮎川っ」
吉田が涼真の肩に馴れ馴れしくポンと手を置いた。
「まあ。良いけど」
「なっ、涼真!」
涼真はあっさりと承諾してしまった。
なんでやねん。
これはオレと涼真のリストやろ。
なんでここに南と吉田みたいなうるさい奴混ぜるねん。
心の中でモヤモヤっとした不満が渦を巻く。
二人だけで楽しみたかった。
「とにかく涼真に手乗せんな」
オレは吉田の手を涼真の肩からペイっと払ってやった。
「あ〜?大河。お前、鮎川にはこんな感じなの」
「なにが」
吉田がにやにやと南と顔を合わしている。
何を言ってるのかわからない。
「まあまあ。鮎川、俺らここに座っていい?」
「うん」
また即答する。
だから、今はオレたちだけの時間だろって。
「その大河の顔。ははっ」
南がオレの頬を人差し指でぷすりと刺して笑う。
「大河っ、拗ねんなって」
「は?なに?拗ねてへんし」
ムッとして南を睨むと、今度は吉田が笑った。
「じゃ、行くか、吉田」
南は立ち上がると、吉田も「よいしょ」と言って立ち上がった。
「大河、お前、鮎川のこと独り占めしすぎんなよ」
南がオレの頭を鷲掴みにする。
オレはすぐに南の手を振り解く。
「お前、ほんと鮎川が絡むと厄介だよな。誰も鮎川のこと取ろうとしたわけじゃねーのに」
吉田と南がケラケラと笑ってくる。
オレが厄介?
どこがや。
オレは涼真との二人の時間を邪魔されたくなかっただけや。
「んじゃ、また教室でな」
ケラケラと楽しそうに笑う吉田と南は食堂から出て行った。
食堂を出る間際、あいつらは最後の悪あがきのようにオレたちに向かって指でハートをしてきていたから後でしばく。
「おいっ、涼真。なにが『まあ、いいけど』やねん」
オレは指ハートをしてきた吉田たちを睨んでいた視線を涼真に移す。
「へ?なに?」
涼真の顔がにやけていた。
明らかに締まりのない顔をして、カツカレーうどんを啜っている。
「な、なにちゃうねんっ、オレらだけの『やりたいことリスト』やろ。吉田たち混ぜたらちょっと……変わるやん」
涼真のふやけ顔を見たら伝染してくる。
変な顔でこっち見てくんなや。
なんか移るやろ。
「ははっ、ははは。可愛すぎかよ、お前。やば……」
「ああ!?なにがやばいねん、お前の方がやばいやろ。オレらの約束忘れてんのか!」
あかん。
涼真の照れくさそうに笑う顔が移ってくる。
「ごめんて。吉田たちを変に断るのもどうかなって迷ったんだって。大河と同じサッカー部だからさ」
「……気使ってくれたんか。それは怒ってすまん」
「いや、全然いい。全然。良いもの見れたから」
涼真はご機嫌な様子でカツカレーうどんを再び頬張る。
良いものってなんや。
オレは全く見てないけど。
「今度やったらしばくからな」
「わかってるって。それより早くうどん食えよ。冷めるから」
「うっさい」
オレは一度、涼真をしっかりと睨みつけてからカツカレーうどんを食べるのを再開した。
とりあえずこれで『引退したらやりたいことリスト』、食堂で昼飯を食べる攻略完了やな。



