運命の相手はお前かよ!?

 枯草色となった落ち葉が風に吹かれてからりと鳴る。夏の青さがすっかり秋に移り変わった公園には学校帰りの子供達が駆けまわっていた。子供は風の子というように、未だに半袖短パンで遊ぶ姿を見て思わず身震いをする。

「それじゃあ……おれは何をすればいい?」
「何でもいいし、何もしなくても構わない。好きにすればいい」
「難しいなそれ。こういうのってポーズを指定したりするものじゃないの?」
「して欲しいなら頼む。特に指定はない」
「えぇ~、困ったなぁ」

 公園で男子高校生がぽつねんと二人で立ち竦む。遠くから子供の笑い声が聞こえ、びゅうと風が吹いた。

 絵のモデルを頼まれた時は細かいポーズ指定があったし、その通りにしていればぼーっとしていても問題なかった。写真を撮らせてほしいと頼まれる時は大抵にっこりと笑っておけば満足して帰っていく人ばかりだった。
 おれは写真を撮る側の定石が分からない。記念写真ではない写真をどういう感性でもって撮りたいと思うのか、被写体に何を求めているのか、何をどうすれば正解なのか分からない。それをおれが探すというのか。答えのない問題は苦手なのだけど。

「何をするっていっても、遊具で遊ぶぐらいしか思いつかないんだけど」
「それは良い。何から行く?」
「いや、冗談だよ。流石に高校生が子供に混じって遊ぶのはちょっと……ねぇ。恥ずかしいじゃん」
「何から行く?」
「おれの話聞いてる?」

 八重橋はおれの腕を引き、子供達が遊んでいる遊具にずんずんと進んでいく。本当に遊具で遊んでいるところを撮るつもりなのか? 高校生にもなって? しかもそれをコンテストで人目に晒すというのか?
 様々な疑問が一瞬で頭の中を巡ったが、それを声に出す前におれ達はブランコに辿り着いてしまう。遊んでいた子供──恐らく小学生低学年だろう──が、突然現れた高校生を不思議そうに見上げ、尋ねた。

「ブランコしたいの?」
「ああ、次はこのお兄さんに譲ってくれると助かる」
「本当に遊ぶの? 何もここじゃなくても……先にこの子達が遊んでるしさ」
「分かった、じゅんばんこね! みんな、このおにいちゃんが次乗りたいって!」
「……ああ、そんなに大声を出さなくても……いや、ありがとう。じゃあ次に貸してくれるかな……」
「いいよー!」
「ぼくはここで写真を撮ってる」
「そうだとは思ったけど、おれ1人で遊ぶんだ……いや、いいけどね。いいけど……」

 おれは肩を落としてブランコの待機列に並んだ。今のやり取りを聞いていた他の子供もそれに倣い、おれの後ろには続々と子供が並び始める。よく考えなくてもこの光景がおかしいことは分かるんだけど、ここから抜け出したところで八重橋が写真を諦めるとも思えなかった。

 おれが心を無にして並ぶこと数分、2つあるうちの片方のブランコが空いた。腰を降ろすブランコの幅はギリギリで、足は投げ出さなければならなかった。しかもブランコに座ったことで列に並んでいる子供達とめちゃくちゃに目が合う。ものすごく気まずい。

「これ、やっぱりやんなきゃだめ?」
「ああ。早く漕いだ方がいい、時間制だ」

 ブランコをそんな風に言ってるの聞いたことないよ。

 しかたなく地面を蹴って漕いでみようとしたが、ふと隣にいる子供を見てみると、背が小さいのかうまくブランコを漕げていないようだった。待機列からは「はやくしてよー!」などと野次が飛んでいる。女の子はどうしたらいいのか分からず足をぶらぶらと振り、やがて諦めたのかブランコを降りようとしていた。

「いいよ、次おれの使いな」
「やったー!」
「早く! オレも乗りたい!」

 おれは待ちきれない男の子に順番を譲り、降りようとしていた女の子を制して背中を押してあげることにした。怖いもの知らずなのか、どれだけ押しても上機嫌で笑う度胸のある子供だった。
 もっと押してというリクエストに応えていると、俺も私も、と次々にせがまれ、おれは完全にブランコ専属の高校生になってしまった。
 子供が飽きて別の遊具に移るまでゆうに30分はかかり、おれは少しの達成感と共に八重橋の元に戻った。

「大盛況だったな」
「いやぁ〜……子供の体力ってすごいよね。ずっと遊んでても平気そうだもん」
「18歳未満は総じて子供。ぼくもお前も」

 八重橋は真剣な顔をしてカメラの液晶モニターを見ている。ボタンを押しては画面を切り替え、撮った写真を吟味しているようだった。
 どうやら写真は撮れたようだ。おれ、ブランコ漕いでないけどね。

「どう? 撮れたかな」
「ああ」

 そう短く答えると、おれにカメラを無造作に渡してくる。八重橋のカメラは見た目に反してずっしりとしていて、不用意に触って壊してしまわないかと冷や汗が出た。

「撮った画像を見るのはこのボタン、次の写真を見る時はこのボタン。戻る時はこっち」
「ありがとう……。こんなカメラ触るの初めてだよ。ものすごく高いんじゃないの?」
「いくらかは知らない。親戚の叔父さんに譲ってもらったものだ。良いものだとは思うけど」
「大事なものじゃん。それなら尚更壊さないようにしないと」
「触ったくらいじゃ壊れない」

 余程おかしなことを言ったのか、八重橋がふっと笑う。綺麗ではあるが動きに乏しかった彼の新しい表情をまじまじと見つめてしまった。

「何」
「いやぁ。全然笑わない人なのかと思ってたから、つい」
「笑ってる。大爆笑なんだけど」
「大爆笑するほどのことだったかと言われると微妙じゃない?」

 スン、と表情を戻す八重橋を見て逆に笑いがこみあげてしまう。喜怒哀楽の喜どころかその他も特に表情に出ないのだから、何を考えているのかよく分からなかったけれど、彼は変人であっても宇宙人ではない。ただ、視点が違うだけ。

 言われた通りカメラの操作をしてみる。そういえば結局、望み通りにブランコは漕がなかったが良かったのだろうか。そう思いながら写真を表示させると、子供の背中を押しているおれが映っていた。

 写真は撮られ慣れている。母親や同級生、道行く人からも声をかけられる。何をそんなにレンズに収めたがるのかは分からないけれど、とにかく、おれは写真に映り慣れている。
 鏡で見る自分と写真に映った自分が思った通りではないということを踏まえて、どう表情を動かせば求められている笑顔になれるのかも分かる。だから自分がどういう顔をして映っているのかなんて、確認しなくても、分かる。

 の、だけど。

 八重橋に撮ってもらった写真にいるおれは、予想していたいつもの顔ではなかった。

「あっ……お、おれ……変じゃない!? 大丈夫かな!?」
「何が。いつも通り」
「いつもって、ちゃんと話したの今日が初めてでしょ!」
「ならお前の方がよく分かっているはず。毎朝鏡は見てるか?」
「そういう意味じゃないって分かるけど意味を履き違えたら大変なことになるよ!!」

 言葉が足りないと言えばそれで終わりだが、実際にはありもしないトゲを拾われてしまったら八重橋的にもよくないのではないのか。いや、彼がそんなことを気にするタチとも思えない。まともに顔を見たのも今朝が初めてだというのに、何故かそれだけは分かってしまった。

 改めて写真を見て、自分の顔をべたべたと触ってみる。


「……おれ、こんな顔してたっけなぁ……?」


 多分、母親に見せても渉に見せても、この違いは分からない。整形をしたわけでもないのだから、おれ以外に分からなくても当然だ。そもそも顔が違うんじゃない。

 “楽しくて写真に映っている”なんて、一体いつぶりだろう。


「何か、鳴ってる」
「……あ、ごめん、おれかも」

 カバンの中から微かなバイブレーションが聞こえる。取り出してみてみれば、母親からの不在着信が何件かきていた。不在着信の合間にメッセージが連続で届いている。

『遅くなるって何時に帰るの?』
『不在着信』
『お母さん仮入部なんて許してないよ、帰ってきたらすぐに話し合いするからね』
『お母さんは仕事して疲れてるのに、あんたは呑気でいいね』
『不在着信』
『どうして電話に出ないの?』
『お母さん何か悪いことした?』
『不在着信』
『不在着信』
『出ろ』

 周りの声や音が遠くなっていき、スマートフォンを掴んでいる手が痺れる感覚に襲われる。親指が画面上を彷徨い、文字を打ち込んでは消す。

 「もうすぐ帰る」?
 「遅くなってごめんね」?

 母親の機嫌は明らかに不安定になっている。こういう時に言葉を間違えてはいけない。長考した末、おれは「すぐに帰ります」と送信し、八重橋にカメラを返した。

「ごめん、おれそろそろ帰らなきゃ」
「ああ。では明日」

 八重橋は突然の出来事にも動じず、カメラを抱えて手を振る。結わえられた赤い糸はその動きに合わせて揺れていた。