結局のところ、“運命の赤い糸”とは一体何だったのだろう。
年単位でおれに見えていたのだから夢や幻では無いのだろうけれど、見えていた理由も分からなければ、突然消えたきっかけも分からない。
母親と大喧嘩をしたあの日から、赤い糸はおれの指にも、誰の指にも現れなくなった。写真に映らないそれはおれの記憶にしかなく、本当に存在したのか疑いたくなるが、確かに赤い糸はおれの小指に絡みついていた。そうでなければおれは八重橋と付き合いはしなかっただろう。
「金賞おめでとう。すごいね」
「うん。やはりお前を被写体にして良かった。良い写真になった」
県立の小さな芸術館、その展示スペースにおれはいた。数台のパネルと壁面に飾られているのは、風景や人物、無機物を捉えた写真だ。写真の右上には銅、銀、金の3種類の印が付けられていて、八重橋の写真には金色の印が堂々と貼られていた。
これは年に一度行われる文化部の大会のようなもので、金色の印はそのまま金賞を表している。金賞をとった写真は後日表彰されるのだとか。部活動に詳しくないおれはコンテストがこういう形で行われていることも知らなかった。
「というわけで、コンテストは無事に終わったわけだが。仮入部の件はどうするつもりだ?」
「ああ……そういえばそうだったね。忘れてた」
「こちらとしては入部してもしなくても、どちらでも構わない。お前が決めるといい」
「いやぁ、おれ八重橋君みたいに立派なカメラ持ってないし。活動しやすいかもと思って仮入部しただけで……結局お母さんにバレたから、あんまり意味もなかったんだけど」
いや、と首を振る。
「せっかくだから、正式入部してみようかな。スマホでも入部ってしていいの?」
「構わない。スマートフォンから写真を撮り込む方法は難しくはない。カメラはいずれ必要になった時に揃えれば良い。それに部長はぼくだから、ぼくにはお前を入部させる権限がある」
「急に独裁みたいなことするじゃん。ま、入部届を書く前に、まずはお母さんを説得しないといけないけどね」
「健闘を祈る。もし手が必要なら呼ぶといい。向かってやる」
「八重橋君なら本当に来そうだよねぇ」
母親とは、あの大喧嘩のあとから少しギクシャクした関係が続いている。おれの心の内を聞いてもヒステリックにおれを責めると思っていたのだけれど、どうやらあの大喧嘩に母親も思うところがあったらしく、おれとどう接していいか分からなくなっているようだった。
素直に謝れない時点で母親としてどうなのか、とも思うが、母親も母親でおれを育ててきた16年間を突然否定されて戸惑っているのだと思う。これは母親にとって大きな一歩だ。ならばおれも、逃げずに向き合わなければならない。
「といってもな、写真なんて記念写真しか撮ったことないから、何を撮ればいいか分からないね」
「何でもいいし、何時でもいい。ぼくなんて瞼がシャッターであればいいと何度思ったことか」
「……あ、そうだ」
おれはおもむろにスマートフォンを取り出し、カメラのアプリを起動させる。設定はよく分からなかったので何も触らずに、おれは思ったままにシャッターボタンを押した。
「ん?」
「何でもいいんでしょ」
「ああそうだな、何でもいい。だか、お前がぼくを撮りたがったということは分かった」
「……そうはっきり言わないでよ、恥ずかしいから」
スマホを下ろして口を尖らせれば、八重橋は得意そうに口端を上げる。左手は塞がっているから、片手で操作して八重橋に送ってやる。これで少しは恥ずかしさが共有できるといいが。
おれの左手は八重橋の右手と繋がれている。そこに赤い糸はもうない。約束された運命がなくとも、おれはこの手を取った。おれはもうその選択を間違えたとは思わない。未来を手繰り寄せるのはおれ自身なのだから。
年単位でおれに見えていたのだから夢や幻では無いのだろうけれど、見えていた理由も分からなければ、突然消えたきっかけも分からない。
母親と大喧嘩をしたあの日から、赤い糸はおれの指にも、誰の指にも現れなくなった。写真に映らないそれはおれの記憶にしかなく、本当に存在したのか疑いたくなるが、確かに赤い糸はおれの小指に絡みついていた。そうでなければおれは八重橋と付き合いはしなかっただろう。
「金賞おめでとう。すごいね」
「うん。やはりお前を被写体にして良かった。良い写真になった」
県立の小さな芸術館、その展示スペースにおれはいた。数台のパネルと壁面に飾られているのは、風景や人物、無機物を捉えた写真だ。写真の右上には銅、銀、金の3種類の印が付けられていて、八重橋の写真には金色の印が堂々と貼られていた。
これは年に一度行われる文化部の大会のようなもので、金色の印はそのまま金賞を表している。金賞をとった写真は後日表彰されるのだとか。部活動に詳しくないおれはコンテストがこういう形で行われていることも知らなかった。
「というわけで、コンテストは無事に終わったわけだが。仮入部の件はどうするつもりだ?」
「ああ……そういえばそうだったね。忘れてた」
「こちらとしては入部してもしなくても、どちらでも構わない。お前が決めるといい」
「いやぁ、おれ八重橋君みたいに立派なカメラ持ってないし。活動しやすいかもと思って仮入部しただけで……結局お母さんにバレたから、あんまり意味もなかったんだけど」
いや、と首を振る。
「せっかくだから、正式入部してみようかな。スマホでも入部ってしていいの?」
「構わない。スマートフォンから写真を撮り込む方法は難しくはない。カメラはいずれ必要になった時に揃えれば良い。それに部長はぼくだから、ぼくにはお前を入部させる権限がある」
「急に独裁みたいなことするじゃん。ま、入部届を書く前に、まずはお母さんを説得しないといけないけどね」
「健闘を祈る。もし手が必要なら呼ぶといい。向かってやる」
「八重橋君なら本当に来そうだよねぇ」
母親とは、あの大喧嘩のあとから少しギクシャクした関係が続いている。おれの心の内を聞いてもヒステリックにおれを責めると思っていたのだけれど、どうやらあの大喧嘩に母親も思うところがあったらしく、おれとどう接していいか分からなくなっているようだった。
素直に謝れない時点で母親としてどうなのか、とも思うが、母親も母親でおれを育ててきた16年間を突然否定されて戸惑っているのだと思う。これは母親にとって大きな一歩だ。ならばおれも、逃げずに向き合わなければならない。
「といってもな、写真なんて記念写真しか撮ったことないから、何を撮ればいいか分からないね」
「何でもいいし、何時でもいい。ぼくなんて瞼がシャッターであればいいと何度思ったことか」
「……あ、そうだ」
おれはおもむろにスマートフォンを取り出し、カメラのアプリを起動させる。設定はよく分からなかったので何も触らずに、おれは思ったままにシャッターボタンを押した。
「ん?」
「何でもいいんでしょ」
「ああそうだな、何でもいい。だか、お前がぼくを撮りたがったということは分かった」
「……そうはっきり言わないでよ、恥ずかしいから」
スマホを下ろして口を尖らせれば、八重橋は得意そうに口端を上げる。左手は塞がっているから、片手で操作して八重橋に送ってやる。これで少しは恥ずかしさが共有できるといいが。
おれの左手は八重橋の右手と繋がれている。そこに赤い糸はもうない。約束された運命がなくとも、おれはこの手を取った。おれはもうその選択を間違えたとは思わない。未来を手繰り寄せるのはおれ自身なのだから。
