文化祭にハプニングは付き物とは言うけれど。
「えまって、沢田さんインフルだって」
劇当日、舞踏会の場面でダンスを踊る八人の一人である沢田さんがインフルエンザにかかってしまった。
衝撃のその知らせにクラスのみんなが一斉にざわめき始める。
ー主要役じゃなくて良かったというべきか、
ーまぁ舞踏会の時に後ろで踊ってるやつが一組減っても。
ー何言ってんの!裁縫班が服の一着にどれだけ時間掛けたと思ってんの!
ー大道具班は背景動かしたり馬車役とか意外と劇出てるから代わるの厳しいよ、照明と音源班も動かせないし
ーでも、相手役の子だってせっかく覚えたダンスが無駄になっちゃうんだよ。流石に駄目だよ。
ーそもそもさぁ、衣装着れる人じゃないと。沢田さんの衣装のサイズ小さいからなぁ。
「ん?ん?」
クラスの子達からいっせいに注がれる視線に嫌な予感が走る。
「矢田さん身長いくつだっけ?」
「こはちゃんなら着れそうだよね、」
たしかに以前背の順で整列した時、私は先頭の沢田さんの後ろだった。つまり、どう足掻いても一番背格好が近いのは私ということになる。
沢田さんの衣装を掴んだ裁縫班の子達がじりじりと私に詰め寄ってきた。
「や、えっと本当に私が代役するの」
「大丈夫!こはちゃん可愛いのに劇出ないの勿体ないと思ってたから丁度いいね!」
「セリフもないし!」
「副監督ひとりで踊るわけにもいかないでしょー」
「うん、えっと、そうなんだけどね」
そこなんです。その、相手が問題なんです。無理、まじで無理だよ。ダンス覚えるだけならまだしも付け焼き刃で、しかも好きな人と一緒に踊るとか命がいくつあっても足りない、死ぬから!!
「矢田。ずっと監督として劇は見てたわけだし踊る場所も舞台袖にいちばん近いところにすれば多少間違えても目立たないよ。大丈夫、俺も教えるし」
躊躇っている最大要因である彼にまでそう言われ、私はとうとう折れた。
とはいえ、言質をちゃんととっておくのは大事だ。
「……柳くん、私が足踏んでも怒んないでね」
「はいはい」
劇の開演まであと四十分……シンデレラじゃなくて私が遅れて登場とか、駄目かな。駄目か。
「舞踏会出る組で教えるから矢田ちゃんこっち来てー!」
「…… はい」
あらゆる意味で、今日私は死ぬかもしれない。
好きな人と急にペアでダンスを踊ることになるなんて、まるで少女漫画みたいなシチュエーション。
裁縫班がリメイクした可愛い衣装を着て好きな人と手を重ねた時にどきどきしたり、顔を見てかっこいいなぁとか考えたり、ロマンチックな空気になったりするかなぁって、そりゃあ思ったよ。
しかし実際のところは
「ちょ待って!何このステップわけわかんない!」
「えっとそこはな」
「あと十分だよー」
「そのへんはもうくるくる周ってたら誤魔化せるから!!」
「あーこはちゃん!そこ前に出す足逆!」
全くそれどころではなかったから、そんなタイミングもなく、怒涛の練習の末、何とか劇で踊っていた時も次のステップを思い出すのに必死すぎてほとんど記憶がない。
「……死ぬ、死ぬかと思った」
舞台袖に戻った途端、気が抜けてその場にへたりこむ。
「いや災難だったね、おつかれー」
「……どこかの誰かさんがその災難に最終的に巻き込んだ気がするですけど?え?君だったよね?」
「えーそうだっけ」
問い詰めても認める気配はないけれど戦犯は柳 隼人くんです、はい。
「柳くん、足何回も踏んじゃったよね、ごめん」
「あー、痛かったなぁ」
「ちょっと!」
怒らないって約束したよね!と理不尽な逆ギレを私がかまそうとした時に彼が晴れやかな笑い声をあげた。
あはは、嘘うそ。羽のように軽いお嬢さんだから、気づかなかった。
カッと上昇する体温。からかわれているだけだということは勿論分かるけれど胸の奥がくすぐったくなるような言葉だった。
「あれ、今日は随分紳士的なんだね柳くんは」
「俺はいつも紳士的だろ」
「どうだか。羽のように軽くて可愛いお嬢さんと踊れて楽しかったでしょ?」
冗談に軽口を返しながら仕返しをしたつもりだった。
「そうだね、楽しかった」
逆襲を食らった私は彼に手を伸ばして「うるさい黙って、エセ紳士。ほら、さっさと引き上げて」と言うことしか出来なかったということだけここに残しておきたい。
普段の彼だったらそんな思わせぶりなこと、きっと絶対言わない。賑やかな文化祭の雰囲気に酔わされて彼も少し、浮かれているのかもしれない。
それか、駄目?
ちょっとだけ、期待したら。
柳くんは、あゆちゃんを本気で諦めて、その心が私に向くかもしれないって。
もしも魔法使いが私の前に現れたとして、
私がお願いする内容を叶えようとしたらそれはきっと素敵な魔法にはならない。もっと、そう、呪いに近い。
ねぇどうか聞いて。彼の中からあの子を消してください。
だって魔法じゃなくて呪いなら、夜中の十二時を回ったって継続するでしょう。踊り手Cなら煌びやかなドレスもガラスの靴だって王子様からのキスでさえ必要ないもの。
裾の広がった淡い黄色のワンピース。
春頃に家の庭に咲く薔薇と同じ色をしている。
クラスの子たちはみんな優しいから可愛い、似合うって言ってくれたけど。
やっぱり、私には似合わない。
私はお姫様にはなれないもの。
だってシンデレラだったらそんなこと思いつかないだろうから。
「えまって、沢田さんインフルだって」
劇当日、舞踏会の場面でダンスを踊る八人の一人である沢田さんがインフルエンザにかかってしまった。
衝撃のその知らせにクラスのみんなが一斉にざわめき始める。
ー主要役じゃなくて良かったというべきか、
ーまぁ舞踏会の時に後ろで踊ってるやつが一組減っても。
ー何言ってんの!裁縫班が服の一着にどれだけ時間掛けたと思ってんの!
ー大道具班は背景動かしたり馬車役とか意外と劇出てるから代わるの厳しいよ、照明と音源班も動かせないし
ーでも、相手役の子だってせっかく覚えたダンスが無駄になっちゃうんだよ。流石に駄目だよ。
ーそもそもさぁ、衣装着れる人じゃないと。沢田さんの衣装のサイズ小さいからなぁ。
「ん?ん?」
クラスの子達からいっせいに注がれる視線に嫌な予感が走る。
「矢田さん身長いくつだっけ?」
「こはちゃんなら着れそうだよね、」
たしかに以前背の順で整列した時、私は先頭の沢田さんの後ろだった。つまり、どう足掻いても一番背格好が近いのは私ということになる。
沢田さんの衣装を掴んだ裁縫班の子達がじりじりと私に詰め寄ってきた。
「や、えっと本当に私が代役するの」
「大丈夫!こはちゃん可愛いのに劇出ないの勿体ないと思ってたから丁度いいね!」
「セリフもないし!」
「副監督ひとりで踊るわけにもいかないでしょー」
「うん、えっと、そうなんだけどね」
そこなんです。その、相手が問題なんです。無理、まじで無理だよ。ダンス覚えるだけならまだしも付け焼き刃で、しかも好きな人と一緒に踊るとか命がいくつあっても足りない、死ぬから!!
「矢田。ずっと監督として劇は見てたわけだし踊る場所も舞台袖にいちばん近いところにすれば多少間違えても目立たないよ。大丈夫、俺も教えるし」
躊躇っている最大要因である彼にまでそう言われ、私はとうとう折れた。
とはいえ、言質をちゃんととっておくのは大事だ。
「……柳くん、私が足踏んでも怒んないでね」
「はいはい」
劇の開演まであと四十分……シンデレラじゃなくて私が遅れて登場とか、駄目かな。駄目か。
「舞踏会出る組で教えるから矢田ちゃんこっち来てー!」
「…… はい」
あらゆる意味で、今日私は死ぬかもしれない。
好きな人と急にペアでダンスを踊ることになるなんて、まるで少女漫画みたいなシチュエーション。
裁縫班がリメイクした可愛い衣装を着て好きな人と手を重ねた時にどきどきしたり、顔を見てかっこいいなぁとか考えたり、ロマンチックな空気になったりするかなぁって、そりゃあ思ったよ。
しかし実際のところは
「ちょ待って!何このステップわけわかんない!」
「えっとそこはな」
「あと十分だよー」
「そのへんはもうくるくる周ってたら誤魔化せるから!!」
「あーこはちゃん!そこ前に出す足逆!」
全くそれどころではなかったから、そんなタイミングもなく、怒涛の練習の末、何とか劇で踊っていた時も次のステップを思い出すのに必死すぎてほとんど記憶がない。
「……死ぬ、死ぬかと思った」
舞台袖に戻った途端、気が抜けてその場にへたりこむ。
「いや災難だったね、おつかれー」
「……どこかの誰かさんがその災難に最終的に巻き込んだ気がするですけど?え?君だったよね?」
「えーそうだっけ」
問い詰めても認める気配はないけれど戦犯は柳 隼人くんです、はい。
「柳くん、足何回も踏んじゃったよね、ごめん」
「あー、痛かったなぁ」
「ちょっと!」
怒らないって約束したよね!と理不尽な逆ギレを私がかまそうとした時に彼が晴れやかな笑い声をあげた。
あはは、嘘うそ。羽のように軽いお嬢さんだから、気づかなかった。
カッと上昇する体温。からかわれているだけだということは勿論分かるけれど胸の奥がくすぐったくなるような言葉だった。
「あれ、今日は随分紳士的なんだね柳くんは」
「俺はいつも紳士的だろ」
「どうだか。羽のように軽くて可愛いお嬢さんと踊れて楽しかったでしょ?」
冗談に軽口を返しながら仕返しをしたつもりだった。
「そうだね、楽しかった」
逆襲を食らった私は彼に手を伸ばして「うるさい黙って、エセ紳士。ほら、さっさと引き上げて」と言うことしか出来なかったということだけここに残しておきたい。
普段の彼だったらそんな思わせぶりなこと、きっと絶対言わない。賑やかな文化祭の雰囲気に酔わされて彼も少し、浮かれているのかもしれない。
それか、駄目?
ちょっとだけ、期待したら。
柳くんは、あゆちゃんを本気で諦めて、その心が私に向くかもしれないって。
もしも魔法使いが私の前に現れたとして、
私がお願いする内容を叶えようとしたらそれはきっと素敵な魔法にはならない。もっと、そう、呪いに近い。
ねぇどうか聞いて。彼の中からあの子を消してください。
だって魔法じゃなくて呪いなら、夜中の十二時を回ったって継続するでしょう。踊り手Cなら煌びやかなドレスもガラスの靴だって王子様からのキスでさえ必要ないもの。
裾の広がった淡い黄色のワンピース。
春頃に家の庭に咲く薔薇と同じ色をしている。
クラスの子たちはみんな優しいから可愛い、似合うって言ってくれたけど。
やっぱり、私には似合わない。
私はお姫様にはなれないもの。
だってシンデレラだったらそんなこと思いつかないだろうから。
