貴方が飲まないオレンジジュース

「こはるー、私ね今度の土曜デート行ってくる!」

その爆弾発言に思わず剥いていた林檎を落としかけたのは言うまでもないことだった。

早……くもないか。まぁ1ヶ月以上は経ってるし?最近風も涼しくなってきた。……秋だなぁ。

これまでのあゆちゃんの基準に毒されつつある私の心境としてはこうだ。

「えっと、誰と?」
「同じ塾の人なんだけどね、」

どうやら河合くんという人が登場したおかげで知らず知らずのうちに私たちは三角関係から再び四角関係へと戻っていたらしい。

「全然まだ好きとかではないけど、好きになれそうな人かどうかを会って確かめてくる」

うんうん、弓道部の人で映画を観るのが好きなんだったらあゆちゃんの趣味とも合うし、大型犬飼ってる人って良い人そう。何となく。

そんな話を聞きながら切り終えた林檎を鍋に入れて火にかけたところで顧問の先生の厳しい視線が飛んできた。

家庭科部は基本的に手芸の活動が多いが二週間に一回ほどの頻度で調理の実習もする。

今日はアップルパイ。

隣の班から勝手に抜け出してきたあゆちゃんの巻き添えを食らうのはごめんだ。

「あゆちゃん、加藤先生こっち見てるからやばいかも」
「えー……わっ、まじだ。やばいやばい帰る」

あゆちゃんのギンガムチェックのエプロンが隣のテーブルの輪に戻っていく。

思い出すのは、先日の柳くんとの会話だった。

弾かれたようにこちらを見る彼の瞳の奥、その頭で考えていることが手に取るように分かればいいのに。

けれど、その反応こそが全てで、あゆちゃんへの好意を認めているも同然だった。

次の瞬間、彼の表情がくしゃりと歪んだ。虹彩の奥に星が散る。眉が下がって、無理やり口角を上げた笑顔未満のそれ。私の知らない彼。全くもって彼らしからぬ、動揺。

「……俺、そんな分かりやすかったかな」

そっか。そんな悲しそうに貴方は笑うんだね。

「あゆちゃんが気づいていないことは、保証する」

分かりやすくはなかったと思う。
気づけたのは、私が貴方のことを好きだから。

「矢田はみんなに言いふらすような奴じゃないから言うけど、俺はたしかに佐々木さんのことが好きだよ」
「……やっぱり、そんなんだね」

ポスターペイントの臭いが鼻につく。

じわじわと押し寄せる青色の感情が私の心の輪郭を上手く捉えられない朧気なものにした。

分かりきったことでも、いざその現実を前にすると、どうしようもなく苦しい。

「でも、忘れようと思ってる」

全ての音が遠のく。

彼、今、なんて。

「告白は、しない。そもそも俺のこれは、」

矛盾しているから。

ぼんやりしていると鍋の林檎が煮立ってきたので慌てて火を弱める。辺りにはシナモンの甘い匂いが漂っていた。

矛盾ってなに。その答えは聞く前に教室に入ってきた担任に阻まれた。本当にタイミングが悪い。

アップルパイは見た目は可愛いけれど、食べるのが難しい。 だからきつね色のそれはいただきますをしてフォークを突き立てた傍から上手く切り分けられず崩れていく。

告白は「できない」じゃなくて、告白は「しない」。

柳くんのあゆちゃんへの好きは矛盾があるから告白しないってこと?

どのみち忘れてくれるのなら私にとって都合の良いことばかりだ。本当ならの話だけど。

柳くん。私はね打算的だし、好きな人が苦しんでいるのに忘れようとしていることに喜んでしまうような悪い子だけど、貴方のこと絶対大事にするよ。

ねぇ、彼女候補に矢田 小春とかどうですか。