清高が暮らす町の北側には標高二〇〇メートルほどの小さな山があり、長山公園はその山頂に位置している。徒歩や自転車で行くには難しい場所だ。
清高は「家からバイク取ってくる」と言って駅前に宮脇を残して去り、半時間ほどで空色のスクーターに乗って戻って来た。
「なんや可愛い色やな」
「姉貴のなんだよ」
宮脇が後ろに乗ると、すぐにアクセルを吹かせて発進する。
「姉さんおるんか?」
「もう家を出たけどね。でもバイクに傷つけたってバレたらブッ殺されるから、気をつけてくれよな~」
「待て。オマエ、免許はもっとるんやろな?」
「それは持ってるよ。夏休みに取った」
「初心者やないかい! 気をつけるのはオマエや!」
清高が思わず吹き出したのに合わせて車体がわずかに蛇行する。
「オイ! しっかりせえよ!」
「フフッ……おもしれー。宮脇としゃべってると漫才みたい」
「わろてる場合か!」
騒がしい二人を乗せたスクーターは公園に続く道を駆け上り、何度も急カーブを曲がって、広い駐車場に辿り着く。清高はの空いた駐車場の真ん中にバイクを止め、ヘルメットを外してハンドルにかける。宮脇は地面に降りて注意深く辺りを見回した。
月は明るいが、照明は少なく、見通しは良くない。駐車場の奥にある展望台の辺りに数台車が停まっていて、人影が固まっている。
清高と目を見交わしてそちらへ向かうと、目付きの悪い若い男が十人ほど前に立ち塞がった。それぞれ手にバットやパイプを持っている。正々堂々ステゴロでやる気のない卑怯者の集団だ。
「やっぱり話をする気なんかねえじゃねえか」
清高は小声で吐き捨てた。宮脇はしかめっ面で指の関節を鳴らす。
「よぉ……オレは一人で来いって伝えなかったか?」
一歩前に出て口火を切ったのは、金谷だった。斜に構えた小男で、夜なのにバカみたいなサングラスをかけている。その後ろにさっきのキャップとニット帽もいた。キャップの方は鼻に大きな絆創膏を貼り、ギラつく目で清高を睨んでいる。
「聞いてねえなあ。てか、そのサングラスいる? もう夜だけど? オレが眩しすぎて裸眼じゃ見てらんない感じ?」
清高が片眉を上げておちょくるように言うと、金谷はいきなり手に持っていた鉄パイプを振り上げ、
「るせぇ! 後悔させてやる!」
と叫びながら振り下ろす。それを合図に敵が一斉に襲いかかった。
「っブねえなっ!」
清高は金谷の一撃をスレスレでかわし、金属バットを持って突っ込んできたニット帽の男を蹴り飛ばす。ニット帽はバットを取り落として歩道の端まで転がり、腹を押さえて呻いた。落ちたバットを拾い上げ、金谷と睨み合う。再び振り下ろされた鉄パイプをバットで受けると、衝撃で骨が肘まで震えた。
「その顔、二度と見られねえくらいボコボコにしてやる……!」
「できるもんならやってみな!」
全身の力で押し返し、肩にフルスイングを食らわせる。悲鳴を上げてしゃがみ込んだ金谷に、とどめを刺そうとバットを振りかぶったところを、横からタックルを食らわされて倒された。
「テメエ、邪魔すんな!」
跳ね起きて、知らない顔の男の横っ面を拳で殴る。ちょっと目を離した隙に、金谷の姿が見えなくなっていた。数メートル先では、宮脇が複数の雑魚を相手に大立ち回りを演じている。
「ミヤ!」
金谷が落としたパイプをそちらへ転がすと、
「おう!」
宮脇はすかさずそれを拾い上げて、両手で振り回し始める。まるで対戦ゲームの戦国武将のようだ。
「ミヤ? 岩工の宮脇か! なんでキヨタカとつるんでる!?」
「つるんでない! ワシは金谷に用があるから来ただけじゃい! 金谷はどこや!」
宮脇は鉄パイプを構えて怒鳴り、気圧されて遠巻きにする敵に近づいて、一人の脇腹に一撃を食らわせた。相手は展望台の柵まで吹っ飛ばされて動かなくなる。
清高は感心して軽く口笛を吹いたが、すぐに別の相手に殴りかかられて、宮脇の無双ぶりを見ている場合ではなくなった。
腰を落としてバットで敵の膝を殴りつけ、立てなくしてからマウントをとって拳で殴る。中手骨が相手の頬骨に当たってゴリと嫌な音を立てた。
戦意を無くした相手を捨てて、立ち上がろうとした瞬間、後ろから肩をパイプで殴られる。久々の大立ち回りに興奮してアドレナリンが体中を駆け巡っているせいで、痛みはほとんど感じない。一発食らった事実に更に興奮が増した。
即座に振り向いて、相手の持つパイプを掴んで跳ね起きる。怯んだ相手ごとパイプを振り回し、加速がついたところで手を離すと、敵は驚愕の表情のまま、遠心力で吹っ飛ばされて暗がりに消えていく。
「ダーハハハッ! ざまーみやがれ!」
笑い声を上げながら周りに視線を走らせると、肩の上に敵二人を担ぎ上げ、まとめて放り投げている宮脇の姿が目に入った。
「すげー! マジかよ!?」
非現実的な怪力に、思わず楽しくなって手を叩く。その隙を突かれ、後ろからタックルを食らわされた。
「うおぉおっ!」
体重の軽い清高は勢いよく吹っ飛ばされ、肩をアスファルトで強打する。さっき殴られたのと同じ場所だ。
「いてえ! クッソ……」
顔を上げると、頭を狙って振り下ろされる金属バットが見えた。咄嗟に地面を転がって避ける。続く攻撃を転がりながらギリギリで避けていると、背中が人の足に当たり、体格の良い男に身体を引き起こされて、羽交い締めにされた。清高は「しまった!」と舌打ちする。
逃れようと藻掻きながら前を向くと、目の前に金谷がナイフを持って立ちはだかっていた。
「金谷、やれ」
清高を拘束した男が、ゾッとするような低い声で指示する。
その声を耳にした途端、コイツは違う、と清高の背筋が総毛立った。コイツは単なる不良じゃない。声も手も冷え冷えとして、興奮した様子が一つもない。荒事に慣れ過ぎてる。
ナイフを構えた金谷は、怯えた目をして全身を震わせていた。清高に怯えているのではない。後ろの男を恐れているのだ。
「おい……おい金谷、落ち着けよ。刃物はシャレになんねーぞ……」
清高は声を掛けたが、金谷には聞こえていないようだった。
荒い息を繰り返す金谷の顔からは、馬鹿げた大きさのサングラスはなくなっている。街灯の青白い光の下、金谷が酷く痩せていることに気がついた。目は真っ赤に充血して落ちくぼみ、周りは隈で真っ黒になっている。
───クスリに手を出しやがったな……
清高は苦々しい気分で舌打ちした。
数週間前、ちゃちなゲーム賭博の場で顔を合わせた時の金谷は、単に小狡い目をしたチンピラだった。けれど、今日の金谷はもう、清高の声が届くところにはいない。自分が扱っていた薬物に手を出したのだろう。
「やれ、金谷。ここでイモ引いたら後がねえのは分かってんな?」
清高を拘束する男が冷えた声で言う。金谷は怯えたように視線を泳がせたが、
「やれ!」
と再び命じられて、意を決するように大きく息を吸い、
「おおおおおおぉおおぉおっ!!」
と雄叫びを上げた、清高の目には、両手で持ったナイフを前に突き出しながら駆けてくる金谷の姿がスローモーションのように見えていた。
歪んだ顔、血走った目、興奮で開いた鼻の穴、唾を吐き散らす口元。手に持っているのは、刃渡り十センチ程度のバタフライナイフだ。余程運が悪くなければ刺さっただけでは死なないだろうが、きっとものすごく痛い。
───ヤだなあ、オレ痛いのは嫌いなんだよね……
どこか他人事のように考えながら、清高は痛みに備えて腹に力を入れたが、ナイフが身体に届く直前、
「キヨ! 転がれ!」
と怒鳴り声が聞こえ、後ろから羽交い締めにする力が緩んだ。何も考えず、すぐに身体を捩って地面に転がる。金谷は一瞬前まで清高がいた場所へと勢いよく飛び込んだ。ナイフの刃は吸い込まれるように、さっきまで清高を拘束していた男の腹に深々と刺さる。
「あっ……アアアっ!?」
金谷は弾かれたようにナイフの柄から手を離し、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「金谷テメエ……っ!」
男は刺された腹を押さえて地面に膝をつく。その後ろには、曲がったバットを握る宮脇が、肩で息をしながら立っていた。
アスファルトに転がった清高が呆然とそれを見上げていると、
「早よ立てアホ! ずらかるぞ!」
宮脇は清高の腕を引っ張り、半ば引きずるように走り出す。
「待てっ……! おい、テメーら追いかけろ……っ!」
刺された男が前のめりに倒れながら苦しげに指示するが、金谷はパニックになっている様子で、ワアワア喚くばかりだ。他の不良達は地面に倒れたまま呻き声を上げていて、誰も立ち上がれなかった。
抱きかかえられてバイクに辿り着いた清高は、痛む肩を庇いながらハンドルを握り、ノーヘルのままエンジンをかける。宮脇が後ろに乗ったのを車体の沈み込みで判断し、すぐに発進した。
駐車場を出る直前、車体に何かが当たってプラスチックが割れる音がした。敵の誰かが石を投げたのかもしれない。
「あーっ! クソッ!! 姉貴に殺される……!」
「どうでもエエからはよ飛ばせ! 車で追いかけられたらヤバい!」
宮脇は後ろを振り返りながら叫ぶ。少し走ると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。山を登ってきているようだ。
「なんでパトが来るねん!?」
動揺する宮脇を無視し、清高はサイレンとは逆の方向へと鋭くハンドルを切った。
「は~……エラい目に遭った……」
来たのとは逆方向に山を下り、馴染みのないコンビニの駐車場へバイクをいれた清高は、疲れ切ったようにハンドルに上体を預けて深く息を吐く。宮脇はバイクを降りて、
「金谷のヤツ、ヤバかったな」
と不機嫌と疲労の滲む声で言った。
「うん……クスリに手を出したんだろうな……」
「オマエを押さえとったヤツ、アイツ素人ちゃうやろ」
睨まれて、清高は肩をすくめかけ、さっき傷めたのを思い出して顔をしかめる。
「どないすんねん、お前。ヤクザと関わったら何されるか分からんぞ」
「まあ、なんとかなるよ。多分大丈夫」
「大丈夫な訳あるか! さっきかて刺されかけたのに」
「さっきはホントにヤバかった。助けてくれてアリガト。一瞬刺される覚悟決めてたけど、やっぱ痛いのはヤダからさ」
苦笑する清高に、宮脇はますます顔を険しくする。
「何ヘラヘラしとんねん。またやられたらどないする? カノジョ連れの時に囲まれたら逃げられるんか?」
「わお! 心配してくれてんの?」
清高はあざとく首を傾げて笑う。白い肌と脱色した髪が、コンビニの照明を反射して青白く光る。宮脇は不意に居心地の悪さを覚え、それを隠すように視線を外して腕組みした。
「普通……心配するやろ」
清高は笑みを一段深くして身体を大げさに傾け、宮脇の顔を下から覗き込む。
「や~さしーじゃん。囲まれたら怖いから、明日から送り迎えしてよっつったら?」
「アホか! 自分とこのガッコの誰かに頼めや」
「宮脇のがツエ~じゃん」
宮脇は太い眉を寄せて下唇を突き出したが、内心まんざらでもないと思っているのが丸わかりだ。
「……どうしても、て言うんやったら、良子の送迎がない日は付き合うてもエエぞ」
口角が上がるのを堪えきれずに言われて、清高は我慢できずに笑いを弾けさせた。
「ウソウソ! 全然大丈夫! 今頃アイツら全員しょっ引かれてるはずだよ。パトカー呼んだのオレだもん」
「ハア!?」
宮脇は一瞬何を言われたのか理解できない様子で目を丸くする。清高は腹を抱えて笑い崩れた。
「ひひひひ……おもしれ~。オマエまじ単純過ぎん? よっく今まで変なヤツに欺されずにいられたなあ」
「どういうこっちゃねん! オマエ、ワシのこと欺したんか!? エエ加減にせえよ!?」
「ごめんて! 心配されるの嬉しくて、思わずからかった。ごめんな」
地面にしゃがみ込んだ清高は、まだ笑いつつ手を合わせて謝っている。
クシャクシャに笑った顔で見上げられて、宮脇は振り上げた拳の行く先を失う。からかわれたのは本気で腹立たしいが、どうしても清高を殴ることはできない。無意味に両手を握っては開き、やがて諦めたように元通り胸の前で組みなおし、
「どういうことか説明せえ!」
と清高を睨んだ。
「こないだ言ったじゃん? 有香のオヤジさんが長山署の生活安全課で刑事やってんの。さっきバイク取りに帰った時にオヤジさんと鉢合わせしたから、伝言役の二人組から聞いたに〝ドウヤマ〟って名前をチクったんだ。そしたら、その〝ドウヤマ〟ってのが、捜査中の半グレ集団の構成員だったみたいでさあ。情報くれって言うから、夜九時頃に長山公園に巡回行ったら良いことあるよって教えといた」
「だからタイミング良くポリが来たんか!」
「そう。あの様子じゃ、金谷からは確実に薬物反応出るだろうし、ドウヤマも含めて全員パクられるでしょ。オレが刑事と繋がってるのは誰も知らないから、誰が通報したかは分からない。これで一件落着だよ」
清高は立て板に水のごとくまくし立てる。一件落着と言われても納得できず、宮脇はゆっくりと話の内容を頭の中で反芻した。
「……それ、お前もしょっ引かれる可能性あるんちゃうんか?」
ようやく浮かんだ疑問を口にすると、清高は大げさに首を振る。
「ないない! オレはクリーンだし、警察は身内に甘いからね!」
宮脇は腕組みしたまま低く唸り、
「話は分かったけど……そういうことは先に知らせとけや!」
と吐き捨てた。自分でも驚くほどにムカついている。清高とは信頼しあう仲間というわけではない。金谷をぶん殴りたくて同行しただけの自分に、清高が手の内を全て知らせておく義理なんてない。けれど、一時的にとは言え背中を預け合った相手に軽視されていたと分かって、無性に腹が立った。
「あー、安心したら腹減ったな。なんか食いもん買おうよ」
清高は宮脇の不機嫌に気がつかないのか、気がついてわざと無視しているのか、平気な顔をしてコンビニに向かって歩き出す。宮脇はムカムカしながらも、その後を追った。
コンビニはレジに外国人の店員が一人居る以外は無人だった。
「イラッシャッ……ひぃ」
店員が顔を引きつらせるのを見て、清高は初めて自分と宮脇の惨状に気づく。明るい照明の下で見ると、二人とも酷い格好だった。宮脇の制服は埃まみれで、殴られた顔はあちこち腫れて痣になり始めているし、唇は切れて血がこびりついている。清高の方も、スウェットの膝はすり切れて、ところどころに血飛沫の跡があった。店員が怯えるのも無理はない。
「怖がらせてスイマセンネエ。ちょっと転んで怪我しただけだから、事件とかじゃないんですよ」
清高はヘラヘラと笑いながら店員に頭を下げ、カウンターに【新発売!】と書かれた奇抜な色の飲料と、チョコレート菓子を置く。店員は青ざめた顔で何度も頷きながら、ペットボトルのバーコードを読み取った。
「あとチキンと肉まん一つずつくれます?」
震える手で差し出された品物を受け取って外に出る。
車止めに腰を下ろすと、会計を済ませた宮脇がレジ袋をガサゴソ言わせながら隣に座り込んだ。清高はそっちに向かって
「助けてくれたお礼」
と買ったばかりのチキンと肉まんを差し出す。しかし宮脇は不機嫌に
「いらん。ワシが勝手について行っただけや」
と首を振り、自分で買ったカレーパンに齧り付いた。
「何? オマエ怒ってんの?」
「怒ってない」
「ウッソ! 完全にキレてるじゃん! なんで!?」
清高はチキンと肉まんを両手に持ったまま目を丸くしている。宮脇が苦虫を噛みつぶしたような顔で隣に座る男を睨み、
「……友達に隠し事されるのは誰でもイヤやろが」
と低く言うと、ますますキョトンとした表情になった。
「友達? 誰と誰が?」
「……~っ! もおエエわ!」
宮脇はカレーパンの包みを握りつぶし、清高の手から取り上げたチキンと肉まんを頬張る。清高はポカンとそれを眺めていたが、やがて溶けるように微笑み、
「ええ~? そっか、友達かあ~……。え、ミヤ、オレの友達になってくれるつもりだったんだ?」
と両膝を抱えて首を傾げた。
「そうする気やったけど、警察の件でオマエのことは信用できんようになったわ」
冷たく言い放つと、清高は花がしおれるようにシュンとする。
「ごめん……。宮脇とは知り合ったばっかだし……余計なこと言って、こっちの面倒事に巻き込んだら悪いと思ったんだ……」
悲しそうに目を瞬かせるのを見ると、宮脇はなんだか自分が悪いことをしたような気がしてきて、困惑した。どうもこの男と話していると調子が狂う。
「まあ……今回のことは水に流したるけど、友達づきあいするんなら今後はやめてくれ」
わざとぶっきら棒に言うと、清高はひどく嬉しそうな顔で頷いた。
「オレ、男友達ができるのって小学校以来かも」
宮脇は思わず咽せる。
「ゲホッ、ゲホッ! 小学校以来? なんでやねん!」
「なんでって……知らねー。なんか年の近い男に避けられるんだよね。無駄にいじめられたり、女扱いされたりさあ……。でも反撃したら大抵オレが勝つわけよ。そしたら今度は変に崇拝される感じになっちゃう。舐められるよりは崇拝される方がマシだから、仕方なく、ミヤ的な言い回しで言うと〝番張ってる〟わけ。でも、崇拝も見下しもどっちもキモいから、誰とも仲良くならないように距離置いてるんだよね~」
だから友達は女の子しかいない、と清高は唇を尖らせた。宮脇はなんとも言えない気分で、食べかけだった肉まんを飲み込む。
「……顔が良すぎてもええ事ばっかりやないんやな」
「まあね……」
清高はペットボトルのキャップを捻り、中身を口に含んで盛大に顔をしかめた。
「マッズ! これくっそマズい! ちょ、飲んでみ!」
それまでのしんみりした雰囲気を吹き飛ばすような大声に、宮脇は困惑して首を振ったが
「いや、ちょっと記念に飲んでみなって。すごい味だから!」
無理矢理口元に飲み口を宛がわれ、ボトルを傾けられる。
「やめえや! オイ……!」
強炭酸が一気に口に流し込まれ、なんとも言えない味に吐き気がこみ上げる。
「オェッ! マッズ!!」
思わず地面に吐き出すと、清高は
「な!? すげー味するよな!?」
と手を打って喜んでいる。
「何しよるんじゃ! ボケカスッ! ドツキ回すぞコラァ!」
宮脇が手の甲で口元を拭って顔を上げると、清高は宮脇の買ったコーラを悠々と口に運んでいた。
「オマッ……! 頭イカれとんか!? そりゃワシのコーラやろがい!」
「助け合いだろ!? 友達なんだから!」
「返せクソボケッ! 友達でもやってええ事とアカン事があるやろがアホカスッ!」
細い指からコーラのボトルを取り返し、中身を一気に飲み干すと、清高は腹を抱えて笑い転げる。宮脇は、ほんの少しこのマイペースな男と友達になったことを後悔した。
日付が変わる少し前、清高の運転するバイクは後ろに宮脇を乗せて地元駅へと到着した。終電後のロータリーはしんと静かで、下水の臭いと植え込みのキンモクセイの香りが冷えた風に乗って漂っている。
宮脇がバイクから降りると、清高は肩越しに振り返り、
「じゃあね。助太刀サンキュウ。助かった。今度は普通に遊ぼうぜ」
と片目をつむる。宮脇は
「おう」
と短く答えて、高架下に向かった。清高は広い背が暗がりに消えるまで見送ってから、ゆっくりとスクーターを発進させる。
「トモダチだってさ!」
小さく独りごちると、くすぐったいような嬉しいような気分でクスクス笑ってしまった。
良い気分でバイクを飛ばして自宅に辿り着くと、駐車スペースに見慣れない水色の軽自動車が停まっていた。父が家に帰ってくることは稀だし、水色の軽自動車を買うような趣味ではない。
警戒しながらバイクを降りて車の横に止め、そっと玄関を開けると、明かりの付いたリビングから赤ん坊の泣く声が聞こえてギョッとする。恐る恐るリビングを覗くと、長い髪をクリップでまとめた若い女が、赤ん坊を抱いてあやしていた。女は、三年前に家を出て行った清高の姉、泰巳だった。
泰巳は赤ん坊を抱いたまま顔だけを弟の方へと向け、
「人のバイク勝手に使って夜遊びしてんじゃねーぞ、クソガキ」
と凄む。清高は驚愕のあまり絶句して立ち尽くすことしかできなかった。
清高は「家からバイク取ってくる」と言って駅前に宮脇を残して去り、半時間ほどで空色のスクーターに乗って戻って来た。
「なんや可愛い色やな」
「姉貴のなんだよ」
宮脇が後ろに乗ると、すぐにアクセルを吹かせて発進する。
「姉さんおるんか?」
「もう家を出たけどね。でもバイクに傷つけたってバレたらブッ殺されるから、気をつけてくれよな~」
「待て。オマエ、免許はもっとるんやろな?」
「それは持ってるよ。夏休みに取った」
「初心者やないかい! 気をつけるのはオマエや!」
清高が思わず吹き出したのに合わせて車体がわずかに蛇行する。
「オイ! しっかりせえよ!」
「フフッ……おもしれー。宮脇としゃべってると漫才みたい」
「わろてる場合か!」
騒がしい二人を乗せたスクーターは公園に続く道を駆け上り、何度も急カーブを曲がって、広い駐車場に辿り着く。清高はの空いた駐車場の真ん中にバイクを止め、ヘルメットを外してハンドルにかける。宮脇は地面に降りて注意深く辺りを見回した。
月は明るいが、照明は少なく、見通しは良くない。駐車場の奥にある展望台の辺りに数台車が停まっていて、人影が固まっている。
清高と目を見交わしてそちらへ向かうと、目付きの悪い若い男が十人ほど前に立ち塞がった。それぞれ手にバットやパイプを持っている。正々堂々ステゴロでやる気のない卑怯者の集団だ。
「やっぱり話をする気なんかねえじゃねえか」
清高は小声で吐き捨てた。宮脇はしかめっ面で指の関節を鳴らす。
「よぉ……オレは一人で来いって伝えなかったか?」
一歩前に出て口火を切ったのは、金谷だった。斜に構えた小男で、夜なのにバカみたいなサングラスをかけている。その後ろにさっきのキャップとニット帽もいた。キャップの方は鼻に大きな絆創膏を貼り、ギラつく目で清高を睨んでいる。
「聞いてねえなあ。てか、そのサングラスいる? もう夜だけど? オレが眩しすぎて裸眼じゃ見てらんない感じ?」
清高が片眉を上げておちょくるように言うと、金谷はいきなり手に持っていた鉄パイプを振り上げ、
「るせぇ! 後悔させてやる!」
と叫びながら振り下ろす。それを合図に敵が一斉に襲いかかった。
「っブねえなっ!」
清高は金谷の一撃をスレスレでかわし、金属バットを持って突っ込んできたニット帽の男を蹴り飛ばす。ニット帽はバットを取り落として歩道の端まで転がり、腹を押さえて呻いた。落ちたバットを拾い上げ、金谷と睨み合う。再び振り下ろされた鉄パイプをバットで受けると、衝撃で骨が肘まで震えた。
「その顔、二度と見られねえくらいボコボコにしてやる……!」
「できるもんならやってみな!」
全身の力で押し返し、肩にフルスイングを食らわせる。悲鳴を上げてしゃがみ込んだ金谷に、とどめを刺そうとバットを振りかぶったところを、横からタックルを食らわされて倒された。
「テメエ、邪魔すんな!」
跳ね起きて、知らない顔の男の横っ面を拳で殴る。ちょっと目を離した隙に、金谷の姿が見えなくなっていた。数メートル先では、宮脇が複数の雑魚を相手に大立ち回りを演じている。
「ミヤ!」
金谷が落としたパイプをそちらへ転がすと、
「おう!」
宮脇はすかさずそれを拾い上げて、両手で振り回し始める。まるで対戦ゲームの戦国武将のようだ。
「ミヤ? 岩工の宮脇か! なんでキヨタカとつるんでる!?」
「つるんでない! ワシは金谷に用があるから来ただけじゃい! 金谷はどこや!」
宮脇は鉄パイプを構えて怒鳴り、気圧されて遠巻きにする敵に近づいて、一人の脇腹に一撃を食らわせた。相手は展望台の柵まで吹っ飛ばされて動かなくなる。
清高は感心して軽く口笛を吹いたが、すぐに別の相手に殴りかかられて、宮脇の無双ぶりを見ている場合ではなくなった。
腰を落としてバットで敵の膝を殴りつけ、立てなくしてからマウントをとって拳で殴る。中手骨が相手の頬骨に当たってゴリと嫌な音を立てた。
戦意を無くした相手を捨てて、立ち上がろうとした瞬間、後ろから肩をパイプで殴られる。久々の大立ち回りに興奮してアドレナリンが体中を駆け巡っているせいで、痛みはほとんど感じない。一発食らった事実に更に興奮が増した。
即座に振り向いて、相手の持つパイプを掴んで跳ね起きる。怯んだ相手ごとパイプを振り回し、加速がついたところで手を離すと、敵は驚愕の表情のまま、遠心力で吹っ飛ばされて暗がりに消えていく。
「ダーハハハッ! ざまーみやがれ!」
笑い声を上げながら周りに視線を走らせると、肩の上に敵二人を担ぎ上げ、まとめて放り投げている宮脇の姿が目に入った。
「すげー! マジかよ!?」
非現実的な怪力に、思わず楽しくなって手を叩く。その隙を突かれ、後ろからタックルを食らわされた。
「うおぉおっ!」
体重の軽い清高は勢いよく吹っ飛ばされ、肩をアスファルトで強打する。さっき殴られたのと同じ場所だ。
「いてえ! クッソ……」
顔を上げると、頭を狙って振り下ろされる金属バットが見えた。咄嗟に地面を転がって避ける。続く攻撃を転がりながらギリギリで避けていると、背中が人の足に当たり、体格の良い男に身体を引き起こされて、羽交い締めにされた。清高は「しまった!」と舌打ちする。
逃れようと藻掻きながら前を向くと、目の前に金谷がナイフを持って立ちはだかっていた。
「金谷、やれ」
清高を拘束した男が、ゾッとするような低い声で指示する。
その声を耳にした途端、コイツは違う、と清高の背筋が総毛立った。コイツは単なる不良じゃない。声も手も冷え冷えとして、興奮した様子が一つもない。荒事に慣れ過ぎてる。
ナイフを構えた金谷は、怯えた目をして全身を震わせていた。清高に怯えているのではない。後ろの男を恐れているのだ。
「おい……おい金谷、落ち着けよ。刃物はシャレになんねーぞ……」
清高は声を掛けたが、金谷には聞こえていないようだった。
荒い息を繰り返す金谷の顔からは、馬鹿げた大きさのサングラスはなくなっている。街灯の青白い光の下、金谷が酷く痩せていることに気がついた。目は真っ赤に充血して落ちくぼみ、周りは隈で真っ黒になっている。
───クスリに手を出しやがったな……
清高は苦々しい気分で舌打ちした。
数週間前、ちゃちなゲーム賭博の場で顔を合わせた時の金谷は、単に小狡い目をしたチンピラだった。けれど、今日の金谷はもう、清高の声が届くところにはいない。自分が扱っていた薬物に手を出したのだろう。
「やれ、金谷。ここでイモ引いたら後がねえのは分かってんな?」
清高を拘束する男が冷えた声で言う。金谷は怯えたように視線を泳がせたが、
「やれ!」
と再び命じられて、意を決するように大きく息を吸い、
「おおおおおおぉおおぉおっ!!」
と雄叫びを上げた、清高の目には、両手で持ったナイフを前に突き出しながら駆けてくる金谷の姿がスローモーションのように見えていた。
歪んだ顔、血走った目、興奮で開いた鼻の穴、唾を吐き散らす口元。手に持っているのは、刃渡り十センチ程度のバタフライナイフだ。余程運が悪くなければ刺さっただけでは死なないだろうが、きっとものすごく痛い。
───ヤだなあ、オレ痛いのは嫌いなんだよね……
どこか他人事のように考えながら、清高は痛みに備えて腹に力を入れたが、ナイフが身体に届く直前、
「キヨ! 転がれ!」
と怒鳴り声が聞こえ、後ろから羽交い締めにする力が緩んだ。何も考えず、すぐに身体を捩って地面に転がる。金谷は一瞬前まで清高がいた場所へと勢いよく飛び込んだ。ナイフの刃は吸い込まれるように、さっきまで清高を拘束していた男の腹に深々と刺さる。
「あっ……アアアっ!?」
金谷は弾かれたようにナイフの柄から手を離し、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「金谷テメエ……っ!」
男は刺された腹を押さえて地面に膝をつく。その後ろには、曲がったバットを握る宮脇が、肩で息をしながら立っていた。
アスファルトに転がった清高が呆然とそれを見上げていると、
「早よ立てアホ! ずらかるぞ!」
宮脇は清高の腕を引っ張り、半ば引きずるように走り出す。
「待てっ……! おい、テメーら追いかけろ……っ!」
刺された男が前のめりに倒れながら苦しげに指示するが、金谷はパニックになっている様子で、ワアワア喚くばかりだ。他の不良達は地面に倒れたまま呻き声を上げていて、誰も立ち上がれなかった。
抱きかかえられてバイクに辿り着いた清高は、痛む肩を庇いながらハンドルを握り、ノーヘルのままエンジンをかける。宮脇が後ろに乗ったのを車体の沈み込みで判断し、すぐに発進した。
駐車場を出る直前、車体に何かが当たってプラスチックが割れる音がした。敵の誰かが石を投げたのかもしれない。
「あーっ! クソッ!! 姉貴に殺される……!」
「どうでもエエからはよ飛ばせ! 車で追いかけられたらヤバい!」
宮脇は後ろを振り返りながら叫ぶ。少し走ると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。山を登ってきているようだ。
「なんでパトが来るねん!?」
動揺する宮脇を無視し、清高はサイレンとは逆の方向へと鋭くハンドルを切った。
「は~……エラい目に遭った……」
来たのとは逆方向に山を下り、馴染みのないコンビニの駐車場へバイクをいれた清高は、疲れ切ったようにハンドルに上体を預けて深く息を吐く。宮脇はバイクを降りて、
「金谷のヤツ、ヤバかったな」
と不機嫌と疲労の滲む声で言った。
「うん……クスリに手を出したんだろうな……」
「オマエを押さえとったヤツ、アイツ素人ちゃうやろ」
睨まれて、清高は肩をすくめかけ、さっき傷めたのを思い出して顔をしかめる。
「どないすんねん、お前。ヤクザと関わったら何されるか分からんぞ」
「まあ、なんとかなるよ。多分大丈夫」
「大丈夫な訳あるか! さっきかて刺されかけたのに」
「さっきはホントにヤバかった。助けてくれてアリガト。一瞬刺される覚悟決めてたけど、やっぱ痛いのはヤダからさ」
苦笑する清高に、宮脇はますます顔を険しくする。
「何ヘラヘラしとんねん。またやられたらどないする? カノジョ連れの時に囲まれたら逃げられるんか?」
「わお! 心配してくれてんの?」
清高はあざとく首を傾げて笑う。白い肌と脱色した髪が、コンビニの照明を反射して青白く光る。宮脇は不意に居心地の悪さを覚え、それを隠すように視線を外して腕組みした。
「普通……心配するやろ」
清高は笑みを一段深くして身体を大げさに傾け、宮脇の顔を下から覗き込む。
「や~さしーじゃん。囲まれたら怖いから、明日から送り迎えしてよっつったら?」
「アホか! 自分とこのガッコの誰かに頼めや」
「宮脇のがツエ~じゃん」
宮脇は太い眉を寄せて下唇を突き出したが、内心まんざらでもないと思っているのが丸わかりだ。
「……どうしても、て言うんやったら、良子の送迎がない日は付き合うてもエエぞ」
口角が上がるのを堪えきれずに言われて、清高は我慢できずに笑いを弾けさせた。
「ウソウソ! 全然大丈夫! 今頃アイツら全員しょっ引かれてるはずだよ。パトカー呼んだのオレだもん」
「ハア!?」
宮脇は一瞬何を言われたのか理解できない様子で目を丸くする。清高は腹を抱えて笑い崩れた。
「ひひひひ……おもしれ~。オマエまじ単純過ぎん? よっく今まで変なヤツに欺されずにいられたなあ」
「どういうこっちゃねん! オマエ、ワシのこと欺したんか!? エエ加減にせえよ!?」
「ごめんて! 心配されるの嬉しくて、思わずからかった。ごめんな」
地面にしゃがみ込んだ清高は、まだ笑いつつ手を合わせて謝っている。
クシャクシャに笑った顔で見上げられて、宮脇は振り上げた拳の行く先を失う。からかわれたのは本気で腹立たしいが、どうしても清高を殴ることはできない。無意味に両手を握っては開き、やがて諦めたように元通り胸の前で組みなおし、
「どういうことか説明せえ!」
と清高を睨んだ。
「こないだ言ったじゃん? 有香のオヤジさんが長山署の生活安全課で刑事やってんの。さっきバイク取りに帰った時にオヤジさんと鉢合わせしたから、伝言役の二人組から聞いたに〝ドウヤマ〟って名前をチクったんだ。そしたら、その〝ドウヤマ〟ってのが、捜査中の半グレ集団の構成員だったみたいでさあ。情報くれって言うから、夜九時頃に長山公園に巡回行ったら良いことあるよって教えといた」
「だからタイミング良くポリが来たんか!」
「そう。あの様子じゃ、金谷からは確実に薬物反応出るだろうし、ドウヤマも含めて全員パクられるでしょ。オレが刑事と繋がってるのは誰も知らないから、誰が通報したかは分からない。これで一件落着だよ」
清高は立て板に水のごとくまくし立てる。一件落着と言われても納得できず、宮脇はゆっくりと話の内容を頭の中で反芻した。
「……それ、お前もしょっ引かれる可能性あるんちゃうんか?」
ようやく浮かんだ疑問を口にすると、清高は大げさに首を振る。
「ないない! オレはクリーンだし、警察は身内に甘いからね!」
宮脇は腕組みしたまま低く唸り、
「話は分かったけど……そういうことは先に知らせとけや!」
と吐き捨てた。自分でも驚くほどにムカついている。清高とは信頼しあう仲間というわけではない。金谷をぶん殴りたくて同行しただけの自分に、清高が手の内を全て知らせておく義理なんてない。けれど、一時的にとは言え背中を預け合った相手に軽視されていたと分かって、無性に腹が立った。
「あー、安心したら腹減ったな。なんか食いもん買おうよ」
清高は宮脇の不機嫌に気がつかないのか、気がついてわざと無視しているのか、平気な顔をしてコンビニに向かって歩き出す。宮脇はムカムカしながらも、その後を追った。
コンビニはレジに外国人の店員が一人居る以外は無人だった。
「イラッシャッ……ひぃ」
店員が顔を引きつらせるのを見て、清高は初めて自分と宮脇の惨状に気づく。明るい照明の下で見ると、二人とも酷い格好だった。宮脇の制服は埃まみれで、殴られた顔はあちこち腫れて痣になり始めているし、唇は切れて血がこびりついている。清高の方も、スウェットの膝はすり切れて、ところどころに血飛沫の跡があった。店員が怯えるのも無理はない。
「怖がらせてスイマセンネエ。ちょっと転んで怪我しただけだから、事件とかじゃないんですよ」
清高はヘラヘラと笑いながら店員に頭を下げ、カウンターに【新発売!】と書かれた奇抜な色の飲料と、チョコレート菓子を置く。店員は青ざめた顔で何度も頷きながら、ペットボトルのバーコードを読み取った。
「あとチキンと肉まん一つずつくれます?」
震える手で差し出された品物を受け取って外に出る。
車止めに腰を下ろすと、会計を済ませた宮脇がレジ袋をガサゴソ言わせながら隣に座り込んだ。清高はそっちに向かって
「助けてくれたお礼」
と買ったばかりのチキンと肉まんを差し出す。しかし宮脇は不機嫌に
「いらん。ワシが勝手について行っただけや」
と首を振り、自分で買ったカレーパンに齧り付いた。
「何? オマエ怒ってんの?」
「怒ってない」
「ウッソ! 完全にキレてるじゃん! なんで!?」
清高はチキンと肉まんを両手に持ったまま目を丸くしている。宮脇が苦虫を噛みつぶしたような顔で隣に座る男を睨み、
「……友達に隠し事されるのは誰でもイヤやろが」
と低く言うと、ますますキョトンとした表情になった。
「友達? 誰と誰が?」
「……~っ! もおエエわ!」
宮脇はカレーパンの包みを握りつぶし、清高の手から取り上げたチキンと肉まんを頬張る。清高はポカンとそれを眺めていたが、やがて溶けるように微笑み、
「ええ~? そっか、友達かあ~……。え、ミヤ、オレの友達になってくれるつもりだったんだ?」
と両膝を抱えて首を傾げた。
「そうする気やったけど、警察の件でオマエのことは信用できんようになったわ」
冷たく言い放つと、清高は花がしおれるようにシュンとする。
「ごめん……。宮脇とは知り合ったばっかだし……余計なこと言って、こっちの面倒事に巻き込んだら悪いと思ったんだ……」
悲しそうに目を瞬かせるのを見ると、宮脇はなんだか自分が悪いことをしたような気がしてきて、困惑した。どうもこの男と話していると調子が狂う。
「まあ……今回のことは水に流したるけど、友達づきあいするんなら今後はやめてくれ」
わざとぶっきら棒に言うと、清高はひどく嬉しそうな顔で頷いた。
「オレ、男友達ができるのって小学校以来かも」
宮脇は思わず咽せる。
「ゲホッ、ゲホッ! 小学校以来? なんでやねん!」
「なんでって……知らねー。なんか年の近い男に避けられるんだよね。無駄にいじめられたり、女扱いされたりさあ……。でも反撃したら大抵オレが勝つわけよ。そしたら今度は変に崇拝される感じになっちゃう。舐められるよりは崇拝される方がマシだから、仕方なく、ミヤ的な言い回しで言うと〝番張ってる〟わけ。でも、崇拝も見下しもどっちもキモいから、誰とも仲良くならないように距離置いてるんだよね~」
だから友達は女の子しかいない、と清高は唇を尖らせた。宮脇はなんとも言えない気分で、食べかけだった肉まんを飲み込む。
「……顔が良すぎてもええ事ばっかりやないんやな」
「まあね……」
清高はペットボトルのキャップを捻り、中身を口に含んで盛大に顔をしかめた。
「マッズ! これくっそマズい! ちょ、飲んでみ!」
それまでのしんみりした雰囲気を吹き飛ばすような大声に、宮脇は困惑して首を振ったが
「いや、ちょっと記念に飲んでみなって。すごい味だから!」
無理矢理口元に飲み口を宛がわれ、ボトルを傾けられる。
「やめえや! オイ……!」
強炭酸が一気に口に流し込まれ、なんとも言えない味に吐き気がこみ上げる。
「オェッ! マッズ!!」
思わず地面に吐き出すと、清高は
「な!? すげー味するよな!?」
と手を打って喜んでいる。
「何しよるんじゃ! ボケカスッ! ドツキ回すぞコラァ!」
宮脇が手の甲で口元を拭って顔を上げると、清高は宮脇の買ったコーラを悠々と口に運んでいた。
「オマッ……! 頭イカれとんか!? そりゃワシのコーラやろがい!」
「助け合いだろ!? 友達なんだから!」
「返せクソボケッ! 友達でもやってええ事とアカン事があるやろがアホカスッ!」
細い指からコーラのボトルを取り返し、中身を一気に飲み干すと、清高は腹を抱えて笑い転げる。宮脇は、ほんの少しこのマイペースな男と友達になったことを後悔した。
日付が変わる少し前、清高の運転するバイクは後ろに宮脇を乗せて地元駅へと到着した。終電後のロータリーはしんと静かで、下水の臭いと植え込みのキンモクセイの香りが冷えた風に乗って漂っている。
宮脇がバイクから降りると、清高は肩越しに振り返り、
「じゃあね。助太刀サンキュウ。助かった。今度は普通に遊ぼうぜ」
と片目をつむる。宮脇は
「おう」
と短く答えて、高架下に向かった。清高は広い背が暗がりに消えるまで見送ってから、ゆっくりとスクーターを発進させる。
「トモダチだってさ!」
小さく独りごちると、くすぐったいような嬉しいような気分でクスクス笑ってしまった。
良い気分でバイクを飛ばして自宅に辿り着くと、駐車スペースに見慣れない水色の軽自動車が停まっていた。父が家に帰ってくることは稀だし、水色の軽自動車を買うような趣味ではない。
警戒しながらバイクを降りて車の横に止め、そっと玄関を開けると、明かりの付いたリビングから赤ん坊の泣く声が聞こえてギョッとする。恐る恐るリビングを覗くと、長い髪をクリップでまとめた若い女が、赤ん坊を抱いてあやしていた。女は、三年前に家を出て行った清高の姉、泰巳だった。
泰巳は赤ん坊を抱いたまま顔だけを弟の方へと向け、
「人のバイク勝手に使って夜遊びしてんじゃねーぞ、クソガキ」
と凄む。清高は驚愕のあまり絶句して立ち尽くすことしかできなかった。
