薄暗く狭い部屋の簡易ベッドの上、清高は年上の男に組み敷かれ、巧妙に与えられる快楽に嬌声を上げていた。腹ばいになった清高に背中からのし掛かっているのは、原田竜弥という名の男だ。皺くちゃのシーツに突いた腕には、指から肩までトライバル柄のタトゥーがびっしりと彫られている。清高は細かな柄の入った原田の指に自分の指を絡めて握る。
もっと気持ちよくして欲しい。もっと激しく満たして欲しい。
「りゅーやさん……」
首をねじって後ろを向くと、原田は片眉を上げて意地悪く笑った。唇が触れかけた時、枕元に投げ出してあった原田のスマートホンが鳴り始める。
画面には〝princesa〟の表示。スマホはいしつこく甘ったるいメロディを奏で続けるが、原田はすぐに電話に出ようとしない。清高は不機嫌に眉を寄せて枕に顔を埋めた。
原田と過ごしていると、しょっちゅう耳にする着信音。その度に画面に表示される〝princesa〟の文字。他の相手から掛かってくる時はデフォルトの着信音が鳴る。〝princesa〟だけが特別なのだ。
誰からの通話か訊いてみても、はぐらかされるばかりで、決して教えてもらえない。気になって単語の意味を調べてみると、スペイン語で「王女様」だと分かった。
原田には自分以外に特別な〝王女様〟が居る。
それを知って以来、清高はこの曲が大嫌いになった。耳にする度に酷く苛立つ。
着信音は鳴り止まない。
一分以上メロディを聴かされて、いい加減に苛立ちが頂点に達した清高は
「……でなくていーの?」
と低い声で尋ねた。原田はそれを待っていたかのように、
「出ても良いの?」
と項に唇を落としてくる。同時に中を深くえぐられて、清高は上ずった声を漏らす。
原田ズルい男だ。
応答するまで〝princesa〟が電話をかけ続けてくること、清高が〝princesa〟からの着信を嫌っていること。どちらもよく分かっているくせに、清高を気遣うようなフリだけしてみせる。
「っ……早く出てよ……オレその音キライ」
振り向かないまま呟くと、原田は
「わかったよ。出るよ。通話中はこのまま良い子に黙ってな」
と笑い含みに言って、枕元に置いたスマホに手を伸ばす。中に入れたモノはそのまま、萎える気配もない。
「Hola! Mi amada princesa, ¿cómo estás?」
清高が聞き取れるのは〝princesa〟の一言だけ。早口のスペイン語は全く理解できない。ただ原田の声がひどく甘いのは分かる。
遠い場所にいる王女様と甘い声で話しながら、ついでのように腰を振られて、屈辱と嫉妬で頭に血が上った。けれど、面と向かって文句を言うことはできない。清高は原田が好きだった。というより、原田以外いないのだ。
清高が原田と知り合ったのは三年前の春。中学を卒業したばかりの頃だった。
馴染めない社会への反抗心を抱えて荒れていた清高の前に、原田は突然現れたのだ。自分のセクシャリティに悩み、満たされない欲望を抱えて煩悶していた清高は、すぐに原田の危険な魅力の虜になった。
原田は清高を拒まず、欲望のステップを一つ一つ全て丁寧に教えてくれた。視線を絡めて誘う方法、指を絡めたときの高揚感、キスの味、舌の感触、汗でぬめる肌を擦り合わせる心地よさ、身体を拓かれる悦び……。
恋人だと言われたことはない。自分でもそんな関係ではないと分かっている。良くてセフレ、悪ければ愛玩用のペット。
───ろくでもねー大人……
三年近く付き合って、今はもう分かっているのに、離れられない。教え込まれた身体は原田なしでは満足できず、定期的に求めてしまう。一緒に居ると苦しくなるのに、別れたくはないのだ。
清高は枕に顔を押しつけて声を殺す。身体の内側に熱が籠もった。
「……Te echo de menos.」
チュッと通話口にキスする音を最後に、原田はスマホをベッドに投げ出して、
「よく我慢できたね」
と労うように清高の背中に口づけた。清高は今まで押さえていたものを解放するように、わざとらしく声を上げ、自分から腰を相手に押しつけた。せめて好くしてもらわないと、この関係を続ける意味もなくなる。
「りゅーやサン……もうイキたい……」
顔を上げないまま頼むと、「良いよ」と笑い含みに返されて、激しく揺すられた。早く終わらせてしまいたくて自分で前を触っていると、相手の指が絡んできてペースを乱される。
「あっ、アッ! イッ……イイ……」
「モトイは素直でイイ子」
巧みに導かれて、同時に達した。
ズルリと中から温かいものが抜けていき、背中から体温が離れる。
ダラリと寝そべったまま動けない清高の裏腿を一撫でして、原田はさっさとシャワールームへ消えた。清高はノロノロと起き上がり、汚れた腹と尻をタオルで拭いて服を着る。
二人が行為に及ぶのはいつも同じ場所だった。原田の経営するアクセサリーショップの二階にある工房兼休憩場所。部屋は六畳足らずの狭さで、窓はいつもシャッターで覆われている。清高はシャッターが開いているのを見たことがなかった。壁際には在庫や資材の入った段ボールが雑然と積み上げられ、作業机には様々な工具や作りかけの銀細工が並んでいる。他にあるのは、清高が腰掛けている簡易ベッドと小さな椅子、小型の冷蔵庫が一つ。
原田に『ここに入れるのはオマエだけだよ』と言われた時は嬉しかったが、最近は金を掛けたくないだけなのではないかと疑っている。ホテルで抱かれたいわけではないが、雑に扱われるのは腹が立つ。文句を言えない自分にもムカついた。
清高は脱ぎ捨ててあった靴に足を突っ込み、踵を踏んで立ち上がる。
「竜弥さん、オレもう帰ります」
水音の響くシャワールームに声を掛けると、「おう」とも「ああ」ともとれないような曖昧な声が返ってきた。他に言うことはないのかとムカムカしながら、重いドアを押し開けて狭く急な階段を下りる。
階下の店舗には、センスの良い革製品やシルバージュエリーが置いてあった。どれも原田が作るか、外国で自ら買い付けた一点ものばかりだ。店はこぢんまりとした規模だが、内装はシックでさり気ない高級感が漂っている。田舎町には不似合いなくらい洗練された店だ。
清高は原田のセンスを尊敬していた。いつか自分もこんな店を持ってみたいと思う。もちろんこの町ではなく、もっと都会の、キラキラした場所で、
半分下ろしてあったシャッターを潜って外へ出ると、冷たい風が吹き付けてきた。汗で濡れた髪が急激に冷える。清高は身震いしてパーカーのフードを深く被った。
人けのない路地を駅へ向かって足早に歩きながら、自己嫌悪の沼に落ちていく。原田と寝た後はいつもこうだ。身体は満たされているのに、心が空っぽになってしまう。
さっさと見切りをつけて別の相手を探すべきだと分かっているが、自分の周りでは『同性に対して欲情すること』は未だ致命的な異端扱いで、さらけ出せば爪弾きにされるのはわかりきっている。腹をくくって〝オカマ〟のレッテルを引き受けられるほど、清高は大人でもなければ豪胆でもない。
原田と心から愛し合うのが無理なのは分かっている。週一回は会ってセックスするのに、清高は原田の私生活を一切知らない。知っているのは店の営業内容と、銀細工を作っていること、しょっちゅう外国に買い付けに行くことくらいだ。一緒に飯を食ったこともないし、店の二階以外で会ったこともない。
──別れたほうが良いのは分かってるけどさ……
俯いて溜め息を吐く。けれど、多くを望まなければ、原田は理想の男なのだ。冷たく整った容貌と、無駄な肉のない鍛えられた身体。工房で銀細工を弄りながら、清高が話す子どもじみた馬鹿話を静かに聞いてくれる。清高は原田以外の男を知らないが、セックスも上手い。代わりになるような相手が見つかるとは思えない。
「王女様さえいなくなれば良いのにさ……」
清高はポケットに両手を突っ込んで独りごちた。
もっと気持ちよくして欲しい。もっと激しく満たして欲しい。
「りゅーやさん……」
首をねじって後ろを向くと、原田は片眉を上げて意地悪く笑った。唇が触れかけた時、枕元に投げ出してあった原田のスマートホンが鳴り始める。
画面には〝princesa〟の表示。スマホはいしつこく甘ったるいメロディを奏で続けるが、原田はすぐに電話に出ようとしない。清高は不機嫌に眉を寄せて枕に顔を埋めた。
原田と過ごしていると、しょっちゅう耳にする着信音。その度に画面に表示される〝princesa〟の文字。他の相手から掛かってくる時はデフォルトの着信音が鳴る。〝princesa〟だけが特別なのだ。
誰からの通話か訊いてみても、はぐらかされるばかりで、決して教えてもらえない。気になって単語の意味を調べてみると、スペイン語で「王女様」だと分かった。
原田には自分以外に特別な〝王女様〟が居る。
それを知って以来、清高はこの曲が大嫌いになった。耳にする度に酷く苛立つ。
着信音は鳴り止まない。
一分以上メロディを聴かされて、いい加減に苛立ちが頂点に達した清高は
「……でなくていーの?」
と低い声で尋ねた。原田はそれを待っていたかのように、
「出ても良いの?」
と項に唇を落としてくる。同時に中を深くえぐられて、清高は上ずった声を漏らす。
原田ズルい男だ。
応答するまで〝princesa〟が電話をかけ続けてくること、清高が〝princesa〟からの着信を嫌っていること。どちらもよく分かっているくせに、清高を気遣うようなフリだけしてみせる。
「っ……早く出てよ……オレその音キライ」
振り向かないまま呟くと、原田は
「わかったよ。出るよ。通話中はこのまま良い子に黙ってな」
と笑い含みに言って、枕元に置いたスマホに手を伸ばす。中に入れたモノはそのまま、萎える気配もない。
「Hola! Mi amada princesa, ¿cómo estás?」
清高が聞き取れるのは〝princesa〟の一言だけ。早口のスペイン語は全く理解できない。ただ原田の声がひどく甘いのは分かる。
遠い場所にいる王女様と甘い声で話しながら、ついでのように腰を振られて、屈辱と嫉妬で頭に血が上った。けれど、面と向かって文句を言うことはできない。清高は原田が好きだった。というより、原田以外いないのだ。
清高が原田と知り合ったのは三年前の春。中学を卒業したばかりの頃だった。
馴染めない社会への反抗心を抱えて荒れていた清高の前に、原田は突然現れたのだ。自分のセクシャリティに悩み、満たされない欲望を抱えて煩悶していた清高は、すぐに原田の危険な魅力の虜になった。
原田は清高を拒まず、欲望のステップを一つ一つ全て丁寧に教えてくれた。視線を絡めて誘う方法、指を絡めたときの高揚感、キスの味、舌の感触、汗でぬめる肌を擦り合わせる心地よさ、身体を拓かれる悦び……。
恋人だと言われたことはない。自分でもそんな関係ではないと分かっている。良くてセフレ、悪ければ愛玩用のペット。
───ろくでもねー大人……
三年近く付き合って、今はもう分かっているのに、離れられない。教え込まれた身体は原田なしでは満足できず、定期的に求めてしまう。一緒に居ると苦しくなるのに、別れたくはないのだ。
清高は枕に顔を押しつけて声を殺す。身体の内側に熱が籠もった。
「……Te echo de menos.」
チュッと通話口にキスする音を最後に、原田はスマホをベッドに投げ出して、
「よく我慢できたね」
と労うように清高の背中に口づけた。清高は今まで押さえていたものを解放するように、わざとらしく声を上げ、自分から腰を相手に押しつけた。せめて好くしてもらわないと、この関係を続ける意味もなくなる。
「りゅーやサン……もうイキたい……」
顔を上げないまま頼むと、「良いよ」と笑い含みに返されて、激しく揺すられた。早く終わらせてしまいたくて自分で前を触っていると、相手の指が絡んできてペースを乱される。
「あっ、アッ! イッ……イイ……」
「モトイは素直でイイ子」
巧みに導かれて、同時に達した。
ズルリと中から温かいものが抜けていき、背中から体温が離れる。
ダラリと寝そべったまま動けない清高の裏腿を一撫でして、原田はさっさとシャワールームへ消えた。清高はノロノロと起き上がり、汚れた腹と尻をタオルで拭いて服を着る。
二人が行為に及ぶのはいつも同じ場所だった。原田の経営するアクセサリーショップの二階にある工房兼休憩場所。部屋は六畳足らずの狭さで、窓はいつもシャッターで覆われている。清高はシャッターが開いているのを見たことがなかった。壁際には在庫や資材の入った段ボールが雑然と積み上げられ、作業机には様々な工具や作りかけの銀細工が並んでいる。他にあるのは、清高が腰掛けている簡易ベッドと小さな椅子、小型の冷蔵庫が一つ。
原田に『ここに入れるのはオマエだけだよ』と言われた時は嬉しかったが、最近は金を掛けたくないだけなのではないかと疑っている。ホテルで抱かれたいわけではないが、雑に扱われるのは腹が立つ。文句を言えない自分にもムカついた。
清高は脱ぎ捨ててあった靴に足を突っ込み、踵を踏んで立ち上がる。
「竜弥さん、オレもう帰ります」
水音の響くシャワールームに声を掛けると、「おう」とも「ああ」ともとれないような曖昧な声が返ってきた。他に言うことはないのかとムカムカしながら、重いドアを押し開けて狭く急な階段を下りる。
階下の店舗には、センスの良い革製品やシルバージュエリーが置いてあった。どれも原田が作るか、外国で自ら買い付けた一点ものばかりだ。店はこぢんまりとした規模だが、内装はシックでさり気ない高級感が漂っている。田舎町には不似合いなくらい洗練された店だ。
清高は原田のセンスを尊敬していた。いつか自分もこんな店を持ってみたいと思う。もちろんこの町ではなく、もっと都会の、キラキラした場所で、
半分下ろしてあったシャッターを潜って外へ出ると、冷たい風が吹き付けてきた。汗で濡れた髪が急激に冷える。清高は身震いしてパーカーのフードを深く被った。
人けのない路地を駅へ向かって足早に歩きながら、自己嫌悪の沼に落ちていく。原田と寝た後はいつもこうだ。身体は満たされているのに、心が空っぽになってしまう。
さっさと見切りをつけて別の相手を探すべきだと分かっているが、自分の周りでは『同性に対して欲情すること』は未だ致命的な異端扱いで、さらけ出せば爪弾きにされるのはわかりきっている。腹をくくって〝オカマ〟のレッテルを引き受けられるほど、清高は大人でもなければ豪胆でもない。
原田と心から愛し合うのが無理なのは分かっている。週一回は会ってセックスするのに、清高は原田の私生活を一切知らない。知っているのは店の営業内容と、銀細工を作っていること、しょっちゅう外国に買い付けに行くことくらいだ。一緒に飯を食ったこともないし、店の二階以外で会ったこともない。
──別れたほうが良いのは分かってるけどさ……
俯いて溜め息を吐く。けれど、多くを望まなければ、原田は理想の男なのだ。冷たく整った容貌と、無駄な肉のない鍛えられた身体。工房で銀細工を弄りながら、清高が話す子どもじみた馬鹿話を静かに聞いてくれる。清高は原田以外の男を知らないが、セックスも上手い。代わりになるような相手が見つかるとは思えない。
「王女様さえいなくなれば良いのにさ……」
清高はポケットに両手を突っ込んで独りごちた。
