抱きしめた時の背中の広さと温かさを、清高は今も覚えている。
宮脇といるのは楽しかった。けれど、友達の枠を踏み越えないように付き合うのは難しかったのだ。ひどいやり方で原田に裏切られたばかりだった清高にとって、宮脇は格好の依存対象だったし、依存しないように気を張っていると、ひどく疲れた。
自分の欲望から目を背けているのも辛かった。本当はあの大らかな手の平にもっと触れたかったし、野暮ったいスウェットジャージの下にある肉体に触れたかった。
あの三ヶ月が限界だったと思う。期限があったから、友達でいることができたのだ。
だから、いくら誘われても地元には戻らなかった。成人式に出席すると決めたのは、自分の気持ちを再確認するためだ。会って、顔を見て、まだ好きだと思ってしまうなら──……
「おい、起きろ。終わったぞ」
清高は肩を揺すられてハッとする。気づかぬうちに居眠りしていたようだ。目を擦って顔を上げると、すぐ側に宮脇と小柄な男が一人立っていた。
「お前、式の間中ずっと寝てたな」
バツが悪いのを隠して伸びをすると、
「清高クン、相変わらずイケメンだなあ」
と小柄な男が感心したように言う。愛嬌のある顔に見覚えがあった。
「……鈴木だっけ?」
「覚えててくれたんスか!? うれしー! あのさ、オレらこれから飲み会なんだけど、清高クンもどう?」
「いや、オレは……」
「行くよな? 久々に帰ってきたのに、すぐ帰るとは言わんよな?」
断りかける清高に、宮脇が凄む。
「オレが行ったら迷惑じゃない?」
「全然迷惑じゃない! てか頼むから来て! 最初だけ、顔出すだけでも良いから! 清高クン来るなら行くって女子がいるんスよ!」
鈴木に拝まれて、清高は拍子抜けして笑った。
「あ~、そゆこと? 分かった。邪魔にならないなら行くよ」
「アザス! じゃ、後で!」
鈴木は「清高クンも来るって~」と言いながら、女子たちの方へと走っていく。歓声を上げて手を振る振り袖姿の女の子たちに手を振りかえすと、笑い転げながら会場を出て行った。
「あの女の子たち、物好きだね。それとも、オレの噂を聞いたことないのかな」
「お前、女目当てで飲み会出るんか?」
怪訝そうな顔で問われ、清高はマフラーを巻き直しながら笑う。
「違うよ。岩工の同窓会だったら遠慮したいと思っただけ。一人だけ別の高校のヤツが混じってもツマンネーから」
「そうか」
そう答えると、宮脇は少しホッとしたような顔をした。
二人は再び車に乗り込んで地元の駅まで戻り、月極駐車場に車を戻してから、鈴木に指定された場所へと歩いて向かった。
「金谷の店って、今どうなってんの?」
キョロキョロしながら清高が尋ねると、宮脇は
「駅前のセンター街ごと取り壊されて、マンションが建設中や。ウチの会社も下請けに入ってる」
と答える。
「飲み屋街もほとんど潰れた。ええ店ようけあったから、潰れる前にお前と飲みたくて、何回も誘ったのによ」
ムスッと言われて、清高は困ったように笑ってみせる。
「鈴木とか、会社の人と飲めよ」
「ワシはお前と飲みたかったんや!」
宮脇はどんどん足を速めて裏通りに入る。寂れた飲み屋街に、朝まで営業している居酒屋が一軒だけポツンと残っていた。その二階座敷が今日の会場らしい。
狭い階段を上がって座敷に入ると、既に他の面子は揃っていた。男十人、女五人で、女の子たちは振り袖を脱いで普段着になっている。知った顔がなくて、清高はホッとした。
「ミヤさん、乾杯の音頭オナシャス!」
幹事の鈴木に上座まで呼び出された宮脇は、一斉に視線を向けられて赤面しながら
「新成人に乾杯!」
と大声で言ってグラスの中身を一気に呷る。清高はちびりと酒を舐め、皆と同じように拍手した。
仲間たちに囲まれてグラスにビールを注ぎ合っている宮脇は、眩しいほどに〝マトモ〟だった。元々責任感が強いから、岩工で不良たちをまとめていた男だ。社会に出れば、マトモに働き、マトモに女と付き合って結婚し、地元に家を買って子どもを沢山持つのだろう。お手本のような元不良の人生だ。
それに比べて、清高の予後は悪い。なんとなく若さを食い潰た後、自分がどうなるのかは、自分でも分からない。
適当に宴会ノリに合わせながら、気分はどんどんと沈んでいった。
会は盛り上がったが、女性陣は早々に岩工OBらの男子校ノリについて行けなくなって退散してしまい、後には酒の回った男ばかりが残された。
清高がトイレに立ったついでにスマホの時計を見ると、二十二時三十分になっていた。今すぐ店を出れば、東京行きの最終電車に間に合う。声を掛けて帰ろうと宮脇に近寄ると、
「飲んどるか~!?」
と、真っ赤な顔をして肩を抱かれ、無理矢理隣に座らされた。周りにいた同級生たちがドッと笑う。誰のものか分からないグラスにビールを注がれて手に押しつけられ、清高は口をへの字にして眉を寄せた。
「飲んでるよ。てかオマエは飲み過ぎじゃないの?」
「まだまだじゃあ~! 朝まで飲む!」
「そうか、そうか。オレはもう帰るよ。電車がなくなる」
「アカン!」
宮脇は酒臭い息を吐いて一言叫び、ビール瓶をラッパ飲みした。
「アカンって言われてもなあ。帰らないと」
「そんなに東京は楽しいか!?」
清高は苦笑して、完全に目が据わっている友人の前に水のグラスを置いてやる。
「面白いって訳でもないけど、オレの家、東京だし」
「せやったら、もっとしょっちゅう帰って来いやあ~」
がしっと肩に腕を回されて清高は閉口する。こんなに酒癖が悪いとは思わなかった。
「帰ってくるのに結構金が掛かるんだって。オレ、ビンボーなのよ」
「電車賃くらいワシが出す! なんぼや!?」
「いや、結構高いよ!? なんでそんな帰ってきて欲しがるわけ?」
「だって寂しいやないか~。お前以外の東京行った連中は、しょっちゅう帰ってくるのに、キヨは全然顔見せへん! ワシは寂しい!」
大男に馬鹿力で抱きしめられて、清高はぐえ、と呻いた。宮脇はそのままズルズルと倒れ込み、清高の膝に頭を乗せて床に転がる。助けを求めて辺りを見回したが、皆は隣の座敷に入ってきた女性グループに夢中になっていて、誰も酒乱の宮脇のことなど見ていない。
「キヨよう、ワシはさみしいんや」
清高の膝の上で仰向けになった宮脇の目は酔って充血し、潤んでいる。
「酒乱の上に泣き上戸かよ!」
舌打ちしながら再びスマホを見ると、もうダッシュしても終電には間に合わない時間になっていた。
「アーッ! クソッ! 最悪!」
短いくせ毛に覆われた頭を思い切り平手で叩くと、
「ワシの知らんオマエが増えていくのが嫌なんじゃあ……」
と宮脇は掌底で乱暴に目元を拭う。清高はムッと眉を寄せた。
「なんだよそれ? そりゃみんなそうじゃん。オレだって、オマエらが最近の地元ネタで盛り上がるのについていけなくて寂しいぜ。ミヤがちゃんと就職して社会人やってるのも、取り残された気になるし」
「ほな帰ってこいや。就職口なら紹介するぞ」
「ヤだよ」
「何でや!」
酔っ払いのしつこさに清高は閉口する。宮脇の頭の熱が膝に移って、じんわりと温かい。スーツの上着を脱いでワイシャツだけになった腕にそっと触れると、みっちりと詰まった肉の感触がした。こんなに無防備に近くにいるのに、この男がただの友人でしかないのが苦しい。
「お前こそ何でそんなオレに帰ってきて欲しがるんだよ? ミヤはちゃんと仕事してて、仲良い先輩も後輩もいるじゃん。今日だって、ずっとみんなに囲まれてさ。彼女もいんだろ?」
投げやりに尋ねると、
「おらん。彼女はおらん」
と、きっぱり言い切られた。
「あ、そう……じゃあ作れよ。さっき来てた子、ミヤのこと気になるって言ってたぜ。国道沿いのガソスタで働いてるらしいよ。今度声かけてみたら?」
からかうように言うと、宮脇は両手で顔を覆って黙り込む。
「お~い、寝た? 邪魔だからどいてもらって良い?」
ぺちぺちと腕を叩いても微動だにしない。いい加減、足が痺れてきた。もう放り出して帰ってやろうかと思っていると、
「好きなんや」
と蚊の鳴くような声が聞こえた。
「はぁ?」
「会えんようになってから、オマエのこと思い出すたびに苦しい……」
宮脇は身体の向きを変えて清高の腹にぎゅうと抱きつき、鼾をかき始める。清高は一瞬唖然としたが、次第に腹が立って来るのを感じた。
「ハァ!? なんだよ、それ? 友達でいようって言ったのはお前じゃねーか! 今更それ言ってどうすんの? オレのこと困らせて楽しい? オレがどんな気持ちでお前のこと諦めたと思ってんの?」
耳殻を引っ張って耳元で小さく怒鳴ると、一瞬焦点の合わない目が開いた。が、すぐに瞼の重さに負けたように閉じてしまう。こんなに酔わないと告白する勇気もでないのかと更に腹が立った。
いつまでも友人だと言ったのは宮脇だ。その言葉を尊重して、好きにならないよう気持ちにブレーキをかけてきたのに、今さら『好き』とか何のつもりだ。
「勝手すぎる!」
清高は勢いよく立ち上がり、膝の上に乗っていた宮脇の頭を畳の上に転がした。宮脇は薄目を開けて呻いたが、すぐまた眠り込んでしまう。清高は冷ややかな目でそれを見下ろし、幹事の鈴木に声を掛けた。
「おーい、鈴木! 悪いけどオレ帰るわ」
「あ、帰っちゃうんすか? ミヤさん、キヨ君が来るのめちゃくちゃ楽しみにしてたんスけど……」
「潰れて寝てる酔っ払いの相手したくねえし。支払いいくら?」
「とりあえず一万で。余ったらミヤさんにお釣り渡すんで、そっちから受け取って下さい」
鈴木は手慣れた様子で宮脇の頭を座布団に乗せてやりながら言う。幹事も自ら買って出たようだし、世話好きなのだろう。
「いや、釣りは次の飲み会の足しにして。あんまりミヤと会うことねえし」
清高が言うと、鈴木は目を丸くした。
「え? しょっちゅう会ってるんじゃないんすか?」
「イヤ全然。電話はたまにするけど、顔見るのは二年ぶり」
「マジで? ミヤさんと飲むたびにキヨ君の話するから、てっきり今もツルんでるんだと思ってた」
「ツルんでねえし」
清高はムッと眉を寄せたが、
「マジか~、じゃあミヤさん余っ程キヨタカ君のこと忘れたくねえんスね。グダグダに酔うと、いっつもアンタの話ばっかっすよ。コンビニ寄る度に期間限定のマズいジュースばっかり飲むとか、金ないのに肉まん奢ってくれたとか、カレーと甘いもんが好きとか、髪の毛がパッサパサだとか……そんなんばっか耳タコになるほど聞かされる」
と鈴木が言うのを聞いて、毒気を抜かれた。宮脇がそんなつまらないことまで覚えているなんて、思ってもみなかった。
「何なんだよ、アイツ……」
「でしょ!? で、毎回起きたら全然覚えてねーの! 正直めちゃ迷惑! キヨ君またこっち戻ってこねえスか? 一回、ミヤさんの気が済むまで相手してやって下さいよ」
「いや~絶対嫌だわ。さっきの一万円の釣りは鈴木にやる。迷惑料」
「マジ!? アザス!」
鈴木は指を鳴らして喜ぶ。
残った面子に軽く挨拶して店を出ると、外は息が白くなるほど寒かった。清高は見た目ほど温かくないコートの前をかき合わせ、歩きながらスマホで路線を検索する。隣県の大きな駅までなら、まだ電車があるようだった。そこならホテルかネットカフェがあるだろう。
人気のないホームで寒さに震えていると、終電を逃す原因になった宮脇に対する怒りが再燃してきた。
「なんだよ、今さら好きって! 舐めてんのか。帰ってこいとか寂しいとか言うなら、オマエが東京に出て来いっつーの!」
ひび割れたコンクリートを蹴りつけて悪態を吐いた。
けれど、膝に乗った頭の重みや、腹に巻き付いた腕の強さと体温を思い出すと頬に血が上る。こっちはとっくに好きなのだ。友達でいるかどうかの決定権を握っているのは宮脇なのに、酔った勢いであんな告白をするのは卑怯だ。
「あ~あ……クソッ!」
清高は思いきり舌打ちし、スマホに短い一文を打ち込む。
『お友達からはじめてみる?』
吐き出した息が夜気に溶ける前に、メッセージは電波に乗った。
宮脇といるのは楽しかった。けれど、友達の枠を踏み越えないように付き合うのは難しかったのだ。ひどいやり方で原田に裏切られたばかりだった清高にとって、宮脇は格好の依存対象だったし、依存しないように気を張っていると、ひどく疲れた。
自分の欲望から目を背けているのも辛かった。本当はあの大らかな手の平にもっと触れたかったし、野暮ったいスウェットジャージの下にある肉体に触れたかった。
あの三ヶ月が限界だったと思う。期限があったから、友達でいることができたのだ。
だから、いくら誘われても地元には戻らなかった。成人式に出席すると決めたのは、自分の気持ちを再確認するためだ。会って、顔を見て、まだ好きだと思ってしまうなら──……
「おい、起きろ。終わったぞ」
清高は肩を揺すられてハッとする。気づかぬうちに居眠りしていたようだ。目を擦って顔を上げると、すぐ側に宮脇と小柄な男が一人立っていた。
「お前、式の間中ずっと寝てたな」
バツが悪いのを隠して伸びをすると、
「清高クン、相変わらずイケメンだなあ」
と小柄な男が感心したように言う。愛嬌のある顔に見覚えがあった。
「……鈴木だっけ?」
「覚えててくれたんスか!? うれしー! あのさ、オレらこれから飲み会なんだけど、清高クンもどう?」
「いや、オレは……」
「行くよな? 久々に帰ってきたのに、すぐ帰るとは言わんよな?」
断りかける清高に、宮脇が凄む。
「オレが行ったら迷惑じゃない?」
「全然迷惑じゃない! てか頼むから来て! 最初だけ、顔出すだけでも良いから! 清高クン来るなら行くって女子がいるんスよ!」
鈴木に拝まれて、清高は拍子抜けして笑った。
「あ~、そゆこと? 分かった。邪魔にならないなら行くよ」
「アザス! じゃ、後で!」
鈴木は「清高クンも来るって~」と言いながら、女子たちの方へと走っていく。歓声を上げて手を振る振り袖姿の女の子たちに手を振りかえすと、笑い転げながら会場を出て行った。
「あの女の子たち、物好きだね。それとも、オレの噂を聞いたことないのかな」
「お前、女目当てで飲み会出るんか?」
怪訝そうな顔で問われ、清高はマフラーを巻き直しながら笑う。
「違うよ。岩工の同窓会だったら遠慮したいと思っただけ。一人だけ別の高校のヤツが混じってもツマンネーから」
「そうか」
そう答えると、宮脇は少しホッとしたような顔をした。
二人は再び車に乗り込んで地元の駅まで戻り、月極駐車場に車を戻してから、鈴木に指定された場所へと歩いて向かった。
「金谷の店って、今どうなってんの?」
キョロキョロしながら清高が尋ねると、宮脇は
「駅前のセンター街ごと取り壊されて、マンションが建設中や。ウチの会社も下請けに入ってる」
と答える。
「飲み屋街もほとんど潰れた。ええ店ようけあったから、潰れる前にお前と飲みたくて、何回も誘ったのによ」
ムスッと言われて、清高は困ったように笑ってみせる。
「鈴木とか、会社の人と飲めよ」
「ワシはお前と飲みたかったんや!」
宮脇はどんどん足を速めて裏通りに入る。寂れた飲み屋街に、朝まで営業している居酒屋が一軒だけポツンと残っていた。その二階座敷が今日の会場らしい。
狭い階段を上がって座敷に入ると、既に他の面子は揃っていた。男十人、女五人で、女の子たちは振り袖を脱いで普段着になっている。知った顔がなくて、清高はホッとした。
「ミヤさん、乾杯の音頭オナシャス!」
幹事の鈴木に上座まで呼び出された宮脇は、一斉に視線を向けられて赤面しながら
「新成人に乾杯!」
と大声で言ってグラスの中身を一気に呷る。清高はちびりと酒を舐め、皆と同じように拍手した。
仲間たちに囲まれてグラスにビールを注ぎ合っている宮脇は、眩しいほどに〝マトモ〟だった。元々責任感が強いから、岩工で不良たちをまとめていた男だ。社会に出れば、マトモに働き、マトモに女と付き合って結婚し、地元に家を買って子どもを沢山持つのだろう。お手本のような元不良の人生だ。
それに比べて、清高の予後は悪い。なんとなく若さを食い潰た後、自分がどうなるのかは、自分でも分からない。
適当に宴会ノリに合わせながら、気分はどんどんと沈んでいった。
会は盛り上がったが、女性陣は早々に岩工OBらの男子校ノリについて行けなくなって退散してしまい、後には酒の回った男ばかりが残された。
清高がトイレに立ったついでにスマホの時計を見ると、二十二時三十分になっていた。今すぐ店を出れば、東京行きの最終電車に間に合う。声を掛けて帰ろうと宮脇に近寄ると、
「飲んどるか~!?」
と、真っ赤な顔をして肩を抱かれ、無理矢理隣に座らされた。周りにいた同級生たちがドッと笑う。誰のものか分からないグラスにビールを注がれて手に押しつけられ、清高は口をへの字にして眉を寄せた。
「飲んでるよ。てかオマエは飲み過ぎじゃないの?」
「まだまだじゃあ~! 朝まで飲む!」
「そうか、そうか。オレはもう帰るよ。電車がなくなる」
「アカン!」
宮脇は酒臭い息を吐いて一言叫び、ビール瓶をラッパ飲みした。
「アカンって言われてもなあ。帰らないと」
「そんなに東京は楽しいか!?」
清高は苦笑して、完全に目が据わっている友人の前に水のグラスを置いてやる。
「面白いって訳でもないけど、オレの家、東京だし」
「せやったら、もっとしょっちゅう帰って来いやあ~」
がしっと肩に腕を回されて清高は閉口する。こんなに酒癖が悪いとは思わなかった。
「帰ってくるのに結構金が掛かるんだって。オレ、ビンボーなのよ」
「電車賃くらいワシが出す! なんぼや!?」
「いや、結構高いよ!? なんでそんな帰ってきて欲しがるわけ?」
「だって寂しいやないか~。お前以外の東京行った連中は、しょっちゅう帰ってくるのに、キヨは全然顔見せへん! ワシは寂しい!」
大男に馬鹿力で抱きしめられて、清高はぐえ、と呻いた。宮脇はそのままズルズルと倒れ込み、清高の膝に頭を乗せて床に転がる。助けを求めて辺りを見回したが、皆は隣の座敷に入ってきた女性グループに夢中になっていて、誰も酒乱の宮脇のことなど見ていない。
「キヨよう、ワシはさみしいんや」
清高の膝の上で仰向けになった宮脇の目は酔って充血し、潤んでいる。
「酒乱の上に泣き上戸かよ!」
舌打ちしながら再びスマホを見ると、もうダッシュしても終電には間に合わない時間になっていた。
「アーッ! クソッ! 最悪!」
短いくせ毛に覆われた頭を思い切り平手で叩くと、
「ワシの知らんオマエが増えていくのが嫌なんじゃあ……」
と宮脇は掌底で乱暴に目元を拭う。清高はムッと眉を寄せた。
「なんだよそれ? そりゃみんなそうじゃん。オレだって、オマエらが最近の地元ネタで盛り上がるのについていけなくて寂しいぜ。ミヤがちゃんと就職して社会人やってるのも、取り残された気になるし」
「ほな帰ってこいや。就職口なら紹介するぞ」
「ヤだよ」
「何でや!」
酔っ払いのしつこさに清高は閉口する。宮脇の頭の熱が膝に移って、じんわりと温かい。スーツの上着を脱いでワイシャツだけになった腕にそっと触れると、みっちりと詰まった肉の感触がした。こんなに無防備に近くにいるのに、この男がただの友人でしかないのが苦しい。
「お前こそ何でそんなオレに帰ってきて欲しがるんだよ? ミヤはちゃんと仕事してて、仲良い先輩も後輩もいるじゃん。今日だって、ずっとみんなに囲まれてさ。彼女もいんだろ?」
投げやりに尋ねると、
「おらん。彼女はおらん」
と、きっぱり言い切られた。
「あ、そう……じゃあ作れよ。さっき来てた子、ミヤのこと気になるって言ってたぜ。国道沿いのガソスタで働いてるらしいよ。今度声かけてみたら?」
からかうように言うと、宮脇は両手で顔を覆って黙り込む。
「お~い、寝た? 邪魔だからどいてもらって良い?」
ぺちぺちと腕を叩いても微動だにしない。いい加減、足が痺れてきた。もう放り出して帰ってやろうかと思っていると、
「好きなんや」
と蚊の鳴くような声が聞こえた。
「はぁ?」
「会えんようになってから、オマエのこと思い出すたびに苦しい……」
宮脇は身体の向きを変えて清高の腹にぎゅうと抱きつき、鼾をかき始める。清高は一瞬唖然としたが、次第に腹が立って来るのを感じた。
「ハァ!? なんだよ、それ? 友達でいようって言ったのはお前じゃねーか! 今更それ言ってどうすんの? オレのこと困らせて楽しい? オレがどんな気持ちでお前のこと諦めたと思ってんの?」
耳殻を引っ張って耳元で小さく怒鳴ると、一瞬焦点の合わない目が開いた。が、すぐに瞼の重さに負けたように閉じてしまう。こんなに酔わないと告白する勇気もでないのかと更に腹が立った。
いつまでも友人だと言ったのは宮脇だ。その言葉を尊重して、好きにならないよう気持ちにブレーキをかけてきたのに、今さら『好き』とか何のつもりだ。
「勝手すぎる!」
清高は勢いよく立ち上がり、膝の上に乗っていた宮脇の頭を畳の上に転がした。宮脇は薄目を開けて呻いたが、すぐまた眠り込んでしまう。清高は冷ややかな目でそれを見下ろし、幹事の鈴木に声を掛けた。
「おーい、鈴木! 悪いけどオレ帰るわ」
「あ、帰っちゃうんすか? ミヤさん、キヨ君が来るのめちゃくちゃ楽しみにしてたんスけど……」
「潰れて寝てる酔っ払いの相手したくねえし。支払いいくら?」
「とりあえず一万で。余ったらミヤさんにお釣り渡すんで、そっちから受け取って下さい」
鈴木は手慣れた様子で宮脇の頭を座布団に乗せてやりながら言う。幹事も自ら買って出たようだし、世話好きなのだろう。
「いや、釣りは次の飲み会の足しにして。あんまりミヤと会うことねえし」
清高が言うと、鈴木は目を丸くした。
「え? しょっちゅう会ってるんじゃないんすか?」
「イヤ全然。電話はたまにするけど、顔見るのは二年ぶり」
「マジで? ミヤさんと飲むたびにキヨ君の話するから、てっきり今もツルんでるんだと思ってた」
「ツルんでねえし」
清高はムッと眉を寄せたが、
「マジか~、じゃあミヤさん余っ程キヨタカ君のこと忘れたくねえんスね。グダグダに酔うと、いっつもアンタの話ばっかっすよ。コンビニ寄る度に期間限定のマズいジュースばっかり飲むとか、金ないのに肉まん奢ってくれたとか、カレーと甘いもんが好きとか、髪の毛がパッサパサだとか……そんなんばっか耳タコになるほど聞かされる」
と鈴木が言うのを聞いて、毒気を抜かれた。宮脇がそんなつまらないことまで覚えているなんて、思ってもみなかった。
「何なんだよ、アイツ……」
「でしょ!? で、毎回起きたら全然覚えてねーの! 正直めちゃ迷惑! キヨ君またこっち戻ってこねえスか? 一回、ミヤさんの気が済むまで相手してやって下さいよ」
「いや~絶対嫌だわ。さっきの一万円の釣りは鈴木にやる。迷惑料」
「マジ!? アザス!」
鈴木は指を鳴らして喜ぶ。
残った面子に軽く挨拶して店を出ると、外は息が白くなるほど寒かった。清高は見た目ほど温かくないコートの前をかき合わせ、歩きながらスマホで路線を検索する。隣県の大きな駅までなら、まだ電車があるようだった。そこならホテルかネットカフェがあるだろう。
人気のないホームで寒さに震えていると、終電を逃す原因になった宮脇に対する怒りが再燃してきた。
「なんだよ、今さら好きって! 舐めてんのか。帰ってこいとか寂しいとか言うなら、オマエが東京に出て来いっつーの!」
ひび割れたコンクリートを蹴りつけて悪態を吐いた。
けれど、膝に乗った頭の重みや、腹に巻き付いた腕の強さと体温を思い出すと頬に血が上る。こっちはとっくに好きなのだ。友達でいるかどうかの決定権を握っているのは宮脇なのに、酔った勢いであんな告白をするのは卑怯だ。
「あ~あ……クソッ!」
清高は思いきり舌打ちし、スマホに短い一文を打ち込む。
『お友達からはじめてみる?』
吐き出した息が夜気に溶ける前に、メッセージは電波に乗った。
