お友達からはじめましょう

 清高は自室のベッドに寝転がって、新しいスマホの画面に表示されるくだらない動画をぼんやりと眺めていた。前のものは警察に押収されたまま戻って来ていない。申請すれば返してもらえるのかもしれないが、面倒なので新しい物を買ったのだ。金は、今まで貯めてあったバイト代から出した。卒業後に原田と住もうと思って貯めていた金だ。
 見たくもない動画を表示し続けるスマホを投げ出して目を閉じる。なんだかひどく虚しかった。原田が捕まって、あんなに好きだったシルバーやジュエリーの世界への興味が完全に失せてしまった。結局、自分が好きだったのは原田で、アートやファッションではなかったのだ。
 気晴らしに外へ出ても、行動確認の刑事がついて来るし、学校へ行けば噂話をされる。早く地元を離れたかったが、卒業まではどうしようもなかった。

 溜め息をついてスマホを投げ出した途端、着信音が鳴り響く。慌てて画面に表示された番号を見て、清高は息を詰まらせた。もう連絡することもないと思って登録していなかった番号。でも誰のものかは覚えている。
 着信音はいつまでも鳴り止まない。震える指で応答のアイコンに触れると、わずかな雑音の後に
『……よう、元気か? ワシや』
 という低い声が聞こえた。ベタベタの関西訛りがひどく懐かしい。胸がいっぱいになるのを誤魔化そうと、
「……ワシワシ詐欺?」
 と茶化すと、
『ちゃうわい! 宮脇や! 声でわからんか?』
 と怒ったような声が返ってきた。清高は思わず笑ってしまう。
「アハハ、わかってるよ。でも、なんでミヤがこの番号を知ってる?」
『山上さんが教えてくれた。前のはどうした?』
「原田との通話記録があるから、ケーサツに持って行かれてそのまま。手続き面倒くさいから新しいの買った」
『ああ……あれからなんか進展あったんか?』
 心配そうな声音で問われ、清高がわざと
「知らねー。興味もねえよ」
 と雑に返事をすると、
『……お前、大丈夫なんか? ちゃんと飯食って寝てるか?』
 と心配されてしまった。
「食ってるし、寝てるよ」
『今からそっち行ってエエか?』
「いらねーよ、来んなよ。オレは元気でやってる。用件はそれ? ひょっとして有香にでも頼まれた?」
 清高がやけ気味に言うと、宮脇は黙る。図星だろう。
「あのさ、心配はありがたいけど、もう連絡してくんなくて良いよ。オレとツルんでたら、お前も良くない噂に巻き込まれる。オレは卒業したら地元出るけど、ミヤは地元で働くんだろ?」
 わざと冷たい声で言うと、宮脇はしばらく唸っていたが、
『山上さんに言われたんはその通りやけど、ワシがお前と話したかったから連絡した』
 と答え、
『あのな、』
 と何か言いかけて言葉を切った。そのままスマホは沈黙し、画面上で通話時間を示す数字だけが着々と増えていく。清高がぼんやりとそれを眺めていると、たっぷり一分以上経ってから、
『ワシ、ずっと考えとってんけど、別に友達止める必要はないやろ』
 と唸るような声が聞こえた。清高は意図が分からずに首を傾げる
「はぁ?」
『噂なんかどうでもエエんや。元々借金取りから逃げてこっちに引っ越してきたから、後ろ指指されるのには慣れてる。っちゅーか、別にお前は何も悪くないやんけ。悪いのは全部原田やろ!』
「そりゃまあそうだけど……でもオレと竜弥さんが愛人関係だったってのもバレてるし、オレと一緒にいたらミヤもそういう目で見られるじゃん?」
 清高がそう言うと、スピーカーの向こうでヒュッと息を吸う音が聞こえた。
『そういう目ってなんやねん! 別になんも悪いことちゃうやん!』
 押し殺した声で宮脇は続ける。
『ワシとキヨがどんな間柄なんかは、周りがどうこう言うことと違う! ワシはキヨのこと大事な友達やと思うし、友達でおりたい。連絡もする。心配やから顔も見たい。それ迷惑とは思わん!』
 清高が少し間を開けて、
「……じゃあ、ミヤのこと好きになってもいい?」
 と問うと、宮脇は一瞬間を置いてから、
『キヨの気持ちはキヨの自由やから』
 と低く答えた。
『正直、ワシはそういうのはよく分からんけど、お前が本気でワシと付き合いたいんやったら、考えてみる。……考えた方がええんか?』
 ひどく真面目に言われて、清高は面食らってスマホをまじまじと見つめた。ビデオ通話ではないから、そこに宮脇の顔は映っていない。顔が見たいと強く思った。
「ごめん、試すようなこと言った。今はまだ誰とも付き合いたくない」
 そう言うと、溜め息を吐く音が聞こえた。呆れたのか、安堵したのか、音だけでは分からない。
「ひょっとして、こないだオレがカムアウトしたから、ずっと考えてくれてたわけ?」
『そら考えるやろが! 友達なんやから! しょうもないこと言うヤツもおるけど、ワシはお前が男と付き合っても変やと思わん。相手が人間として論外な原田やったから、怒ってるだけや』
「……竜弥さんより先に、アンタに会えてれば良かったな」
 ポツリと言うと、宮脇が再び大きな溜め息を吐くのが聞こえた。清高は柔らかく目を細める。
「ウソだよ。ミヤと友達になれて良かった」
『おう。正月はヒマか? 暇やったら、ウチに遊びに来いや。良子とオカンもキヨに会いたがってるし』
 さり気ない誘いが嬉しかった。気遣われているのを実感する。清高は空っぽだった心に温かさが戻ってくるのを感じながら、
「遊びに行くよ」
 と通話口にそっと囁いた。


 二人の微妙な友人関係は、清高が地元を離れる春まで続いた。わざわざホームまで見送りに来た宮脇は、感傷を隠すようなしかめ面で、
「いつでも帰って来いよ」
 と言い清高の手を強く握った。清高は黙って自分より体格の良い友人を一度だけ強く抱きしめ、振り返らずに東京行きの電車に乗り込んだ──……