お友達からはじめましょう

 原田の運転するバンは国道を快調に飛ばした。清高は熱でぐったりしていたが、かろうじて目を開けて前を見ていた。原田は高速道路に向かっているようだ。こんな時に限って道は空いていて、信号に引っかかることもない。清高は焦っていた。県境を越えられてしまうと、警察が来る見込みは大幅に減る。
「どこ行くの……?」
 かすれきった声で言うと、
「聞いてどうする?」
 と不機嫌そうな声が返ってきた。
「……あのさ、一回家に連絡さしてくんない? 流石に家族が心配して警察に連絡するかもしんねえし」
「SAついたら携帯貸すから電話しろ。おかしな事しゃべったら、姉貴と赤ん坊がどうなるかは分かるな?」
 小細工は通用しないと観念し、清高はヘッドレストに頭を預けて目を閉じた。
 自宅の場所や姉のことを話した覚えはないが、原田はこっちの事などとうに調べてあったようだ。
「最初から、オレのことビジネスに勧誘する気だったんだ?」
 投げやりに問うと、原田はバックミラー越しに冷たい視線を向けてくる。
「それを聞いてどうする?」
「別に……どうもしない」
 清高は諦めて目を閉じたが、しばらくしてから原田が溜め息を混じりに話し始めた。
「最初からお前を巻き込む気はなかったさ。……オレだってたまには気を抜きたい時もある。あの店はカモフラージュ用だが、純粋にプライベートの趣味でやってた部分もある。お前を可愛がったのも、オレの趣味さ。お前は女みてえにギャーギャー言わねえし、勝手に危ねえことに手を出したりしねえしな」
「へえ……」
「オレはお前の〝マトモ〟で賢いとこを気に入ってるんだ。二人でならきっとデカいことができるぜ。今までオレを踏んできた奴ら全員にきっちり仕返しして、山ほど金を稼いで、城か……島を買おう。そこで、お前とオレは、双子のキングになるんだ」
 ハンドルを指で叩きながら歌うように言う。
 清高は深く落胆した。原田の漂わせるアウトサイダーの危険な香りは、香りだけだからこそ魅力的だったのだ。本当に社会から逸脱しているのなら、魅力どころか嫌悪感しか抱けない。特にドラッグビジネスは擁護の余地がない。
 このまま原田の思い通りになるのは危険すぎる。無理矢理にでも逃げたほうがいいと判断した清高は、次に減速した時に外に出ようとドアにもたれ掛かってレバーに手を掛けたが、原田は目ざとくそれに気づき、
「無駄だよ。ロックがかかってる」
 と嗤う。前方には高速道路の入口が近づいてきていた。清高は絶望感に打ちのめされて強く目をつむる。
 しかし、すぐに鋭い舌打ちの音が聞こえ、車がわずかに減速するのを感じた。目を開けると、すぐ前に乗用車が一台割り込んできている。原田はウィンカーを出して車線変更しようとしたが、隣からも幅寄せされて更に減速を余儀なくされた。
 原田は忌々しそうに顔を歪め、何度もクラクションを鳴らす。しかし、前と横の車は黒いバンを挟んで路肩に誘導した。
「Mierda(クソッ)!」
 車を止めた原田はハンドルを拳で叩く。前の車からはスーツ姿の男二人が下りてきて、その内の年かさの方が運転席側の窓をのぞき込んだ。。
「警察です。ちょっとお伺いしたいことがあるので、開けてもらえますか?」
 窓越しに警察手帳を突きつけられた原田は、
「口裏を合わせろ。オレはお前を病院に運ぶところだ。分かったな?」
 とミラー越しに指示し、清高が頷くのを見てから窓を下ろす。
「何ですか? 病人を運んでるところなんですけど」
 面倒くさそうに応答する原田に、刑事は突然表情を厳しくし、
「原田竜弥だな? 堂山信夫殺害及び死体遺棄容疑で逮捕状が出てる。ドアを開けて外へ出ろ!」
 と書類を突きつけた。原田は一瞬目を見開き、
「ああ……そっちか……」
 と呟いてハンドルに上半身を伏せた。
「もう逃げられんぞ。大人しく出てこい!」
「……言われなくても」
 原田は観念したように言って、大人しくドアを開けた。右手をジャケットに入れるのが見え、清高は咄嗟に
「銃を持ってる!」
 と叫ぶ。刑事の一人が弾かれたように拳銃を抜いて構え、もう一人が原田の右腕を捻り上げて地面に押さえつけた。鮮やかな手際だった。
 原田は待機していた他の警察官にも取り押さえられてジャケットを脱がされ、手錠をかけられる。誰かが時刻を告げる声がした。

「君、大丈夫?」
 後部座席のドアが開き、女性警官に声を掛けられて、清高はようやく見開いたままだった目を瞬かせる。乾いた目が痛み、涙が滲んだ。
 ジャケットを着せかけられ、肩を支えられて車から降りた清高の目の前で、手錠をかけられた原田がパトカーに乗せられる。ドアが閉まる瞬間、原田は清高に向かってわずかに笑んだ。年少者への憐れみと慈しみの混ざった微笑みは、初めて会った時と同じ優しさに満ちていた。
「竜弥さん……」
 清高の呟きは、原田には聞こえなかっただろう。パトカーに乗せられた原田は二度と清高に目を向けず、真っ直ぐ前を向いていた。