岩瀬川工業高校の三階にある空き教室には、なぜか教師たちから咎められる事もなく麻雀卓が置いてある。今は地元の有力者になっている卒業生からの寄付だから、捨てることができないと言うのが専らの噂だ。
とある放課後、不良仲間たちと勝負に挑んだ宮脇は、半荘終わって箱割れし、不機嫌も露わに席を立った。
「ミヤ、今日はツイてないな!」
「うっさい!」
一声吠えて、熱くなった頭を冷やすためにベランダに出る。日没はまだ遠いのに空は真っ暗で、冷たい雨が降り出していた。
宮脇は手摺りに寄りかかってポケットからスマホを取り出す。メッセージアプリを起動すると、清高に送ったメッセージは未だに未読のままだった。送ったのは三日前、妹へのプレゼントを買いに行った日だ。喧嘩別れしたので返信がないのかと思ったが、既読もつかないのは奇妙だ。宮脇は迷った末に通話ボタンを押した。数回のコール音の後に電話が繋がる。
「あ、キヨか? 宮脇やけど……」
しかし、聞こえてきたのは無機質なアナウンスだった。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
なんとなく嫌な気分で、ひび割れた画面を見つめていると、
「あっ、ミヤさん! いたいた!」」
と背を叩かれた。振り返ると、同じ学年の鈴木という男だ。フットワークの軽さを生かして情報屋のまねごとをしているヤツで、殴られているところを助けてやって以来、同い年なのにいつも敬語で話しかけてくる。
「なんや?」
「校門のとこにいるイケてる女がミヤさんと呼んでます。真っ黒な髪の毛をビシっと短くして、真っ赤なリップ塗った韓国アイドルみたいなキレーな子っす! アレ、ミヤさんの彼女ッスか? 流石ッスね! めっちゃオレの好みのタイプっす」
鈴木はクネクネと身を捩りながら笑う。宮脇は不機嫌に鼻を鳴らした。
「彼女なわけない。どこのガッコの女や」
「コート着てたんで制服はわかんねえんすけど、カバンが花商のヤツっぽかったスね」
それを聞いた刹那、パッと脳裏に清高の顔が浮かび、続いて彼が連れ歩いていた女子の顔が浮かんだ。黒髪を短く切りそろえた美人。アリカとか言う名だった。宮脇に用があるなら清高を経由すれば良いのに、有香自身がわざわざここを訪ねてきたということは、それができない切羽詰まった理由があるということだ。猛烈に嫌な胸騒ぎがした。
「アホ! それを早よ言え!」
宮脇は鈴木の頭を平手ではたき、カバンをひっつかんで駆けだした。大慌てで昇降口に向かい、靴を履き替えて傘も差さずに校門へ走る。
門扉の側で黒い傘を広げて立っていたのは、やはり山上有香だった。宮脇に気付いて片手を上げた有香は、
「キヨから連絡来てない?」
と挨拶もなく本題を切り出す。宮脇は顔をしかめ、眉間に深く皺を寄せた。
「来てない。何かあったんか?」
「家にも学校にも顔を出してないの。電話もつながんない。もう三日になる。もしかしてアンタには連絡してるかもと思って、ここまで来たんだけど……」
「三日前から? ワシが最後にアイツの顔見たんが三日前やぞ。そっから家に戻ってないんか?」
「泰巳さん……キヨのお姉さんは戻ってないって言ってた。アンタ、三日前にどこでキヨと会ったの?」
「長山のモール。その時、ちょっと言い合いになった。アイツが原田のとこへ行くって言うから、止めたらエラい怒って、先に一人で帰ってしもたんや。……ひょっとすると、ずっと原田のとこにおるんかもしれん」
「原田! 別れろってあんなに言ったのに!」
「キヨと原田はどういう関係なんや? あのオッサン、カタギとちゃうやろ」
宮脇が問うと、有香は身震いしながら首を振った。
「残念ながらカタギ。少なくとも、原田竜弥って名前は指定暴力団の関係者リストには載ってない。パパに調べてもらった。載ってたら、何があっても別れろって言ったわよ」
「ああ、アンタの父親が刑事なんやっけ?」
宮脇が聞くと有香は怖い顔で頷く。
「原田はバイト先のオーナーで、良くしてもらってるから懐いてるだけだってキヨは言うけど、そんなのウソよ。キヨはアイツと寝てる」
「ね……!?」
宮脇は目を見開いて絶句した。
「ね、寝てるって……どっちも男やないか!」
「性別は関係ないでしょ」
有香は宮脇を鋭く睨み、ピシャリと言った。宮脇は、清高が大事そうに小指につけていた銀の指輪を思い出し、苦い気持ちになる。
「アンタそれキヨの口から聞いたんか?」
「本人の口から聞いたわけじゃないけど、キヨの態度を見てれば分かる。でも、アタシに口出しできることじゃないから黙ってた。そっか、原田のところにいるのか……どうしよう……戻ってこない気かな……」
有香は傘で顔を隠すようにして呟く。
「どうしようって……連れ戻さなアカンやろ。さっき携帯に電話掛けたら、電源が入ってないか電波の届かんところに~てアナウンスやったぞ。原田の店は町中やのに、電波が届かんわけない。充電できてないのも、おかしいやないか!」
思わず大声で怒鳴ると、有香はますます俯いた。黒い傘の表面を雨の粒が次々に流れていく。
「アタシのせいなの……」
ポツリと呟かれた言葉に、宮脇は怪訝な顔をする。有香は傘で上半身を隠したまま、懺悔するように続けた。
「キヨが原田に縋ることになった原因……多分アタシなの……。アタシがキヨを泰巳さんの代わりにしたせいで……」
「やすみ? 誰やそれ?」
「泰巳さんはキヨのお姉さん。アタシは泰巳さんが好きで……好きすぎて……泰巳さんが家を出て行っちゃった時、ちょっと気が変になってたの。背が伸びる前のキヨは泰巳さんとそっくりだったから、アタシはキヨを泰巳さんの代わりにした。キヨが男が好きになったのは、そのせいなんじゃないかって、ずっと思ってて……」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれ! それはワシに聞かせてエエ話なんか!?」
宮脇が慌てて大声で有香の話を遮ると、有香はハッとしたように顔を上げて唇を噛んだ。
「……っ! ごめん。こんな話、聞きたくないよね……」
「聞きたくないんじゃなくて、聞いたらアカン話やろ。簡単にまとめると、アンタは自分のせいでアイツが原田みたいな男に走ったと思ってて、それに責任感じてるんやな? だから今までキヨを止められへんかった」
有香は宮脇の言葉にコクンと頷く。
「ほんで、原田はロリコン……ちゃうな、キヨは男やもんな……とにかく原田は未成年に手を出す変態のクソで、アンタはキヨに帰ってきて欲しいんやな?」
言いながら、宮脇は段々腹が立ってくるのを感じていた。自分が怒るのは筋違いかもしれないが、原田は清高にふさわしくない。
「そう……だけど、キヨがあの男のとこに居たいと思ってるなら、アタシには何か言う権利はないし……」
有香の声は弱々しい。
「アンタはアイツの友達なんやから、心配して当然や! アイツが自分の意志で原田のとこにおるんやとしても、三日も連絡せんのはおかしい。今から二人で原田のとこ行こう!」
宮脇が拳を手の平に打ち付けて言うと、有香は驚いた顔を上げた。
「アンタ、原田のいるとこ知ってるの!?」
「おう、一回行ったことある。アンタは知らんのか?」
「聞いても教えてくれなかった。霞町の方だって事しか知らない……」
「ほんなら、ワシ一人で行く。アンタは安全なところで待っててくれ」
「なんで!? 一緒に行くわよ!」
「なんでて……キヨはアンタを巻き込みたくないから、原田の店の場所を教えへんかったんやろ。カタギやて言うても、原田は危ない目ぇしとった。キヨもあのオッサンがどっか普通やないって感じてたんや。せやから、アンタを近づけへんかった」
宮脇がそう答えると、有香は真っ赤に塗った唇を噛んで悔しそうに俯いた。二人の間を無数の雨粒が落ちていく。傘を差していない宮脇は、額に落ちる滴を鬱陶しそうに袖で拭った。
有香は長い時間黙っていたが、やがて、
「分かった……アタシ、駅の辺りで待機しておくから、なんかあったらすぐ連絡して」
と言って、宮脇にスマホを差し出した。
「まかせとけ。アンタも気をつけて!」
素早く連絡先を交換した宮脇は、自転車を取りに校内へ駆け戻る。猛烈に胸騒ぎがしていた。
古びた自転車のペダルを踏むたび、ヘッドライトが頼りなく揺れる。雨は止んで冷たい風が吹き始めていた。小刻みに吐き出す息が白く尾を引く。
宮脇は猛烈に腹を立てていた。
カタギと思えない男と火遊びした清高に対しても、それを何年も見逃し続けた有香に対しても、清高に手を出した原田に対しても、焼けつくほどの怒りを感じる。
全部間違っていると思った。
たとえ清高自身が望んでいたとしても、あんな男と深い仲になるのは止めてやるべきだろう。男が好きなら、他にもっとマシなのがいくらでも居る。どうしてよりによって原田なのだ。
「クソッ! 会うたら一発殴ったる!」
苛立ち任せにどんどん自転車を漕いでいくと、いつかの夜に清高と出会った公園が見えてきた。植え込みの角を曲がると、すぐに目的の店があるはずだ。宮脇は速度を落としたが、しかし、見覚えのある看板もガラス窓も見当たらない。何度か道を行き来して、ようやく店にシャッターが降りていることに気がついた。
自転車を路肩に止めて有香に連絡すると、コール一回で応答がある。
『はい?』
「今、店の前やけど、シャッター閉まっとるわ」
宮脇はそう言いながら、取っ手に手をかけて揺らしてみたが、鍵がかかっているようで動かない。よく見ると、ご丁寧にシャッターガードまで取り付けてあった。
「開かへん。誰もおらんみたいや」
『わかった。泰巳さんにお願いして、捜索願出してもらう。パパにも知らせるから、そこの住所教えて』
通話口から聞こえる声は、硬く強ばっている。
「霞町2-5。店の名前は書いてないから分からん。袋小路のドン突きから三軒目。トタン張り二階建ての倉庫みたいな店や」
宮脇は近くの電柱に近づき、住所表示を見て伝えた。
『わかった。アンタはもう家に戻って。何か分かったら連絡するから──』
冷たい風が吹き抜けてきて思わず肩をすくめると、通話口から遠ざかった耳にガラスが割れる音が聞こえた。
「ちょっと待て。今なんか聞こえた!」
通話を切ろうとする有香を止め、宮脇はスマホを胸ポケットに入れて店の前に戻る。
「おい! 中に誰かおるんか!?」
シャッターに口がつくほど近寄って大声を出すと、コツコツと音が返ってきた。宮脇は素早く周りを見回したが、人影は一つもなく、手助けは期待できそうもない。
「おい! 有香、警察呼べ! 誰か中におる!」
スマホに向かって叫び、宮脇はシャッターガードを思い切り蹴った。ガードは暴風でシャッターがめくれ上がるのを防ぐための防災用具だ。防犯には対して役立たない。台風でもないのにガードをつけてある理由は、中に閉じ込めた人間が外に出るのを邪魔するためだとしか思えなかった。
渾身の力で何度か蹴ると、つっかい棒のようなガードが外れて地面に転がり、派手な音を立てる。宮脇はしゃがんでシャッターの取っ手に両手を掛けた。
◆◇◆◇◆
「今、何曜だろ……?」
うたた寝から目覚めた清高は、掠れた声で呟く。最後に食べ物を口に入れてから、もう二日以上は経っている気がする。水道水を飲めるから死にはしないが、空腹と寒さで思考力が極端に落ちていた。熱も出てきているようで、身体の節々が痛く、頭が重い。
清高は入口のドアに背を預け、膝を抱えて丸くなった。耳を澄ませると雨の音が聞こえる。今夜はますます冷えそうだ。いくら毛布をきつく身体に巻き付けても、手足は一向に温かくならない。
原田が戻ってくる気配はない。
最初は何があっても逃げるつもりでいたが、今では早く迎えに来て欲しくて仕方なかった。このまま飢え死にするのではないかという恐怖で、心臓が押しつぶされそうだ。それが向こうの狙いだと理性では分かっているが、もう限界だった。ここから出してもらえるなら、一も二もなくあの男の望むように「Si」と答える。
「早く戻ってきて解放してくれ……」
暗がりで耳に全ての神経を集中させてじっとしていると、一分が一時間にも感じられる。外では雨が止み、風が出てきているようだ。どこからともなく隙間風が入り込んでくる。
その時、外を通っていく自転車の音が聞こえた、清高はビクリと顔を上げる。自転車はガチャガチャと音を立てながら店の前を通り過ぎたが、引き返してきてすぐ側で止まった。全神経を耳に集中させる。低い話し声が聞こえた。誰かがこのシャッターの前にいる!
「たすけてくれ……!」
清高は叫んだが、熱で腫れ上がった喉からは隙間風のような声しか出なかった。咄嗟に電気スタンドからモバイルバッテリーをはずし、換気窓に向かって投げつける。バッテリーは奇跡のように窓を直撃し、ガラスが音を立てて割れた。
『おい! 中に誰かおるんか!?』
シャッター越しに声が聞こえる。特徴的なイントネーションに全身が震えた。宮脇だ。冷え切った全身に血が巡りだし、胸に安堵と希望の火が灯る。
「いる! 閉じ込められてる!」
精一杯に擦れ声を張り上げ、ガラス扉を叩いた。残った力を振り絞って立ち上がり、扉の内鍵を開ける。同時に外で何かを壊したような音がして、シャッターと地面の間に数ミリ隙間が空いた。
「ダメだ、鍵がかかってる!」
『退いてろ! 今開けたる!!』
続いて獣が吼えるような声がした。メリッと嫌な音がして、シャッターがわずかに持ち上がる。
「ウソだろ……」
息を呑んで一歩下がった清高の目の前で、シャッターは弾けるように全開になった。一度上まであがりきり、勢い余って下がってくるそれを、街灯で逆光になった人影が片手で受け止める。
「おい、大丈夫か!?」
寒風とともに中へ踏み込んできたのは、清高の予想通り宮脇だった。
「ミヤ……!」
全裸に毛布を被っただけの清高を目にした宮脇は、
「おまっ……何された!? あのオッサンどこや! ぶち殺したる!!」
と憤怒の表情で拳を握る。
「竜弥さんはいない……早くここから逃げないと……」
清高は裸足のままフラフラと外へ出る。宮脇はその背に腕を回して、体温の高さに驚いた。
「熱あるやないか!」
「そうだよ……お前チャリ? 後ろ乗せて……警察へ行かないと……」
「先に病院やろ! 乗れるか!?」
宮脇はぐったりした清高を自転車の荷台に座らせ、スタンドを蹴り外してサドルに跨がる。おんぼろ自転車が軋みを上げて走り出した途端、袋小路に黒いバンが入ってきた。ヘッドライトが目を灼く。
「ヤバい……早く逃げろ……!」
清高は怯えた様子で宮脇の腰に縋った。宮脇は全力でペダルを踏んだが、バンはそれをふさぐように車体を斜めにして停車する。
「クソッ!」
悪態を吐く宮脇の目の前で運転席のドアが開き、原田が悠々と下りてきた。
「やあ、また会ったね」
原田は洒落たジャケットに黒いドレスシャツ、スリムなパンツと革靴を身につけている。まるで高級ディナーへ出かけていくような出で立ちだった。
「車退けろ、この変態!」
「そうは行かない。帰るなら君一人でどうぞ。基、迎えに来たよ」
原田は清高に向かって手を差し出す。自転車から降りた清高は、頭を振って後ずさった。
「いやだ……オレは行かない……」
「どうした? 答えはSiしか受け付けないと言ったろ?」
「嫌だ。オレは警察に出頭して、アンタのことを全部話す」
「何を話す? オレが何をしたってんだ?」
「オレを監禁しただろうが!」
清高が掠れた声で叫ぶと、原田は首を傾げて嗤った。
「監禁? まさか! お前が泊めてくれと押しかけて来たんじゃないか。オレは用があるから無理だと断わったぜ。だけど、お前は帰らなかった。だから仕方なく鍵をかけて外出したんだよ。出先でトラブルがあって戻るのが遅れると連絡したかったけど、お前のスマホには繋がらなかった。何かあったのかと心配して急いで戻ってきたら、このザマだ。オレは被害者だよ」
「オレのスマホを持っていったのはアンタだろ!」
清高は怒りで震えながら叫んだが、原田は薄笑いを止めない。
「引っ越し作業中に押しかけられたからな。荷物に紛れたんじゃないか?」
「ブレーカーを落として出かけたくせに!」
「それは謝る。でも、もう店を引き払うところだったからなあ。先に電気の契約を切ってあったんだ」
悪びれた様子もなく肩をすくめられ、清高は顔を歪めて唇を噛んだ。原田は周到だ。ドラッグのカードはトイレに流してしまったし、監禁で訴えても今と同じように言い逃れられる。
宮脇は青ざめた清高を背に庇い、
「お前、ホンマにクソやな!」
と原田を罵る。
「てめえにゃ関係ないだろうが、ガキ。痛い目見たくなきゃ、さっさと消えろ」
「ワシがガキならキヨもガキやろがい! ガキに手ぇ出した変態が何エラそうにしとんねん! そっちが失せろ!」
宮脇は吠えながら道端に転がしてあったシャッターガードを拾い上げ、原田に向かって放り投げた。原田はそれを難なく避けたが、ガードはバンに当たり、傷一つないボンネットを派手にヘコませる。
「クソガキ!」
原田は低く唸ってジャケットの内側に右手を入れる。取り出したのは消音器付きの拳銃だった。
「おもちゃじゃねーぞ。怪我したくないなら動くな。……モトイ、両手を上げてこっちへ来い」
宮脇は息を呑んで後ずさる。清高は目を見開いて銃口と宮脇を見比べていたが、やがて諦めたように頷いた。
「りゅーやさん、そっち行くからソレ下ろしてくんね? 危ねえよ」
「おい! キヨ! 行くな!」
宮脇は清高の肩を掴んだが、清高は身体を捩って逃れる。
「ここで殺されるよりマシだ」
頭から毛布を被って両手を上げ、ゆっくりとバンに近づくと、原田は
「良い子だ」
と腕を伸ばして清高を抱き寄せ、こめかみに銃口を押し当てた。宮脇は目尻が避けそうなほど目を見開いて二人を睨んでいる。
「おいお前、通報したらモトイがどうなるか分かるな?」
ニヤニヤ笑いながら問いかけられ、宮脇は音が出るほど歯を食いしばった。
「二時間以内に警察が来たら、お前の通報だと見なす。モトイの命が惜しけりゃ、大人しく家に帰って朝まで震えてろ」
原田は念を押すように言い、バンの後部座席へ清高を押し込んで、自身も運転席へ滑り込んだ。車は袋小路の出口に向かって、ゆっくりとバックする。
「クソっ!」
宮脇はフロンドガラスに向けて石を投げたが、ヒビ一つ入らなかった。
とある放課後、不良仲間たちと勝負に挑んだ宮脇は、半荘終わって箱割れし、不機嫌も露わに席を立った。
「ミヤ、今日はツイてないな!」
「うっさい!」
一声吠えて、熱くなった頭を冷やすためにベランダに出る。日没はまだ遠いのに空は真っ暗で、冷たい雨が降り出していた。
宮脇は手摺りに寄りかかってポケットからスマホを取り出す。メッセージアプリを起動すると、清高に送ったメッセージは未だに未読のままだった。送ったのは三日前、妹へのプレゼントを買いに行った日だ。喧嘩別れしたので返信がないのかと思ったが、既読もつかないのは奇妙だ。宮脇は迷った末に通話ボタンを押した。数回のコール音の後に電話が繋がる。
「あ、キヨか? 宮脇やけど……」
しかし、聞こえてきたのは無機質なアナウンスだった。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』
なんとなく嫌な気分で、ひび割れた画面を見つめていると、
「あっ、ミヤさん! いたいた!」」
と背を叩かれた。振り返ると、同じ学年の鈴木という男だ。フットワークの軽さを生かして情報屋のまねごとをしているヤツで、殴られているところを助けてやって以来、同い年なのにいつも敬語で話しかけてくる。
「なんや?」
「校門のとこにいるイケてる女がミヤさんと呼んでます。真っ黒な髪の毛をビシっと短くして、真っ赤なリップ塗った韓国アイドルみたいなキレーな子っす! アレ、ミヤさんの彼女ッスか? 流石ッスね! めっちゃオレの好みのタイプっす」
鈴木はクネクネと身を捩りながら笑う。宮脇は不機嫌に鼻を鳴らした。
「彼女なわけない。どこのガッコの女や」
「コート着てたんで制服はわかんねえんすけど、カバンが花商のヤツっぽかったスね」
それを聞いた刹那、パッと脳裏に清高の顔が浮かび、続いて彼が連れ歩いていた女子の顔が浮かんだ。黒髪を短く切りそろえた美人。アリカとか言う名だった。宮脇に用があるなら清高を経由すれば良いのに、有香自身がわざわざここを訪ねてきたということは、それができない切羽詰まった理由があるということだ。猛烈に嫌な胸騒ぎがした。
「アホ! それを早よ言え!」
宮脇は鈴木の頭を平手ではたき、カバンをひっつかんで駆けだした。大慌てで昇降口に向かい、靴を履き替えて傘も差さずに校門へ走る。
門扉の側で黒い傘を広げて立っていたのは、やはり山上有香だった。宮脇に気付いて片手を上げた有香は、
「キヨから連絡来てない?」
と挨拶もなく本題を切り出す。宮脇は顔をしかめ、眉間に深く皺を寄せた。
「来てない。何かあったんか?」
「家にも学校にも顔を出してないの。電話もつながんない。もう三日になる。もしかしてアンタには連絡してるかもと思って、ここまで来たんだけど……」
「三日前から? ワシが最後にアイツの顔見たんが三日前やぞ。そっから家に戻ってないんか?」
「泰巳さん……キヨのお姉さんは戻ってないって言ってた。アンタ、三日前にどこでキヨと会ったの?」
「長山のモール。その時、ちょっと言い合いになった。アイツが原田のとこへ行くって言うから、止めたらエラい怒って、先に一人で帰ってしもたんや。……ひょっとすると、ずっと原田のとこにおるんかもしれん」
「原田! 別れろってあんなに言ったのに!」
「キヨと原田はどういう関係なんや? あのオッサン、カタギとちゃうやろ」
宮脇が問うと、有香は身震いしながら首を振った。
「残念ながらカタギ。少なくとも、原田竜弥って名前は指定暴力団の関係者リストには載ってない。パパに調べてもらった。載ってたら、何があっても別れろって言ったわよ」
「ああ、アンタの父親が刑事なんやっけ?」
宮脇が聞くと有香は怖い顔で頷く。
「原田はバイト先のオーナーで、良くしてもらってるから懐いてるだけだってキヨは言うけど、そんなのウソよ。キヨはアイツと寝てる」
「ね……!?」
宮脇は目を見開いて絶句した。
「ね、寝てるって……どっちも男やないか!」
「性別は関係ないでしょ」
有香は宮脇を鋭く睨み、ピシャリと言った。宮脇は、清高が大事そうに小指につけていた銀の指輪を思い出し、苦い気持ちになる。
「アンタそれキヨの口から聞いたんか?」
「本人の口から聞いたわけじゃないけど、キヨの態度を見てれば分かる。でも、アタシに口出しできることじゃないから黙ってた。そっか、原田のところにいるのか……どうしよう……戻ってこない気かな……」
有香は傘で顔を隠すようにして呟く。
「どうしようって……連れ戻さなアカンやろ。さっき携帯に電話掛けたら、電源が入ってないか電波の届かんところに~てアナウンスやったぞ。原田の店は町中やのに、電波が届かんわけない。充電できてないのも、おかしいやないか!」
思わず大声で怒鳴ると、有香はますます俯いた。黒い傘の表面を雨の粒が次々に流れていく。
「アタシのせいなの……」
ポツリと呟かれた言葉に、宮脇は怪訝な顔をする。有香は傘で上半身を隠したまま、懺悔するように続けた。
「キヨが原田に縋ることになった原因……多分アタシなの……。アタシがキヨを泰巳さんの代わりにしたせいで……」
「やすみ? 誰やそれ?」
「泰巳さんはキヨのお姉さん。アタシは泰巳さんが好きで……好きすぎて……泰巳さんが家を出て行っちゃった時、ちょっと気が変になってたの。背が伸びる前のキヨは泰巳さんとそっくりだったから、アタシはキヨを泰巳さんの代わりにした。キヨが男が好きになったのは、そのせいなんじゃないかって、ずっと思ってて……」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれ! それはワシに聞かせてエエ話なんか!?」
宮脇が慌てて大声で有香の話を遮ると、有香はハッとしたように顔を上げて唇を噛んだ。
「……っ! ごめん。こんな話、聞きたくないよね……」
「聞きたくないんじゃなくて、聞いたらアカン話やろ。簡単にまとめると、アンタは自分のせいでアイツが原田みたいな男に走ったと思ってて、それに責任感じてるんやな? だから今までキヨを止められへんかった」
有香は宮脇の言葉にコクンと頷く。
「ほんで、原田はロリコン……ちゃうな、キヨは男やもんな……とにかく原田は未成年に手を出す変態のクソで、アンタはキヨに帰ってきて欲しいんやな?」
言いながら、宮脇は段々腹が立ってくるのを感じていた。自分が怒るのは筋違いかもしれないが、原田は清高にふさわしくない。
「そう……だけど、キヨがあの男のとこに居たいと思ってるなら、アタシには何か言う権利はないし……」
有香の声は弱々しい。
「アンタはアイツの友達なんやから、心配して当然や! アイツが自分の意志で原田のとこにおるんやとしても、三日も連絡せんのはおかしい。今から二人で原田のとこ行こう!」
宮脇が拳を手の平に打ち付けて言うと、有香は驚いた顔を上げた。
「アンタ、原田のいるとこ知ってるの!?」
「おう、一回行ったことある。アンタは知らんのか?」
「聞いても教えてくれなかった。霞町の方だって事しか知らない……」
「ほんなら、ワシ一人で行く。アンタは安全なところで待っててくれ」
「なんで!? 一緒に行くわよ!」
「なんでて……キヨはアンタを巻き込みたくないから、原田の店の場所を教えへんかったんやろ。カタギやて言うても、原田は危ない目ぇしとった。キヨもあのオッサンがどっか普通やないって感じてたんや。せやから、アンタを近づけへんかった」
宮脇がそう答えると、有香は真っ赤に塗った唇を噛んで悔しそうに俯いた。二人の間を無数の雨粒が落ちていく。傘を差していない宮脇は、額に落ちる滴を鬱陶しそうに袖で拭った。
有香は長い時間黙っていたが、やがて、
「分かった……アタシ、駅の辺りで待機しておくから、なんかあったらすぐ連絡して」
と言って、宮脇にスマホを差し出した。
「まかせとけ。アンタも気をつけて!」
素早く連絡先を交換した宮脇は、自転車を取りに校内へ駆け戻る。猛烈に胸騒ぎがしていた。
古びた自転車のペダルを踏むたび、ヘッドライトが頼りなく揺れる。雨は止んで冷たい風が吹き始めていた。小刻みに吐き出す息が白く尾を引く。
宮脇は猛烈に腹を立てていた。
カタギと思えない男と火遊びした清高に対しても、それを何年も見逃し続けた有香に対しても、清高に手を出した原田に対しても、焼けつくほどの怒りを感じる。
全部間違っていると思った。
たとえ清高自身が望んでいたとしても、あんな男と深い仲になるのは止めてやるべきだろう。男が好きなら、他にもっとマシなのがいくらでも居る。どうしてよりによって原田なのだ。
「クソッ! 会うたら一発殴ったる!」
苛立ち任せにどんどん自転車を漕いでいくと、いつかの夜に清高と出会った公園が見えてきた。植え込みの角を曲がると、すぐに目的の店があるはずだ。宮脇は速度を落としたが、しかし、見覚えのある看板もガラス窓も見当たらない。何度か道を行き来して、ようやく店にシャッターが降りていることに気がついた。
自転車を路肩に止めて有香に連絡すると、コール一回で応答がある。
『はい?』
「今、店の前やけど、シャッター閉まっとるわ」
宮脇はそう言いながら、取っ手に手をかけて揺らしてみたが、鍵がかかっているようで動かない。よく見ると、ご丁寧にシャッターガードまで取り付けてあった。
「開かへん。誰もおらんみたいや」
『わかった。泰巳さんにお願いして、捜索願出してもらう。パパにも知らせるから、そこの住所教えて』
通話口から聞こえる声は、硬く強ばっている。
「霞町2-5。店の名前は書いてないから分からん。袋小路のドン突きから三軒目。トタン張り二階建ての倉庫みたいな店や」
宮脇は近くの電柱に近づき、住所表示を見て伝えた。
『わかった。アンタはもう家に戻って。何か分かったら連絡するから──』
冷たい風が吹き抜けてきて思わず肩をすくめると、通話口から遠ざかった耳にガラスが割れる音が聞こえた。
「ちょっと待て。今なんか聞こえた!」
通話を切ろうとする有香を止め、宮脇はスマホを胸ポケットに入れて店の前に戻る。
「おい! 中に誰かおるんか!?」
シャッターに口がつくほど近寄って大声を出すと、コツコツと音が返ってきた。宮脇は素早く周りを見回したが、人影は一つもなく、手助けは期待できそうもない。
「おい! 有香、警察呼べ! 誰か中におる!」
スマホに向かって叫び、宮脇はシャッターガードを思い切り蹴った。ガードは暴風でシャッターがめくれ上がるのを防ぐための防災用具だ。防犯には対して役立たない。台風でもないのにガードをつけてある理由は、中に閉じ込めた人間が外に出るのを邪魔するためだとしか思えなかった。
渾身の力で何度か蹴ると、つっかい棒のようなガードが外れて地面に転がり、派手な音を立てる。宮脇はしゃがんでシャッターの取っ手に両手を掛けた。
◆◇◆◇◆
「今、何曜だろ……?」
うたた寝から目覚めた清高は、掠れた声で呟く。最後に食べ物を口に入れてから、もう二日以上は経っている気がする。水道水を飲めるから死にはしないが、空腹と寒さで思考力が極端に落ちていた。熱も出てきているようで、身体の節々が痛く、頭が重い。
清高は入口のドアに背を預け、膝を抱えて丸くなった。耳を澄ませると雨の音が聞こえる。今夜はますます冷えそうだ。いくら毛布をきつく身体に巻き付けても、手足は一向に温かくならない。
原田が戻ってくる気配はない。
最初は何があっても逃げるつもりでいたが、今では早く迎えに来て欲しくて仕方なかった。このまま飢え死にするのではないかという恐怖で、心臓が押しつぶされそうだ。それが向こうの狙いだと理性では分かっているが、もう限界だった。ここから出してもらえるなら、一も二もなくあの男の望むように「Si」と答える。
「早く戻ってきて解放してくれ……」
暗がりで耳に全ての神経を集中させてじっとしていると、一分が一時間にも感じられる。外では雨が止み、風が出てきているようだ。どこからともなく隙間風が入り込んでくる。
その時、外を通っていく自転車の音が聞こえた、清高はビクリと顔を上げる。自転車はガチャガチャと音を立てながら店の前を通り過ぎたが、引き返してきてすぐ側で止まった。全神経を耳に集中させる。低い話し声が聞こえた。誰かがこのシャッターの前にいる!
「たすけてくれ……!」
清高は叫んだが、熱で腫れ上がった喉からは隙間風のような声しか出なかった。咄嗟に電気スタンドからモバイルバッテリーをはずし、換気窓に向かって投げつける。バッテリーは奇跡のように窓を直撃し、ガラスが音を立てて割れた。
『おい! 中に誰かおるんか!?』
シャッター越しに声が聞こえる。特徴的なイントネーションに全身が震えた。宮脇だ。冷え切った全身に血が巡りだし、胸に安堵と希望の火が灯る。
「いる! 閉じ込められてる!」
精一杯に擦れ声を張り上げ、ガラス扉を叩いた。残った力を振り絞って立ち上がり、扉の内鍵を開ける。同時に外で何かを壊したような音がして、シャッターと地面の間に数ミリ隙間が空いた。
「ダメだ、鍵がかかってる!」
『退いてろ! 今開けたる!!』
続いて獣が吼えるような声がした。メリッと嫌な音がして、シャッターがわずかに持ち上がる。
「ウソだろ……」
息を呑んで一歩下がった清高の目の前で、シャッターは弾けるように全開になった。一度上まであがりきり、勢い余って下がってくるそれを、街灯で逆光になった人影が片手で受け止める。
「おい、大丈夫か!?」
寒風とともに中へ踏み込んできたのは、清高の予想通り宮脇だった。
「ミヤ……!」
全裸に毛布を被っただけの清高を目にした宮脇は、
「おまっ……何された!? あのオッサンどこや! ぶち殺したる!!」
と憤怒の表情で拳を握る。
「竜弥さんはいない……早くここから逃げないと……」
清高は裸足のままフラフラと外へ出る。宮脇はその背に腕を回して、体温の高さに驚いた。
「熱あるやないか!」
「そうだよ……お前チャリ? 後ろ乗せて……警察へ行かないと……」
「先に病院やろ! 乗れるか!?」
宮脇はぐったりした清高を自転車の荷台に座らせ、スタンドを蹴り外してサドルに跨がる。おんぼろ自転車が軋みを上げて走り出した途端、袋小路に黒いバンが入ってきた。ヘッドライトが目を灼く。
「ヤバい……早く逃げろ……!」
清高は怯えた様子で宮脇の腰に縋った。宮脇は全力でペダルを踏んだが、バンはそれをふさぐように車体を斜めにして停車する。
「クソッ!」
悪態を吐く宮脇の目の前で運転席のドアが開き、原田が悠々と下りてきた。
「やあ、また会ったね」
原田は洒落たジャケットに黒いドレスシャツ、スリムなパンツと革靴を身につけている。まるで高級ディナーへ出かけていくような出で立ちだった。
「車退けろ、この変態!」
「そうは行かない。帰るなら君一人でどうぞ。基、迎えに来たよ」
原田は清高に向かって手を差し出す。自転車から降りた清高は、頭を振って後ずさった。
「いやだ……オレは行かない……」
「どうした? 答えはSiしか受け付けないと言ったろ?」
「嫌だ。オレは警察に出頭して、アンタのことを全部話す」
「何を話す? オレが何をしたってんだ?」
「オレを監禁しただろうが!」
清高が掠れた声で叫ぶと、原田は首を傾げて嗤った。
「監禁? まさか! お前が泊めてくれと押しかけて来たんじゃないか。オレは用があるから無理だと断わったぜ。だけど、お前は帰らなかった。だから仕方なく鍵をかけて外出したんだよ。出先でトラブルがあって戻るのが遅れると連絡したかったけど、お前のスマホには繋がらなかった。何かあったのかと心配して急いで戻ってきたら、このザマだ。オレは被害者だよ」
「オレのスマホを持っていったのはアンタだろ!」
清高は怒りで震えながら叫んだが、原田は薄笑いを止めない。
「引っ越し作業中に押しかけられたからな。荷物に紛れたんじゃないか?」
「ブレーカーを落として出かけたくせに!」
「それは謝る。でも、もう店を引き払うところだったからなあ。先に電気の契約を切ってあったんだ」
悪びれた様子もなく肩をすくめられ、清高は顔を歪めて唇を噛んだ。原田は周到だ。ドラッグのカードはトイレに流してしまったし、監禁で訴えても今と同じように言い逃れられる。
宮脇は青ざめた清高を背に庇い、
「お前、ホンマにクソやな!」
と原田を罵る。
「てめえにゃ関係ないだろうが、ガキ。痛い目見たくなきゃ、さっさと消えろ」
「ワシがガキならキヨもガキやろがい! ガキに手ぇ出した変態が何エラそうにしとんねん! そっちが失せろ!」
宮脇は吠えながら道端に転がしてあったシャッターガードを拾い上げ、原田に向かって放り投げた。原田はそれを難なく避けたが、ガードはバンに当たり、傷一つないボンネットを派手にヘコませる。
「クソガキ!」
原田は低く唸ってジャケットの内側に右手を入れる。取り出したのは消音器付きの拳銃だった。
「おもちゃじゃねーぞ。怪我したくないなら動くな。……モトイ、両手を上げてこっちへ来い」
宮脇は息を呑んで後ずさる。清高は目を見開いて銃口と宮脇を見比べていたが、やがて諦めたように頷いた。
「りゅーやさん、そっち行くからソレ下ろしてくんね? 危ねえよ」
「おい! キヨ! 行くな!」
宮脇は清高の肩を掴んだが、清高は身体を捩って逃れる。
「ここで殺されるよりマシだ」
頭から毛布を被って両手を上げ、ゆっくりとバンに近づくと、原田は
「良い子だ」
と腕を伸ばして清高を抱き寄せ、こめかみに銃口を押し当てた。宮脇は目尻が避けそうなほど目を見開いて二人を睨んでいる。
「おいお前、通報したらモトイがどうなるか分かるな?」
ニヤニヤ笑いながら問いかけられ、宮脇は音が出るほど歯を食いしばった。
「二時間以内に警察が来たら、お前の通報だと見なす。モトイの命が惜しけりゃ、大人しく家に帰って朝まで震えてろ」
原田は念を押すように言い、バンの後部座席へ清高を押し込んで、自身も運転席へ滑り込んだ。車は袋小路の出口に向かって、ゆっくりとバックする。
「クソっ!」
宮脇はフロンドガラスに向けて石を投げたが、ヒビ一つ入らなかった。
