お友達からはじめましょう

 休日の昼時、清高と宮脇が乗り込んだ各駅停車の車内はそこそこ混んでいた。目的地の大規模ショッピングモールは三駅先にある。約束したとおり、良子の誕生祝いを買いに行くのだ。
 清高は青白い顔をしてドアに寄りかかって立っている。吊革につかまった宮脇が、
「また寝不足か?」
 と問うと、
「うん。夜泣き対策に耳栓買ったんだけど、耳栓したらしたで違和感あって寝れねー。病院行ったら睡眠薬とかくれるのかなあ」
 と項垂れている。
「……ウチ来るか? 今日はオカンがおるけど」
 ためらいつつも水を向けると、フニャリとした笑顔を見せて首を振った。
「やめとく。側に他に人がいたら寝られないと思うし」
「ワシがおっても寝てたやろ」
「宮脇は別だよ。いても気にならない」
「存在感ないっちゅーことか?」
 ムッとする宮脇に、清高は苦笑する。
「違うよ。いた方が安心する存在感ってあるじゃん?」
 どういうことかと宮脇が聞き返す前に、電車は目的の駅に到着してしまった。


 駅直結のショッピングモールは随分賑わっていた。気軽に都市部に出られない地方の小都市では、ショッピングモールが一番の娯楽施設だ。家族連れや高齢者の多い客層の中、強面の宮脇と、派手な金髪の清高は周囲から絶妙に浮いていた。
「知り合いに会ったらイヤやな」
 宮脇は眉間に皺を寄せ、ジャージの襟元に顎を隠すように首をすくめる。
「気になるならキャップでも被っとけば?」
 清高はテナントにディスプレイされている帽子を手に取り、宮脇に被せようと手を伸ばす。
「いらん! やめろや!」
「なんでよ? こっちのハットは? 意外と似合いそうじゃない?」
 二人がじゃれ合っていると、
「あれ~? キヨちゃんじゃん!」
 と、弾んだ声が聞こえた。少し離れた店先から、二人連れの派手な女が清高に向かって手を振っている。宮脇はサッと横を向いて無関係を装った。
「こんなとこ居るの珍しいね~。今日アリカは?」
 二人組のギャルは物怖じしない様子で近寄ってきて、清高を両側から挟む。
「有香は家なんじゃね? 知らねーけど」
「マジ? 別れたん?」
「そーゆー訳でもないけど……」
「え~? あーしキヨちゃんがフリーなるの待ってんだけど! アリカいないなら、今からデートしよ! そっちのおにーさんも一緒で良いよ」
 軽い調子で腕を組んでくるギャルに、清高は眉を下げて首を振る。
「ごめんねー、今日はこっちのおにーさんとデートなんだ~」
 指さされた宮脇はギョッとして清高を振り返ったが、ギャル二人は清高の腕を叩きながら爆笑している。
「ウッソ!? キヨちゃんそっち系だったん? ウケるんだけど~!」
「あーしら勝ち目ねーじゃん!」
「そーそー、だからまた今度ね」
 清高が慣れた様子で送り出すように背中を押すと、二人は笑いながら
「またね!」
「ガッコでね~!」
 と元気よく手を振って、賑やかな嵐のようにフードコートの方へと去って行く。宮脇が複雑な顔で二人の後ろ姿を見送っていると、
「あれ? ダブルデートにした方が良かった? あの子達と一緒だと、支払い全部こっちに回されるよ?」
 と清高が笑った。
「ちゃ、ちゃうわい! お前はやっぱりモテるんやなと思っただけや」
「まーねえ、否定はしない。でも別にモテてもいいことないよ」
「それはモテたことない人間に言うたら、殴られてもしゃーないやつやぞ」
 宮脇は憮然としたが、清高は
「好きになった人に好かれなきゃ、モテても何にも意味ないよ」
 と、力なく呟いて、混み合ったモールの通路を歩き出す。気落ちした様子が気に掛かって、
「なんかあったんか? 山上さんやったか? あの子とケンカでもしてるんか?」
 と声を掛けると、清高は怪訝そうに首を傾げて宮脇を振り返った。
「有香? いや、別に。有香とは付き合ってるって事にしてるだけで、別にお互い恋愛対象じゃないよ」
「はあ……? 好きじゃないけどつきあってるんか?」
「宮脇は妹さんに恋愛感情を持つ?」
「持つわけない」
「それと一緒だよ。生まれた時から一緒だし、そんな気持ちになれない」
「ほな好きな人って誰やねん?」
 宮脇が憮然と問うと、清高は一瞬痛みを堪えるような顔をしたが、
「それは言えない。……まあ今日はお前とデートだから、楽しもうぜ!」
 と友人の腕を取った。
「デートやないわ!」
 宮脇は腕を振り払いつつ、いつもの調子に戻った友人にホッとする。しかし、『好きな人』と問うた時、清高が小指のリングに触れたことには気づいていた。脳裏に原田のタトゥーまみれの顔が浮かぶ。なんだか嫌な気分だった。


 清高は勝手知ったる様子で、無数の店が並ぶモールの通路を歩く。慣れない宮脇は金魚の糞のように後をついて行った。買い物の予定は良子へのプレゼントだけなのに、清高は気になる店の側を通りかかる度に、服やら靴やら買う予定のないものを手にとっては、
「コレ似合うんじゃね?」
 などと宮脇に押しつけてくる。
「いや、ワシの服はどうでもエエんや。良子の誕生日!」
「おっと、そうだった。アクセサリーはこっち」
 連れて行かれた小さいショップは、原田の店よりはカジュアルな雰囲気だった。女性向けの可愛らしい商品が多く、価格も安い。客はカップルか女ばかりで、男二人組などいない。場違いな雰囲気に大いに気後れした宮脇は逃げ出したくなったが、清高は
「ほら、このへんどう? 中学生だと背伸び感あるけど、長くつけられると思うよ」
 などと言ってショーケースを指さしている。
「わ、ワシよーわからん。お前が決めろや……」
「何言ってんだよ。アンタがプレゼントするんだろ? おにーちゃん。……すいません、コレとコレと、あっちのも出してもらっていいです?」
 清高は慣れた様子で店員を呼び、ケースから出してトレーに並べてもらった。どれも宮脇の予算内に収まる程度の値札が付いている。
「どれが良いと思う? オレ的にはコレかな~。サイズはオレの小指より細かったから、七号くらい? フリーサイズの方が良いかもね」
 一番華奢なデザインのものを小指に当てて、清高は首を傾げた。男にしては関節の目立たない細い指には、女物のリングをはめても違和感がない。
「この中やったら、これちゃうか」
 宮脇は、トレーから少し角のあるデザインのものを手に取り、目の前にある薄い手を持ち上げて、自分が選んだ銀の輪を通した。リングは小指の第二関節までしか入らない。手首を捻って角度を変えると、つや消しの銀がダウンライトの光を跳ね返して鈍く光った。
「こっちのが似合う」
 満足げに言って手を離すと、
「……いや、オレに似合ってどうすんの」
 と苦笑混じりの声で言われてハッと我に返る。顔を上げると、清高は呆れたようなくすぐったがるような顔で笑っていて、気まずさで一気に汗が噴き出した。
「そうやった! 良子のプレゼントやったな! うん、オマエの選んだヤツがエエと思う!」
 誤魔化すように言い、急いで財布を取り出し、
「コレください! プレゼント用で包んで!」
 と大声で言うと、店員は何も見なかったような笑顔で頷いてくれた。


「いや~、ビックリした。一瞬オレにプレセントしてくれるんだっけ? って混乱したわ」
 買い物を済ませて移動したフードコートで、清高は大笑いする。宮脇は「うっさい」と背中を丸め、ハンバーガーのトレーの横にアクセサリーショップの小さな袋をテーブルに置いた。
「オレにも買ってくれて良かったのに~」
「ずうずうしいヤツやな! お前はもっとエエのを、あのオッサンからもらっとるんやろうが」
 チッと舌打ちすると、清高は困ったように眉を下げる。
「竜弥さんからもらったのはリング一つだけだよ。後は自腹で買ってる」
 宮脇は例の店の商品についていた値札を思い出して目を剥いた。
「バイトしてるのに、バイト先で全部使わされてたら意味ないやんけ!」
「そうなんだけど~……でも竜弥さんの作品が好きだし……」
 歯切れ悪く言う清高に宮脇は顔をしかめ、
「……ワシが言うことやないけど、あのオッサンに騙されんように気をつけろや」
 と言って、ハンバーガーにかぶりつく。

 清高はアイスコーヒーをストローですすりながら、対面に座る男を眺めた。宮脇は何も考えていないような顔で食事をしている。バーガーにかじりついた四角い顎が熱心に動き、口の中の物を嚥下する度に、目立つ喉仏が上下する。無造作にバーガーを掴む大きな手。短く切りそろえられた四角い爪。

──あの手に触れられた……

 体温の高い、分厚い手だった。そっと触れられて背が震えた。宮脇は何も考えずにやったのだろう。意図などないに決まっている。けれど、自分はそこに意味を見いだしてしまう。
 清高は密かに溜息をつく。原田との関係に先がないのは分かっているが、宮脇をそういう目で見たくはなかった。恋愛は泥沼だ。想えば想うほど深みにはまって息が出来なくなる。トモダチという心地よい距離感を捨てたくない。

──でも好きになっちゃうんだよな……

 いつもこうだ、と清高は俯く。
 自分の中にはどうしようもない衝動がある。同性の友人と親しくなればなるほど、性的にも惹かれてしまう。後ろ暗い欲望を知られたくなくて距離を置くと、友人ではなくなってしまう。誰とも健全な関係を保てず、自己嫌悪に陥るばかりだ。
 身体の欲だけなら、年齢を偽ってアプリで相手を探すこともできる。一度、そういうアプリを利用したこともあったが、見ず知らずの相手とセックスすることを想像すると吐きそうになって、すぐにアカウントを消した。信頼関係のある相手にしか欲情しない面倒な性向なのだ。
 原田と出会えたことは奇跡だった。原田は清高の執着に応え、欲望を肯定し、身体ごと受け入れてくれた。だから愛されてはいないと分かっていても、あの男と別れられない。

 溜め息を吐いてアイスコーヒーのカップをトレーに戻すと、
「お前、具合悪いんちゃうか? 目の下にクマできてるぞ」
 と心配そうに顔をのぞき込まれた。清高はプラスチックの背もたれにもたれかかり、目の下を擦る。むくんだ皮膚の感触がした。
「寝られてないからねえ……。ホテル泊まれたら良いんだけど、そんな金はないし」
「カノジョの家は?」
「有香んち? ありえね~! 親父さんにブッ殺される」
 ヒャハハと短く笑った後、憂鬱そうな顔になってストローを噛み、
「……でもちょっともう限界だから、この後は竜弥さんとこに泊まろうかなって思ってる」
 と呟く。それを聞いて、宮脇は顔を強ばらせた。
「オレが言うことでもないかも知れんけど、あの原田ってヤツに借りを作らん方がええぞ」
「前も言ったけど、あの人はカタギだよ。アーティストだから普通の社会人とは違うけど、商売もちゃんとしてる。不良っぽい客はたまに来るけど、ヤクザは来ないよ」
 清高は首を振ったが、宮脇は怖い顔で身を乗り出す。
「商売は真っ当かもしれんけど、目がカタギやない。深入りするな」
 断定されて、清高はムッと向かいの男を睨んだ。深入りするなと言われても、もう十分深い関係になってしまっている。
「オマエに何が分かんだよ?」
 低く問うと、宮脇は酷く真剣な表情になって清高の手首を掴んだ。
「分かる。ワシの父親な、アホやったから筋モンと付き合いあったんや。家にも色んなヤクザが来たけど、みんな目が普通と違う。言葉で説明するんは難しいけど、共通する何かがある。キヨの知り合い悪く言いたくないけど、あの原田ってヤツはヤクザやなくても、どっか普通と違うと思うぞ。気ぃつけろ」
「……オメーはオレの何なんだよ? オレが誰とどういう付き合いしようが、ミヤに関係ねーだろが」
 怒りの籠もった声で言われ、宮脇は一瞬言葉に詰まったが、
「関係ある。トモダチやろ」
 と低く言い返す。清高はカッとなった様子で立ち上がり、
「単なる友達にオレと竜弥さんの何が分かるんだよ。かんけーねーだろ!」
 と怒鳴って、そのまま足早にフードコートを出て行く。宮脇はすぐに後を追いかけて、
「待てや、おい! オマエ、原田になんか弱味握られてるんとちゃうか?」
 と肩を掴んだが、勢いよく振り払われた。
「ほっとけ! トモダチでも触れられたくねーことはあるンだわ!」
 清高は宮脇の胸元を突き飛ばし、人混みをかき分けながらエスカレータを駆け下りる。宮脇は呆然と遠ざかる背中を見送った。