お友達からはじめましょう

帰省

 暖房の効きすぎた電車から降りた途端、冷たい風が吹き付けてくる。清高基は肩をすくめて身震いし、手に持っていたマフラーを素早く首元に巻いた。奮発して買ったジャケットは見た目ばかりで、あまり温かくはない。
 二年ぶりに戻った地元の駅は、東京の喧噪に慣れてしまった清高の目にはひどく寂しく映った。屋根のない吹きさらしのホームには自分しかいない。ヒビの入ったコンクリートから生えた枯れ草が寒風に揺れていた。 
 改札の外は広いロータリーになっていて、バス停とタクシー乗り場が連なる。バス停の一つには、紅白のテープで飾られた「二十歳の集い会場(県営アリーナ)行き臨時バス」の看板が置いてあった。すでに同年代の男女が十人以上並んでバスを待っている。皆、晴れ着を身につけ、はしゃいだ様子だ。ふざけて小突き合っていた不良っぽい若者たちが清高に気づいて怪訝そうな顔をする。

──ヤベ。知ってるヤツかな?

 途端に憂鬱になり、このまま帰ってしまおうかと改札に向かってUターンしかけたが、派手なクラクションの音に引き留められた。
「おーい、キヨ! こっち! はよ来い! 遅刻するぞ!」
 懐かしい声に驚いて顔を上げると、ロータリーに停まった一台の車の窓から、強面の男が身を乗り出して手を振っている。
「アイツ、やっぱり花商のキヨタカじゃん」
 バス待ちの列に並んでいた不良風の一人が大声で言うと、周りの目が一斉に清高に向いた。
「前科持ちなんだっけ?」
「らしーよ。オレも知らねえけど、コロシ? クスリ? とか?」
「ヤッベ~! それガチ!?」
「ガチ。ヤクザとツルんでたらしいぜ」
 一際目立つ和装の男が、
「キヨタカく~ん、もうムショから出たの?」
 と呼びかけ、不良たちの間でドッと笑い声が起きた。
 清高は苛立ちをこらえて列の前を通り過ぎる。昔なら売られた喧嘩は迷わず全て買っていたが、地元を出た今となっては、そんな必要もない。
「逃げるじゃん! クソダセェ!」
 追い打ちを掛ける声に舌打ちしながら、待っている車に近づくと助手席側のドアが勢いよく開いた。運転席に座っている強面は、清高にとって唯一といっていい地元の友人、宮脇大志だ。
「アイツら殴らんでええんか? やるなら手伝うぞ」
 ニカッと笑う四角い顔は昔と変わっていない。分厚い長身を安っぽい紺のスーツに包んでいるが、着慣れていないのは一目でわかった。
「もうそんな元気ねえよ」
 清高が溜め息を吐いて車に乗り込むと、宮脇は「ハハッ!」と愉快そうに笑い声を上げて車を発進させる。

「なんで俺が駅に着く時間が分かったんだ? 連絡してなかったのに……」
 清高はシートベルトを締めながら首を傾げると、宮脇は
「昼前から駅前で待ってた。どうせギリギリに来ると思ったから」
 と何でもないことのように答えた。清高は途端にバツが悪くなる。到着時間を尋ねるメッセージを既読無視してしまっていたからだ。
「……時間無駄にさせてごめん、直前まで来られるかわかんなかったから」
 俯いて爪を弄りながら言うと、宮脇は
「かまへん。どうせ休みの日は暇や。元気にしとったか?」
 と機嫌良さそうに笑う。この男のこういう大らかさに随分救われたのだ、と清高は懐かしいような、切ないような気分になる。
「見ての通りだよ。まあまあ元気。てかこの車、宮脇が買ったの? 中古?」
 わざと明るく言うと、宮脇は嬉しそうにハンドルを叩いた。
「せや。仕事するのに持ってた方がエエと思って」
「お前仕事してんの?」
「当たり前やろ!」
「ええ~マジか~……何の仕事?」
「内装屋。まだ下っ端やけど、最近はちょっとずつ作業任せてもらえるようになってる。もろた給料で工具なんかもちょっとずつ買いそろえてるんや。いずれ独立したいから」
 そう言って指さす後部座席には、何に使うか分からない工具や資材が雑然と積まれていた。
「すげーじゃん!」
 清高は驚いて見せたが、内心は複雑だった。自堕落な生活に染まりきって、アルバイトで何とか食いつなぎつつ、都会の底辺をズルズルとさまよっている自分とは大違いだ、と思った。将来に向けて行動している宮脇がひどく眩しい。
「ミヤは偉いな……」
 思わず呟くと、宮脇は首を振った。
「なんもエラいことない。普通やで。そっちは? 専門学校は順調なんか?」
「あ~……うん。え~っと、……いや、学校は辞めたんだよね」
 清高が歯切れ悪く言うと、宮脇は大きな目を見開いた。
「辞めた? なんで?」
「色々あって。勉強よりやりたいことあるし」
「やりたいことって?」
「まあ……色々」
 清高は言葉を濁す。本当はやりたいことなど何もなかった。親に出してもらった学費を生活費として使い込んでしまって、辞めざるを得なくなっただけだ。それを宮脇に言うつもりはない。宮脇はちょっと口をへの字にしたが、詳しく追求してくるることはなかった。清高はホッとして話題を変える。
「ミヤのお母さんや妹ちゃんは? 元気にしてる?」
「ああ、変わってない。二人ともキヨに会いたがってる。時間あったら、後でうちに顔出してくれ」
「あ~……考えとく」
 バックミラー越しにチラリと視線を向けられ、清高は居心地悪そうに俯いた。

 宮脇は手慣れた様子で車を走らせる。清高は横目でそれを盗み見た。癖の強い髪は高校時代と変わらず短い刈り上げで、濃い眉、しっかりした鼻、四角い顎の強面だが、よく見ると目は大きくて丸く、笑うと愛嬌がある。真新しいシャツの襟から覗くしっかりした首。ペラペラの化繊のスーツでは隠しきれない身体の厚み。ハンドルを握る太い手首には、無骨な腕時計が巻き付いている。学生時代には付けていなかったものだ。
「時計、似合ってる。買ったんだ?」
「社長がハタチの祝いにくれたんや」
「へー……すげーじゃん。期待されてるんだな」
 そう言うと、宮脇は少し誇らしげな顔で笑う。清高は目を逸らして密かに溜め息を吐いた。かつては同じような不良少年だったのに、二年で随分差が付いてしまったようだ。自業自得なのだが、寂しいような、悔しいような気分だった。
「お前もエエ服着とるな。似合ってる。髪はもう染めてないんか?」
 清高は頬に掛かるくらいの長さの髪を摘まんで引っ張って、
「ブリーチは止めたけど、軽く色は入れてるよ。服は……まあね。ちょっと奮発した」
 と答え、リボ払いの残額を思い出してウンザリする。
「そうか。ワシ、お前の金髪好きやったで。今の茶色いのも似合ってるけど」
 さらっと言われて清高の胸はチクリと痛んだ。その〝好き〟に深い意味はないと分かっているのに、わずかな期待をしてしまう。

 赤信号でブレーキを踏んだ宮脇は、前を向いたまま
「東京で友達はできたんか?」
 と尋ねた。清高が「まあまあ」と曖昧に頷くと、濃い眉をギュッと寄せる。
「……また原田みたいなヤツと付き合うてないやろな?」
「ねーよ。ない、ない!」
 大げさに首を振ってみせると、
「そうか」
 とホッとした顔になったが、
「ワンナイトが精々。一人と付き合うのはもう懲りた」
 と続けると、ギョッとした顔になった。
「ワ、ワンナイトて!」
「オレはそういう自由が欲しくて東京へ出たの」
 清高はピシャリと言って窓の外へ視線を向ける。宮脇は半ば身体ごと助手席の方を向いて、口をパクパクさせていたが、
「ミヤ、信号青」
 と指摘すると、慌てて車を発進させた。

「……なあ、キヨ。お前、大丈夫なんか? こっちに戻った方が良くないか?」
 しかめっ面で言われて、清高は大げさに眉を寄せて肩をすくめる。
「大丈夫に決まってんだろ。オレがこっちにいられない理由は、お前もよく知ってるだろーが。駅で一瞬顔見られただけで喧嘩売られたの、見ただろ?」
「売られた喧嘩は買うたらエエがな。ワシも加勢する」
「高校生の時ならな。でも今はもう無理だろ。お前は仕事してるし、万一警察沙汰になってクビになったら、家族はどうすんだよ?」
 ピシャリと言い放つと、宮脇は憮然と黙りこんでブレーキを踏む。また赤信号だ。二人の間の会話は途切れ、車内には低いエンジン音だけが響いた。
 清高は腕を組み、イライラと足を揺する。わざわざ成人式のために地元に戻って来たのは、宮脇にしつこく催促されたからだ。『一生に一度のことだから』と押し切られたが、やはり止めておけば良かったと思う。ここに自分の居場所はないし、宮脇には宮脇の生活がある。ここでの自分の人生は十八の春に終わったのだ。
「……お前の顔見られたのは嬉しいけどさ、オレがこっちに戻ってくることはないよ」
 そう言った清高に宮脇は返事をしない。信号が青にかわり、車は再び走り出す。
 清高はムッツリと黙り込んだ友人の横顔を見やって首を傾げる。コイツはこんな複雑な顔をするヤツだっただろうか?

 妙に気まずい雰囲気のまま、車は県立アリーナのだだっ広い駐車場に到着する。車を出て会場に入ると、宮脇の周りにはワッ人が集まった。大体は高校時代の知り合いだ。
 清高は人だかりから離れて目立たない端の席に腰掛け、ポケットからマスクを取り出して顔を隠す。二年前の事件さえなければ、ここまで地元を避けなくても良かったはずだ。けれど、あの事件がなければ宮脇と親しくなることもなかった。

 清高は足元に視線を向け、過去を振り返り始めた──……