明日を希う少年と少女

 2021年7月29日(木)――

 空を覆う雲が厚く、今月半ばにあった梅雨明けの知らせがまるで嘘のように、引き続きジメっとした空気だった。陽子はトイレで額の汗を拭き、天国である教室に飛び込んだ。
 「おはよーっ」
 「おぉーっ! 約三年間、部活お疲れ様でした!」
 友郎が小さなお菓子をくれた。直接会うのは先日ぶりで、少し恥ずかしかった。
 「――ありがとう……。トモくん、こないだはパパがごめんね?」
 「あ、ううん。遅い時間だったもんね、俺時計見ないで家出ちゃったし」
 彼はまた相変わらず優しそうな表情を見せた。
 陽子の通う杉ノ宮第一中は県大会の初戦で敗退をした。レギュラーだった彼女は、後半に少しだけ出場することができ、両親も心配ながらに喜んでいた。
 「これからは切り替えて、受験勉強だね」
 「そうだね。これからは毎日会えるし」
 二人は嬉しそうに微笑みあった。

 ――受験なんて……、私なんのために受けるんだろう……。

 未来(さき)の話をするたびに、胸がぎゅっと苦しくなった。目の前の人をいつの日か独りにさせる日が来てしまう。『恋人が死ぬ』という大きなショックを与えてしまう。だったらいっそ早めに別れておくべきなのではないか。『彼を傷つけたくない』というのは自分のエゴであって、本当に彼のことを考えているとは言えないのではないか。いつか来る現実から目を背け、逃げているだけなのではないか――。
 時折、不安の感情が陽子の胸を掻きむしる。

 ――いったいどうすればいいの……。


 次の日、友郎が憂樹に会うのはあの時以来だった。彼はなにも気にする様子もなく友郎の隣に腰を下ろした。
 「おーっす。負けちったよ……。県大会ベスト8で終わったわぁ〜。これから本格的に受験勉強かぁ……」
 「――憂樹……。こないだは本当にごめん」
 友郎は席を立ち、憂樹に深く頭を下げた。憂樹は笑いながら答えた。
 「――いーって! いいってもう! 別にトモ悪くないじゃんよ! そりゃ俺もめちゃめちゃ悔しかったけどさ? まぁ前から俺は釣り合わない気はしてたんだよ。だから別れて今めっちゃ楽になったというかさ? すごいスッキリしたんだよね。だから昨日の試合とか俺すげー調子良かったんだぜ? でも負けちゃったんだけどな」
 憂樹は笑っていたが、友郎と陽子にはその表情の裏に少しの悲しさと強がりを見た。
 「だからさ、気にすんなよトモ。そんなんで壊れる関係じゃねぇよ俺たち」
 「……ありがとう」
 「いやそんなことより昨日の俺の活躍の話をさせてくれよ……――」

 ――良かった。二人が仲悪くならなくて。やっぱり芦沢くんは明るい。さすがだなぁ。
 四人の関係性こそ崩れてしまったが、友郎と憂樹だけでも繋がっていることが唯一の救いだと陽子は感じた。

 「私はね、愛那ちゃんとこれからも仲良くしていくつもり。結局同じ西高目指すみたいだし、これまでたくさん仲良くしてくれたから、これからも大切な親友として接していくつもりだよ。今回のことも本当にもう気にしてなくて、今度の日曜日も二人で勉強するんだぁ」
 休憩時間、三人は自販機の前の休憩スペースにいた。
 憂樹は自動販売機からジュースを取り出しながら口を開いた。
 「そっか――。俺もさ、実はあれから一回だけ会ったんだよね、偶然。ほら、愛那と俺家が近いからさ、外歩いてるとたまに会うんだよ。で、いざ会うとさ、なんか怒る気になれなくて、普通にめっちゃ話しちゃって。でも愛那に戻る気はなさそうで、俺も戻る気はなくて、というかもうやっていける自信がなくて。そんな感じで、仲良い友達になっていくのかなぁって思ってる」
 友郎は一人申し訳なさそうな表情を浮かべている。それを見かねて憂樹がまた口を開く。
 「トモと陽子ちゃんは仲良くやってくれよな。俺はなにがあろうと二人の味方だし、応援してる。めっちゃお似合いだと思ってるよ。……てか、まじ羨ましいわぁ」
 また憂樹が場を和ましてくれた。