高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 一組の出し物は演劇「真・白雪姫」である。
 なお、内容は以下のようなものだ。
 『愛しの王子様を悪の継母に攫われた白雪姫は、伝説の聖剣を抜き、野を越え山を越え、今、勇者として立ち上がる――!』
 悪の継母に王子様を攫われた白雪姫。嘆いて待っているだけなんて性に合わない。伝説の聖剣を引き抜き、王子様を取り戻すため自ら冒険の旅へ出る。
 野を越え山を越え、七人の小人たちの力も借り、数々の困難を突破。ついに悪の継母を倒し、囚われていた王子様を救出。
 ところが安心したのも束の間、王子様が毒キノコを食べて倒れてしまう!
 王子様を目覚めさせる方法は白雪姫のキスだけ!

 ――で、主役の白雪姫はもちろん俺!
 え? なんで王子様なのに王子様役じゃないのかって?
 ククク、愚問だな……。王子様には主役こそ相応しいだろ!
 というわけで真っ先に立候補したけど、委員長の時と違って他にだーれもおらず一瞬で決定!
 ふっ……。皆俺様に敵わないと辞退したに違いない。
 これが王子様の実力ってモンよ!
 なお、王子様は最初に継母にプリンセスのごとく攫われて、あとは寝てるだけのラクな役だからか、立候補者が七人もいた。
 なんと琢磨もである。
 が、こちらはくじ引きで決められることになり、王子様役はクラスメートの田中君に決まった。
 琢磨はその代役である。田中君と体格が同じなので、衣装を縫う時に便利だってことで。
 で、今日はいよいよ衣装の仮縫いだ。
「よし、これで終わり」
 衣装担当の佐藤君が満足そうに額の汗を拭った。
「文化祭には余裕で間に合うよ」
 俺は力強く頷いた。
「こうなったら世界一可愛く!」
「もちろんだよお」
 うむ、いい返事だっ!
 だが、チョロっと妙に長いこの右手の腕毛が気に食わん。
 やると決めたら徹底するのが俺という男である。
 こうなれば当日はスネ毛も腕毛も指毛もツルッツルにして挑んでやろうじゃないか!
「佐藤君、いい脱毛クリーム知らない? カミソリだとすぐ湿疹できてさ」
「そ、そこまでやるの?」
「もちろん!」
 俺はムン!と胸を張った。
「……」
 佐藤君がぷっと噴き出す。
「それにしても三上君ってやっぱり面白いよねえ」
 ん? 面白い?
 それって王子様につく修飾語だっけ?
 ……。
 まあ、いいか! 美しい王子様、可愛い王子様、優しい王子様、頭のいい王子様、面白い王子様、王子様には修飾語は増えれば増えるほどよい!
 さて、そうして可愛くされている間も、琢磨はずっとそばにいて目を光らせていた。
 俺を狙うあやしいやつはいないか。
 それはありがたいんだけど、せっかく可愛い俺がここにいるのに、チラリとも見ないとか人類の損失だろ!?
「おい、琢磨」
 琢磨がやっとチラリと俺を見た。
 でも、すぐに目を逸らす。
 おい、なんだその態度は! 可愛い俺を褒め称えろ!
「なあ、俺可愛いだろお?」
 ぐいっと迫ると琢磨はまた目を逸らした。
「……」
 なんだよ。可愛いなら可愛いって素直に言えばいいだろ。
 さらに顔を近づける。
 琢磨が何か言いかけた、その時のことだった。
「――三上君」
 横から声をかけられた。
「おっ、なんだい勅使河原君」
「……ず、随分完成度高い白雪姫だね……」
 おっ、そうか?
「僕、可愛い?」
 なんか有名なオバケみたいな聞き方になったような。
「う、うん、まあ……」
 なんだ、煮え切らないやつだな。ここは一つ世渡りとして「世界一可愛いよ」と、委員長の俺に媚を売っとかんか! 俺は将来のキングだぞ!
 さて、勅使河原は大道具担当だ。
「舞台背景、チェックしてほしいんだ」
 そう言って俺にプリントを手渡す。
「んー……。これ、全部作るのもいちいち全部入れ替えるの無理じゃない?」
「え?」
「森、山、城、継母の城……って、場面が変わるたびに大道具運び出すんだろ? だったら背景用の木枠を二つ作って、表と裏で四場面使えばいいじゃん。キャスターつけとけば、場面が変わるたびに向きを変えるだけで済むだろ」
「あ、それならできそう」
「だろ? 背景用の木枠を二つ作って、それぞれ表裏にベニヤをはめ込んで、森、山、城、継母の城の四場面を作る。あ、むしろ暗転させずにわざと黒子がバタバタ出てきて場面転換させるのもウケるかも!?」
 うーむ、オラ今からワクワクしてきたぞ!
「……それ面白いかも」
「だろ!? だったら大道具もわざと手作り感出してさ。その分、目立つところに力を入れよう。そうだ、どうせなら聖剣にLED電球入れて光らせるとか!?」
「光らせるの?」
「伝説の聖剣だぞ? 光るに決まってるだろ!」
 何を当たり前のことを聞いているんだ。
「……皆にそう言ってくる」
 勅使河原は俺に背を向け――なぜか出ていく直前で振り返った。
 うん、なんだ? 可愛い俺を目に焼き付けたいのか?
「……」
 勅使河原はしばらく俺を見つめて、また身を翻して教室をあとにした。
 ふと、もう一つの視線を感じて目を向ける。
 琢磨が、勅使河原が出ていったドアを凝視していたのだ。

 白雪姫のドレスが仕上がったのはそれから二週間後のこと。
 フリルフリフリの佐藤君オリジナルは、俺を最高に可愛くしてくれそうだった。
「はい、これ」
 佐藤君が俺に紙袋を手渡す。
「カツラも一緒に入ってるから。ヘアメイク担当と選びに選んだんだよ〜」
 今日中に一度試着して、不具合がないか確かめてほしいそうだ。
「了解。佐藤君が帰る時に返すから」
「うん、よろしくね。またアイロンかけ直したいから」
 俺は紙袋を受け取ると、自分の席の机の横にかけた。
 汗がついたらまずいから、体育の前に試着しようか。
 琢磨も王子様の衣装を試してくれと言われたらしい。今日田中君が腹を壊して病欠でいないからと。
 俺は琢磨に声をかけた。
「琢磨、あとで一緒に試着しようぜ」
「いや、僕は……」
 おい、なぜまた目を逸らす。
 ここに来て最高に可愛い俺を見たくないとでも!?そうはいかんぞ!
 俺はがっしと琢磨の肩を掴んだ。
「真柴君、約束だよ。いいね?」
「わ、わかった……」
 こいつ、まだ俺の目を見ないな。
 その後総合の授業のために移動教室になって、授業前にいよいよ試着をすることになった。
 体育でいない隣の教室を拝借し、早速制服を脱ぎにかかる。
「うん?」
 俺は首を傾げた。
 琢磨が俺に背を向けているからだ。
 おお、あいつの背中結構仕上がってるな……。
 ……。
 いやいや、何をジロジロ見てんだ。
 そうじゃなくて、だからなんで俺から目を背ける!
「おい琢磨」
「……何」
 こいつ、名前を呼んでも振り向かねえ! 不良が板についてきたのか!?
 ドレスを手にじりじりと近づく。
「……蓮君、頼むから僕にそれ以上近づかないで」
 はあ!?
 シャツを脱いではいるが、怒りで寒さも感じない。
 琢磨の肩を背後からガッと掴む。
「おい、なんで俺避けてんだよ」
「そういうわけじゃ……」
「だったら俺を見ろよ」
 琢磨は小さく溜め息を吐いた。
 ゆっくりと振り返る。
「蓮君、僕は――」
 ところが、動きがそこでピタリと止まった。
 視線が俺から俺の左手のドレスに移動する。
「……っ」
 いきなり裾を掴んだのでぎょっとした。
「おい、やめろよ。お前のバカ力じゃ破れるだろ」
 思わず引っ張り返したところで、何かがキラリと光った。
「えっ」
 目を瞬かせたそのほんの一瞬あとで、ザクッと肉が裂ける不吉な音がして、ドレスの白い生地が赤く染まった。
「……っ」
 琢磨が、右手を押さえている。
 右手――あの時琢磨が怪我した手――。
「――琢磨っ!」
 人差し指の根元近くをザックリと切っている。
 かなり深い。ヘタをすれば神経をやられてるかも――。
 俺は怪我には慣れているからわかる。
 このレベルの怪我だと校医じゃダメだ。
 救急車――いや、その前に止血だ。保健室で清潔なガーゼを――。
 ああ、畜生。頭がうまく回らない……!
「大丈夫……」
 琢磨が笑ってそう呟いた。
「大丈夫だから」
「……っ」
 大丈夫なわけないだろ。
「保健室、行くぞ……」
 声が震える。琢磨の腕を掴んだ手も、足もだ。
 ――怖い。すごく、怖い。
 だって、俺のせいで琢磨が――。

***

 校医のセンセーは琢磨の怪我を見て顔色を変え、すぐに応急手当をしてくれた。
「救急車には私が付き添うから」
「ありがとう、ございます」
「それから君!」
「……え、俺?」
「そう、君も大丈夫じゃないからベッドで寝ていなさい。真っ青よ」
 それから間もなく救急車がやってきて、琢磨はセンセーと一緒に行ってしまった。
「……」
 俺はベッドにドサリと座った。
 顔を両手で覆って呻く。
「どうして……」
 なんであんなところにカミソリが仕込まれていたんだ。
 佐藤君がそんなことをするわけがない。
 じゃあ一体誰が――。
 いや、違う。誰が犯人だとかなんでだとかはどうでもいい。
 本当なら俺がケガしていたはずだったのだ。
 あの時琢磨はカミソリに気づいて、俺から取り上げようとしたんだろう。
 なのに俺が下手に引っ張ったから――。

***

 結局、琢磨はそのまま学校に戻ってこなかった。
 俺も具合が悪いからと家に返された。
 翌日校医の先生に容体を聞くと、幸い神経や腱はやられてなかったらしい。
 これにはホッとした。
「ただ傷が深かったからね。当分は右手を使いづらいと思うよ」
「手を使いにくいって、勉強しづらいってことですか」
「そうねえ。鉛筆とか握りにくいし」
 琢磨は勉強命だ。なのに、筆記がしづらくなるなんて。
 空気がずしりと重い。
 立ち上がるのがやっとだ。
「あ、三上君?」
 俺はフラフラと保健室を出ていった。
 そのまままだ誰もいない朝の教室に向かい、琢磨の机にそっと手を置く。
「……ごめん」
 本当にごめん。
 俺の、せいだ――。