高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 俺は「三上蓮に清き一票を!」とのタスキを作っていたのだが、それは残念ながら担任に全力で止められてしまった。
「ただの委員長だぞ三上……」
 担任はなぜあんなに疲れた顔をしていたのだろう。
 やるならケンカも、勉強も、投票も何事も全力で――これが王子様のモットーだ!
 そう宣言すると担任は更にゲッソリしていた。
「お前みたいなタイプ……この高校じゃ初めてだわ……」
 で、結果。
 見事俺は当選、大勝利!万歳三唱!
 午後に開票結果が出るまで緊張しまくって、メシが全然食べられなかった……ということは全然なかったのは内緒だ。弁当も食ったし購買で買ったパンも食った。
 その時には当選結果だけ発表されて、誰がどれだけ得票したのかは知らされなかった。
 でも、放課後こっそり担任に呼び出され、
「よくやったな」
 と笑って健闘を讃えられた。
「八割お前だったよ」
「えっ」
「あとは鈴木と勅使河原で半々って感じか」
 ちょっとびっくりだ。
「お前な、多分自分が思ってる以上に皆から好かれてるぞ」
 それは俺の王子様計画が成功しているということか!?
「まあ、わかるけどな。見ていて飽きないし」
 ん? それって褒め言葉?
 褒め言葉ならなんで笑いを堪えているんだ?
 担任はそれだけ言って笑い、「行っていいよ」と背を向けた。
 いや、俺はまだわけがわからないんだけどな!?
 ……。まあいいか!
 つまり人気者ってことだろ?まさしく王子様じゃないか!
 クソッ!無茶苦茶嬉しい!両手をブーンってやって、叫びながら走り出したい!
 しかしさすがに王子様はそんなキチムーブはしないはず。
 なんとか理性を総動員して堪えた。
 王子様はつらいよ。
「おーい、琢磨!」
 ガラッと教室のドアを開ける。
 もう皆帰ったのか他には誰もいない。
 琢磨は一人窓辺に手をついて、外をじっと眺めていた。
「センセーに褒められたよ! 俺、得票率ダントツのナンバーワンだって!」
 琢磨がふっと振り返る。
 俺はその目に落ちた影にドキリとした。
「あの……さ。琢磨にだけ言うけど、俺、八割から投票もらってたんだって」
「……八割?」
 琢磨は背を窓辺に預けた。
「……そっか。わかっていたけど、蓮君って好かれてるよね。これでますます人気出るよね」
 どうしてだろう。
 そうだろうそうだろうもっと俺様を褒め称えろ!と胸を張る気になれない。
 だって、なんでそんな目してるんだよ……。
「……ねえ、蓮君、僕は誰に投票したのかって聞かないんだね?」
「えっ……」
 声を失った。
 だって、琢磨は、俺に入れるって疑ってなくて……。
 俺はなぜ琢磨がそんなことを言うのかわからなかった。
「……なあ、琢磨。俺、なんかしたか?」
 だって……だって、琢磨だけは何があっても俺の味方でいてくれる――それを疑ったことがなかったから。
「だったら、悪い。言ってくれ」
 昔俺のせいで怪我したことがあっても、今でもこうして俺と一緒にいてくれるから。
 琢磨がわずかに目を見開く。
「そんな。違うよ。蓮君は何も悪くない」
 琢磨は焦ったように窓から背を起こした。
 俺の前に立ち溜め息を吐く。
「……僕が馬鹿ってだけだ」
 そのまま背を傾けたので、俺はハッとして息を呑んだ。
 琢磨の顔がゆっくり俺に近づいてきて――思わず目をかたく閉じる。
「……っ」
 でも、いつまで経っても何も起きない。
 恐る恐る目を開けると、琢磨は途中で動きを止めて、まつ毛の触れそうな距離から俺を見つめていた。
 そのままコツンと俺の肩に額を当てる。
 そして、ポツリとこう呟いた。
「本当に、馬鹿だよ……」
 掠れた声に俺の心臓がドキリと鳴る。
 俺は琢磨をいつものように、「なーにやってんだよ」とどつくことができなかった。
 そしてその時教室には他に誰もいなかったから、まさか誰かに見られていたとは思わなかったのだ。

***

 それから土日を挟んだ週明け、俺はいつものように登校したのだが、クラスの様子がなんだかおかしいことに気づいた。
 なぜか俺を見るとサッと目を背け、他のやつと目配せをしたり、ヒソヒソ話し合ったりしてる。
 むっ! 嫌な感じだな!
 俺はすぐさま隣の佐藤君を捕まえ、「ちょーっといいかな」と廊下に連れ出した。
「クラスの様子がなんだかおかしいんだけど、心当たりあるかい?」
「そ、それは……」
 佐藤君はおずおずと口を開いた。
「そ、その……三上君はあの……真柴君と仲いいの? だいぶタイプ違うけど……」
 ああ、琢磨のことか。あいつの姓が変わったの今でも時々忘れるんだよな。
「もちろんいいよ!」
「そ、そうだよね。いつも一緒に帰ってるくらいだし……」
 ん? こいつは何をモジモジしてるんだ?
 佐藤君はまた口ごもった。なぜか頬をぽっと染める。
 おい、なんだその少女マンガのヒロイン的な表情は。
「あのね、それもあって二人がキスしてた、付き合ってるんじゃないか……って噂が流れているんだ」
「はあ!?」
 はっ!いかんいかん!地が出てしまった!
 俺と琢磨がキスするとか、そんなことあるわけないだろ!
 そう反論しようとして、一瞬口を噤んだ。
 もしあの時――本当に琢磨にキスされていたら?
 俺は……どうしていた?

***

 その翌々日の昼休み、俺は担任から職員室に呼び出しを受けた。
「まー、念のためだ」
 担任は座ったまま俺を見上げた。
「変な噂が流れているのは知っているだろう。まあ、うちの学校は不純異性交遊……。いや、不純はともかく同性だな? ま、まあ、とにかくふしだらな真似は控えるようにとの校則があるのは知っているだろう」
「はい。校則は暗唱できるくらい読み込んでいます!」
「い、いや、そこまでしなくても……。まあそうだよな。お前と真柴がそんなことをするわけがない」
 担任は琢磨が学年一位なのも知っているし、見た目はともかくとして、実際には悪いことなんて何もしていないことも知っている。
 むしろ、あいつが実はいいやつだってことまで、ちゃんとわかっているみたいだった。
「委員長になったばかりだから気をつけろよ。これから本格的な文化祭の準備も始まるからな」
「わかりました」
 俺は頭を下げ職員室をあとにした。
 廊下を歩きながら考える。
 放課後二人でいたところを見られていたのか。
 でも誰に? 誰でもあり得るからな……。
 ……。
 ま!いいか!
 俺はうんと頷いた。
 人の噂も七時間半というからな!明日には収まってるって。
 が、途中でピタリと立ち止まる。
 待てよ。そう言えば二時間目の後琢磨も呼び出されていたような……。
 俺と同じように注意されたのか?
 心配になってくる。
 だって、琢磨は優しいやつだ。
 昔から虫も殺せないヤツだったんだぞ?

***

 その後放課後になるまで俺はそわそわしていた。
 授業中も後ろの席の琢磨が気になってしまう。
 早く話さなくちゃいけないのに!
 周囲ではまだ噂されていたようだが、そんな雑音はもう耳に入らなかった。
「なあ、あの噂本当かな」
「三上がキスしてたってあれ?」
「正直ちょっと見てみたかった。キモいというより絵面良さそうだし……」
「わかる」
「わかる」
「わかる」
「でも、これってどこからの情報?」
「俺に教えてくれたのは――」
 ヒソヒソ声にチャイムの音が重なる。
 よし、授業終わり!
 早速琢磨を振り返る。
 ところが、席にその姿はもうなかった。
 あれ? いつも必ず放課後まで待ってくれるのに。
 と、その時電源を入れたばかりのスマホがブルブル震えた。
 琢磨からの着信だ。
『もしもし蓮君、妙な噂が立ったから、これから放課後は外で話そう。曲がり角のコンビニで待ってるから』
「なあ……お前もセンセーに呼び出されたのか?」
『……うん』
 なんて言われたんだと聞こうとして、ええい、電話ではまどろっこしい!とスマホを握り締めた。
「今すぐそっち行く。待ってろ!」
 全速力ですっ飛んでいく。
 電話の通り琢磨はコンビニの駐車場にいた。
「おい、琢磨!」
 琢磨がゆっくりと振り返る。
 そのワイルドなイケメンヅラはいつもよりちょっとだけ元気がなかった。
「お前もセンセーに……呼び出されたんだろ」
 琢磨は小さく頷いた。
「なんて言われたんだ」
 空を仰いでほうと溜め息を吐く。
「蓮君のことだから……言うまで諦めてくれないよね。昔からそうだった」
「そう……だっけ?」
「昔僕がいじめられて、でも恥ずかしくて言えなかった時、聞き出すまで離してくれなくてさ」
 そんなこともあったような……。
「で、敵討ちに行ってやる!っていじめっ子たちのところに飛んでいってさ」
 琢磨はそこでふっと笑った。
「蓮君にとっては当たり前のことだったんだね……」
 そりゃそうだ。
「知ってるヤツ虐められてりゃなあ」
 誰だってそうするだろ。
 俺は気を取り直して改めて尋ねた。
「で、でさ、お前はなんて言われたんだよ」
「”お前はそんな生徒ではないとわかっているが、下手をすると三上の評価も下がる。気をつけろよ”って」
「なっ……」
「ごめん……」
「いや、謝んなよ。お前のせいじゃないだろ」
「でもね」
 琢磨は不意に空から俺に視線を移した。
 薄茶色の目でじっと俺を見つめる。
「蓮君から離れてあげられないんだ。ごめんね」
「それに」と琢磨は言葉を続ける。
「まだ送り迎えは必要だと思うしね……」
 とは言っても、川に突き落とされてからは何もない。
 いや、あった。
「え、まさかお前、噂を流したやつとあの犯人が同じだとか思ってる?」
 ということは、犯人は校内の人物ということになるのか?
 だって、クラスに噂を流すなんて、生徒か学校関係者じゃないとできない。
 琢磨は小さく頷いた。
「蓮君だけこんなに連続で狙われて、それがある程度成功してしまってるのは、蓮君の行動パターンをある程度把握できる立場だからだと思う」
 さ、さすが学年一位……。
「犯人はもう絞り込めてきたんだ」
 なんですと!?
「誰なんだよ」
 よくもこの俺様をハメてくれたな!この拳で成敗してやる!
「蓮君、まだ確定したわけじゃないから。それに、殴っちゃ駄目だよ」
「なんでだ!」
「王子様に暴力沙汰は似合わないよ」
 ぐぬぬ……。
「それに、証拠を掴んでいない。……動機も不明なんだよね」
 お前、司法試験に受かって裁判官とか検察官になるよりも、刑事とかのほうが向いてね?
「とにかく、当分は僕から離れないで。……いいね?」
「お、おう」
 なんかよくわからんうちに言い包められた気がする……。
 ま、いいか!
 わからんことは深く考えない! 明るく生きるのが王子様だ!
 そんなこんなで俺と琢磨は注意は続けつつ、学校生活を送ることになった。
 今学期は文化祭もあるからな! 委員長として手は抜けない。
 そして、文化祭まであと二ヶ月というところで、いよいよ本格的に準備に取り掛かることになったのだが――。