高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 王子様生活も三ヶ月目に入った。
 非常に順調だ。
 ただし琢磨の前で以外は。
「三上君、この問題わかる?」
 俺の机の上に問題集が置かれる。
 すぐにスラスラ解いて見せてやった。
「ああ、ここはこう展開するんだ」
「うわ……!ありがとう!やっぱり三上君は頭がいいね!」
 そうだろうそうだろう。もっと褒めろ!
 王子様は優等生でなければならないのだ!そして!優等生であるためには人百倍勉強せねばならない!
 実はこの男子校は自由な校風の割にはレベルが高い。
 不良ばかりの学校に王子様がいてもありがたがられないからな。
 そのために受験も無茶苦茶頑張った!
 で、このキャラを維持するためにも今日も今日とて勉強である。
 そして勉強するなら、ちょうどいい先生が身近にいる。

 放課後、俺と琢磨は公園のベンチに並んで座っていた。
 膝の上には問題集が置かれている。
「蓮〜、これどうやってもわかんねえんだよ」
 俺は問題集を琢磨のほうへ押しやった。
「これ、僕も手こずったんだよね。あのねこれは……」
 琢磨がシャーペンを手に、問題集へ式を書き込んでいく。
「ほー、なるほど。さすが中間で学年一位だよなあ。しかも百点満点だろ?」
 琢磨は照れ臭そうに頬を染めた。
「うん。今回頑張ったから……」
 ――前の定期テストで、琢磨は学年一位、俺は二位だった。
 全教科合わせて五十点差だったか。
 まあ、琢磨に負けても悔しいとは思わない。ド根性だけでなんとかした俺とは違い、こいつの頭の良さはホンモノだからな。
 ウンウン頷きつつ説明を聞いていると、買い物袋を提げた主婦がこちらを見ながら通り過ぎていった。
「あの子、かわいそう。不良に脅されてるのかしら……」
 おい、オバチャン。聞こえてるぞ。
 あのな、聞いて驚け! こいつは進学校で学年一位なんだぞ!
 俺はちらりと隣を見た。
 茶髪。長めのウルフカット。着崩したブレザー。
 その不良は真面目な顔で俺に数学を教えている。
「……僕、そんなに怖く見える?」
「喜べ。お前の高校デビューも順調だ」
「でも、なんか複雑……」
 琢磨はしょんぼりと肩を落とした。
 だからそこだよ。
 お前は見た目だけなら超絶イケメンの完璧な不良なんだよ!
 でも、そんなこと言えない。
 ん?なんで言えないんだ? 言えばいいじゃないか。
 それで琢磨も自信をつけられるなら――「お前、カッコいいよ」って、言ってやればいいじゃないか。
 なのにどうして俺は――。
「蓮君?」
 不意に声をかけられはっとする。
 すぐそばに薄茶色の瞳があった。
「どうしたの? …気分悪い? もう暑いしね」
 次の瞬間、ふっと涼しくなる。
 驚いて顔を上げると琢磨が長い腕を掲げ、俺の上に影を作ってくれていた。
「涼しい?」
「……うん」
 何そのイケメンムーブ、と茶化す気にはなれなかった。
 ただ、嬉しかった。
「あ、向こうに木陰があるよ。移動しようか」
「……」
 俺は首を横に振った。
「ここがいい……」
 俺はそっと目を閉じた。
 そう言えば昔から琢磨のそばは居心地が良かったな。
 でも今は……安心するだけじゃなくて……。
 心臓が、ドキドキする。

***

 俺は琢磨の前以外では完璧だ。
 が、完璧だからといって敵がいないわけじゃない。むしろ王子様が嫌いなやつらもいる。
 ――最初の嫌がらせは定番の教科書隠しだった。
 しかし最初、俺は全然気が付かなかった。もともと忘れっぽくてしょっちゅうなくすから、親父に頼んでストックを十冊買ってあったからだ。
 次は体操着を授業直前に盗まれた。
 これにはおののいた。美しい俺を狙う変態がいる!って。
 スーハー……王子様のにおいがする……とかやってるんじゃないか!? イヤアアア!!
 この時には琢磨が無茶苦茶心配してくれた。
「蓮君、危ないから一緒に帰ろう。送るから」
「え、いいって。襲われたところで返り討ちにしてやるし。それに、お前の寮から遠回りになるだろ」
 琢磨は首を横に振り、俺の学生鞄をひょいと持ち上げた。首をわずかに傾け、俺の目を覗き込む。
「……そんなの、構わないよ。たまには頼ってよ」
 ……ちょっとずるくない?
 お前最近カッコいい瞬間多すぎ!
 で、俺はちょっとこう思った。
 琢磨は学校の寮に住んでいる。二年の先輩と同室なんだそうだ。
 その先輩は……琢磨のこんな顔、俺よりたくさん見ているのか?
 ……なんだかムカムカする。
 こんな俺はカッコ悪ぃ。王子様っぽくないだろ。
 王子様はいつもアルカイックスマイルじゃないと。
 俺は琢磨を見あげてニッコリ笑った。
「わかった。んじゃ、一緒に帰るか」
 教室を出て二人で廊下を歩いていく。
「……」
 琢磨はその間もじっと俺を見つめていた。
「どうした?」
「……うん。僕、やっぱり蓮君はその王子様スマイルより、弾けるっていうか、爆発するみたいに笑ってる方がいいなあって思っちゃって」
「え、俺ってお前といる時そんなふうに笑ってるのか?」
「うん」
 琢磨は薄茶色の目を細めた。
「そこだけは、全然変わってない」
 不意に足を止める。俺も釣られて立ち止まった。
「どうした?」
 琢磨は何も言わなかった。そして、俺を見つめたまま、手を伸ばしてそっと髪に触れたのだ。
「……っ」
 いつもの俺だったら――「セミでも取るつもりかあ? まだ夏じゃねーし俺は木じゃねえぞ」ってふざけていただろう。
 でも今は、そんな気になれない。琢磨から、目を離せない。
 琢磨がふと何かを摘む。
 ん?
 その指先にはあまり見ない模様のチョウがいた。
 綺麗だ。黒に緑が入って凛とした――。
 俺がそれに見惚れる間に琢磨は窓辺に歩み寄り、開けられていたガラス戸からチョウを外に放った。
「蓮君の汗を吸いに来たのかな……」
 その広い背はちょっと寂しそうで、俺は目が離せなかった。
「蝶は自由でいいよね。飛びたいところへ飛んでいける」
 不意に、俺を振り向きまたじっと見つめる。
「蓮君みたいだね」
 当たり前だろ。王子様はチョウのように優雅に、だ。
 そう言おうとしても言葉が出てこない。
 代わりに琢磨が口を開いた。
「ねえ、蓮君」
「な、なんだよ」
 琢磨は俺の前に立ち俺の肩に手を乗せた。
 薄茶色の瞳には俺だけが映っている。
「今度は、どこにも行かないでね」
「何、言って……」
 いや、三年前転校して、先に遠くに行っちまったのはお前だろ。
 ああ……でも……捕まえようとしなかったのも俺なんだ。
 連絡を取ろうと思えば取れたのに、後ろめたくて情けなくて――。
 俺は口を開きかけてまた閉じた。
 結局その後二人の帰り道でも、琢磨も俺も黙り込んだままだった。