高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 こうして俺の不良指導が始まったのだが、琢磨はしょっぱなから色々間違っていた。
 放課後、皆が帰ったあとの教室で、俺は琢磨に提出物は最低限でいいと命じた。
「えっ、提出物は最低限?」
「そう、単位落とさない程度でいいんだよ。学校もなるべく落第生出したくないからな。そういうヤツは結構いると思うぞ。要領よくやりゃいいいんだ」
「でも……スッキリしなくない?」
「そこをスッキリさせようとするから不良になれねえんだよ」
「う、うーん。ちょっと遅れて出すのは?」
 俺は溜め息を吐いた。
「お前、向いてねえな……。それと、購買は自分で行くな。誰かに行かせろ。『おい、パン買ってこい』これだけでいい」
「悪いよ……」
「……じゃあ、授業中は寝とけ」
「えっと……寝たフリは?」
「ああ、もうそれでいい!」
 こいつ、致命的に不良適性がない!
「……もう帰るぞ」
 呆れつつ学生鞄を肩に引っ掛ける。
 琢磨もしょんぼりしつつついてきた。
「おい」
 立ち止まり振り返る。
「なんで数歩遅れてるんだ?」
「あ、ごめん。昔から蓮君と歩く時はこうだったから」
「……」
 俺は琢磨の手をぐいと掴んだ。
「隣でいいんだよ。堂々としてろって言っただろ」
 琢磨が慌てたように手を引っ込める。
「おい、なんだよ」
「ご、ごめん。驚いちゃって……」
 その頬がいつもよりうっすら赤い。
「今更何言ってんだ」
 琢磨は「ごめん」と笑いつつ俺の隣に並んだ。
 やっぱり背が高い。
 あっという間に追い越されたなと感心する。
「……お前、いつ背え伸びたんだ」
「中学二年生だったかな。夜体がギシギシってして、痛くて大変だったよ」
 一日で数センチ伸びたこともあったとか。
「ほー、人体の神秘ってやつか」
 そういえばこいつの母ちゃんがドイツ人のクォーターだったな。中学になってゲルマーンな血が目覚めたのか。
「蓮君はさ……」
 琢磨が目を細める。
「その……カッコいい……というより綺麗になったよね」
「お、そうか?」
 なら王子様化計画は、少なくともガワはうまくいっているということだ。
 王子様とは美しいものだからな!
 俺はちょっと浮かれた気分で、琢磨と並んで廊下を歩いた。
 階段に差しかかり、そのまま二人で降りていく。
「それにしても、本当に変わったよね。その、見た目は」
 隣から聞こえた琢磨の声に、俺はそちらを向いた。
「お前に言われたくねえよ」
 というか、見た目ってなんだよ。俺は中身も王子様だぞ。
 一年一組のクラスメート全員、いや地球の全人口約八十三億一千七百万人の誰がなんと言おうと、俺の自認が王子様なら俺は王子様なのだ!
「でもさ、どうして王子様だっけ……そんなふうになりたいの?」
 どうして――。
 脳裏にあの時の光景がありありと浮かんだ。
 手を押さえる琢磨と、そこから溢れる赤い血。そして青ざめた顔で『僕、大丈夫だから……』と呟く琢磨――。
「まあ、不良ってジャンルに飽きたってのが大きい。で、どうせなら徹底的に正反対を目指してやろうと思ったわけだ」
 一応これも動機のひとつではある。
 それから中学二年生の頃とにかくヒマなので、勉強をなんとなくしてみたら、思っていた以上に面白かったのもあった。
 頑張れば頑張るだけ成果が出るってのが気持ちよすぎた。
「飽きたって……まあ、蓮君らしいけどさ」
 琢磨がくすくす笑う。
 俺はムン!と胸を張った。
「それに王子様ならモテそうだろ」
「えっ、男子校でモテてどうするの?」
「うるさいわい!」
 琢磨との関係に三年のブランクがあってよかったと思う。
 だから「あの事件」を忘れてたフリをして、こうしてバカ話ができる。
 そして、せめてもの罪滅ぼしとして、琢磨の希望にはしっかり応えたかった。
 こいつを立派な不良にしなければ。
「じゃあ、僕も頑張らないとな」
 琢磨がぐっと拳を握る。
「おう。まずはその『僕』から直せ。俺だよ俺」
「あっ、また言ってた?」
「言ってた」
「難しいなあ……」
 困ったように笑う琢磨を横目に、俺は階段を降りていく。
 昔と変わらない顔で笑うくせに、やっぱりデカくなったよな。
 そんなことを考えながら次の段に足を下ろした、その時だった。
 靴底がツルッと滑った。
「わわっ」
 見ると、階段が水で濡れている。
 まずい。
 そう思った時にはもう遅かった。
 前につんのめり、そのまま体が階段の下へ傾く。
 落ちる!
 次の瞬間、ドサッと暖かい何かに受け止められた。
 恐る恐る目を開ける。
 すると、すぐそばに琢磨の薄茶色の目があった。
 近い。近すぎる。息がかかりそうな距離だ。
 俺の体は琢磨の腕の中にすっぽり収まっていた。
 さっきまで隣に並んで歩いていた時より、こいつがずっとデカく感じる。
「蓮君、大丈夫?」
 低く掠れた声が、今度はすぐ耳元で聞こえた。
 また心臓がドキンと跳ねた。
「お、おう。離せって」
 立とうとしたのに、腰に回った腕が動かない。それどころか、少し力が込められる。
「……琢磨?」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!」
 なんだか妙に恥ずかしくなって、俺は琢磨の腕から慌てて抜け出した。
「あっ」
「あっ」
 次の瞬間、また靴底が滑った。
 今度こそ俺の体は階段に叩きつけられた。

***

 結局俺は捻挫してしまい、校医の先生に手当をしてもらった。
「まあ、男の子の仕事はケガすることだからね」
 先生は最後に俺の肩をポンと叩いた。
「なーに落ち込んでるの! そんなに痛かった?」
「いや、怪我には慣れてるんで……」
 中学時代にはしょっちゅうケンカしていたし。
 だが、問題は怪我ではない。
 ……琢磨にお姫様抱っこで連れてこられたことだ! 俺は王子様なのにい!
 俺が一人で嘆いている一方、琢磨はなぜかドーンと落ち込んでいた。
 暗いどころかもう完全ダークネスだ。
 どしたん。話聞こか?と俺は声をかけた。
「何、もしかしてお前もさっき怪我した? 大丈夫か」
 俺を抱き留めたもんな……。
「あらあら、手当てするわよ」
「……違うんです」
 琢磨は首を横に振った。
「どうした。言いたいことがあるならはっきり言え!」
 俺がそう促すと、琢磨はますます俯いた。
 埒が明かない。
 俺は先生に礼を言うと、琢磨を連れて外に出た。
 茜色の夕日が廊下を照らし出している。
「蓮君、歩ける? 肩貸す?」
 琢磨は俺の足元を気にしながら、心配そうに覗き込んできた。
「いいって。それより、どうしたんだよ」
 琢磨はぐっと拳を握り締めた。でもさっきからずっと俯いたままだ。長い前髪の隙間から覗く薄茶色の目まで、今にも泣きそうに見える。
「蓮君に……怪我させたから」
 いやあれは自業自得でしかないんですが。
「僕がちゃんと支えられなかったから……」
「琢磨……」
 こいつは昔俺のせいで自分が怪我した時には、大丈夫って笑ってたくせに。今度は俺が勝手に怪我しただけなのに、自分を責めてるのか。
「ごめん……」
「……」
 俺は琢磨の肩をポンと叩いた。
「気にすんな……って言ってもお前には無理なんだろうな」
「蓮君……」
「お前、俺に缶コーヒー奢れよ。俺もお前にリンゴジュース奢るから。好きだっただろ?それでチャラな」
 琢磨はぱちぱちと目を瞬かせた。
「……それ、結局自腹で買うのと変わらなくない?」
「バレたか」
「……」
 琢磨がようやく笑顔を見せる。
「じゃあさ、今日は僕もコーヒー飲んでみようかな」
「おっ、いいのか。苦いぞ?」
 俺たちは笑い合いながらコンビニを目指した。