僕は翌日蓮君に転校することになったと打ち明け、それまでなるべく一緒に遊びたいと頼んだ。
蓮君は少し迷ったような顔になった。
「俺がよく行くところって、ちょっとお前引くと思うんだけど」
僕の知らない、蓮君の世界。
胸が苦しくなったけど、それでも知りたかった。
蓮君はどんな人を好きで、どんな人が蓮君を好きなのか――。
その次の土曜日に蓮君と行った場所は、繁華街の雑居ビルの裏通りだった。生ゴミの匂いがして気持ちいいところじゃない。
「こ、こんなところに友だちがいるの?」
「ああ。……こういうところにしか来れないやつらがいるんだよ」
地下に降りる階段に三人茶髪の男子が腰掛けている。同じくらいの年だろう。
「よお! 生きてたか!」
「あっ、蓮」
一斉に顔を輝かせる。
「おい、コータ、お前またろくに寝てないだろ。俺んち来いよ」
「うん、サンキュ……って、そいつは?」
蓮君は僕の背中をバンと叩いた。
「友だち。近所に住んでるんだ」
友だち。近所に住んでいる。
その二言が蓮君にとっての僕だった。
男子たちがくすっと笑う。
「俺らも蓮の友だち」
僕は恐る恐る尋ねた。
「同級生……じゃないよね」
学校では顔を見たこともない。
「うん、コータも俺も学校行ってねーし」
不登校なんだろうか。
「じゃあ、家で勉強してるの?」
そんな同年代がいることは知っていた。
「家……」
男子たちは顔を見合わせ苦笑した。その笑い方は大人のものに近かった。
「ちげーよ。俺ら家も親もないようなもんだし」
衝撃を受けた。
「なあ、蓮。アメかなんかないか? 口寂しくてさ」
「ほれ、カリンののど飴。二度とタバコなんてやるなよ」
「お前のセレクト相変わらず婆ちゃんだな……」
その子たちは蓮君の前では屈託なく笑っている。
蓮君もいつも僕にしてくれるように、肩を叩いて時々どついて。
蓮君とその子たちは一時間ほど喋って別れた。
「じゃあな。明日メシ食いに来いよ! フルコースのディナー用意しとくからさ!」
「お前のフルコースってカップ麺のカレーとシーフードと味噌だろ〜」
僕は帰り道を歩きながら、何か言おうと口を開いた。
でも、結局黙ったままだった。
今どんな言葉を言ってもきっと恥ずかしい。
――あんな人と付き合って大丈夫?
――友だちは僕だけでいいだろう?
全部、嫉妬だと分かっている。
僕はそれからも蓮君に付き合っていろんなところへ行った。
繁華街の路地裏や人気のない工事現場、深夜の公園。
不良とつるみ、夜遅くまで遊んでと、蓮君の行動は不良そのものだ。
時にはケンカだってする。
けれど、蓮君をちゃんと見ていれば何をしたいか、どんな人なのかはわかるはずなのに。
蓮君自身が人にどう思われても構わない――そう思っていたのも大きかっただろう。
卑怯だとは思うけど、僕は蓮君はずっと誤解されていてほしかった。
本当の蓮君を知っているのは僕だけ。僕だけが知っていればいい――そう思っていたから。
そして同時に焦ってもいた。
あと少しで引っ越さなくちゃいけない。
これからもSNSで連絡を取るのは簡単だ。
でも、それでは大勢のうちの一人どころか、段々疎遠になって友だちですらいられなくなる。
引っ越しの三日前のことだった。
僕はその日も蓮君についていった。
初めに繁華街の裏通りで会った、あの三人に会う予定だった。
ところが、いつもの場所にいない。
「おっかしーな。待ってるって言ってたのに」
「気が変わったとか?」
「いや、約束を破るようなヤツらじゃない」
蓮君は首を傾げつつ辺りを探した。
「ん……?」
黒い瞳が警戒心に光る。
「どうしたの?」
「……あっちだ!」
「あっ、待って!」
蓮君が向かった先は路地裏を流れる川べりだった。
そこであの三人と別のグループが揉み合いになっている。
僕は思わず息を呑んだ。
こちらの三人は素手なのに、相手は皆手に光るものを持っている。
「け、警察……」
「警察は駄目だ。あいつらが家に連れ戻される」
「……っ」
「俺、あっちこっちに相談したんだ。でもダメだった」
あの三人の事情はもう聞かされていた。皆義理の父親や母親の恋人、もしくは実の親から暴力を振るわれていると。
蓮君が間髪を容れずに走り出す。
そして三人に加勢し、次々と叩きのめしていった。
ああ……蓮君は強いな。
体以上に心が強い。
そんな君の心に僕を焼きつけるには……どうすればいい?
その時ナイフを持った一人が蓮君の背後に忍び寄った。
僕は、もう迷わなかった。
アスファルトを蹴り二人の間に滑り込む。
蓮君が僕に気づいて振り返る。
「琢磨!?」
驚いたような、焦ったような、初めて見る顔だった。
次の瞬間、手がカッと熱くなった。
視界が斜めに赤く染まる。
甲が切り裂かれて血が噴き出し、宙に鮮やかな弧を描いていた。
蓮君は大きく目を見開いた。
黒い瞳が瞬時に怒りの色に染まる。
「てっめえっ……!!」
ああ、嬉しいな。僕のために怒ってくれるんだ。
蓮君はあっという間にナイフを叩き落とすと、続けざまに相手の腹部に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ」と奇妙な唸り声を上げてくずおれる。
「――琢磨!」
蓮君はうずくまる僕に駆け寄った。
「だっ……大丈夫かっ」
もう今にも泣き出しそうだ。
あの蓮君が、僕のために。
僕のために……!
喜びが血流に乗って全身を駆け巡るような気がした。
痛みなんて、どうでもよかった。
「僕、大丈夫だから……」
笑えるのは嬉しいからだ。
「びょ、病院行こう。病院っ……」
僕は黙って首を横に振った。
「病院に行ったら必ず事情を聞かれる。皆家に連れ戻される原因になるかもしれない」
「で、でもっ……」
「いいから……」
もう一度笑う。
「本当に大丈夫だから」
その代わりに――忘れないで。
この血の色も僕のことも、絶対に――忘れないで。
蓮君は少し迷ったような顔になった。
「俺がよく行くところって、ちょっとお前引くと思うんだけど」
僕の知らない、蓮君の世界。
胸が苦しくなったけど、それでも知りたかった。
蓮君はどんな人を好きで、どんな人が蓮君を好きなのか――。
その次の土曜日に蓮君と行った場所は、繁華街の雑居ビルの裏通りだった。生ゴミの匂いがして気持ちいいところじゃない。
「こ、こんなところに友だちがいるの?」
「ああ。……こういうところにしか来れないやつらがいるんだよ」
地下に降りる階段に三人茶髪の男子が腰掛けている。同じくらいの年だろう。
「よお! 生きてたか!」
「あっ、蓮」
一斉に顔を輝かせる。
「おい、コータ、お前またろくに寝てないだろ。俺んち来いよ」
「うん、サンキュ……って、そいつは?」
蓮君は僕の背中をバンと叩いた。
「友だち。近所に住んでるんだ」
友だち。近所に住んでいる。
その二言が蓮君にとっての僕だった。
男子たちがくすっと笑う。
「俺らも蓮の友だち」
僕は恐る恐る尋ねた。
「同級生……じゃないよね」
学校では顔を見たこともない。
「うん、コータも俺も学校行ってねーし」
不登校なんだろうか。
「じゃあ、家で勉強してるの?」
そんな同年代がいることは知っていた。
「家……」
男子たちは顔を見合わせ苦笑した。その笑い方は大人のものに近かった。
「ちげーよ。俺ら家も親もないようなもんだし」
衝撃を受けた。
「なあ、蓮。アメかなんかないか? 口寂しくてさ」
「ほれ、カリンののど飴。二度とタバコなんてやるなよ」
「お前のセレクト相変わらず婆ちゃんだな……」
その子たちは蓮君の前では屈託なく笑っている。
蓮君もいつも僕にしてくれるように、肩を叩いて時々どついて。
蓮君とその子たちは一時間ほど喋って別れた。
「じゃあな。明日メシ食いに来いよ! フルコースのディナー用意しとくからさ!」
「お前のフルコースってカップ麺のカレーとシーフードと味噌だろ〜」
僕は帰り道を歩きながら、何か言おうと口を開いた。
でも、結局黙ったままだった。
今どんな言葉を言ってもきっと恥ずかしい。
――あんな人と付き合って大丈夫?
――友だちは僕だけでいいだろう?
全部、嫉妬だと分かっている。
僕はそれからも蓮君に付き合っていろんなところへ行った。
繁華街の路地裏や人気のない工事現場、深夜の公園。
不良とつるみ、夜遅くまで遊んでと、蓮君の行動は不良そのものだ。
時にはケンカだってする。
けれど、蓮君をちゃんと見ていれば何をしたいか、どんな人なのかはわかるはずなのに。
蓮君自身が人にどう思われても構わない――そう思っていたのも大きかっただろう。
卑怯だとは思うけど、僕は蓮君はずっと誤解されていてほしかった。
本当の蓮君を知っているのは僕だけ。僕だけが知っていればいい――そう思っていたから。
そして同時に焦ってもいた。
あと少しで引っ越さなくちゃいけない。
これからもSNSで連絡を取るのは簡単だ。
でも、それでは大勢のうちの一人どころか、段々疎遠になって友だちですらいられなくなる。
引っ越しの三日前のことだった。
僕はその日も蓮君についていった。
初めに繁華街の裏通りで会った、あの三人に会う予定だった。
ところが、いつもの場所にいない。
「おっかしーな。待ってるって言ってたのに」
「気が変わったとか?」
「いや、約束を破るようなヤツらじゃない」
蓮君は首を傾げつつ辺りを探した。
「ん……?」
黒い瞳が警戒心に光る。
「どうしたの?」
「……あっちだ!」
「あっ、待って!」
蓮君が向かった先は路地裏を流れる川べりだった。
そこであの三人と別のグループが揉み合いになっている。
僕は思わず息を呑んだ。
こちらの三人は素手なのに、相手は皆手に光るものを持っている。
「け、警察……」
「警察は駄目だ。あいつらが家に連れ戻される」
「……っ」
「俺、あっちこっちに相談したんだ。でもダメだった」
あの三人の事情はもう聞かされていた。皆義理の父親や母親の恋人、もしくは実の親から暴力を振るわれていると。
蓮君が間髪を容れずに走り出す。
そして三人に加勢し、次々と叩きのめしていった。
ああ……蓮君は強いな。
体以上に心が強い。
そんな君の心に僕を焼きつけるには……どうすればいい?
その時ナイフを持った一人が蓮君の背後に忍び寄った。
僕は、もう迷わなかった。
アスファルトを蹴り二人の間に滑り込む。
蓮君が僕に気づいて振り返る。
「琢磨!?」
驚いたような、焦ったような、初めて見る顔だった。
次の瞬間、手がカッと熱くなった。
視界が斜めに赤く染まる。
甲が切り裂かれて血が噴き出し、宙に鮮やかな弧を描いていた。
蓮君は大きく目を見開いた。
黒い瞳が瞬時に怒りの色に染まる。
「てっめえっ……!!」
ああ、嬉しいな。僕のために怒ってくれるんだ。
蓮君はあっという間にナイフを叩き落とすと、続けざまに相手の腹部に拳を叩き込んだ。
「ぐふっ」と奇妙な唸り声を上げてくずおれる。
「――琢磨!」
蓮君はうずくまる僕に駆け寄った。
「だっ……大丈夫かっ」
もう今にも泣き出しそうだ。
あの蓮君が、僕のために。
僕のために……!
喜びが血流に乗って全身を駆け巡るような気がした。
痛みなんて、どうでもよかった。
「僕、大丈夫だから……」
笑えるのは嬉しいからだ。
「びょ、病院行こう。病院っ……」
僕は黙って首を横に振った。
「病院に行ったら必ず事情を聞かれる。皆家に連れ戻される原因になるかもしれない」
「で、でもっ……」
「いいから……」
もう一度笑う。
「本当に大丈夫だから」
その代わりに――忘れないで。
この血の色も僕のことも、絶対に――忘れないで。
