高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 体育館は半分埋まればいいと思っていたが、なんと満席で立ち見客まで出ていた。
 うおお! 血湧き肉躍るとはこのことだ! 世界一可愛い俺をその目にとくと焼きつけるがいい!
 ビーッとベルが鳴りアナウンスが流れる。
『皆様、大変お待たせいたしました! ただいまより、1年1組による演劇『真・白雪姫』を開演いたします! 愛する王子様を救うため、白雪姫が今、伝説の聖剣を手に立ち上がる――! どうぞ最後までお楽しみください!』
 暗闇の中で幕がスルスル開く。
『昔々、あるところに、雪のように白い肌を持つ、それはそれは美しいお姫様がいました。その名は白雪姫――』
 パッと照明が鏡の前の俺を照らし出した。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番可愛いのはアタシでしょお!?」
 どっと観客席が揺れる。
「白雪姫がそれ言うのかよ〜!」
「は、はひひぃ! もちろん白雪姫様でございまあす!」
「フン、最初からそう言えっての」
 また笑い声とともにヤジが飛んできた。
「つええ!」
「お前毒リンゴも普通に消化するだろ!」
 舞台は順調にシナリオを消化していき、やがて白雪姫が聖剣を抜くシーンに差しかかった。
「これが……伝説の聖剣!」
 ピカピカ安っぽく光る聖剣を天に掲げる。
 しかし、次の瞬間にはポイ捨てである。
「ゆ、勇者様なぜ……!」
「フン! 伝説に頼るなど真の強者とは言えぬわ! この筋肉で十分!」
「おとぎ話じゃなくて北◯の拳の世界だろこれ〜!」
 観客のツッコミのキレもなかなかのレベルである。
 再びアナウンスが流れる。
『白雪姫は七人の小人を拳で従属させ、頼もしい仲間を得ました。森を越え、山を越え、行く手を阻む魔物たちを次々となぎ倒し、ついに悪の継母が待つ魔王城へとたどり着いたのです――!』
 だがしかし、恐れをなした継母は逃亡。
 一人牢に残された王子様は飢え死に寸前になり、仕方なくその辺に生えた毒キノコを食べたのだ。
 結果ポクポクポク……チーン。
 七人の小人たちが野太い声で泣きわめく。
「うおおおおぉぉん、王子様が死んじゃったよ"おぉおぉん!」
 王子様は白木の棺桶に入れられたガチの死人スタイルだった。
 また観客のツッコミが入る。
「ちょ! 火葬かよ!」
「王子様、ヤバいって! 起きろって〜!」
 そんな中で上腕二頭筋を剥き出しにしてノシノシ現れたのがそう……この俺白雪姫様だ!
「この修羅の世では敗者は死、あるのみ! だが今際の際まで戦った者への餞、そして冥土の土産にこの白雪姫様のキスをくれてやろう!」
「いらねえ〜!」
「てか、戦ってないって! その辺の毒キノコ食っただけだって!」
 白木の棺桶を開け王子様……琢磨の顔を覗き込む。
 一瞬、息を呑んでしまった。
 ちゃんと昔の面影がある。
 薄い髪の色とか、目元とか。
 けど、閉ざされた切れ長の目やシャープな輪郭、薄い唇はもう大人になりかけのもので……あの頃の、優しくて泣き虫の琢磨じゃない。
 頬がカッと熱くなって、心臓がドキドキ鳴り響く。音響が遠のいていく。
 口を開いたのにセリフが出てこない。
 それでもなんとか顔を近づけた次の瞬間、不意に琢磨の瞼が開き、薄茶の瞳が俺を映した。
 俺だけが、映っていた。
 きっと俺の目にも――琢磨だけしかいなかった。
 琢磨の腕が伸びて俺の首に回される。
 琢磨は目を瞬かせる俺にこう囁いた。
「蓮君が、世界で一番好きだよ」
 俺たちにしか、聞こえない声で。
 唇がかすかに、だが確かに触れ合う。
 そして、シナリオのセリフを続けたのだ。
「俺たち、もう今更だろ?」
 体育館が一斉に笑い声に包まれる。
「最初から起きてんじゃねーか!」
「うっわ! やった!」
「いやあれフリだろ!?」
「写真撮ったかあ!?」
 心臓の音が耳に届きそうなくらい大きい。
 そこにアナウンスの間の抜けた声が重なった。
『こうして王子様は白雪姫の愛の力によって、奇跡の復活を遂げたのでした――! ちゃんちゃん♪』
「いや王子さっきから起きてただろー!!」
 爆笑の渦の中幕がスルスル閉じていく。
 けれども俺はしばらくその場から動けなかった。

***

 翌日、二日間にわたる文化祭は無事終わり、一年一組の「真・白雪姫」は大盛況で幕を閉じた。
 なお、最終日にラストシーンを演じていたその時、俺は勅使河原が片隅からじっと俺を見つめているのに気づいた。
『えー、それではこれにて一年一組最後の『真・白雪姫』上演を終了させていただきます。皆様、頑張ってくれた生徒たちに大きな拍手を!』
 終了のアナウンスに合わせて拍手をしている。
 そして、ふと視線を逸らして歩き出し、近くにいた担任に声をかけた。
 更に深々と頭を下げ、再び上げて何か話している。
 担任は耳を傾けていたが、やがて勅使河原の肩をポンと叩き、一緒に体育館を出ていった。
 俺たちの文化祭はこうして終わり、週末を迎え、その後いつもの日常が……戻ってくるはずがなかった!
 だって、キスしたんだぞキス!
 お、俺にとっては、は、は、ははは初めての!
 琢磨は一体どういうつもりなんだよ!
 ……うん、わからん!
 というか、わかるわけがねえ!
 俺は琢磨じゃないんだしさ。
 というわけで、翌朝俺はいつもとは逆に琢磨の住む寮を急襲してやった!
 とはいえ、お宅訪問は丁寧に……。コホン。
 王子様はマナーのお手本でなきゃいけないからな!
 寮母さんに愛想をこいて中に入れてもらい、琢磨の住む部屋のインターフォンを鳴らす。
「やいっ! 琢磨出てこいっ!」
 しかし! ドアを開けて出てきたのは、ヌーボーとしたでっかいヒゲ面のオッサンだった!
 キャーッ!
「……誰?」
 オッサンこそ誰だよ!?
「あのそのわたくしはみかみれんともうしましてこのへやにすんでるましばくんのおともだちでっ!!」
 つい早口になってしまった……。
「あー、真柴の……。おーい真柴ー、友達来てるぞー」
「は〜ぃ……」
 パタパタとスリッパの足音がする。
「れ、蓮君!?」
 琢磨は玄関で立ち尽くした。
 ボサボサの頭に手には歯ブラシ、まだ眠いのか目がしょぼしょぼしている。
 あ、そうか。こいつコンタクトだったっけ。
「ぶっ……」
 気がつくと噴き出していた。
「ちょ、おま、なんだよその頭〜!」
「だって蓮君がいきなり来るから……」
 琢磨は頬を赤くして「ちょっと待ってて」と再び中に姿を消した。
 そしてきっちり三分後にあの完璧な不良スタイルで現れたのだ!
 お前はウルト◯マンかよ!
「先輩、僕もう行きますね」
 なぬ!? センパイ!?
「おー、行ってこい」
 くだんのオッサンはヒゲを剃りつつ琢磨を見送っていた。
「あのオッサンって……」
「ルームシェアしている二年の先輩だよ」
「……」
 俺と一個しか違わない……?
 ま、まあ今は年齢詐称疑惑の件は横に置いておこう。
 俺は琢磨と一緒にいつもとは違う通学路を歩いて行った。
「へえ、寮からだとこんなルートになるんだ」
 なんだか新鮮だ。
 琢磨は毎朝こんな景色を見ていたのか。
 琢磨には俺の知らない顔がまだたくさんあるんだな。
 さっきのコンタクトなしのショボショボ顔も初めて見た。
「……蓮君」
 琢磨が不意に俺の名前を呼ぶ。
「先週は……ごめん」
 は?
 俺は思わず足を止めた。
「なんで謝るんだよ」
 琢磨をまっすぐに見つめる。
「俺、怒ってないぞ」
「そういう問題じゃないんだ」
 琢磨はぐっと拳を握り締めた。
「僕のこと……おかしいって思っただろ」
「……」
「勅使河原君をあんなふうに追い詰めて」
 俺は空を仰いだ。
 秋の雲がゆっくりと風に運ばれている。
 ガキの頃も琢磨とよくこんなふうに見上げていたな。あの雲はソフトクリームの形みたいとか、いや、巻いたウンコだとか言い合って。
「全然? お前もあんなに怒ることあるんだなあってビビったけどさ」
「いきなりキスしたことも……」
「……」
 俺はニッと笑って琢磨に目を向けた。
「まあ、あの時の俺は世界一可愛かったからな!」
「でも……」
「――琢磨、いいか!?」
 俺はビシッと指を突きつけた。
「"でも"は言わない! 」
「……」
「俺がいいって言ってんだから、勝手に俺の気持ちを決めるな」
 そう口にした瞬間気づいた。
 これ、何気に告白したことになってね?
 気まずい沈黙を通り過ぎるトラックの音が掻き消す。
 今度は琢磨が俺を見つめていた。
「それ……いいってこと?」
 ん? いいって?
「僕の告白に返事をくれたってこと?」
 あ、あれは血圧が上がったせいで聞いた空耳じゃなかったのか!
 なーんだ! 土日悩んで損した!
 俺の無意識の願望が現れたんじゃないかとか悶々としてたんだよ!
 ん? ということは?
「……」
 琢磨の顔をまじまじと見つめる。そして、一気に頭に血が上るのを感じた。
 なんだ、そうか。そういうことだったのか。
 俺ってやっぱりどんだけ勉強してもバカだなあ。
 俺は手を伸ばして琢磨の頭をワシワシと撫でた。
「うん、そうだ。俺も琢磨が世界一好きだぞ」
 この世界一は譲ってやるよ。
 琢磨が不意に黙り込み、俺の手首を掴んだかと思うと、自分の頬にそっと押し当てた。
「琢磨?」
「……怖かったんだ」
 もしも蓮君に嫌われていたらって――。
 琢磨は声に出さずに呟いた。
「俺も……怖かったよ」
 琢磨の傷痕を正視するたびに胸がズキリと痛んだ。
「俺、お前にずっと謝ってなかったな」
「何を?」
「三年前……お前が転校するちょっと前、俺のせいでケガしたろ。傷痕も……残っちまって……」
 琢磨の肩がピクリと動いた。
「そっか……」
 唇の端に笑みを浮かべる。
「覚えていて、くれたんだ……」
「忘れられるわけ、ないだろ……」
 だから琢磨を立派な不良にしてやると誓ったんだ。
 なんか全然違う方向に行ったけど……。
 琢磨が今度は俺の手をギュッと握り締める。
「お、おい?」
「じゃあ、僕たち今日から恋人だね」
 こ、恋人!?
 そ、そういうことに……そうかなるのか!
「朝はこうして繋いで行こうよ。この辺あんまり人通らないから大丈夫」
「え、ええ!?」
「カップルはそんなものだよ」
「そ、そうなのか??」
 まあ、琢磨が言うならそうなんだろう。
「そういや、山田にクラス全員の右手の写真撮るよう頼んだのお前なんだってな」
「あ、聞いた? 頼んだと言うか、山田君が僕のためになにかしたいんです!って言ってきたからさ。じゃあ遠慮なくって」
「なんだそりゃ!?」
「僕の舎弟になりたいんだって」
「舎弟ィ!?」
 秋の空を飛行機が音を立てて横切っていく。
 これからもこうして二人で同じ道を歩いていくんだろう。
 それはとても自然で普通で、同時にちょっと照れくさかった。