我に返った小林君が俺に声をかける。
「お、おい。大丈夫か。三上も代役にするか?」
はあ!? 何をおっしゃるのよ!!
「アタクシ以外の誰が白雪姫をやるって言うのよ!」
「そ、そうだよな! お前が辞めるはずなかったわ」
更に佐藤&鈴木コンビもわらわらとやってきた。
俺と琢磨の体をペタペタ触って確認する。
「よかった。擦り傷もなし、衣装も問題なし!」
「三上のメイクだけちょっと直したほうがいいな。クレンジングで顔洗ってきてくれる?」
「オッケー。すぐ終わらせる」
俺はクレンジングを手にトイレにダッシュした。
オラオラオラ!と顔を洗い手で拭う。
なお個室トイレではいまだに田中君がオノレの腹と戦っていた。
「うおおお……」
健闘を祈る!とドアの向こうに敬礼を贈る。
さて、俺も俺の戦場に出陣しなければ!
再び廊下を駆け抜けようとして足を止める。
ところがすぐそこに人気のない階段の踊り場から、すっかり耳に馴染んだ低い声が聞こえてきた。
琢磨?
どうしてこんなところにいるんだ。あと三十分で開演なのに。
そろそろと壁から覗き見る。
「勅使河原君、どこへ行くつもり?」
え、勅使河原? 勅使河原もなんで……。大道具の確認は?
俺はそろそろと顔を覗かせた。
勅使河原は階段を降りようとしていた。
ブレザー越しの背中がビクリと引きつる。
一方琢磨は王子様服だ。
その王子様が腕を組んで勅使河原を見据えている。
「こんなところで逃げたら余計怪しまれるよ? それともまたどこかで小細工でもするつも?」
勅使河原がギョッとしたように振り返る。
「どうせやるなら最後までやり通さなきゃねえ……?」
琢磨、お前一体何を言ってるんだ……?
勅使河原の顔は見るからに引き攣っていた。
「何、言って……」
「そんなわかりやすい顔をしちゃいけないよ。無実の者を演じ切るには演技力が足りなかったね」
琢磨は俺に背を向けているから、怯える勅使河原の顔しかわからない。
なのに、琢磨が今どんな顔をしているのか、見たいとも知りたいとも思えない。
だって――だって、怖かったんだ。
ゴクリと息を呑む間に琢磨が階段を降りていく。コツコツという足音にまでゾクリとした。
「勅使河原君、僕たち、お互い蓮君のことはよく知ってるよね」
勅使河原は逃げない。いや、逃げられないのか。その場に凍りついたままだ。
「君もずっと蓮君だけを見てきたってわけだ」
「そんな、ことは……」
「……あるだろ?」
琢磨は勅使河原の肩に手を置いた。
「僕はね、君も見ていたんだ。だって気になるだろ? 蓮君から目を離さない男だなんてね」
琢磨は言葉を切り勅使河原の耳元に囁いた。
「だから、すぐ犯人がわかったんだよ。蓮君の教科書と体操着を盗んで、用水路に突き落として、ドレスにカミソリを仕込んで、USBメモリのファイルを書き換えて、今日ライトを落としたやつをね。あとは証拠だけだった……」
勅使河原は何も言わない。
琢磨はそれでも構わないのか言葉を続けた。
「君のお父さん、東京高裁八刑事部の勅使河原氏なんだってね?」
「……っ」
「だったら、お父さんが証拠と状況が揃えば私情に囚われない判決を下す人だってことも、わかっているよね」
緊張に耐えられなくなったのだろうか。
勅使河原は琢磨の手を振り払い、転げ落ちるようにして下の踊り場に逃げた。
「しっ……証拠なんて……第一なんの証拠だよ!?」
琢磨が無言でスマホを取り出す。
その画面を見た途端、勅使河原の顔色が青ざめるどころか紙のように真っ白になった。
「蓮君の机の中にWebカメラを仕込んでおいたのさ。指示書のファイルが書き換えられる前の日にね。顔は撮れなくてもこうして手はわかる。君は、まんまと思い通りに動いてくれた」
琢磨曰く、手の形にはかなり個人差があるらしい。おまけに勅使河原の右手には、見間違えようのない特徴があった。
「小さい頃のケガの痕? 僕と同じだね。人差し指の付け根に手術痕がある」
勅使河原がノロノロと口を開く。
「ファイルを書き換えたところで……なんだよ。ちょっとしたイタズラだろ。こんなの、誰も相手にするはずが……」
「そう、これだけならね」
「蓮君が用水路に突き落とされたあの日、ボイスレコーダーを拾ったんだ」
そして、それは独断で警察に渡したと告げた。
「け、警察……」
「学校を信用してないわけじゃないんだけどね。万が一揉み消されたら嫌だろ?」
「……」
「あのボイスレコーダー、マイナーな海外メーカーのもので、日本での流通ルートは特定の通販サイトだけだってわかってた?」
警察という言葉の威力は勅使河原に大ダメージを与えたらしい。
それを知ってか知らずか琢磨がくすっと笑った。
「僕には購入者情報なんて調べられないよ。でも警察なら違うよね」
「……」
「それとね、Webカメラは舞台にもいくつか仕込んでいたんだ」
「な……」
「まさか、仕込んだライトに君が細工するとは思わなかったけど。これにははっきり顔が映っていたよ」
勅使河原はもう言葉もない。
――俺もだった。
だって、わけがわからないだろう?
なんで勅使河原が俺を狙ったんだ?
「あ、あいつが……」
勅使河原が低く唸る。
「あいつが悪いんだ! あいつが!!」
あいつって、俺のことだよな。
勅使河原が俺を恨んでいるのはわかった。
けど、俺なんか悪いことしたか!?
「あいつさえいなければ、僕が……僕が一番になれたんだ! なのに!!」
俺の頭上にハテナマークが浮かぶ。
へっ? 一番って王子様ランキングのこと?
そうだったのか勅使河原……。お前も王子様を目指していたのか!
しかし残念ながらトップは俺で次点は琢磨なんだよ……。
などとウンウン頷いていると、勅使河原が再び怒鳴り声を上げた。
「三上がいなきゃ僕がっ……僕が学年トップだったんだ!」
へ!? へ!? へ!?
いや待ってちょっと待って。
俺学校での試験はずーっと学年二位よ!?
「あのお〜……お取り込み中失礼しま〜す」
そろそろと壁の影から顔を出す。
「蓮君!?」
「み、三上!?」
二人が揃って俺を見上げる。
おお、今度は二人とも同じビックリ顔だ。
「なんか勘違いしてない? 俺ずーっと二位よ? 一学期の中間も期末も」
勅使河原が目を見開いた。
「二位……?」
「そう。九百点満点中、中間が八百二十、期末が八百五十」
「じ、じゃあ僕と同じじゃないか……」
おっ、なんと同点二位でしたか! いやん、お揃い!
俺はフムフムと腕を組んだ。
見えてきたぞ。
「なるほど、お前は俺が学年首位だと勘違いして嫌がらせしてきたのか」
……それは自分が一位になるためか。
脳裏にあの日話した勅使河原が蘇る。
ずっと……俯いていたんだよな……。俺の顔、ほとんど見ようとしなくて……。
勅使河原はまだ呆然としている。
「そんな、だって……三上君は皆に好かれてて……なんでもできて……勉強も敵わないんだって、僕は……」
あらやだ! 勅使河原君ったら俺のことそんなに高く評価してたのお!?
もっと褒めていいのよ!
琢磨がじっと勅使河原を見つめる。
「な、なんだよ……」
「一位が誰か、そんなに知りたい?」
「そりゃあ……」
「僕だよ」
階段と踊り場に沈黙が落ちる。
「僕なんだ。二回とも満点」
「……」
勅使河原が俺に目を向ける。
俺は黙って頷いた。
琢磨は地頭の良さが全然違うんだよな。これは努力で超えられるものじゃない。
琢磨が淡々と宣言する。
「だから蓮君がいなくなっても君は一位にはなれない」
勅使河原がノロノロと口を開いた。
「満……点? 父さんだって満点は取ったこと、ないって……」
勅使河原はその場にくずおれ頭を抱えた。
「じゃあ、僕は、なんのために……」
琢磨がゆっくりと階段を降りていく。
「僕は動機はどうでもいいんだ」
そして、勅使河原の隣に片膝をついた。
「君、自分が何をしでかしたか理解している?」
「……っ」
勅使河原の顔中に冷や汗が浮かぶ。
「ご、ごめ……」
「謝るのは僕にじゃないだろう。それ以前に」
琢磨はそこで言葉を切った。
「ごめんなさいで済んだら警察はいらないんだよなあ……? そうだろ?」
俺は思わず口を押さえた。
勅使河原がやったことは傷害どころかヘタをしたら殺人未遂だ。
事が公になればいくら高校生でもタダじゃ済まない。退学だけで済めばいいというところまで来ている。
そりゃさ、勘違いで死にかけたとかムカつくよ!? ムカつくけど……けど! 俺はそこまでの罰を望まない。
綺麗事じゃない。俺様が校内優しさランキングナンバーワンだからでもない。
どうしてもホームで立ち尽くしていた、あの時の勅使河原の顔が忘れられないんだ。
この世にたった一人だって顔だった。
そしてその表情は……昔の琢磨によく似ていたんだ。
俺は階段を降り琢磨の肩を掴んだ。
「琢磨、もういい」
「……いいって何が?」
琢磨はゆっくり振り返り俺を見つめた。
「こういうやつは許したら必ずまたやる。なら、今のうちに芽を摘んでおく」
今まで見たことない冷たい、氷のような眼差しだった。
「お前、どうしちゃったんだよ……」
琢磨の目が細められる。少しだけ、悲しそうに。
「僕は……ずっとこうだったよ」
……昔の琢磨の顔だ。
俺は溜め息をついて琢磨の頭をグリグリと撫でた。
「俺のために怒ってくれてありがとな」
「……蓮君」
「ここから先は俺が怒る番だ」
勘違いから始まったとはいえ、俺がカタをつけるべきヤマだ。
「おい、勅使河原」
俺は勅使河原の前に立ちはだかった。
勅使河原は腰が抜けているのか、ガタガタ震えながら俺を見上げるばかりだ。
俺はそんな勅使河原の耳を掴み、
「バッカヤロォォォォーーーー!!」
と音量MAXで怒鳴ってやった。
矢継ぎ早に言葉を続ける。
「一位になりたいなら勉強しろ!」
「つーか俺だって死ぬほど勉強してるわエナドリ飲んで!!」
「塾なんて行く金ねえから自分でやるしかねえんだよバーカバーカ!!!」
パッと手を離して仁王立ちになり腕を組む。
「……勅使河原、お前も男だろ。落とし前のつけ方くらいわかるよな」
勅使河原は耳を押さえつつも、小さくコクリと頷いた。
俺はならばよし!と勅使河原に背を向ける。
「琢磨、行くぞ。芝居が始まっちまう」
「……」
琢磨はしばらく黙り込んでいたが、やがてすぐに俺に追いつき隣に並んだ。
「甘い」
「うっせえ」
激甘と言われようがこれでいいんだよ。甘さ控え目なんて何もいいことない。
「蓮君には……やっぱり敵わないなあ」
琢磨が今度はくすくすと笑う。
「当たり前だろ。俺は王子様……いや、白雪姫様だからな!」
「……」
琢磨が不意に立ち止まり、すっと俺に手を差し出す。
「それでは参りましょうかお姫様」
俺はその手を取りながら心の中で白旗を揚げた。
クソッ、悔しいけど今日の王子様ランキングのトップはお前に譲ってやらあ!
「お、おい。大丈夫か。三上も代役にするか?」
はあ!? 何をおっしゃるのよ!!
「アタクシ以外の誰が白雪姫をやるって言うのよ!」
「そ、そうだよな! お前が辞めるはずなかったわ」
更に佐藤&鈴木コンビもわらわらとやってきた。
俺と琢磨の体をペタペタ触って確認する。
「よかった。擦り傷もなし、衣装も問題なし!」
「三上のメイクだけちょっと直したほうがいいな。クレンジングで顔洗ってきてくれる?」
「オッケー。すぐ終わらせる」
俺はクレンジングを手にトイレにダッシュした。
オラオラオラ!と顔を洗い手で拭う。
なお個室トイレではいまだに田中君がオノレの腹と戦っていた。
「うおおお……」
健闘を祈る!とドアの向こうに敬礼を贈る。
さて、俺も俺の戦場に出陣しなければ!
再び廊下を駆け抜けようとして足を止める。
ところがすぐそこに人気のない階段の踊り場から、すっかり耳に馴染んだ低い声が聞こえてきた。
琢磨?
どうしてこんなところにいるんだ。あと三十分で開演なのに。
そろそろと壁から覗き見る。
「勅使河原君、どこへ行くつもり?」
え、勅使河原? 勅使河原もなんで……。大道具の確認は?
俺はそろそろと顔を覗かせた。
勅使河原は階段を降りようとしていた。
ブレザー越しの背中がビクリと引きつる。
一方琢磨は王子様服だ。
その王子様が腕を組んで勅使河原を見据えている。
「こんなところで逃げたら余計怪しまれるよ? それともまたどこかで小細工でもするつも?」
勅使河原がギョッとしたように振り返る。
「どうせやるなら最後までやり通さなきゃねえ……?」
琢磨、お前一体何を言ってるんだ……?
勅使河原の顔は見るからに引き攣っていた。
「何、言って……」
「そんなわかりやすい顔をしちゃいけないよ。無実の者を演じ切るには演技力が足りなかったね」
琢磨は俺に背を向けているから、怯える勅使河原の顔しかわからない。
なのに、琢磨が今どんな顔をしているのか、見たいとも知りたいとも思えない。
だって――だって、怖かったんだ。
ゴクリと息を呑む間に琢磨が階段を降りていく。コツコツという足音にまでゾクリとした。
「勅使河原君、僕たち、お互い蓮君のことはよく知ってるよね」
勅使河原は逃げない。いや、逃げられないのか。その場に凍りついたままだ。
「君もずっと蓮君だけを見てきたってわけだ」
「そんな、ことは……」
「……あるだろ?」
琢磨は勅使河原の肩に手を置いた。
「僕はね、君も見ていたんだ。だって気になるだろ? 蓮君から目を離さない男だなんてね」
琢磨は言葉を切り勅使河原の耳元に囁いた。
「だから、すぐ犯人がわかったんだよ。蓮君の教科書と体操着を盗んで、用水路に突き落として、ドレスにカミソリを仕込んで、USBメモリのファイルを書き換えて、今日ライトを落としたやつをね。あとは証拠だけだった……」
勅使河原は何も言わない。
琢磨はそれでも構わないのか言葉を続けた。
「君のお父さん、東京高裁八刑事部の勅使河原氏なんだってね?」
「……っ」
「だったら、お父さんが証拠と状況が揃えば私情に囚われない判決を下す人だってことも、わかっているよね」
緊張に耐えられなくなったのだろうか。
勅使河原は琢磨の手を振り払い、転げ落ちるようにして下の踊り場に逃げた。
「しっ……証拠なんて……第一なんの証拠だよ!?」
琢磨が無言でスマホを取り出す。
その画面を見た途端、勅使河原の顔色が青ざめるどころか紙のように真っ白になった。
「蓮君の机の中にWebカメラを仕込んでおいたのさ。指示書のファイルが書き換えられる前の日にね。顔は撮れなくてもこうして手はわかる。君は、まんまと思い通りに動いてくれた」
琢磨曰く、手の形にはかなり個人差があるらしい。おまけに勅使河原の右手には、見間違えようのない特徴があった。
「小さい頃のケガの痕? 僕と同じだね。人差し指の付け根に手術痕がある」
勅使河原がノロノロと口を開く。
「ファイルを書き換えたところで……なんだよ。ちょっとしたイタズラだろ。こんなの、誰も相手にするはずが……」
「そう、これだけならね」
「蓮君が用水路に突き落とされたあの日、ボイスレコーダーを拾ったんだ」
そして、それは独断で警察に渡したと告げた。
「け、警察……」
「学校を信用してないわけじゃないんだけどね。万が一揉み消されたら嫌だろ?」
「……」
「あのボイスレコーダー、マイナーな海外メーカーのもので、日本での流通ルートは特定の通販サイトだけだってわかってた?」
警察という言葉の威力は勅使河原に大ダメージを与えたらしい。
それを知ってか知らずか琢磨がくすっと笑った。
「僕には購入者情報なんて調べられないよ。でも警察なら違うよね」
「……」
「それとね、Webカメラは舞台にもいくつか仕込んでいたんだ」
「な……」
「まさか、仕込んだライトに君が細工するとは思わなかったけど。これにははっきり顔が映っていたよ」
勅使河原はもう言葉もない。
――俺もだった。
だって、わけがわからないだろう?
なんで勅使河原が俺を狙ったんだ?
「あ、あいつが……」
勅使河原が低く唸る。
「あいつが悪いんだ! あいつが!!」
あいつって、俺のことだよな。
勅使河原が俺を恨んでいるのはわかった。
けど、俺なんか悪いことしたか!?
「あいつさえいなければ、僕が……僕が一番になれたんだ! なのに!!」
俺の頭上にハテナマークが浮かぶ。
へっ? 一番って王子様ランキングのこと?
そうだったのか勅使河原……。お前も王子様を目指していたのか!
しかし残念ながらトップは俺で次点は琢磨なんだよ……。
などとウンウン頷いていると、勅使河原が再び怒鳴り声を上げた。
「三上がいなきゃ僕がっ……僕が学年トップだったんだ!」
へ!? へ!? へ!?
いや待ってちょっと待って。
俺学校での試験はずーっと学年二位よ!?
「あのお〜……お取り込み中失礼しま〜す」
そろそろと壁の影から顔を出す。
「蓮君!?」
「み、三上!?」
二人が揃って俺を見上げる。
おお、今度は二人とも同じビックリ顔だ。
「なんか勘違いしてない? 俺ずーっと二位よ? 一学期の中間も期末も」
勅使河原が目を見開いた。
「二位……?」
「そう。九百点満点中、中間が八百二十、期末が八百五十」
「じ、じゃあ僕と同じじゃないか……」
おっ、なんと同点二位でしたか! いやん、お揃い!
俺はフムフムと腕を組んだ。
見えてきたぞ。
「なるほど、お前は俺が学年首位だと勘違いして嫌がらせしてきたのか」
……それは自分が一位になるためか。
脳裏にあの日話した勅使河原が蘇る。
ずっと……俯いていたんだよな……。俺の顔、ほとんど見ようとしなくて……。
勅使河原はまだ呆然としている。
「そんな、だって……三上君は皆に好かれてて……なんでもできて……勉強も敵わないんだって、僕は……」
あらやだ! 勅使河原君ったら俺のことそんなに高く評価してたのお!?
もっと褒めていいのよ!
琢磨がじっと勅使河原を見つめる。
「な、なんだよ……」
「一位が誰か、そんなに知りたい?」
「そりゃあ……」
「僕だよ」
階段と踊り場に沈黙が落ちる。
「僕なんだ。二回とも満点」
「……」
勅使河原が俺に目を向ける。
俺は黙って頷いた。
琢磨は地頭の良さが全然違うんだよな。これは努力で超えられるものじゃない。
琢磨が淡々と宣言する。
「だから蓮君がいなくなっても君は一位にはなれない」
勅使河原がノロノロと口を開いた。
「満……点? 父さんだって満点は取ったこと、ないって……」
勅使河原はその場にくずおれ頭を抱えた。
「じゃあ、僕は、なんのために……」
琢磨がゆっくりと階段を降りていく。
「僕は動機はどうでもいいんだ」
そして、勅使河原の隣に片膝をついた。
「君、自分が何をしでかしたか理解している?」
「……っ」
勅使河原の顔中に冷や汗が浮かぶ。
「ご、ごめ……」
「謝るのは僕にじゃないだろう。それ以前に」
琢磨はそこで言葉を切った。
「ごめんなさいで済んだら警察はいらないんだよなあ……? そうだろ?」
俺は思わず口を押さえた。
勅使河原がやったことは傷害どころかヘタをしたら殺人未遂だ。
事が公になればいくら高校生でもタダじゃ済まない。退学だけで済めばいいというところまで来ている。
そりゃさ、勘違いで死にかけたとかムカつくよ!? ムカつくけど……けど! 俺はそこまでの罰を望まない。
綺麗事じゃない。俺様が校内優しさランキングナンバーワンだからでもない。
どうしてもホームで立ち尽くしていた、あの時の勅使河原の顔が忘れられないんだ。
この世にたった一人だって顔だった。
そしてその表情は……昔の琢磨によく似ていたんだ。
俺は階段を降り琢磨の肩を掴んだ。
「琢磨、もういい」
「……いいって何が?」
琢磨はゆっくり振り返り俺を見つめた。
「こういうやつは許したら必ずまたやる。なら、今のうちに芽を摘んでおく」
今まで見たことない冷たい、氷のような眼差しだった。
「お前、どうしちゃったんだよ……」
琢磨の目が細められる。少しだけ、悲しそうに。
「僕は……ずっとこうだったよ」
……昔の琢磨の顔だ。
俺は溜め息をついて琢磨の頭をグリグリと撫でた。
「俺のために怒ってくれてありがとな」
「……蓮君」
「ここから先は俺が怒る番だ」
勘違いから始まったとはいえ、俺がカタをつけるべきヤマだ。
「おい、勅使河原」
俺は勅使河原の前に立ちはだかった。
勅使河原は腰が抜けているのか、ガタガタ震えながら俺を見上げるばかりだ。
俺はそんな勅使河原の耳を掴み、
「バッカヤロォォォォーーーー!!」
と音量MAXで怒鳴ってやった。
矢継ぎ早に言葉を続ける。
「一位になりたいなら勉強しろ!」
「つーか俺だって死ぬほど勉強してるわエナドリ飲んで!!」
「塾なんて行く金ねえから自分でやるしかねえんだよバーカバーカ!!!」
パッと手を離して仁王立ちになり腕を組む。
「……勅使河原、お前も男だろ。落とし前のつけ方くらいわかるよな」
勅使河原は耳を押さえつつも、小さくコクリと頷いた。
俺はならばよし!と勅使河原に背を向ける。
「琢磨、行くぞ。芝居が始まっちまう」
「……」
琢磨はしばらく黙り込んでいたが、やがてすぐに俺に追いつき隣に並んだ。
「甘い」
「うっせえ」
激甘と言われようがこれでいいんだよ。甘さ控え目なんて何もいいことない。
「蓮君には……やっぱり敵わないなあ」
琢磨が今度はくすくすと笑う。
「当たり前だろ。俺は王子様……いや、白雪姫様だからな!」
「……」
琢磨が不意に立ち止まり、すっと俺に手を差し出す。
「それでは参りましょうかお姫様」
俺はその手を取りながら心の中で白旗を揚げた。
クソッ、悔しいけど今日の王子様ランキングのトップはお前に譲ってやらあ!
