高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 気になることはいろいろあったが、今はとにかく時間がない。
 俺たちは音響や照明を一通り確認し、キャストが揃ったところでリハーサルを開始した。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番可愛いのはアタシでしょお!? アタシって言いなさいよ!」
 鏡をガタガタ揺さぶる。
 鏡役の中村君が「あっあっあっやめてえ」と声を上げた。
「世界で一番白雪姫が可愛いです! 可愛いから許してえ!」
「フン、最初からそう言えっての」
 チェックしていたクラスメートがどっと笑う。
「三上〜! お前のキャラまんまだわ!」
 はっはっは。俺の演技力も世界一だ! 王子様には世界一が似合う!
 リハーサルは順調だった。
 ヒゲの大臣が白雪姫の執務室に駆け込み王子の危機を告げる。
 なお、白雪姫は国王と継母を追放し、すでに自分が王座に就いている。
「姫様大変でございます! すきピの王子様が攫われてしまいました〜!」
「なにぃ!? 俺の――じゃない、アタシの王子様を!?」
 またどっと笑い声が上がった。
「三上君、地ぃ出てるって!」
 そんなこんなでリハーサルが終わり、開始一時間半前というところで休憩になった。
 監督の小林君に休憩を指示される。
「お疲れ。田中君も休んで……って田中君!?」
 王子様役の田中君が白木の棺桶のセットの中から出てこない。
「田中君……っておい!?」
 田中君は青ざめた顔で腹を押さえていた。
「ちょっ、大丈夫かよ!?」
「三上……悪い。俺、駄目かも……」
 ダメって何が!?
「やっぱり腹、痛くて。あと少しでも、」
「わーっ! 漏らす前にトイレ行けトイレ!」
 王子様の衣装が汚い色に染まったら白雪姫が悲劇になる!
 俺は田中君を背負いトイレにダッシュした。
 個室にぶち込みドアを閉めさせる。
「お〜い、どうだ。悪いモン全部出せたか〜」
「ちょっと……無理……」
「無理ってどっちだ!? 出ないのか!? 出すぎるのか!?」
「そっちじゃなくて……劇……」
「わかった! 劇はいいからお前は休め! 代役いるんだから!」
 これは琢磨に出動してもらうしかない。
 俺が唸りつつトイレから出てくると、琢磨が心配したのか外で待機していた。小林君も一緒だ。
「どう?」
「ちょっと無理。琢磨、お前代役できるか」
「僕は平気だけど」
「じゃあ王子役を真柴にして、重要なシーンだけもう一回さらうか」
 田中君はまだオノレの腹と戦っているので、ひとまず三人で体育館に戻る。
「あれ? 皆は?」
 大道具係一人を除いていない。
「先生に点呼取るからって廊下に呼ばれてさあ。お前たちも来いって」
 というわけで、一旦外に出てまた戻った頃には、開始一時間前になっていた。
「真柴くーん、衣装着て」
 佐藤君が真柴を舞台袖に引っ張っていく。
 琢磨、その衣装は俺がウンコまみれの悲劇から救出した貴重な一品だ。
 心して着るのだぞ……。
 舞台袖から「うわー……」と声が上がる。
 ん? なんだ?
 続いて鈴木君の声が聞こえた。
「これはヘアメイクのし甲斐があるわ」
 なんだと。まさか琢磨も可愛いのか? 世界一の座は譲らんぞ!
 舞台の上で対抗意識をメラメラ燃やしていると、コツンと靴音がして――俺は目を瞬かせて息を呑んだ。
 観客役のクラスメートがざわめく。
「お……」
「え、真柴?」
 うち一人がポツリと呟いた。
「……まんま王子様じゃん」
 佐藤君提案の王子様服は詰襟の紺色の上着に白いズボン、そして黒いブーツだった。ちょっとスチームパンクが入っていてカッコいい。
 これを着た余裕の身長一八〇センチ超え、生まれつきの茶髪に薄茶色の目の琢磨と来たら……!
 白いズボンでスラリとした足の長さが強調されている。いつものウルフカットは今は丁寧に撫でつけられて、本来の琢磨の品の良さを演出していた。
「……」
「蓮君!」
 琢磨に呼ばれてはっと我に返る。
 琢磨は俺の前に立つと、不安そうに襟元を摘んだ。
「緊張するなあ。どう? 変じゃない?」
 ああ、いつもの琢磨だ。
 ん? どうして今俺はホッとしたんだ?
 さっきすごくカッコいいって思ったのに、俺の知らないやつになったみたいで不安になって……。
 そんな戸惑いを振り払おうと琢磨の肩を叩く。
「これでお前も立派な王子様だな! ま、俺には敵わんが!」
 小林君が手を叩いてリハーサルの合図をした。
「王子役は代役の真柴に変更! 今から王子が登場するシーンだけやり直す!」
 ところが、継母役の吉田君が「あれ?」と声を上げた。
 吉田君は背景の裏に回り、ベニヤに唯一開けられた、窓にあたる部分を見つめている。
「おーい、どうした」
「三上君、ここちょっと変だよ」
 なんだと?
「窓の扉が外れかけてる。これ、落ちたら危ないよ」
 そんなバカな。朝チェックしたばかりだぞ?
 俺は背景裏に回り窓の部分を確認した。
 本当に、嵌め込まれた扉部分のネジが緩められている。
 とはいえ、この程度ならすぐに直せる。
「お〜い、ドライバーくれ。プラスの三番のやつ」
 ん、一箇所だけじゃない。ほとんど全部緩められている。
 自然にこうなったとは思えない。
 ということは、誰かが人為的に?
 いずれにせよ、今は早く直さなきゃならなかった。
 ここまで来たら「真・白雪姫」をドッカ~ン!と成功させたいじゃないか。
 ドライバーを受け取り早速作業を開始する。
 時間がないからとにかく早くしないと。
 爆速でドライバーを回すこと約五分。
 ようやくあと三本というところまで来た。
 間に合いそうだとほっと息を吐き、何気なく天井を仰いでギョッとする。
「な……」
 頭上のライトがグラグラ揺れていて――ふっと力尽きたように落下してきたのだ。
 体が、動かない。
 世界からすべての音が消える。
 なのに、琢磨の声だけははっきり聞こえたのだ。
「――蓮君!」
 次の瞬間、鈍い衝撃とともに何かに包み込まれ、そのまま舞台の端までふっ飛ばされた。
 どっと音がして思わずかたく目を閉じる。
「……?」
 恐る恐る目を開けたけれども真っ暗だ。
 でも、温かい。それによく知ってるにおいがした。
 シャンプーと、ノートの紙と、リンゴジュースの混ざった琢磨のにおい――。
「蓮君……大丈夫?」
 低く掠れた声とともに視界に光が差す。
 辺りはシーンと静まり返っていて、そんな中で琢磨の声だけが耳に届いた。
 俺はハッとして体を起こそうとした。
「お前こそっ……」
 でも、背に腕が回されていて離れられない。
 強い、強い力だった。
 更に数秒して世界に音が戻る。
「おっ……おいっ、大丈夫か!?」
「なんでライトが……!」
 クラスメートたちが舞台に駆け寄ってくる。
 ようやく琢磨の腕の力がふっと抜けた。
 俺は琢磨の胸の中から抜け出そうとして――その時また見てしまった。
 三年前、俺を庇った時についた消えない傷痕を。
「……っ」
 目を背けたい。
 でも、背けちゃいけない。
 今までずっと話題にしないように、意識しないようにしてきたけど、このままじゃ絶対ダメだ。
 自分と向き合わないなんてそんなの、王子様以前に男としてカッコ悪いだろ。
 なんとか琢磨と一緒に立ち上がる。
 お互いケガはなかったみたいだ。
 それを確認して初めて何が起きたのかを振り返った。
 確かにグラついていたライトが落ちてきて――。
 舞台後方に目をやりゾクリとする。
 ライトのガラスが粉々に砕けて、枠の部分がひしゃげていた。
 あれをモロに食らっていたら……。
「ありがとう……。俺、お前いなきゃ……」
 今更小刻みに身体が震え出す。
 かつて恐れられた不良が情けねえ。
「……」
 琢磨はじっとこっちを見つめていたけど、やがてふっと笑って俺の髪に手を埋めた。
「蓮君が無事ならいいんだ」
「……っ」
 なんだよ、なんなんだよ……。
 もうお前が王子様じゃないか……。
 俺がその場に立ち尽くしている間に、琢磨はその薄茶の目を壊れたライトに向けた。
「……予想通りと言えば予想通りだけど、ここまで徹底的にやってくれるとはねえ……?」