高校デビュー同士 -あの頃の君になりたかった-

 ――どうしてこうなった。
 あれから、
「責任を取らないなんて王子様らしくない」
 そう責められ気がついたら頷いていた……。
 な、なんで!?
 というわけで、琢磨とのルーティンは変わっていない。
 いやむしろ……。
 ――その週の土曜日の我が家の台所。
 俺は台所でカップ麺にお湯を注いでいた。
 ダイニングのテーブルの席では、琢磨が行儀よく腰掛けている。
「楽しみだなあ。蓮君の手料理だなんて」
「いや……手料理もクソもカップ麺だぞ……」
「お湯を注いでくれたじゃないか。立派な手料理だよ」
 そう……なのか?
 なぜだろう。最近手料理の概念がよくわからなくなっている……。
 まあ、とりあえずメシだ。
 俺はそれぞれの席にカップ麺を置くと、琢磨の向かいの席についた。
「いただきます……あ、お前箸派だったっけ」
「覚えていてくれたんだ。フォークはあの金属の感触が苦手でさ」
 しかし、大きな問題があった。
 箸くらいいくらでも用意できるが、現在琢磨は利き手をケガしている。
 つまりだ。
 もう……やるしかないのかアレを。
 世のカップルの象徴である「はい、アーン」的なアレを!
 ……仕方がない。
 王子様には覚悟を決めねばならぬ時があるのだ。
 というわけで、俺は椅子を琢磨の隣に移動させた。
 カップ麺に箸を突っ込み、フーフーと冷ます。
 こいつ、昔から猫舌だったからなあ。
「ほれ、食え」
 琢磨は一瞬目を少し見開いて、
「……ありがとう」
 ふっと笑った。
 い、いや、そんな幸せそうにされても困るんですが……。
「うまいか?」
「うん、世界一」
 そ、そんなに?
 まあちょっとフンパツしてプレミアム価格のカップ麺(278円)にはしたが。
 俺も食べてみたけれど、別に普通の味だった。
 まさか、寮で出るメシが相当まずいのか?
 平日は毎日同じ寮母さんのメシだというから、手作りの味に飽きてカップ麺がよくなるとか?
 食事を終えた俺たちは俺の部屋に行き、大袋のチョコを食いつつ近況について語り合った。
「お前も学校が調査してるって教えてもらったか?」
「うん、他に何かなかったか聞かれたから、一応蓮君の教科書と体操着、用水路に突き飛ばされた件も言っておいた。それと、僕たちがキスしてたって噂を流された件も」
 ドキリとした。
「ま、まあ、あれは別の誰かが面白半分で〜って感じだと思うけどな」
 クソッ、あの時のことを思い出したじゃねえか。琢磨の顔がゆっくりと近づいてきて、薄茶色の目に落ちたまつ毛の影が見えて――。
 ……なんで俺、こんな細かいところまで覚えてんだ?
 琢磨がチョコを摘む手を止める。
「蓮君ってさ」
 そして、俺の目をじっと見つめた。
「黒目がちだけど、虹彩の部分に少しだけ榛色が散ってるんだよね」
「そ、そうなのか……?」
「蓮君も知らなかったんだ」
 琢磨はクスッと笑ってまた嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。僕が初めて見つけたんだ」
 琢磨は目を細めた。
「僕ね、昔蓮君のことで知らないことなんてないと思ってたんだ。それくらい……近くにいると思ってた」
「え……」
「でも、今こうして毎日一緒にいると、毎日新しい蓮君を見つけられる」
 そこで言葉を切り不意に沈黙が落ちる。
「蓮君……蓮君に今の僕はどう見える?」
 問いかけられてすぐには答えられなかった。
 ワシが育てた立派な不良だ!……とはちょっと違う気がする。
 多分琢磨と同じだ。
 そばにいるのは確かに琢磨なのに、知らないところを毎日見つけて、戸惑って……って、なんで戸惑わなきゃいけないんだ?
「お前は……いいやつ、だよ」
 違う。いいヤツなんていくらでもいる。鈴木君だって佐藤君だって。
 そうじゃなくて琢磨は、もっと――。
 俺はチョコの大袋を見つめた。
 あんなにたくさんあったのに、気がつくともう最後の一個だ。
「……やる」
 ぐいと琢磨に押しやる。
「え、でも蓮君チョコ大好きじゃ……」
「ケガ人は栄養つけとけ」
 琢磨はしばらくチョコを見ていたけれど、
「……じゃあ、食べさせて?」
 と笑った。

***

 そして週が明ければ、また文化祭準備である。
 いよいよ文化祭まであと二週間。
 準備も八割方進んだ。
 残る二割は大道具作成の仕上げだ。そしてその仕上げが一番大仕事になる。
 これはクラス全員でやることになっている。
 だが、そこで数々の問題が発生した。
 進学校の高校生、全員この手の作業に慣れてない!
 でも、目標だけはやたらと高い!
 これ、大工やってるうちの親父も言ってたな。
 家を新築する連中は希望をアレもコレもと詰め込んで、しかし見積もりで金額を見て挫折し、現実的な路線で折り合いをつける。
 しかし、明青高校は割と金のある私学だから、それが叶っちゃったとこがあった。
 俺が提案したのは背景用の木枠を二つ作り、ベニヤの両面に森、山、城、継母の城の背景を描くか貼るかして、キャスターで向きを変えられるようにするというものだ。
 設計図もできた。材料も揃った。
 あとは設計図通りに組み立てれば完成!
 ――のはずだった。
 で、現在どのような状況かと申しますと――。
「三上君! ベニヤが木枠に入らない!」
「三上君! こっちは逆に隙間ができた!」
「待て待て待て! なんでお前ら現物に合わせず全部同じ寸法で切ったんだよ!」
 教室のあちこちに切断済みの木材が転がっている。
 設計図だけは大変ご立派だ。背景をはめ込むための木枠に、向きを変えるためのキャスター。黒子が押して舞台上を移動させれば、暗転なしで場面転換できる。
 そう、予定では……!
 現実には寸法を間違えて短くなった板と、斜めに切断されて端が合わない板。途中まで打ち込んだものの曲がって抜けなくなった釘。四隅を合わせたはずなのに、なぜか微妙にひし形になっている木枠。
「ストーップ! それ以上触るな! 被害を増やすな!」
 思わず昔の口調で叫んでいた。
 皆が目を見開いているが、それに構っているヒマはない。
 親父がよく言っていたのだ。工期遅れは追加費用発生・スケジュール狂い・法的トラブル・信頼低下の源だと……!
「とりあえず、これ以上木材を切るな! まず使えるやつと使えないやつを分けるぞ! 佐藤、お前は木枠の内寸を全部測り直して書き出せ。鈴木は切った板を長さごとに分けろ。あと釘を力任せに打つな! 曲がったら一回抜け!」
 気がつけば次々と指示を飛ばしていた。
「わ、わかった!」
「三上君、これは?」
「そっちはまだ使える! 捨てんな!」
 幸い材料は十分ある。二週間あればまだ間に合う。
 教室を見回して、一番厄介なところを探した。
 背景用の大きな木枠だ。
 仮組みの時点ですでに微妙に歪んでいるうえ、キャスターの高さまで揃っていない。
 試しに押してみると、ガタガタガタッ! と盛大な音を立てて斜めに進んだ。
 このままじゃ黒子がバタバタ出てきて場面転換する以前に、舞台袖に帰れなくなる!
「あー、もう! そこは俺がやる!」
 工具を手に向かったところで、木枠の前にしゃがみ込んでいた生徒が顔を上げた。
 勅使河原だった。
 手には金槌。足元には何度も打ち直した釘が転がっている。
「……三上君。ここは僕の担当だ」
「知ってる。でもこれ、このまま固定したらもっと歪むぞ。キャスターも一個浮いてるし。一回ばらして組み直したほうが早い」
「でも――」
「大丈夫だって。こういうのは慣れてる」
 俺は勅使河原の返事を待たず、その場にしゃがみ込んだ。
「親父が大工なんだ。ガキの頃から散々手伝わされてんの」
 金槌を手に取る。
 そこからは作業に集中し、皆の声なんて耳に入らなかった。
「お父さんが……大工?」
「うん。でも、まあなんか納得かも」
「三上君って、てやんでい! べらぼうめ!って感じだもんね」
「あ、俺も思ってた。最初は王子様っぽかったけどさー」
「おーい、琢磨!」
 俺は顔を上げて琢磨を呼んだ。
「ちょっとこっち押さえてくれ! あとで木枠起こすから手伝って。多分お前が一番力強いだろ」
 その場に立ち尽くしていた琢磨がハッとする。
 再び皆がどよめいたが、やはり構っているヒマはない。
 工期が! 最優先だ!
「ま、真柴を呼び捨てに……!」
「三上君じゃなくて真柴君が舎弟!?」
 奔走する俺たち二人を見て、皆がそう囁いていたことなんて、その時には知る由もなかった。
 そして、そんな俺をギラギラした目で睨みつけていたやつがいたことも――。

***

 夕焼け色に染まった帰り道で、俺はエナドリを呷った。
 もちろん、王子様らしく優雅に缶を傾けて。
「ッカー! この一杯がキクー!」
 ……しまった。声が全然優雅じゃなかった。
「くっ、俺の完璧な王子様計画が……!」
 隣を歩く琢磨がポツリと呟く。
「蓮君……王子様ってもう……無駄な気が……」
「あん? 何か言ったか?」
「……なんでもない」
 はー、今日は動いたせいか疲れたな!
「今日はありがとな。お前いてくれて助かったわ」
「……大したことしてないよ」
「いや、俺じゃ運べないもの結構あったからさ」
「……」
 俺は足を止めた。
 気がつくと琢磨が数歩遅れていたからだ。
「どうしたんだよ」
 薄茶色の瞳に秋の影が落ちている。
「……今日、みんな蓮君のこと見てたね」
 ん? そりゃ見るだろ? 監督の俺見なきゃ何すりゃいいのかわかんないし。
「そうじゃなくて。みんな、蓮君のことカッコいいって言ってた」
 な、なんと……!
 この瞬間、入学以降の俺の全努力が報われた!
 王子様として登り詰めたのだ!
 ……ん?
 これって王子様ではなく、現場監督としてでは……?
 んん? 王子様じゃない俺がカッコいい……?
 ……。まあいいか!
 現場監督の王子様もアリだろ!
 ところが、琢磨はこう零したのだ。
「僕だけだったのにな」
 ん? 何が?
 俺は琢磨を見つめた。
 ……。
 そうか、わかったぞ。
 今日皆に袋チョコ配ったからだな!
「心配すんなって」
 ニッと笑って親指を立てて見せる。
「最後は必ずお前にやるからさ」
 ラスト一個がほしいんだろう。わかるぞ。
「……それ、期待していいってこと?」
「当たり前だろ」
 俺がラスイチのチョコをやりたいのはお前だけなんだからさ。
「……」
 琢磨の薄茶色の目が細められる。
 心から嬉しそうな笑顔だった。