TRICK-2TAR

 夏休みも真ん中に突入。毎日うだるような暑さにげんなりして、とても外で何かしようなんて思いもしないある日——何故か俺たちは、緑がいっぱいの中に立っていた。

「ということでぇ~本日は腹割りキャンプ、皐月編をお送りしたいとおもいます!!」

 避暑地なのか、ここはなんだか涼しい。それでももわっとした空気の中で呆然と立つ俺とは逆に、何だか手馴れた様子の4人はそそくさとバーベキューの準備を始めている。
 ちゃんと聞いてなかったけど、多分誰かが持ってるキャンプ場だって言ってたよなぁ。
 皆様……揃いも揃って御曹司殿。庶民の俺とは次元が違い過ぎるよ。
 そこの網で焼かれている分厚い肉だって絶対高い、間違いない。見た事ないもん、こんな綺麗なやつ。

「——で。皐月は結局、いつから雄成のことが好きなんだ?」
 辺りにはお腹の鳴るいい匂いが立ち込め、次から次へと紙皿にぽいぽいっと焼けた食材をトングで置きながら、色気代表の紅雅くんは俺に訊ねた。
 黒いTシャツの袖を捲る姿が様になりすぎてるなぁ、なんて考えながらも、その問いに思わず俺は眉を下げる。
「えぇ……言わなきゃだめ?」
「腹割り、だからね」
 暖かな木目のアウトドアテーブル越しに座った春くんは、漫画の裏切りキャラみたいな笑顔を俺に向けた。
「幼稚園時からだけど……」
「ずっと?」
「まぁ、そう……だけど、中学ん時見掛けて、そこで再熱したというか……」

  
 ——そうあれは忘れもしない。
 
 ちょうどその日は、5月にしてはやけに暑い日で——


 ピンク色の髪を掻き上げながら、俺は溶け始めたラムネ味のアイスを慌てて口に放り込む。
「クッソ暑すぎ……なぁ、由貴、直哉ァーどっか移動しようぜ? このまま外いたら俺もこのアイスみたいになる」
「もう無理ー」なんていいながら、隣にしゃがむ男に助けを求めた。
 由貴と呼ばれた金髪の男は「いいね」なんていいながらゆっくり立ち上がり、パンパンッと黒いズボンを叩いた。
「そうしようぜ……おーい、直哉~」
 俺たちは、先程から何やら斜め向かいにあるゲーセンを熱心に見つめる短髪の男に声をかける。
 何度か名前を呼び、漸く気が付いたのか——彼は焦った様子でこちらに駆け寄ってきた。
「な、あの子めっちゃ可愛くね? 西中の子かな。良い子チャン達がこんなとこに珍しー」
 入口に立つ、同い年くらいの男の子。
 紺と緑のストライプ柄のネクタイをキュッと締めた制服は、確か隣町にある私立中じゃなかったか。
 所謂、ご子息ご令嬢が集まるそこは、庶民極め……ついでにやさぐれている俺には無縁の場所だった。
「は? 確かに可愛いけど男じゃん」
 サラッとした髪を上手く遊ばせたその人物は、きゅるっとした目を店内へと向け——まるで誰かを待っているかのようだった。
「ちょ、俺、声掛けてくるわ!!」
 そう言い残し、直哉はゲーセンへと消えていく。
「うわ、まじ行ったよ……」
「最近直哉、見境なさすぎじゃない? ……もー、先カラオケでも行こうぜ。俺もうまじ無理暑い」
「さんせ……って、おい……なんか、すげーイケメンが現れて直哉追い払われてる」
「はぁ? なにそれ王子様か、よ……」
 アイスの棒だけをガジガジと噛みながら、由貴が指さした方を気怠げに見遣る。

 次の瞬間、ポロッと口から木の棒が零れ落ちた。

 直哉の前に立ちはだかる男。
 スラッとした高身長、異常なまでに整った顔付き。それは紛うことなきイケメン。
 ただそのキリッとした強い目元には、どういう訳か見覚えがあった。
 ——まさか……? いや、そんな訳ない。それに最後の記憶は幼稚園の時だし、あれから随分と変わって……
『ゆうせいくん……だいすき』
 俺の甘酸っぱい記憶が、記憶の奥底から蘇る。
 
「まさか葉山 雄成が現れるとか聞いてないんですけどーーーー」
 戻った直哉はショックを隠しきれない様子で溜息を吐いていた。
 「まさか彼な訳ない」と、当時の思い出を消さんと振った首が、ピタッと止まる。
「は、やま……ゆう、せい…………ちょっ、それ間違いないのかよ!!??」
 勢いよく項垂れた直哉に詰め寄る。喧嘩でもないのに……俺に胸ぐらを掴まれた事なんてない彼は、目を白黒させている。
「あ、あぁ……前にさ、弟が剣道の試合に出るからって、家族で見に行ったんだよ」
「お前ん家仲良いよな」
「うるせー。そん時にエグい強いイケメンいてさ……後で聞いたら西中で俺らと同級の葉山だって、界隈じゃ有名だって言ってたわ」
 ポイっと手の中から直哉を捨て、いま1度ゲーセンの方に向き直る。
「雄成くん……ホントに、雄成くんが……」
 すっかり成長を遂げたものの、あのキリッとした強い眼差しは幼稚園の頃となんら変わりがない。
 「かっこいい……」と無意識に熱を持った吐息を吐いてしまう。

「どしたん、皐月」
 すっかり自分の世界に入り込んだ俺の肩を、直哉がグッと掴む。が、俺はすぐにそれを振りほどいた。
「ちょ、俺、抜けるわ。もう遊びに誘わないで」
「は!? 何言ってんの、俺らのアイドルが居なくなったら——」
「皐月がいねぇとつまんねぇだろ!?」
 そんな悲痛な叫びは俺に届かない。
「雄成くん、あのゲーセンよく行くのかな。会いたい……」
 その場から逃げ去るように家へ帰った俺は、その道中彼の事で頭がいっぱいだった。

 乱暴に玄関のドアを明け、転がるように自室へと駆け込む。
 そして机の引き出しの1番上を開け——中を搔き漁った。
「あっ……たぁ……!!」
 中から取り出した、少しだけ褪せた一枚の写真。
 そこには手を繋いだ小さなふたりが、幸せそうに頬を寄せ合っていた。
 
 
 はやま ゆうせいくん。

 いつもばらぐみのおへやで、すみにひとりでいる子だった。
 めがキリッとしてるせいか、みんな「こわそう」ってちかよらなかったけど。
「こわいかな? すごくかっこいいけど……」
 ぼくはゆうせいくんのことが、きになってしかたなかった。

 あるひ、ゆうせいくんがおっきなテディベアをもってきた。
 みんなびっくりして、「にあわないね」ってこそこそいったりしてた。
 それでもゆうせいくんは、まいにちテディベアをだいていた。

 そのすがたがぼくには、キラキラしてみえて。

「すきなものをちゃんとすきっていえるの、かっこいいな」
 そのときは、ゆうせいくんがヒーローみたいにみえた。
 
 つぎのひ、おうちにあったちいさなテディベアをもってようちえんにいった。これがあれば、ゆうせいくんとあそべるかなっておもったから。
 そして——すみっこでぬいぐるみをだっこして、したをむいているゆうせいくんにかけよった。 
『ぼくもテディベアもってるの。いっしょにあそぼう!』
『——あそ、びたい……!!』
 
 いつも何処か冷めたような目をしていた君が魅せた笑顔は、ぽかぽかとした春の陽射しのように暖かくて——
 ドキドキと心臓が破裂してしまうんじゃないかと大きな音で鳴ったことは、昨日の事のように思い出せる。
 これが「恋」だと言う気持ちだと気が付いたのは随分後だったけれど。
 とにかくこの日から、雄成くんは俺の「特別」になった。

「また、会えた……今度こそ——」
 俺はその場で、写真をギュッと抱き締めた。

 そうして翌日から、俺のゲーセン通いの日々が幕を開ける。
「どうにかして雄成くんに会いたい」
 別に会いたいなら西中に行けばいい。
 だけど、さすがにこの派手な外見でウロウロしていたら悪目立ちする。あと、育ちの良い人間たちの目線がシンプルに怖い。なんてったって俺……親が離婚し、親父の財力を無くした今は平民。
 なんてヒヨってしまった俺は、どうにかまたゲーセンで会えないかと画策していた。
「また会えない……かな」

 けれど検討虚しく……あれからもう、1ヶ月が過ぎようとしていたある日。

「どうしよう、このままだと俺のメダル落としゲームのスキルだけがどんどん上達してしまう」
 チラッと周りを見回しても、それらしい人物は見当たらない。
 後ろのベンチに座り喋っている2人は……確かに同い年くらいだけど、なんかキラキラしてて違う。
 ネオンが煩い台の上で「はぁ」なんて項垂れている時だった。
「今日も諦めようかなぁ……」
 ポケットからスマホを取り出すと、時刻はもう夕方へと差し掛かっていた。
 
「お待たせ~!! ね、雄成! こちらが春樹と紅雅くん。この前行った船上パーティーで友達になったんだよぉ」
 急に待ちに待った2文字の言葉が俺の耳に飛び込んでくる。
 慌てて後ろを振り向くと——そこにはあの日直哉が声を掛けた人物と共に、件の彼がぺこりと頭を下げていた。
「ついにきたーーー!!」なんて俺は、怪しまれぬようメダル台の方へと向き直りながら、心の中でグッと拳を握る。
 しかしさっき、とんでもない言葉が聞こえなかったか? 船上パーティー……はて?
 なにそれテレビでしか聞いた事ないけど。
 さすが西中……ガチのセレブじゃん。
 驚きと同時に、俺の心が雲がかる。
「どう頑張っても共通点ってか、絡む要素ないじゃん……」
 もはや交わる事のない世界線で生きている事は明白だった。
 やっぱり、無理なのかな——そう肩を落とした時だった。
 
「そういえば海吏と雄成くん、高校はどこ行くの?」
 諦めかけていた時に聞こえたそのセリフに、俺の耳がピクリと反応を示す。
 高校……!! もし、もし俺が雄成くんと一緒の場所に行ければ、千載一遇のチャンスが生まれるんじゃないか……!? 
 どうにかその情報が得たくて、雑音喧しい店内でじっと耳をそばだてる。 
「んー? 俺たちは一緒にM高行く予定ー! 雄成がいると何かと面倒見てくれるし?」
「なるほど。雄成くんは幼馴染に利用され続けるんだねぇ」
 終わった。なにそれ名門私立じゃん、頭良いとこじゃん。興味のない俺でも知ってるわ。……1年の時から授業なんてロクに聞いてない俺が受かるわけない。
「……海吏はこの前、判定Dだったけどな」
 おや、同士がいるという事じゃん……?
 てか、雄成くんめちゃくちゃいい声になってないか!? 何その耳がどうにかなりそうな低音ボイス! どうしよう、ドキドキが止まらない……てか、顔……ちゃんと見たい——
 台の上に置いた手をグッと握り、意を決して立ち上がると、彼らが屯うベンチの脇にある両替機へと向かった。 
「ちょっ、バラさないでよ!! ここからだからッ……確かに授業中いっぱい寝てたけど、可能性無限大だから俺!!」
 チラチラと目配せしながら財布から出した1000円札をゆっくり箱に飲み込ませる。
 その時聞こえた言葉に、俺は心で激しく首を縦に降った。
 なんだろう、自信が湧いてきた。雄成くんの……幼馴染だっけ? であるお洒落な彼と握手がしたい。
「ふーん……じゃぁ僕たちもM高行っちゃう? ねぇ、紅雅。楽しそうじゃない?」
「ええーッッ!? いきなり何言ってんの……本気!?」
 思わず俺も幼馴染くんと一緒に「いやほんとに何言ってんの」と心の中で叫びながら、バッとそちらを振り向いた。
「そ、そんな簡単に決めていいものなのか……!?」
 ほら、雄成くんだって流石に驚きを隠せてない。
 あの胡散臭い笑顔の男は何言ってんだ。
 彼は隣に座る、いかにも連れらしき男に「どう?」なんて問い掛けている。
「いいんじゃねぇか。別に進路なんざ決めてねぇし、面白そうじゃん」
 いや、いいんかーい!! このツーブロの人……軽いのは見た目だけじゃないのかよぉ。……ってか今更ながらガチの顔面国宝じゃんこの人、すっげぇ。
「親御さんの意向とか、将来を考えてとか、色々あるだろう……」
「別にないかなぁ? 僕の家も紅雅のところも自由主義だし」
「つかM高って言ったら名門じゃん。逆に親喜ぶわ」
「つかぬ事を伺いますが……が、学力的な所は……」
 雄成くんの幼馴染とやらが、ちょこっと手を挙げながらじっと胡散臭い彼を見つめそう呟いた。
 すると彼は「ニッコリ」という言葉通りの笑顔を彼に贈っている。
「こう見えて僕たち成績上位者だよ、海吏くん」
 は。そんなどっからどう見ても遊んでそうな雰囲気で!? てか、その顔面偏差値で頭も良いのかよ……どうせ運動も出来るんだろ? シャツから出てる腕、しっかり筋肉付いてるもんな。
 神様って不公平じゃね。なんかもう私服のセンスが皆無とかじゃねぇと許されないよ??
「ハハッ! 一人ぼっちになりたくなきゃがんばるんだな」
 顔面国宝さんの言葉……何故だろう、心が痛むなぁ。
 ひと際大きな溜息と共に吐き出された硬貨を手で握る。そのとき勢いよく飛び出た1枚の百円玉が床へと転がり落ちる。
 それはコロコロと見事な軌道を描きながら転がり——コツン、と焦げ茶のローファーにぶつかり止まった。
 その場の全員の目が、銀色の硬貨へと向かう。
 ——あ、うそ。まさか……よりにもよってぇぇ!?
 長い身体を折り曲げた彼は、スルッと長い指先でそれを拾う。
 そして凛とした瞳が硬貨が来た道をゆっくり辿り、遂に終点の俺へと到着する。
 あからさまに狼狽する不審な俺を視界に映した麗人は、その百円と片手に幾枚かの硬貨に握り締めた俺を交互に見遣る。
 どどどどうしよう……直視できない、けどっ、目を逸らすのも失礼すぎるし……
 その場で固まってしまった俺の全身が、おかしいくらいに熱を持つ。
「お兄さん、落としましたよ」
 涼しい眼差しを少しだけ細めた、絵に描いたような微笑は、幼少期(あの頃)の面影が残っている。
 あぁ、本当に……本当の雄成くんだ……
 違っているのは、ショートカットでツンツンしていた髪の毛が、今や清潔感すら漂うマッシュになっているくらい。その他の凛とした男らしい眼差しも、すっと伸びた高い鼻筋も、少し薄い唇も、あの頃のまま。
「……ヒェッ……ァ、あ、ああ、ありがとうございます……!!」
 今にも泣き出してしまいそうな衝動をぐっと堪え、俺はもはや心臓のようにドクンドクンと脈打つ手のひらを彼に差し出した。
「いえ、どういたしまして」
 綺麗なカタチの爪が、百円玉と一緒に俺の手に触れる。
 それだけで、火傷してしまいそうなくらい燃え上がってしまい——「ありがとうございましたぁ」と再度頭を下げ、俺は逃げるようにゲーセンを後にした。

「やばいやばいやばいッ……雄成くん、かっこよくなりすぎだって!!!!」
 そこからどの道をどう走ったなんて記憶にない。
 さすがに息が上がり、途中で目に入ったコンビニの前で足を止める。
 ガラスの壁に凭れかり、天を仰ぎながらズルズルとその場にへたり込む。
 目の前に広がる夕空は、見た事ないくらい真っ赤に燃え上がっていた。
「M、高…………」
 オレンジと青が幻想的に混じる雲を見つめながら、俺はポツリと呟いた。 
 たしかにそこはあの雲より上の場所と言っても過言ではない。
 ふと、握ったままの右手をゆっくりと解いてみる。
 姿を見せたのは、彼が拾ってくれた百円玉。
「でも……どうしてもまた同じ時を過ごしたい」
 手の中にある百円玉を再び強くつよく握り締めた。
 
「そういえば雄成くん、まだテディベア……好きかな……」
 ふと、ガラスに反射した自分の姿が目に映る。
 上半分をピンクに染めた髪。元々ふわっとした猫毛だが、それがどうにも気に食わず毎朝ストレートに直している。
 遅くまでゲームに勤しんだが故にややクマの出来た目、着崩した学ラン。
『おおきくなったらテディベアになる』
 俺は彼にそう約束した。
 だが、その姿といまの自分は——あまりにもかけ離れている。
「覚えていないかもしれないけど……」
 グッと下唇を噛み、俺はコンビニの中へと入って行った。

「ただいまー、あら皐月……帰ってたの」
「……まぁ……」
 頭を拭きながら洗面所を出ると、仕事から帰ってきた母親と出会した。
 タオルの隙間から見えた髪に、母さんは驚きを隠せない様子。
 それもそうか——いきなり暗い茶色になっていれば。
「あら皐月……随分雰囲気変えたわね」
「……可愛くなったら、心願成就するかもだから」
「ふふ、似合ってるわよ。……ね、今日はカラアゲ作ろうと思うの。一緒に食べない?」
 思えば、母さんとまともに会話するのは久しぶりじゃないかな。
 俺はどこを見ていいのか分からず——目線をフワフワさせながら、半分程タオルで隠した顔を縦に振った。
「…………食う。……ねぇ、高校のことなんだけど——」

 それからの俺は、全く受験生らしい姿になった。
 人生で1番努力したなんて自負すらしてる。
 それもこれも、雄成くんと再び同じ時を過ごす為。
 いつの間にかじっとりとした暑い季節が過ぎ、心地よい秋風が吹き抜けたかと思えば、人肌恋しい寒さが沁みる頃になった。
「……さすがにもう寝ようかな……」
 夜は深いものへと変わり、怠い身体に鞭を打ちながらカーテンを締めようと窓辺に寄る。すると外から、キラキラとした輝きが目に入った。
「うわぁ……すっご——月って、こんなに大きかったっけ……」
 しばらく俺は、その光に魅入られたかのように立ちつくしていた。
「……雄成くんも、同じ月……見てたりしないかな」
 心に浮かぶのは、あの日再会したゲーセンで見た彼の姿。
 「よし」と呟き窓辺を離れた、俺の足はベッドではなく勉強机へと向かった。

 そうして耐え抜いた寒い季節が幾分か和らぎ始めた頃——俺の手元に『未来への切符』が届けられた。


 
「なるほど、そんな付き纏いをしていたんだねぇ」
 あぁ……春くんの笑顔の胡散臭さが増している。
「春くんの言い方、トゲがすごいなぁ……海吏くんナンパしたの、俺じゃないんだから許してよ」
 「はい」と春くんは、焚き火から離した白い物体の付いた棒を俺に差し出した。
 「え、なにこれ……」と驚きつつ受け取ったそれがマシュマロだと気が付いたのは、周囲に甘い匂いが漂っていたからだった。
「意外とつまんなかったな」
「あのね、紅雅くん……俺の人生、ドラマじゃないから」
 空の棒を2本持ち、更にもう1本を要求する紅雅くんの意外性に驚きながらも、俺はそのふわっとした物体を口内に放り込んだ。
「でもでもっ! ひとり心に刺さりまくってるひとがいるよ~?」
 パリふわっとした食感に「うまー」なんて舌鼓をうっていると、向かいの海吏くんが俺の隣を見ながら目を輝かせている。
 その視線を辿り、モグモグと口を動かしながら顔を上げると——そこにあるのは、手にしたマシュマロを食べる事も忘れ、いまにも泣き出さそうな表情の愛しい彼。

「ねぇ紅雅。なんか急に釣りしたくならない?」
「全然気分じゃないけどまぁいんじゃない。んじゃ海吏ー釣り行くぞー」
「おけおけー! とゆことで、おふたりともごゆっくりぃ」
 何かを察したのであろう彼らは、そそくさと向こうに見える川の方へと消えて行った。
「あっ! ちょ、ちょっと——って、雄成!?」
 慌てて彼らを呼び止めようと腰を浮かした俺の腕が、グッと強い力で引き留められる。
 「なに」と振り向くやいなや、俺の視界は真っ白いもので覆われた。
「いま抱きしめずに、いつ抱きしめろって言うんだよ」
 引き締まった逞しい胸に、ぎゅっと顔を押し付けられる。
 上品な絵柄がプリントのされた白いTシャツから「ぷはっ」とどうにか顔を出すと、そこには眉を寄せ今にも溢れそうな涙を噛み殺している彼。
 俺はもう、そんな雄成がどうしようも無くくらいに愛おしくなって。
 大きな背中に腕を回し、ぎゅうっと抱き着いた。
「今度さ、おっきいテディベアとか買いに行く?」
 俺の肩口に顔を埋め、全身で存在を確かめるような彼の背中を優しく撫でそう問う。
 すると首筋に掛かる擽ったい髪の毛がフルっと横に動いた。
「……必要ない」
「いらないの? 雄成好きだったじゃん」
「いらないよ。だって……お前が居るだろ?」
「——ッッ!!」
 背中を摩る手がピタッと止まる。
 すると漸く顔を上げた——そこに昇る太陽よりも暑い眼差しの——雄成と視線が交わり、ドキッと鼓動が跳ね上がる。
「だから他のものは要らない」
 その言葉は視線以上に心に刺さり……震える下唇をキュッと噛みながら、俺は再び彼にギュッと抱き着いた。

「ねぇ雄成、俺があげたキーホルダー持ってる?」
「もちろん。肌身離さず持っているが」

 彼は身に付けていたボディーバッグから、それをパチンっと外す。
 同じようにイスの角に掛けたカバンから外したピンク色のテディベアを掴み、ミント色の彼(・)に口付けを贈る。

 その瞬間——雄成の切れ長の瞳が大きく見開いた。

 もしかして、思い出してくれたかな。

『ゆうせいくんといっしょにいたい。はなれたくないよ……』
『ぼくもだよ。そうだ……おおきくなったら、ずっといっしょにいよう!』

 あの時もこうして……君と僕のテディベアの口元を重ね合わせた。確か、雄成と違う小学校に行かなきゃならないって知った時だったかな。
 君は——大事にしていたテディベアを手放して、思わず泣き出してしまった俺を抱き締めて、そう言ってくれたよね。
 『約束だよ』なんて言いながら——

「……もう、離れたくない」
「離さない、絶対に。大好きな皐月……大きくなったらずっと一緒にいようって、約束したもんな」
「——うんっ!!」

 ねぇ、雄成。俺の願いを叶えてくれてありがとう。
 ずっとずっと、大好きだよ。