TRICK-2TAR

 もう間もなく、夏休みが来る。
 そんな学校全体が浮き足立って見える今日、俺はある決断をしていた。

「気持ちが定まったんだ」
 
 いつの間にかむせ返るように熱を孕んだ風に乗せて、俺は静かにそう告げた。
「えっ……え、そうなの?」
 遥か先の水平線を見つめていた瞳を、ゆっくりと横にずらす。
 隣にあるのは、ポカンと小さく口を開けて止まる皐月の姿。そんな何でもない表情にも心が躍り、俺は「ふっ」と息を吐いた。
「色々考えたんだけれどな。俺はやはり、可愛いモノが好きらしい」
「それは知ってる。あー……だからやっぱり可愛くない俺は……」
 面白いくらいに、皐月の眉尻は下へ下へと向かう。
 そのハの字に萎れ大きな瞳が絶望に染まる。そんな彼を今すぐ抱き締めたい衝動を、俺はグッと後ろ手で拳を握り堪えた。
 その行動は、きちんと自分の想いを口にして……彼の返事を聞いてから。
 随分と俺は、君を振り回してしまった。
 沢山、悲しい顔だってさせた。
 二度とそんな思いをさせぬよう、この言葉と共に誓おう。
「俺の心には、絶えず君が息をしていた。嬉しい時も、つらい時も——1秒だって、欠かすことなく」
 じっと彼の顔を見つめ、俺はそう告げた。
 ゆっくりと、言葉を噛み締めるよう丁寧に——
 すると……それまで萎れていた花が、みるみるうちに太陽へと向かい大きく花弁を開く。
「……えっ? おれ、が……ゆう、せいの……?」
 真っ赤な顔の、ダランと垂れた君の両手を——包み込むようぎゅっと握り締める。
「俺は皐月とこの先ずっと一緒にいたい。叶うならば、愛していきたい。君にとってそれは、迷惑なことでは無いか?」
「迷惑もなにも……俺が先に言い出したことじゃん」
 そう言って目尻に涙を浮かべた君の笑顔は、正に極上のひと言に尽きる。
「……この世界でいちばん可愛らしい君の——全部が狂おしい程に愛おしい。好きだよ、皐月」
 それまで硬く握っていた手を離し、そのまま君の柔らかな両頬を包み込む。
 すると皐月は、まるで漫画のように全身を急沸騰させた。
「————ッ!!?? まって、まてまてまて!! いきなりそんな甘いの、まだ免疫が!! ってかそんなこと言うキャラだっけ!?」
 それまでの甘い空気から一変——慌てふためく彼に、俺は首を傾げた。
 どうして驚くのだろうか。これは何(・)も(・)包(・)み(・)隠(・)さ(・)な(・)い(・)、俺の心内なのだが。
 だって、俺は——君の全てが大好きなのだから。
「好きな物は生涯大切にする、安心してくれ皐月。なんせ千切れたテディベアを夜な夜な縫い合わせ、未だに大事にしているような俺だからな」
「それは一周まわって恐怖!!」
 思わずビクッと肩を揺らす皐月に、思わず笑みが零れる。
 あぁ、どうして君は一挙手一投なにもかもが可愛いのだろうか。
「こんな俺は嫌いか?」
「いえ好きです」
 脊髄反射で答える皐月にクスクス笑いながら、改めて俺は、火傷しそうな程に熱くなった彼の背中に腕を回す。
 まぁ……焼かれているのは俺も、なんだがな。 
「好きだよ皐月。俺は君の為に、君の笑顔の為に生きたいと思う」
「……俺、結構……てかかなり口悪いしキツいし……ほんとに大丈夫そ? なんか期待値高めになってるけど……思ってたのと違うとか、なんない? そもそも雄成は愛されたいって——」
 俺の胸に顔を埋めたまま、彼は消え入るように呟いた。
 そんな皐月を、いま1度強く抱き締める。
「問題ない。君がしてくれたように——皐月の心根も、存在の全てを愛し包みたい。それ程までに皐月のことが大好きなんだから」
 すると……それまで宙を彷徨っていた彼の手が、少し遠慮気味に俺の後ろへと回る。
「……おれも、だいすき……俺もさ、雄成のこといっぱい愛するから……同じだけ愛して欲しい」
 その言葉と共に、君の指がしっかりと俺の背中をぎゅっと掴む。
 あぁ、俺は……妙な固定観念に縛られていたんだな。
 互いに愛し愛される——それが全てじゃないか。
 ジリジリと焦げるような日差しの元で俺たちは——時間も忘れて抱き合っていた。


 そして俺たちは、帰路に着くことにした。
 それまでとは少しだけ、違った距離で。

「おー、皐月じゃん。また今度マネージャー代行頼むな~皐月大好評なんだわ」
 中庭を抜けたところで、後ろから大きな声を掛けられる。
 体育着にゼッケン……部活中だろうか。
 そういえば初めて皐月を見た時、グラウンドでマネージャーの仕事をしていたことを改めて思い出した。
「あ、うん……時間が合う時——」
 そういって皐月は余(・)所(・)行(・)き(・)の笑顔で会釈し、再び歩みを進めようとする。
 だが俺はそんな彼の腕を引き、傍の木陰へと引き摺りこんだ。
「なぁ皐月」
「ちょっ、どうしたの……雄成?」
 ドンッと皐月の背中を幹に押し付け、自分より頭ひとつ分下にある彼の顔を覗き込む。
「状況が飲み込めない」とオロオロする皐月を逃げられないようグッと顎を掴み、射抜くような強い視線を彼に向けた。
「その笑顔は、俺だけのものだろ」
「も、ちょっと……破壊力やばい……えぐい……すき……」
 低い声でそう告げると、彼の顔は、ぷしゅーっと蒸気を吐く。
 俺はそんな彼のいじらしい様子に、声を出して笑った。 
「……雄成って、意外と嫉妬深いんだ」
「そうみたいだな。……皐月の目に、俺以外が写っている事が許せない。なんなら、その可愛らしい声が呼ぶ名前も——」
 この甘い飴色の瞳に映るのは、どこまでも彩やかな茜色の空と、俺だけでいい。
 その愛おしい吐息が紡ぐ名は、「雄成」だけでいい。
 
 あぁ、俺がこんな事を言うから、皐月は困って目を丸くして……可愛い。
「————ッッ!! 俺、この先の人生心臓持つかな……」
 困っているはずなのに。どこか嬉しそうにはにかむ君の頬を、俺は堪らずに緩りと撫でた。