TRICK-2TAR

 皐月の部屋に泊まった翌々日。
 
「ママ~あれ乗りたい」
「ここで写真撮ろー!」

 俺たちは快速電車を乗り継ぎ、とあるテーマパークの前に立っていた。
「い、いいのか……こんなの……」
 到着するやいなや皐月は眉を下げたまま、落ち着かない様子で俺や周囲を交互に見遣っている。
「色々世話になった礼だ。安心しろ、ちゃんと自分で稼いだ金だから」
 黒いボディバッグから取り出したチケットを「はい」と彼に手渡す。
「いや、そういう事じゃなくて……こんなんデートじゃん……って俺が意識しすぎ?」
 あからさまに肩を大きく落としながら、紙を受け取る皐月はなにやらブツブツとボヤいている。
「ん? じゃぁどういうことだ」
 彼の言わんとせん事を察せずにいる俺は、大きく首を傾げた。
 
 皐月の部屋で、中々眠れなかった俺たちは、遅くまで他愛もない話をしていた。
 その中で「そういえば前に皆でテーマパークに行った」なんて海吏達との写真を見せたところ、「いいなぁ、俺も雄成と行きたい」と零していたから誘ったんだがな。
 どうしてそんな困り顔をしているんだ。
 
「んぁーーー鈍いなぁもぉ」
「よく分からないが……ほら、行くぞ」
 流石の土曜日。周囲は家族連れやらカップルでごった返している。その波に皐月が飲まれぬようにと、チケットを握る反対側の手をギュッと握る。すると途端に、尻尾を踏まれた猫のような叫びが俺の耳に届く。
「ちょぉぉ!? それはサービスしすぎなのでは!!??」
「ん? はぐれたら困るだろ、人が多いんだし……」
「…………子供かよ」
 皐月は相も変わらずボヤきながら、それでも繋がれた手をしっかりと握り返している。
 確かにこれまでと系統は違えど……可愛いは可愛いな。猫みたいだ。
 俺は自然と緩む頬を隠そうともせず、彼の歩調に合わせゆっくりと入口へと向かっていった。
 
「でも意外だな。雄成バイトとか……縁無さそうじゃん」
「バイトというか、たまに海吏ん家の店を手伝っているんだよ。その報酬」 
「そうなんだ……海吏くん家ってなにやってんの?」
「美容院だ。手広くやっているんだが、どこも大繁盛で人手が足らないらしい」
「え! なにそれかっこよじゃん」
「聞こえだけはな。実際は掃除だのなんだの雑務ばかりだよ。まぁ、当然だけどな」
 そんな他愛もない話をしながら列に並び、漸く俺たちが入場出来る番となった。
「——っわぁぁ!!」
 ガコンッと入場バーを推し進めた先で、皐月は感嘆の声を上げる。

 そこには、文字通りの非日常。
 夢の景色が広がっていた。

「なぁ雄成! 耳付けようぜ、耳!!」
 そう言って目に付いたカラフルなワゴン車に、皐月は嬉々として駆け寄っていく。
 そこにかけられたカチューシャを手に取り、「早く早く」と俺を手招いた。
 先程までのギクシャクした動きは何だったのか。
 「小さな子供みたいだな」なんて、いつの間にか緩んだ頬のまま、俺は彼の元へと近づいた。
「ん? あぁ、これか……俺はウサギなのか?」
 皐月が手渡したのは、ピンク色のうさ耳カチューシャだった。
 たしかに可愛いが……皐月の方が似合うのでは? と、横を振り向くと、彼は既に茶色いモフモフとした耳が装着していた。
「そ、俺はクマーッ……いいじゃん、めっちゃ似合う!! 可愛いな雄成!」
 カチューシャと一緒に掛けられた鏡を覗き込む。
 皐月のキラキラした圧に負けた俺は、うさ耳を付け真ん中で分けた前髪を軽く正した。
 横から店員さんの「すごくお似合いです!!」と上機嫌の言葉を受け——俺は自分の中でふと、違和感を感じとった。
 ……あ、れ。前はこういう類のものが「似合う」と言われただけで、心が躍ったのに。
 ふと隣を見ると、耳がついたことでぬいぐるみと差異無くなった男の姿。
 皐月……可愛い……なんだその破壊的な愛らしさは。
 思わずその頬に手を伸ばす。
 そして、テディベアにする所作と同(・)じ(・)よ(・)う(・)に(・)、その滑らかな頬を撫でた。
 今すぐ腕の中に収めてしまっていいだろうか——
 本能が、俺の耳にそう囁いた気がした。
「ゆ、雄成……!? な、なにしてんの……!?」 
 明らかに動揺した皐月の声で、俺はハッと我に返る。
 あれ……俺はいま何を——
「すまない……あまりにも似合い過ぎていて……」
「そうか? 雄成の方が可愛いぞ!」
 無垢な笑顔で吐かれた台詞に、モヤッとした黒い心がブワッと大きく広がる。
「ありが、とう……」
 その違和感は、暫く俺の中で生き続けていた。
 
 ◇◇◇

「聞いてない……こんなにスピードが出るなんて聞いてない……」
 俺のリクエストで乗った絶叫マシーンは、どうやら彼は不得手だったようで——真っ青な顔で覚束無い彼を、近くのベンチに座らせた。
「苦手なら言ってくれれば良かったのに」
「雄成が乗りたいって言うなら、そこは頑張るべきだろ。……結果がこれでダセーけどな」
 眉を寄せ、青白い顔で必死に笑顔を作ろうとする彼のなんといじらしいことか。
 俺は彼の傍にしゃがみ、幾分か痩けたように見える頬をスルッと撫でる。
「どこがだよ。……とてもかっこいいよ、皐月は」
「そ、そか!? ふふっ嬉しいな」
「飲み物でも買ってこよう、少し待ってて」
 そう言って立ち上がった時、ベンチの隣に座っていた中年男性の大きな身体が皐月に寄りかかる。
「うっわぁ~ねぇちゃん可愛いなぁ!!」
「は? 姉ちゃん……いや男ですけど。え、酒臭……」
「おじさんと遊ぼうぜー! な?」
「ちょ、やめろっ触るな——」
「ちょっとくらいいだろ~減るもんじゃねぇんだし」

 男が皐月の腰から下にかけてスルッと撫でた瞬間、俺は反射的にその太い腕をグッと握った。

 この人を、守らなければ——

「触るな」

 ギリギリと際限なく込められる力は、留まる所を知らない。例え男が悲痛な叫びを上げようが——その腕を離そうとはしなかった。
「ちょ、いたたたた!! なにすんだてめぇ!!」
「俺の連れに触るなと言っている」
 氷のような低いひと言は、その場を凍りつかせるのに充分だった。
 許さない、皐月が嫌がる事をするなんて。
 頭がズキズキと痛むほどの怒りに——俺は、震えていた。

「ゆう、せい……?」
 ポンっと背中を軽く叩かれると、俺はハッと我に返る。
 目の前で、今にも泣き出しそうな程顔をしわくちゃにしている男をポイッと投げ捨て、慌てて皐月の方へと振り向く。
「大丈夫か? 変な事されてないか?」
 髪、頬、首、肩……そして腕。彼の安否を確かめるかのようにそれらを順に撫でる。
「へい、き……」
 そんな動きに、皐月はパァッと顔を赤く染め……目を伏せながら頷いていた。

 騒ぎを聞き付けてやってきたスタッフに男を引渡し、
 いま1度皐月の頭を撫でる。
「良かった。……じゃぁ今度こそ、飲み物買ってくるな」
 そう言って俺は皐月の反応を見ぬままにその場から立ち去った。

 なんだ……先程の感情は。
 未だに痛むこめかみを、スっと抑える。
 少しだけ熱を持ったそこはまだジンと鈍い感覚を帯びたまま。
 皐月を守らなければと思った。全ての驚異から彼を。
 あんなに、誰かに守(・)ら(・)れ(・)た(・)い(・)、愛されたいと思っていた俺が。
 これじゃぁ……まるで——
 ゴクリと唾を飲み、ドクドクと波打つ心臓を服の上からクシャッと握った。


 ◇◇◇

 その後は何事もなく、俺たちはテーマパークを遊び尽くした。
 ただその間も、胸の奥に不可解な想いを抱えたまま。
 気付けば日も傾き「今日はこのくらいにするか」と、俺たちはその場を後にした。

「楽しかったなぁ~」
「あぁ、そうだな。次は……そうだな、映画でも行こうか」
「さんせー!! 本当に……今日はありがとう」
「どういたしまして。俺も皐月と一緒に来られて嬉しかったよ」

 もう目と鼻の先に、彼の住まうアパートが見えた所で、皐月はグッと俺の腕を強く引く。
「こっち来て」と彼に引き摺られるように辿り着いた先は、すぐ側にある公園のベンチだった。
 土曜であるが、時は既に夕暮れ。本来の騒がしい姿を隠した公園は、遊具が寂しそうに揺れている。
 成されるがままに座らされると、正面から立ったままの皐月が俺の頭を抱き込むようギュッと覆い被さる。
「バイバイの前に、俺の愛を与えちゃう」
「なんだよ、それ」
 
「愛してるよ、雄成……じゃぁまた学校でな!」

 君の愛の言葉は心地よい。
 それはずっと求めていた感情、言葉。

 なのにどうして……こんなにも不調和を感じるのだろう。

「俺は、可愛い男になりたくて……包まれるように愛されたくて……」

 君が立ち去った後も、ベンチから立ち上がる事が出来なかった。
 茜色から藍色へと変わった空がもたらす闇を——俺は暫くこの身に受け続けていた。