TRICK-2TAR

 見渡せば、そこにあるのは蒼穹の空と海のように壮大な草木の緑。

「大自然! 最高!! ネイチャーーーー!!!!」

 週末。
 皇宅から出発した送迎車で辿り着いた先は、まさかのキャンプ場だった。
 小高い丘の上に建てられたそこは、確かに空気が澄んでいる。
 が、俺にそれを味わう余裕なんて、ない。

「うるさいな、海吏」

 Tシャツにハーフパンツというラフな格好の海吏は、眩い太陽に向かい大きく伸びをしている。
 着いた時には既に用意されていたベージュのキャンプチェアに深く腰掛けながら、苦言を呈した。
「うぇーん、この前のシャーペンバキッ事件から雄成の情緒がおかしいよぉ」
 海吏は、出てもいない涙を手の甲で拭いながら、向かいに置かれたふたり用のチェアにゆったり腰掛ける皆川の膝上へと逃げ込んでいる。
「まーまー。今日は雄成を尋問する為に集まったようなモンだろ? 時間はたっぷりあるんだ、全部吐いてもらおうか」
 背後から、何やら膨らんだビニール袋を片手に登場した皇は黒いキャップを脱ぎ、今日も色気たっぷりのご尊顔でニッコリと微笑んだ。
「もはや悪役の台詞だろう——にしたって……なんだここは」
「え、キャンプ場」
 わかる。さすがに、見ればわかる。
 広大な芝生、並ぶ木々。向こうにはロッジも並んでいるし、これまで来たことのない俺でもなんとなくそうなんだろうなと感じる。

 問題はどうしてこんな場所に居るのかと言うことだろう。 

「僕の可愛い海吏が、アニメに感化されて『そうだ、キャンプしよ!!』なんて言い出したからだよ。まぁ実際やるのはバーベキューだけれどね」
 呑気にそう答える皆川は、というと……膝の上に海吏を乗せたまま、そのモチっとした頬をスリスリと撫でている。
「大自然を前にすれば、雄成の心も素直になるかと思って!!」
 海吏も海吏で、それを擽ったそうに受けながら「もっとー」なんて手に擦り寄ったりして。
 ……コイツら最近、俺の前でイチャつく事に抵抗が無くなりすぎだろう。
 引き攣り笑いを浮かべた頬に、ピトッと冷たい何かが触れる。
 何事かと身体が大きく跳ねたが、それが皇が手にした缶ジュースだと気付き、「ありがとう」と言いながら受け取った。
「趣味が高じてキャンプ場経営まで手を出した親父に感謝しろ」
 なるほど、皇グループの事業の一貫という訳か。
 なんの因果か、それなりに名のある家の息子という訳だ、揃いも揃って4人全員。
 だから「我が家が持ってる」と言われても別段驚く事ではない。
 だから土曜にも関わらずこんな伽藍としているのか。おそらく貸切にでもしていてくれているのだろう。
「ま、とりあえず始めるぞ」
 既に用意されていた銀色のバーベキューコンロの前に立った皇は、片手に持ったトングをカチンと鳴らした。
  

 ◇◇◇
 
「紅雅のご飯美味しかったー!!」
 すっかり空になった網の上には、焦げた肉の切れ端がパチパチと音を鳴らしている。
「てか何でお前ら全員、こんな焼くだけの飯作れないの。衝撃なんだけど」
「皆——てか紅雅ん家にもお手伝いさんがいるじゃん? だから逆に異例過ぎるんだよ~」
 その海吏の言葉に、俺は大きく頷いた。
 俺たちがバドミントンだのフリスビーだのでギャーギャー騒いでいる横で皇がひとり黙々と焼いた食材は、どれも絶妙な焼き加減で驚く程に美味しかった。
 そしてただ焼くだけではなく……ご丁寧にアヒージョからのパエリアまで見事な手際で作り上げてくれたのだ。
 
「紅雅はね……大好きで仕方ないあの子の胃袋をガッチリ掴みたいって、いま必死に手料理練習中なんだよォ」
「お前まじ余計なこと言うな」
 喉元を過ぎようとした麦茶が急に器官へと方向転換をしかける。
 少しだけ噎せながら顔を上げると、悪魔のような笑みを浮かべる皆川をじっと睨み付ける皇の姿。
 ……冗談かと思ったが、この反応は本当のようだな。
 あ(・)の(・)皇が!? 
「えー? その話詳しくききたーい!!」
「うるさい黙れ今日は本題がちげーだろ」
 海吏までそれに乗っかると、さすがの皇も額を手で覆っている。
 テンプレ俺様な彼の、意外な本性を知ったな。
「ご馳走様。本当に美味かった。だが、想い人より先にいただいて良かったのか?」
 俺までもそんな発言をし始めると「雄成、お前までもかよ」と皇はジトっとこちらを睨む。
 そんな珍しく余裕のない顔に、俺は思わず「フフッ」と吹き出してしまった。
「ははっ、雄成も言うねぇ。——で。肝心の雄成はどんなかんじなの?」
 皆川のひと言で、突然矛先が俺へと向かう。
 まさかまさかそんな心構えをしていなかった俺は、「へ?」なんて頭のてっぺんから出たような、おかしな声を返した。
「今日は腹割りだからな。余す所なく喋ってもらうぜ?」
 すっかりいつもの皇帝顔に戻った皇も参戦。
 左から、順々に彼らの顔を確認すると……どいつもこいつも滲み出る好奇心を隠せていない。
「……ならまぁ、順を追って話すか……」
 もしかしたら、ここで友情関係が終わりを迎えるのかもしれない。
『素直になっていいんですよ』 
 そう——認めてくれた人(・)もいた。
 まぁもう、どちらにせよ逃げられまい。逃げ場なんてない。
 俺は膝の上でギュッと拳を握り、重苦しく閉ざされた口を漸く開いた。
 
 ◇◇◇

「へぇ、雄成って可愛いもの好きだったんだ。もっと早く言ってくれれば、女の子達と買い物に行った時何か買ってきたのに」
「んじゃ、今度ゲーセンででっけぇぬいぐるみでも取るか。全員で勝負な」
「え~楽しそー!! んじゃ次はそれであそぼ!」

 何だ、その反応は。
 覚悟を決め、自分の内側を全てさらけ出した。
 可愛いものが好きで仕方ない。今でもテディベアを愛でている、と。
「さすがにキツいだろ」「似合わなさすぎ」そんな言葉が返ってくるとばかり思っていた。
「……お前たち、驚かないのか」
「「「何を?」」」
「その……似合わないだろう」
 俺の言葉に、キョトンとした顔を見合わせる3人の表情に、嘘偽りなんてとてもじゃないが感じられなかった。
「何か関係あんの?」
「別に良くない?」
「うんうん、寧ろ似合ってるまであるけどねぇ」

 降り注ぐ陽射しのような暖かさが、その場を包み込む。
 俺は、言葉を返す事が出来なかった。
 ——受け入れて、くれるのか? お前たちも……
 思わずグッと息を飲む俺に、皇がニカッとあどけない笑いを魅せる。
「人の趣味なんてそれぞれだろ。生憎それを否定するほど心狭くねぇよ。それに、好きなもん隠して生きて何が楽しいんだよ」
「紅雅の言う通り。それにちゃんと自分を曝け出してくれて、僕としては嬉しいな。実はね……ずっと待っていたんだよ」
 それに賛同するかのように、皆川も上品な笑みを俺に送る。
 膝の上の海吏だって、大きく首を縦に振りながら「ねー」なんて2人と笑い合って。
 
「お前は、お前だから面白ぇんだろ」

 俺の心に、大きな風が吹き抜けた。
 それはこの草木を撫でるようなとても穏やかで、爽やかなものと変わりなく——
  

「皇、皆川……お前らがモテて仕方無い理由、少しわかった気がする」
「ハハッ、なんだよそれ」
 それがお世辞なんかじゃないのは、目の奥がジンっとしたのを必死に隠そうとしている俺がいちばん分かっている。
「折角だから紅雅、春樹って呼んじゃいなよ~!! 俺らの仲をいっそう深めようじゃん?」
「あぁ……そうだな」
 出会って3年近くが経とうというのに、俺が他人に心を開くのが苦手なあまり、自ずと2人との間に見えない壁があった気がする。
 2人とも——それを無理にこじ開けようとせず、待(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)というのに。
  
 ぴょんっと皆川の膝上から降りた海吏が、チェアの横に置かれた青いクーラーボックスへと向かう。
 そこから取り出した4本の赤い缶を胸の前に抱き、その1本を「はいっ」と俺に手渡した。
 順々に手渡す海吏の意図を察すると、俺は人差し指をプルタブに掛けて思い切り引く。
 プシュッと弾ける炭酸が、爽やかで景気の良い音を掻き鳴らす。
「んじゃ、改めて俺たちの仲が深まったということで——カンパーイッ!!」
 ありがとうな、紅雅、春樹……そして(素晴らしい親友たち)海吏。
 俺は心の中でそう呟きながら、高らかに缶を上げた。
 カチンっと景気よくぶつかり合ったそれらは、降り注ぐ太陽の光を浴び、キラキラと輝いているように見えた。
 
 ◇◇◇
「へぇー、皐月くんそんなワイルドだったんだ。意外かも」
「んで、ドン引きしてるって所か?」
「引いては……いやもう、わからない……自分がぐちゃぐちゃだ。彼に対する思いだって、もうよく分からない。とりあえず俺は最低な態度を取った」
 既に半分程飲み干した缶を片手に、俺は「はぁ」と溜め息を吐いた。
 午後の太陽はいつの間にか西日へ——段々と目の前の焚き火が似合う頃へと変わっていった。
「まぁ、いきなりの変容に困惑するのは無理もないね」
 まだ幾分か冷たい缶をテーブルに置き、俺は頭を抱え小さくなる。
 うんうんと、俺を責めることなく、春樹は優しく相槌をくれる。
「——というか、俺が同性愛者だという事に驚いたりしないのか」
「俺たち見てそれ言う~?? なんなら将来まで誓い合ってますけどッ!」
「そうだよ。それに紅雅の想い人だって——ねぇ?」
 焚き火に向かいなにやら忙しなく動いていた春樹が、ふとその手を止め、意味ありげな笑顔を彼へと向ける。
 まさか……あの百戦錬磨の紅雅が? そんなわけ……
 驚き視線を向けた先には……穏やかで凪いだ笑顔を浮かべる彼の姿。
 これまで見た事も無いほどに綺麗な弧を描いた口許は、全てを物語っている気がした。
 
「でもさ、雄成の心にはずっと皐月くんがいるじゃん」
「え……」
 海吏の言葉に、俺はグッと言葉を飲む。
 心に……? 俺の中に……彼が——
 上手く否定が出来ない。
 間違いなく出会ってからの数週間……彼の事を考えてない日なんて、存在しなかった。
「それはさ、もう……じゃない?」
 ドクンドクンと、心臓が大きな音を立てる。
 自分の中で不確かなものとして、どこかで見ないよう蓋をしていた2文字がスっと頭を過ぎる。
 ——が、俺は頭を大きく横に振った。
「いや、彼は……あくまでそうなりたいという理想系の——憧れの存在だった。だから心が支配されて……特別な感情なんて……」
「でも、確実に情緒は揺すぶられてるじゃん」
「それは——」
 口内がカラカラに乾いて、続きの文字が出てこない。
「言ったろ? お前を突き動かした、トクベツだって」
 紅雅にまでそう言われてしまうと俺はどこを向いていいのか分からずに、スっと目線を下へと向けた。
「まぁまぁ。いま何を考えても上手く整理出来ないだろうからさ。時が来たら、心の赴くままに——素直に従ってみたら良いよ」
「素直に?」
 春樹のそんな言葉に導かれるよう、俺はゆっくりと顔を上げる。
「君の本当の望みは、何?」
 そこで待っていたのは、じっと、射抜くような春樹の視線。それはまるで俺の心を透かして見ているようだった。
「の、ぞ、み……」

 パチンッと、目の前の焚き火が一際大きく弾けた気がした。


「安心しなよ、雄成が答えにに辿り着くのも時間の問題。君もこの焼きマシュマロになる資格を、充分過ぎるほど持ってるんだから」
 「はいっ」と春樹は、串に刺さった茶白い物体を俺に差し出した。
 さっきから何をやってるのかと思えば……マシュマロを焼いていたのか。どおりで甘い匂いが漂っていた筈だ。
「すまない……言っている意味が分からないが」
 首を傾げながら有難くそれを受け取ると、隣で既に完食した海吏がその大きな瞳をキラキラと輝かせている。
「わぁートロトロ~!! 美味しい最高ー!」
 話には聞いた事あるが……食べるのは初めてだ。美味しいのか。
 こんがりと焼けたマシュマロに、おそるおそる口を付けてみる。
 俺は反射で「うまッ」なんて感嘆の声を上げた。
 なんだこれ……カリッとした食感とカラメルのような香ばしい味わい。それを割って出てくるトロリと甘いクリームのような物。
 その見事なまでの食感に、俺は二口目を齧り付く。
「せっかくだ。ありがたいお言葉を、もうひとつ与えよう」
「なんだよ。何だかもうすっかり教祖みたいになってるじゃないか」
 もぐもぐと口を動かしながら春樹の方を見遣ると、それまでの巫山戯ていた表情が、フッと真面目なものへと変わる。
  
「愛されるだけの行為に、果たして君の本質は満足出来るのかな?」

 その言葉と同時に、マシュマロのドロリとした濃密な甘さが——俺の口内でじっとり、だが確実に大きく広がっていった。