TRICK-2TAR

「ねぇ聞いて、さっき葉山(はやま)くんと挨拶しちゃったー!!」
「まじ!? 朝からあのイイ声聞けるなんて最高じゃん」

 口を開けば鳴り響く、魅惑の甘いバリトンボイス。

「葉山くん。悪いけど、棚の上にある実験器具取ってくれないか。先生、歳のせいか高い所に手が伸ばせなくなってねぇ……重いから気を付けてね」
 
 180センチ越えの高身長。
 中学卒業まで続けた剣道で仕上げた、靱やかな体躯。

「決めた……!! 私、葉山くんに告白しようと思う」
「えー、葉山くんって皇(すめらぎ)くんとこのグループじゃん。無理無理、相手にされないって」
「それに葉山くんって、たしかに理想がぎゅっと詰まった完璧さだけど……淡々としてちょっと怖くない? なんかヤンキーと喧嘩したことあるって噂あるし」
 
 流し目が様になると評判の凛とした顔立ち。
 気が付いた時にはスクールカースト最上位に在籍。
 こんにちは。受志願者です。
 スパダリ? 絶対的なオス? 何の話ですか。
 ついでにヤンキーとは喧嘩しません。

「葉山くんってよく一人で本読んでるよね。かっこいいだけじゃなくて、知的なところも推せる……」

 受の、志望動機ですか?
 
「あのブックカバー、テディベアがプリントされてる~可愛い!! 絶対彼女からのプレゼントだよねぇ」

 ——魂のカタチが乙女だからです。
 


 ◇◇◇

「……はぁ」
 人気のない教室で、俺は大きく息を吐きパタンっと1冊の本を閉じる。
 誰かが窓を開けたままにしているのであろう。吹き込んだ風に乗ってフワッと本革の良い香りが鼻腔を擽る。そのサラッとした手触りのブックカバーを撫でた。
 
 本日の一品も、誠に最高でございました。
 
 圧倒的攻とはまさにこの事。いいな、俺もこんなオスの頂点に溺愛されたい。
 パラッと捲った本から覗く黒髪の男。
 花を背負い厭らしい笑いながら前髪を掻き上げる仕草に、ゾクッと背筋が震える。
 それは、昨日待ちに待ち望んで購入した所謂——BL小説だった。
 何を隠そう、俺は腐男子。しかも作品を愛でるだけではなく、現実的にもそ(・)う(・)だった。
 愛される男達に自分を重ね、何度心を躍らせたことか。
 ——が、現実とは無常なもので。
「……わかってるよ、どう見たって俺はこ(・)ち(・)ら(・)側(・)だって」
 パラパラと捲った先で、不敵な笑みを浮かべる男と目が合うと俺はいま1度、特大とため息を漏らした。
 鋭い瞳にスッとした鼻筋と、妖艶な笑いが似合う薄い唇。当然のようにバランスの取れた造形。
 同じ16歳にして、既に仕上がっているこの攻男は、俺の生き写しか何かなのか。
 雰囲気、見た目、スペック……どれを取っても自分と相違ない。耳に掛かる髪の長さだけじゃなく、前髪の分け目まで同じセンターなのは運命か?
「でも俺は、そっち側じゃない——」
「そっち側ってなに?」
 頭の上から気の抜けた声を浴び、俺は勢いよくそちらを振り向いた。
「——ッッ! 海吏(かいり)……いつから居たんだ」
 気配もなく立っているのは、金茶のサラッとした髪を遊ばせた小柄な男。この槙島 海吏(まきしま かいり)は、中学に入る前からの付き合いで——いわゆる親友。
 気の知れた仲であるが、さすがに秘(・)密(・)までバラす程ではない。
 手を置いた本を、サッと隠すように机の端に寄せる。
 すると海吏はそれを特に気に留める様子もなく、猫みたいな目をニコッと細めてみせた。
「えー? さっき通りがかったら雄成(ゆうせい)の姿見かけたからさぁ」
「成程。……皇(すめらぎ)と皆川(みながわ)は? 一緒じゃないの珍しいな」
 すると海吏は、窓の外をスっと指さした。
 2階にあるこの教室からは、下校する生徒たちの姿がよく見える。
 俺は首を傾げながら、アリの行列のように蠢く人々を目で追った。
 するとその先頭には、女生徒に囲まれた華が2つ。
 水色のシャツを着崩した明るい髪の男と、逆にカッチリと着こなす落ち着いた髪色の男。対なるように見えて実は同類の2人には見覚えしかない。
「雄成もお誘い、来てたんじゃない?」
 両手に何人もの女性を侍らす彼らとは、海吏を通じて中学時代に出会った。そして縁が続き一緒の高校に入学。
 1年、2年とまさかの同じクラス——気が付けば毎日を共に過ごす事となっていた。
 海吏の言葉で、机に伏したままのスマホを手に取る。
 ロック画面に浮かぶのは『8人くらいでカラオケ行くから来いよー』なんて、皇からの誘い。
「あの状況で俺が行くはず無いって……知っているだろ」
 そのメッセージに既読を付けることもなく、俺はスマホを、チェック柄のポケットへと投げ込んだ。
「4人だと、どこでも行ってくれるのになぁ」
「女性関係は勘弁してくれ」
 別に、彼らと居るのになんの不服もない。曲者揃いであるが故に喋れば面白いし、何だかんだで波長は合うし。この前も男4人でテーマパークへ行ってきたし。
 
 ただ——色恋沙汰だけはご遠慮願いたいといつも申し出ている。
 
 その度に「その面で生まれたんだから、人生楽しめよ。いっそ心配になるわ」なんて呆れられているがな。
「生憎、興味がないもんで。お前こそ行かないの珍しいだろ」
「俺はイイコだから、委員会の仕事ー」
「委員、会……? 海吏が……?」
 ケラケラ笑う彼を文字通り2度見する。
 天性の陽キャではあるが、窮屈な事が大嫌いな彼。そういった類の事を「代わりにお願いー」と押し付けられ続けてきた身としては、彼から「委員会」なんて言葉が出てきた事が信じられなかった。
「そそ、文化祭のねー! 去年のさぁ、初の高校文化祭めっちゃくちゃ楽しかったじゃん? だから今年はもっと最高なやつにしたいって思って」
 成程ね、お祭り男の血が騒いだのか。
 唖然とし続ける俺に、海吏は太陽みたいな笑顔を魅せながらピースサインなんて作っている。
 これぞ満面の笑み(kawaii)というやつなんだろう。
 キラキラした何かを余すことなく浴びせられながら、俺は口の中で小さくため息を吐いた。
「まぁ、頑張れよ。何か手伝える事があれば遠慮なく言え」
 少しだけ……海吏に習って口角を上げてみる。
 すると彼のくっきりとした二重の目が大きく開かれた。
「雄成が本当は優しい、って俺知ってるよ。中学ん時、ヤンキー追い払ってくれたし」
「なんだよいきなり。別に優しさを隠した事なんてないが、平和主義だし」
 追い払ったと聞こえはいいが、その実は「どっかいけ」って言っただけなんだがな。まぁ、それに尾ひれがついて噂になったんだろう。
 全てはこの、仕事していない表情筋が元凶なんだろうが。
「何が言いたいかっていうと……せっかくそんな表情できるんだから、もっと普段からすればいいとおもいます! そうすれば周りともっと仲良くできるよ!!」
 俺だって、それは分かってる。
 近寄り難い雰囲気だって出したい訳じゃない。
 だが内なる俺を隠そうとすればするほど、頬は固くなっていき——
「善処するとしよう」
 いつの間にか俺の顔面は、いつものスンッとした表情へと戻った。

 「じゃぁ俺行くわー」と大きく手を振る海吏を見送り、大きな窓の外へと視線を移した。
 新緑溢れるグラウンドでは、部活動に勤しむ生徒で溢れている。
 ドンと存在感を放つサッカーゴールの前を駆け回るサッカー部をぼんやりと見つめていると、ふとその端に立つ一人の人物のところで、俺の視線はパタッと止まった。
「あれ、あの子……」 
 栗毛色のふわふわとした髪を揺らしながら、白い細い腕で、汗をかいた男たちに飲み物を渡す人物。
「あのマネージャー……女子……いや、男子……か?」
 ダボッとした紺色ジャージの裾を捲る姿は、あまりにも中性的で正直どちらか分からない。
 ——だがそれが男であると、俺の何かが直感的に感じ取った。
「あれくらいのサイズ感に生まれていれば……俺の人生、違っていたんだろうな」
 平均身長の男たちに囲まれ、頭一個分低い彼は顔を上げて必死に喋っている。
 それが先程まで読んでいた物語の主人公に重なるようで——小指を掠める本をパラッと捲り、俺は本日何度目かの溜息を吐いた。