仕送りはしてもらっているものの、それだけでは足りないので、コンビニでバイトを始めた。
そこで出会ったのが田山夢斗だった。
俺たちはほぼ同時期にバイトを始めた。
話してみると、同じ大学の同学年で、学部だけが違うことがわかった。
倫くんの他にも友人ができたことで、俺はホッとした。
俺たちは学生ということもあり、17時から21時のシフトに入ることが多かった。
コンビニでの仕事は忙しいので、仕事中に会話をする暇はない。
一つの作業が終わって一息入れようとすると、別の仕事の指示が入る。
数時間とは言え、常に身体を動かしている状態で、バイトが終わった時にはヘトヘトになる。
俺たちは帰る方向が一緒ということもあり、疲れた身体を引きずりながら、会話をして家路につくのが普通になりつつあった。
一緒に帰ることが3回ほど続いたある日、夢斗から誘われた。
「今日、これからぼくの家にきてゆっくりしていかない?」
若干、俺との価値観の違いを感じる。
俺は自宅に知り合いを招待したくないタイプだ。
プライベートな空間に他人を入れたくない。俺が自宅に招く時は、かなり心を許している関係が築けている時だ。
夢斗は真逆の人間なのかもしれない。
カジュアルに自分のテリトリーに他人を入れることができるタイプなのだろう。
ここが彼のいいところとも言える。
他人を疑うことを知らない、少し世間知らずなところは否めないが。
断る理由がないので、夢斗についていった。
夢斗の住んでいるアパートが衝撃的だったのは今でも忘れられない。
築50年は経っているだろう木造アパートで、地味に建物が傾いている。
2階建てで10世帯入っているようだが、住人は夢斗の他に3人とのことだった。
「す、すごいところに住んでるな……」
「いろいろ事情があって……あはは」
夢斗の部屋は2階部分の角部屋だそうで、外階段を上る必要がある。
手すりは錆だらけで、力を入れて掴んだら崩れそうだ。
実際、手すりに触ったら、手のひらにびっしり錆がくっついて、手を払ってもなかなか取れなかった。
こ、怖い。
階段を見上げながら、手すりが壊れて、階段から落ちた自分を想像してしまった。
なるべく、真ん中を上ろう。
夢斗の後ろについて外階段を上がる。
たかだか15段くらいの階段なのに、わきの下に冷や汗が流れるのがわかった。
ヤバイところに来てしまった。
階段を上りながら、危機を感じた。
上り終わると、一番奥の端の部屋の前で夢斗が止まった。
夢斗が玄関ドアを開け、「どうぞ」と俺を迎え入れた。
「お、おう」
玄関に入った瞬間、ムワッとした空気が俺の全身を覆いつくした。
その空気には住人特有の生活臭が混じっていて、その嗅いだことのない悪臭に思わず手で鼻と口を押さえた。
キツイな……。
この臭いの部屋に入るのかよ。
5分で帰ろう……。
と、思ったのもつかの間。
部屋の中を目の当たりにして、呆然と立ち尽くした。
「こ、これ、どうやって入るの?」
玄関にまであふれている物、物、物。
ワンルーム?
1K?
わからない……。
洋服はところどころに脱ぎ散らかされ、マンガ雑誌やら、カップラーメンの空き容器やらが床に散乱している。床がフローリングなのか畳なのかもわからない状態だ。
物の上に物が積み上げられ、とにかく縦にも横にも物が空間を埋め尽くしている。
足の踏み場がないって本当にあるんだ……。カオス……。
それが夢斗の部屋を訪れた時の感想だ。
どういう生活をしたらこんなに物が溢れるんだ?
いわゆる汚部屋というのを現実世界で初めて見た。
それに、まるで熱帯植物園に来たかのような湿度。
玄関に入って3分で臭いにやられた。
換気、換気してくれ!!
この臭いには耐えられん。
手で鼻と口元を押さえている俺の様子に焦りを感じたのか、夢斗は「ごめんごめん」と言いながら散らかった物を左右に分け、通路を無理やり作った。
靴を脱ぎたくないが、仕方ない。
靴を脱ぎ、夢斗の後についていく。
「ここに座って」とこれまた物を避けて隙間を作り、そこに座布団を敷いた。
テレビで「ゴミ屋敷に住む人」の特集を見たことはあったが、同じようなことをしていた気がする。
「いつもこんななのか?」
俺は恐る恐る聞いた。
「うん、これがデフォルト」
夢斗は、ふんわりとした笑顔で答えた。
ここ、笑顔になるところなんだろうか?
「達ちゃん、お茶飲む?」
達ちゃん??
いきなりあだ名?
違和感を覚えたものの、「あ、ありがとう」と答えていた。
夢斗が差し出したお茶の入ったコップは……油なのか、縁のところに指紋がくっきりついていて、口をつけるのがはばかられた。
お茶を飲もうか躊躇していると、夢斗が口を開いた。
「実は……」
俺は唾をごくりと飲んだ。
いきなり重いの来ちゃう?
まだバイトで3回くらいしか一緒になってないよね?!
そんな仲じゃないでしょ、俺たち。
そんな俺の焦りに気づくことなく、夢斗は話し続けた。
「このアパート、古いでしょ?で、1Fの人から天井が歪んでるってクレームが来ちゃって。大家さんに出ていってくれないかって……」
やっぱり重いのきたか。
がっくし。
積み上げられた荷物をぐるりと見まわす。
これ以上荷物が増えたら、そのうち天井が抜けるんじゃないかと思った。
でも、俺は何もしてやれんぞ!
普段は人の意見に流されやすい俺だけど、ここだけは断固として断らなければ。
「それで、お願いがあって……」
嫌な予感がする。
「達ちゃんってひとり暮らしって言ってたじゃない?しばらくの間、ぼくも住ませてくれないかな?なんて。てへっ」
きた―――――!!
最後の“てへっ”って何だ?!
そんなことはどうでもいい。
“断る”の一択しかない!!
こんな人間住ませたら、俺のワンルームの末路はコレだろ?!
汚部屋の真ん中で夢斗と俺が悲壮感を背負って、並んで座っている絵が頭に浮かんだ。
無理――――!!
俺は冷静さを装い、親身になる振りをした。
「しばらくって……。そんな簡単に部屋は見つかるのかよ?」
「うーーーん。物件探ししてないからなぁ。わからない」
「おい、自分のことだろうが」
大丈夫か?こいつ……。
ひとまず、早めに断りを、と。
「うちは6畳ワンルームだから無理だわ。それに、この荷物、入りきらないし」
「そうか」
しょぼんとした夢斗。
うっ。
断ったことに罪悪感が芽生えてしまった。
どうにか救済措置を……。
「実家から通うのは?実家は遠いのか?」
「じ、実家?!」
今度は顔が青ざめた夢斗。
「な、なんだよ。実家に何かあるのか?」
「い、いや。ちょっと事情があって実家とは距離を置いているんだ」
「事情って……」
「それは言えない。でも、実家には頼りたくないんだ」
困り果てた俺は頭を掻いた。
無理やり巻き込まれた感じで癪に障るが、放っておいたら夢斗は野垂れ死にしそうだ。
「俺の部屋は無理だけど、一緒に物件探すよ」
はあ、優しい俺。
困っている人を放っておけない性格が顔を出してしまった。
先ほどまでしょんぼりしていた夢斗は、はじけんばかりの笑顔を俺に向けた。
夢斗は俺の手を取って言った。
「ありがとう!達ちゃん!!」
あぁ。
大変な約束をしてしまった。
とは言え、俺は真面目に物件探しをするつもりはなかった。
その場を収めるために、口先ばかりの約束をしたのだった。
ところが、神さまとはいるものだ。
そんな折、学食で倫くんに会ったら、同居人を探しているというではないか!!
同居しているお姉さんが、今月末に出ていくことになったという。
家賃を折半していたので、これから一人で払っていくのはきついらしい。
部屋を貸したい者と借りたい者、それを仲介する俺。
めっちゃいい仕事してるじゃん、俺。
夢斗、俺に感謝しろよ!
俺はスマホを取り出し、夢斗の番号をタップした。
そこで出会ったのが田山夢斗だった。
俺たちはほぼ同時期にバイトを始めた。
話してみると、同じ大学の同学年で、学部だけが違うことがわかった。
倫くんの他にも友人ができたことで、俺はホッとした。
俺たちは学生ということもあり、17時から21時のシフトに入ることが多かった。
コンビニでの仕事は忙しいので、仕事中に会話をする暇はない。
一つの作業が終わって一息入れようとすると、別の仕事の指示が入る。
数時間とは言え、常に身体を動かしている状態で、バイトが終わった時にはヘトヘトになる。
俺たちは帰る方向が一緒ということもあり、疲れた身体を引きずりながら、会話をして家路につくのが普通になりつつあった。
一緒に帰ることが3回ほど続いたある日、夢斗から誘われた。
「今日、これからぼくの家にきてゆっくりしていかない?」
若干、俺との価値観の違いを感じる。
俺は自宅に知り合いを招待したくないタイプだ。
プライベートな空間に他人を入れたくない。俺が自宅に招く時は、かなり心を許している関係が築けている時だ。
夢斗は真逆の人間なのかもしれない。
カジュアルに自分のテリトリーに他人を入れることができるタイプなのだろう。
ここが彼のいいところとも言える。
他人を疑うことを知らない、少し世間知らずなところは否めないが。
断る理由がないので、夢斗についていった。
夢斗の住んでいるアパートが衝撃的だったのは今でも忘れられない。
築50年は経っているだろう木造アパートで、地味に建物が傾いている。
2階建てで10世帯入っているようだが、住人は夢斗の他に3人とのことだった。
「す、すごいところに住んでるな……」
「いろいろ事情があって……あはは」
夢斗の部屋は2階部分の角部屋だそうで、外階段を上る必要がある。
手すりは錆だらけで、力を入れて掴んだら崩れそうだ。
実際、手すりに触ったら、手のひらにびっしり錆がくっついて、手を払ってもなかなか取れなかった。
こ、怖い。
階段を見上げながら、手すりが壊れて、階段から落ちた自分を想像してしまった。
なるべく、真ん中を上ろう。
夢斗の後ろについて外階段を上がる。
たかだか15段くらいの階段なのに、わきの下に冷や汗が流れるのがわかった。
ヤバイところに来てしまった。
階段を上りながら、危機を感じた。
上り終わると、一番奥の端の部屋の前で夢斗が止まった。
夢斗が玄関ドアを開け、「どうぞ」と俺を迎え入れた。
「お、おう」
玄関に入った瞬間、ムワッとした空気が俺の全身を覆いつくした。
その空気には住人特有の生活臭が混じっていて、その嗅いだことのない悪臭に思わず手で鼻と口を押さえた。
キツイな……。
この臭いの部屋に入るのかよ。
5分で帰ろう……。
と、思ったのもつかの間。
部屋の中を目の当たりにして、呆然と立ち尽くした。
「こ、これ、どうやって入るの?」
玄関にまであふれている物、物、物。
ワンルーム?
1K?
わからない……。
洋服はところどころに脱ぎ散らかされ、マンガ雑誌やら、カップラーメンの空き容器やらが床に散乱している。床がフローリングなのか畳なのかもわからない状態だ。
物の上に物が積み上げられ、とにかく縦にも横にも物が空間を埋め尽くしている。
足の踏み場がないって本当にあるんだ……。カオス……。
それが夢斗の部屋を訪れた時の感想だ。
どういう生活をしたらこんなに物が溢れるんだ?
いわゆる汚部屋というのを現実世界で初めて見た。
それに、まるで熱帯植物園に来たかのような湿度。
玄関に入って3分で臭いにやられた。
換気、換気してくれ!!
この臭いには耐えられん。
手で鼻と口元を押さえている俺の様子に焦りを感じたのか、夢斗は「ごめんごめん」と言いながら散らかった物を左右に分け、通路を無理やり作った。
靴を脱ぎたくないが、仕方ない。
靴を脱ぎ、夢斗の後についていく。
「ここに座って」とこれまた物を避けて隙間を作り、そこに座布団を敷いた。
テレビで「ゴミ屋敷に住む人」の特集を見たことはあったが、同じようなことをしていた気がする。
「いつもこんななのか?」
俺は恐る恐る聞いた。
「うん、これがデフォルト」
夢斗は、ふんわりとした笑顔で答えた。
ここ、笑顔になるところなんだろうか?
「達ちゃん、お茶飲む?」
達ちゃん??
いきなりあだ名?
違和感を覚えたものの、「あ、ありがとう」と答えていた。
夢斗が差し出したお茶の入ったコップは……油なのか、縁のところに指紋がくっきりついていて、口をつけるのがはばかられた。
お茶を飲もうか躊躇していると、夢斗が口を開いた。
「実は……」
俺は唾をごくりと飲んだ。
いきなり重いの来ちゃう?
まだバイトで3回くらいしか一緒になってないよね?!
そんな仲じゃないでしょ、俺たち。
そんな俺の焦りに気づくことなく、夢斗は話し続けた。
「このアパート、古いでしょ?で、1Fの人から天井が歪んでるってクレームが来ちゃって。大家さんに出ていってくれないかって……」
やっぱり重いのきたか。
がっくし。
積み上げられた荷物をぐるりと見まわす。
これ以上荷物が増えたら、そのうち天井が抜けるんじゃないかと思った。
でも、俺は何もしてやれんぞ!
普段は人の意見に流されやすい俺だけど、ここだけは断固として断らなければ。
「それで、お願いがあって……」
嫌な予感がする。
「達ちゃんってひとり暮らしって言ってたじゃない?しばらくの間、ぼくも住ませてくれないかな?なんて。てへっ」
きた―――――!!
最後の“てへっ”って何だ?!
そんなことはどうでもいい。
“断る”の一択しかない!!
こんな人間住ませたら、俺のワンルームの末路はコレだろ?!
汚部屋の真ん中で夢斗と俺が悲壮感を背負って、並んで座っている絵が頭に浮かんだ。
無理――――!!
俺は冷静さを装い、親身になる振りをした。
「しばらくって……。そんな簡単に部屋は見つかるのかよ?」
「うーーーん。物件探ししてないからなぁ。わからない」
「おい、自分のことだろうが」
大丈夫か?こいつ……。
ひとまず、早めに断りを、と。
「うちは6畳ワンルームだから無理だわ。それに、この荷物、入りきらないし」
「そうか」
しょぼんとした夢斗。
うっ。
断ったことに罪悪感が芽生えてしまった。
どうにか救済措置を……。
「実家から通うのは?実家は遠いのか?」
「じ、実家?!」
今度は顔が青ざめた夢斗。
「な、なんだよ。実家に何かあるのか?」
「い、いや。ちょっと事情があって実家とは距離を置いているんだ」
「事情って……」
「それは言えない。でも、実家には頼りたくないんだ」
困り果てた俺は頭を掻いた。
無理やり巻き込まれた感じで癪に障るが、放っておいたら夢斗は野垂れ死にしそうだ。
「俺の部屋は無理だけど、一緒に物件探すよ」
はあ、優しい俺。
困っている人を放っておけない性格が顔を出してしまった。
先ほどまでしょんぼりしていた夢斗は、はじけんばかりの笑顔を俺に向けた。
夢斗は俺の手を取って言った。
「ありがとう!達ちゃん!!」
あぁ。
大変な約束をしてしまった。
とは言え、俺は真面目に物件探しをするつもりはなかった。
その場を収めるために、口先ばかりの約束をしたのだった。
ところが、神さまとはいるものだ。
そんな折、学食で倫くんに会ったら、同居人を探しているというではないか!!
同居しているお姉さんが、今月末に出ていくことになったという。
家賃を折半していたので、これから一人で払っていくのはきついらしい。
部屋を貸したい者と借りたい者、それを仲介する俺。
めっちゃいい仕事してるじゃん、俺。
夢斗、俺に感謝しろよ!
俺はスマホを取り出し、夢斗の番号をタップした。

