すてたい王子とためたい王子

 昨夜、俺の叫び声でソファに寝ていた夢斗は飛び起きて、駆けつけてきた。
 なぜ、ソファに寝てるのか?
 なぜなら、ヤツのベッドには山積みのダンボールが置いてあるからだ。
 Gも俺の叫び声に危機を感じたのだろう。
 眠い目をこすりながら夢斗が駆け付けた時には、Gは速やかにドアの隙間から夢斗の部屋に駆け込んでいった。
 床にへたり込んでいた俺は、Gのいた場所を指さしながら夢斗に怒りをぶつけた。
「Gが!そこにGがいたんだよ!!」
「えっ……。それだけ?」
 それだけって?
「いやー、ぼくはしょっちゅう見てるから平気。今度出たら呼んでよ。ぼくが始末……」
 夢斗が言い終わらないうちに俺は叫んでいた。
「ふざけるな。俺はあんなの人生で初めて見たわ。お前が来る前は出たことなんてなかったんだよ!」
「えっ?!」 
 夢斗が呆然とした顔で俺を見た。
 同居の初日から生活習慣の差が明らかになった。
 これ以上、睡眠時間を減らされてたまるか!
「とにかく、寝る。明日もあるしな。話は明日に」
 俺はトイレに向かって歩いていった。
 日曜の夜はこうして終わっていった。
 
 翌日、夕方。
 大学が終わり帰宅すると、夢斗がリビングのソファに寝そべりスマホでゲームをしていた。
 ヤツの様子を見るなり、怒りがこみあげてきた。
「おい、片付けは?」
 語気が荒くなる。
 夢斗は俺の方を見ようともせず、「休んだらやるよ」とゲームに夢中になったままだ。
 昨夜のGと言い、自堕落な態度といい、怒りの沸点を越えた。
「片付けを今すぐやるぞ!廊下のものを何とかしろ!片付けないのなら捨てる」
 普段は冷静な俺が声を荒げてしまった。
 俺の声に夢斗が反応し、ピーーーンと背筋を伸ばし姿勢を正した。
「は、はいぃ――――」
 最後の一声、“捨てる”という言葉に反応したようだ。
 
 廊下に出ている荷物の前に夢斗と俺は立った。
 狭い。
 なんといっても、廊下の半分の幅を物が占領しているのだ。
 その前に男二人が立ったら、暑いし、物の圧迫感があるので、逃げ出したくなる。
 廊下を占領しているのは、昨日から放置されたスキー板やスノーボード、サッカーボールなどのスポーツ用品だ。
 しかも、驚くべき事にそれらは新品同然。
 使い込んだ様子が見られない。
 スポーツなどやらなさそうなヤツなのに、なんでこんなにスポーツ用品を持っているのか気になった。
 夢斗は身長175センチメートル前後の細身で、くせ毛なのか髪がフワフワしている。
 内部進学者と言うこともあり、いつも誰か(基本は男)とつるんでいるイメージがある。
 しかし、友人たちはどちらかと言うとマンガやアニメが好きそうな、独特の雰囲気を醸し出していて、スポーツ好きのイメージからは遠いのだ。
「おい、これ、全部お前がやるのか?」
「やるっていうよりも……。試みたというか……」
 ハッキリ言わないということは多少の後ろめたさもあるのだろう。
 俺はかぶせるように聞いた。
「何で、こんな高価なものを……」
 どれもこれも一流メーカーのスポーツ用品なのだ。
 初心者が持つには明らかに高価なものだと、スポーツに興味のない俺でもわかった。
「ぼく、形から入るタイプなもので。いい道具でないとやる気が出ないというか」
「それにしたって持ちすぎだろう。全部ジャンルがバラバラだ」
「誘われたら買っちゃうんだよね、テヘ」
 夢斗は舌を出した。
「ちなみに、これらは今後使う予定があるのか?」
 夢斗は腕を組んでしばらく考え込んだ。
 しばしの沈黙。
 こんなに考え込むことなのだろうか。
 購入してから現在まで使っていないということは、今後も使う見込みはないだろう。
 早く気付け!
「今は使う予定はないんだけど、もしかしたら使うかも?」
 “もしかしたら”という言葉に思わず反応してしまい、俺のスイッチが入った。
「もしかしたら?」
 俺が言葉を発したら、一瞬で空気に緊張感が漂った。
「……うん。ないとは言い切れないじゃない?」
 夢斗は苦笑いをした。
 笑ってる場合か―――!
「使わないなら処分しろ」
 俺は真顔で夢斗に迫った。
 夢斗は後ずさりして、腰を反対側に反らしている。
 反らしきれず、尻もちをついて俺を見上げた。
「しょ、しょ、しょぶん??」
 夢斗の顔が引きつっている。
 俺は夢斗を追い込むように顔を近づけ「そうだ。処分だ」と圧力をかけた。
 しかし、夢斗はしぶとかった。
「だって、これらは思い出だから。一つひとつにぼくの気持ちが込められてるから捨てるなんてできないよ」
 涙目になって訴えてくる。
「思い出だぁ?」
 思わず声を荒げてしまった。
「だったら一つひとつ思い出を語れるのか?」
「……」
「言えないってことは、思い出なんてないに等しいんじゃないか?」
「……でも……」
 まだグダグダと決めきれないようだ。
 俺は思い出の物ほど無意味なものはないと思っている。
 過去は記憶だけで充分、物に自分の気持ちを込める必要はない。
 物は物でしかないのだ。
 そこに感情を込めるから面倒なことになるのだ。
 その考え方を他人に押し付けようとは思わない。
 少なくとも、これまではそう思っていた。
 しかし、実際、夢斗を見ていると思う。
 感情と物を割り切ることができないから、物が溢れるのではないかと。

 このまま時間が過ぎて明日になるのは避けたい。
 どうしたらヤツを説得できるのだろうか。
 俺は“処分”と言ったが、ヤツは“捨てる”ことを拒否している。
 さらに、ヤツは“将来使うかも”とも言っている。
 使うのは現在の所有者でなくてもいいのではないか?
 試しに確認してみよう。
「おい。何か誤解しているようだが、俺は“処分しろ”とは言ったが、“捨てろ”とは言っていない。捨てる以外にも、手放す方法はあるだろう」 
 夢斗がキョトンとした眼差しを向けた。
 俺の言っている意味が分からないようだ。
「これをリサイクルショップに出したらいいんじゃないか?」
「でもぉ。これ、全部でいくらしたと思うの?」
「使った記憶もうろ覚えなのに、いくらなのか覚えているのか?」
「うっ」
 夢斗は言葉に詰まった。
「金額はいいとして。ちなみにこれらはいつ買ったんだ?」
「スキーは5年前?スノボはその2年後だから3年前。ラケットも同じ時期に買ったから3年……」
「もういい!」
「直近で買ったものは?」
「サッカーボール。マンガ読んでたらやってみたくなっちゃって。3か月前に買った」
「その3か月前に買った物さえ今は使っていないと」
「そ、そうだね」
 夢斗の目が泳いでいる。
「ちなみに、今後使う予定は?」
「……」
「ないんだな」
 夢斗は小さくうなずいた。
「いくらにせよいい。こういうスポーツ用品は、新品で買った時の値段がそのまま維持されるわけじゃない。数年前に買ったのであれば、三分の一くらい、いやもっと下がっているかもしれない。もし、これらを売りに出して、数万円にでもなってみろ。その方が使っていないものを所有するよりもいいんじゃないか?それに、リサイクルショップを通して、本当に使うヤツの手に渡った方が、道具だって浮かばれるってもんだろう」
 先ほどまでしょぼんと小さくなっていた夢斗が水を吸ったスポンジのように大きく膨らみだした。
「倫くん、最高!あったまいい―――!」
 なんて単純なヤツなんだ。

「ひとまず、廊下にあるものを引き取ってもらおう」
 夢斗の気が変わらないうちに、俺はネットで買取業者を検索した。
 いろいろあるが、評判が良さそうで高値で買い取ってくれそうな業者を見つけ、“出張買取を申し込む”というボタンをタップした。

 そんなこんなで、夢斗が引っ越してきた翌日は、廊下の荷物を買取に出すという方向性が決まっただけで終わった。
 しかし、一つ分かったことがある。
 夢斗の思い出の品とやらも必要とする誰かの手に渡る、現金化する、といった先の未来が見える形であれば手放せるということだ。
 
 夕方から始めた片付けは、既に21時を回っていた。
 俺のルーティンでは、21時と言えば風呂から上がって野菜ジュースを飲み終わっている時間帯であるはずなのだが……。
 今日は風呂にも入れないどころか、夕食も食べていなかった。
 崩れゆく生活リズム……。
 夢斗はソファに戻り、ゲームを再開していた。
 ヤツの姿を眺めていたら、思わず「はぁ」とため息が出てしまった。
 俺の腹の音が激しく鳴り、夢斗が手を止め俺の方を向いた。
 すると夢斗の腹の音も大きく鳴り、「あははは」と笑い出した。
 俺も夢斗につられて笑う。
「おい、まだ夕食食べてないだろ?」
 笑いをこらえ、夢斗に聞いた。
「うん。倫くんはどうするの?」
「今から軽く食べようと思ってる」
「いいなぁ」
 夢斗が甘ったるい声を出した。
 何でだろう。ヤツは憎めない何かがある。
「はぁ。お前の分も作るよ。好き嫌いあるか?」
「ない!」
「じゃ、ハムとチーズとパンがあるから、サンドイッチでも作るか」
「わーーーい」
 一人はしゃぐ夢斗。
 ソファから立ち上がり俺に向かって走ってきたかと思ったら、抱きつかれた。
 夢斗のフワッとした髪が俺の鼻をくすぐる。
 柑橘の香りがフワッと舞った。

 それにしても……ヤツといると疲れる。
 俺、この先やっていけるのかな……。
 自信がない。

 しかし、廊下の片付けには、ひとまず目処が立った。
 ダンボール箱、残80箱。