田山夢斗はあれから数日後に引っ越し業者と共にうちに来た。
「倫くん、これからお世話になります」
夢斗は腰を90度に曲げ、深々とお辞儀をした。
「あぁ。よろしく」
俺は腕組みをしたまま、夢斗を見下ろした。
うちは15階建てのマンションの8階に住んでいる。
ワンフロア1世帯という、隣の住人に気を使う必要のない稀な物件だ。
引っ越し業者は荷物を運び込む部屋を確認し、養生をし始めた。
引っ越し業界も人手不足と聞くが、三人のスタッフ。
一人暮らしの荷物の量であれば、一人か二人で充分だと思うが……。
疑問を感じながらも、そこは何らかの事情があるのだろうと深く考えずにいた。
一通り養生が済むと、次々とダンボール箱が運び込まれた。
一人暮らしなので10箱くらいの荷物かと見積もっていたのだが、引っ越しスタッフが3往復しても作業が終わらない。
まだあるのか……?
俺はイライラと不安がごちゃまぜになった感情に支配された。
何往復目かもわからなくなった頃、引っ越し作業員のリーダーと思われる男から確認が入った。
「すみません。お部屋に入りきらないお荷物がありそうなんですが、残りはどちらにお運びしましょうか?」
「入りきらない?」
俺はとっさに聞き返した。
「はい。段ボールが全部で80箱ほどありまして……」
80箱??
ボロアパートに一人で住んでいたと聞いたが、80箱分の荷物とはどういうことなのか?
俺は夢斗をじろりと睨んだ。
夢斗は居心地が悪くなったのか、苦笑いをしてごまかしている。
とは言え、ここまできてしまった以上、引き返すことはできない。
「とりあえず、廊下に置いてくれ」
と、指示した。
「承知しました」
引っ越し業者は次々と荷物を運び入れた。
最初はポスッと聞こえていた段ボールを置く音が、いつしかドスッ、ドサッと重みを増していった。
作業員たちの疲労とうんざりした気持ちが音になって現れているようだった。
俺も同じ思いだ。
ダンボール箱は引っ越し業者が支給するものだけでは足りなかったようで、
スーパーで無料でもらえるダンボール箱が何十箱もあった。
しかも薄汚く、触ると手に埃がつきそうな汚れ具合だ。
ダニがいなければいいが……。
俺は自分の身を案じた。
「やっぱり入りませんね。ベッドの上にも置かせてもらったんですけど、入りきらないので、廊下に置かせていただきます」
「わかりましたー!」
夢斗が声を張り上げて答える。
「おい、お前が言うな。ここは俺の家だ」
「だって……、どっちが返事しようとYesしかないから、僕が返事した」
「なっ……」
図々しい上に、図に乗り出している。
調子のいい奴め。
引っ越し業者が箱を運び込むのを見守る事、一時間半。
「すみません」
声の方に駆けつけると、玄関には、目がうつろになり、猫背の姿勢で肩で息を切らしている三人の引っ越し作業員がいた。
「搬入はすべて完了しました。トラックにもお荷物は残っておりませんので、お荷物のご確認をお願いいたします」
そんな彼らに夢斗は心無い言葉を返した。
「残っていないなら大丈夫です!」
頭を搔きながら舌をだす夢斗。
「いや、あの、お荷物の数やお忘れ物がないか、ご確認いただきたいんですが……」
夢斗は差し出された書類に、サラサラッと名前を書いた。
「ぼく、全部でいくつあるか確認してないんで、大丈夫です!」
若い作業員の表情が次第に歪み、ついには驚きの本音をこぼした。
「えぇーーー。数を確認してないんですか?!」
「詰め込むのが大変で、数までは……ははは」
何笑ってるんだ、お前の荷物だぞ。
作業員たちは、呆れ顔を見合わせた。
「それでは、作業完了とさせていただきます。後から不足にお気づきになった場合は、ご連絡ください」
今日のところは、これで収めたいのだろう。
「はい。ほとんど大事なものは入ってませんから連絡はないと思います!」
夢斗は(恐らく)引っ越し作業員たちを安心させたかったのだろう。
しかし、最後の一言はここにいるお前以外の全員を失望させていることに気づいていないようだった。
大事なモノはないだと?!
1時間半かけて大人三人にお前は運ばせたのか!!
大事なもんじゃないなら、捨ててこいよ……。
俺は肩がガックリと落ちた。
自分の引っ越しではないのに、とても疲れた。
引っ越し作業員たちのこめかみがピクピク痙攣している。
俺も同じ症状が出ている。思うことは君たちと一緒だ。
どうやら夢斗は無自覚にストレスを与える人間らしい。それは職業を問わず人体に影響するようだ。
引っ越し作業員たちはこのままここにいると、肉体どころか精神まで疲労困憊になると危険を察したらしい。
「じゃ、我々はこれで失礼します」と足早に立ち去っていった。
頼む、俺を一人にしないでくれ……。
引っ越し作業員ご一行に向かって心の中で叫んだ。
「はぁー」
思わずため息が出た。
目のまえに広げられるダンボール箱。
廊下からリビングにかけて、段ボール箱に入りきらない物がずらりと並べられている。
一人暮らしなのにダンボール80箱はどう考えても多すぎる。
先ほどの会話から使わないものが大半と思える。
さらに、スキー板、スノーボード、サッカーボール、テニスラケットとテニスボール3個セット、
ヨガマット、と趣味はスポーツか?と言わんばかりの道具たち。
しかもそれらはどれも新品同様なのだ。
彼はあまりスポーツをするように見えないが、全部使うのだろうか?
夢斗がどのような人間かわからないために、大量の荷物の中身を察することが出来ないので、無下にもできない。
自分でコントロールできないものが突如現れ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「とにかく、廊下とリビングは共有スペースだ。部屋に入りきらなかったものを優先して片付けろ」
俺は夢斗に言い放った。
俺のイラつきに恐れをなしたのか「……明日でいい?ぼく、疲れちゃって、休もうかと……」と
肩をすぼませ身体を小さくし呟いた。
「はぁ?! とっとと今日中に片付けろ!」と、言いたいのをグッと抑え、
「明日は絶対に片付けろよ!」と言い放ち、自分の部屋に入った。
俺も悪魔じゃないからな。
まあ、夢斗なりに引っ越しを頑張ったのだろう(と思いたい)。
自分に言い聞かせた。
その夜。
俺は同居人が姉貴から夢斗に変わったこともあり、寝つきが悪かった。
ベッドから起き、トイレに向かった。
足元を照らすライトの助けを借り、廊下を歩いているところに、黒い5センチメートルほどの物体が廊下の右から左に移動した。
俺は廊下にはいつくばっている黒い物体に目を向けた。
奴と目が合った……気がした。
「ぎゃーーーーーー!!」
G!!
俺の人生で初めて遭遇する、室内の昆虫だった……。
「倫くん、これからお世話になります」
夢斗は腰を90度に曲げ、深々とお辞儀をした。
「あぁ。よろしく」
俺は腕組みをしたまま、夢斗を見下ろした。
うちは15階建てのマンションの8階に住んでいる。
ワンフロア1世帯という、隣の住人に気を使う必要のない稀な物件だ。
引っ越し業者は荷物を運び込む部屋を確認し、養生をし始めた。
引っ越し業界も人手不足と聞くが、三人のスタッフ。
一人暮らしの荷物の量であれば、一人か二人で充分だと思うが……。
疑問を感じながらも、そこは何らかの事情があるのだろうと深く考えずにいた。
一通り養生が済むと、次々とダンボール箱が運び込まれた。
一人暮らしなので10箱くらいの荷物かと見積もっていたのだが、引っ越しスタッフが3往復しても作業が終わらない。
まだあるのか……?
俺はイライラと不安がごちゃまぜになった感情に支配された。
何往復目かもわからなくなった頃、引っ越し作業員のリーダーと思われる男から確認が入った。
「すみません。お部屋に入りきらないお荷物がありそうなんですが、残りはどちらにお運びしましょうか?」
「入りきらない?」
俺はとっさに聞き返した。
「はい。段ボールが全部で80箱ほどありまして……」
80箱??
ボロアパートに一人で住んでいたと聞いたが、80箱分の荷物とはどういうことなのか?
俺は夢斗をじろりと睨んだ。
夢斗は居心地が悪くなったのか、苦笑いをしてごまかしている。
とは言え、ここまできてしまった以上、引き返すことはできない。
「とりあえず、廊下に置いてくれ」
と、指示した。
「承知しました」
引っ越し業者は次々と荷物を運び入れた。
最初はポスッと聞こえていた段ボールを置く音が、いつしかドスッ、ドサッと重みを増していった。
作業員たちの疲労とうんざりした気持ちが音になって現れているようだった。
俺も同じ思いだ。
ダンボール箱は引っ越し業者が支給するものだけでは足りなかったようで、
スーパーで無料でもらえるダンボール箱が何十箱もあった。
しかも薄汚く、触ると手に埃がつきそうな汚れ具合だ。
ダニがいなければいいが……。
俺は自分の身を案じた。
「やっぱり入りませんね。ベッドの上にも置かせてもらったんですけど、入りきらないので、廊下に置かせていただきます」
「わかりましたー!」
夢斗が声を張り上げて答える。
「おい、お前が言うな。ここは俺の家だ」
「だって……、どっちが返事しようとYesしかないから、僕が返事した」
「なっ……」
図々しい上に、図に乗り出している。
調子のいい奴め。
引っ越し業者が箱を運び込むのを見守る事、一時間半。
「すみません」
声の方に駆けつけると、玄関には、目がうつろになり、猫背の姿勢で肩で息を切らしている三人の引っ越し作業員がいた。
「搬入はすべて完了しました。トラックにもお荷物は残っておりませんので、お荷物のご確認をお願いいたします」
そんな彼らに夢斗は心無い言葉を返した。
「残っていないなら大丈夫です!」
頭を搔きながら舌をだす夢斗。
「いや、あの、お荷物の数やお忘れ物がないか、ご確認いただきたいんですが……」
夢斗は差し出された書類に、サラサラッと名前を書いた。
「ぼく、全部でいくつあるか確認してないんで、大丈夫です!」
若い作業員の表情が次第に歪み、ついには驚きの本音をこぼした。
「えぇーーー。数を確認してないんですか?!」
「詰め込むのが大変で、数までは……ははは」
何笑ってるんだ、お前の荷物だぞ。
作業員たちは、呆れ顔を見合わせた。
「それでは、作業完了とさせていただきます。後から不足にお気づきになった場合は、ご連絡ください」
今日のところは、これで収めたいのだろう。
「はい。ほとんど大事なものは入ってませんから連絡はないと思います!」
夢斗は(恐らく)引っ越し作業員たちを安心させたかったのだろう。
しかし、最後の一言はここにいるお前以外の全員を失望させていることに気づいていないようだった。
大事なモノはないだと?!
1時間半かけて大人三人にお前は運ばせたのか!!
大事なもんじゃないなら、捨ててこいよ……。
俺は肩がガックリと落ちた。
自分の引っ越しではないのに、とても疲れた。
引っ越し作業員たちのこめかみがピクピク痙攣している。
俺も同じ症状が出ている。思うことは君たちと一緒だ。
どうやら夢斗は無自覚にストレスを与える人間らしい。それは職業を問わず人体に影響するようだ。
引っ越し作業員たちはこのままここにいると、肉体どころか精神まで疲労困憊になると危険を察したらしい。
「じゃ、我々はこれで失礼します」と足早に立ち去っていった。
頼む、俺を一人にしないでくれ……。
引っ越し作業員ご一行に向かって心の中で叫んだ。
「はぁー」
思わずため息が出た。
目のまえに広げられるダンボール箱。
廊下からリビングにかけて、段ボール箱に入りきらない物がずらりと並べられている。
一人暮らしなのにダンボール80箱はどう考えても多すぎる。
先ほどの会話から使わないものが大半と思える。
さらに、スキー板、スノーボード、サッカーボール、テニスラケットとテニスボール3個セット、
ヨガマット、と趣味はスポーツか?と言わんばかりの道具たち。
しかもそれらはどれも新品同様なのだ。
彼はあまりスポーツをするように見えないが、全部使うのだろうか?
夢斗がどのような人間かわからないために、大量の荷物の中身を察することが出来ないので、無下にもできない。
自分でコントロールできないものが突如現れ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「とにかく、廊下とリビングは共有スペースだ。部屋に入りきらなかったものを優先して片付けろ」
俺は夢斗に言い放った。
俺のイラつきに恐れをなしたのか「……明日でいい?ぼく、疲れちゃって、休もうかと……」と
肩をすぼませ身体を小さくし呟いた。
「はぁ?! とっとと今日中に片付けろ!」と、言いたいのをグッと抑え、
「明日は絶対に片付けろよ!」と言い放ち、自分の部屋に入った。
俺も悪魔じゃないからな。
まあ、夢斗なりに引っ越しを頑張ったのだろう(と思いたい)。
自分に言い聞かせた。
その夜。
俺は同居人が姉貴から夢斗に変わったこともあり、寝つきが悪かった。
ベッドから起き、トイレに向かった。
足元を照らすライトの助けを借り、廊下を歩いているところに、黒い5センチメートルほどの物体が廊下の右から左に移動した。
俺は廊下にはいつくばっている黒い物体に目を向けた。
奴と目が合った……気がした。
「ぎゃーーーーーー!!」
G!!
俺の人生で初めて遭遇する、室内の昆虫だった……。

