すてたい王子とためたい王子

 さゆりに復縁できないことを伝え、寄り道をせず自宅に戻った。
 玄関を開けるなり、目の前の光景に呆然とした。
 玄関からリビングにかけて脱ぎ散らかしてある服。
 ダイニングには食べっぱなしと思われる皿とスプーンとマグカップが置かれていて、牛乳がこぼれている。
 リビングのソファもクッションが乱れている。
 何より気になるのは、ランダムに散らばっているお菓子の袋、靴下、バスタオルなどが床面積を覆っている点だ。
 夢斗は片付けるという習慣がない。
 夢斗を見ていて気付いたことがあるのだが、片付けが苦手だと言っている人間は床に物を置く習慣がある。
 本来、お菓子の袋は食べ終えたらゴミ箱に、靴下やバスタオルは脱衣所のかごに入れれば、床に物が散らばることはない。
 しかし、それをしない。いや、できないのだろう。
 これまで何度そう思ったことか。もう諦めた。
 何度か夢斗に「片付けろ」と言ったことがあるが、対応するまでに時間がかかる上にやらずに終わることも多く、自分でやったほうが手っ取り早いので自分でやってしまっている。
 他人にやってもらうまで部屋が乱れた状態の方が俺にとってはストレスなのだ。
 夢斗が食べ終わったものは俺が片付け、床に落ちているものは俺が拾って脱衣所に持っていく。
 それが当たり前の日常になっていた。
 
 ところが、俺がさゆりとの関係に悩み哲学書に夢中になっている3日間は、部屋の状態を整えることに気が回らなかった。
 実際、食事をしている以外は部屋で哲学書を読み漁り、答えを求めていた。
 マンガ以来、夢中になるものに出会ったとも言える。
 しかし、問題が解決したので、哲学書は卒業した。
 そうなると、今やるべきは一つだ。

 部屋の整理整頓!
 
 窓を開けると、ツンとした新鮮な空気が入ってきた。
「寒っ!」
 思わず身震いした。
「よし!ここからが本領発揮だ!」
 腕まくりして、簡単なところから手を付けていく。
 ダイニングテーブルに置いてある食器類を片付け、テーブルを拭く。
 ここは直ぐに片付いた。
 靴下、下着、バスタオル等、布系は脱衣所のかごに放り投げた。
 次に、45リットルのゴミ袋を取り出し、ゴミ袋を膨らませる。
 まず、床に落ちている大量のお菓子の袋を拾い上げゴミ袋に入れ、カラッカラに干からびたウエットティッシュが所々に落ちているので、これも捨てる。
 ありえんな、床はゴミ箱ではない。
 とは言え、常に整理整頓を心掛けているおかげで、床やソファに散らばったゴミを捨てただけですぐに原状回復できた。
 
 リビング、ダイニングが整ったら、自分の部屋も片付ける。
 部屋に入りクローゼットを眺める。
 今の季節に必要な服だけ残し、くたびれたものは処分することにした。
 明日、学校帰りに新調しよう。
 一つの仕事を終えたタイミングで服を入れ替えるのは昔からの癖だ。
 目に見えるところから変化を取入れると、心も変わるのだ。
 
 スッキリしてきた。
 そんな日はいつもは作らないレシピを試したくなる。
 ネットを検索していると、“アボカド”というキーワードに妙に惹かれた。
 どれもこれも冷たい料理ばかり出てくる。
 でも、この直感を貫きたい。
 冬だというのにアボカドとトマトの冷製パスタを作ることにした。
 スープを温かいものにすれば、冷と温で真ん中を保てるだろう。
 夢斗は料理の温度など気にしなさそうだ。
 俺が作ったものは何でも食べる。
 まあ、食費は俺がほとんど出しているので、文句を言える身分ではないのだが。
 
 スーパーから戻ると、玄関に夢斗の靴があった。
 あぁ、また脱ぎっぱなしだ。
 夢斗の靴を靴箱に収める。
「ただいま、どこか出かけていたのか?」
 夢斗はソファの上に横になり、スマホに夢中になっていた。
 画面から目を離さない。いつもは俺の方を振り向くのに、スマホを見たままだ。
「ま、まあね。倫くんも出かけていたよね?」
「まあ、そうだけど」
「どこ行ってたの?」
「映画」
「ふうん……」
 感想は聞いてこないのか?
 あまり興味なさそうだ。
「そうだ、夕食は冷製パスタだけどいいか?」
「えっ?この寒いのに?」
 俺はうなずく。
 珍しく夢斗から季節のツッコミが入った。
「スープを温かいのにするから、いいだろ?」
「まあ……。倫くんが作るんだから味は保証されてるしね、楽しみにしてる」
「スープはレトルトだけどな」
「それでも!倫くんが作ったのは何でもおいしい」
 夢斗が目を輝かせながらソファから立ち上がり俺に駆け寄ってきた。
 似ている。
 映画に登場した柴犬に。
 尻尾を振りながら飼い主の元にすり寄る柴犬を彷彿とさせた。
 映画を見ながらずっと引っかかるものがあったが、それが何なのかわかった。
 飼い主が柴犬のお世話をする姿が自分と重なり、柴犬が夢斗に重なった。
 まるで俺たちの関係を映画にしたかのようだった。
 それに気づいたら、一気に笑いがこみ上げてきた。
「アハハハ……」
「なに?突然?」
「いや、夕食の時話す」
 キョトンとした夢斗を置いて、夕食の準備に取り掛かった。

「よし、出来たぞ」
「わーーーい」
 ソファでくつろいでいた夢斗が食卓に着く。
 夢斗はテーブルに並べられた料理を見て「すごっ!これ、倫くんが全部作ったの?」と声を上げた。瞳がキラキラと輝いている。まるで、少女漫画の主人公のようだ。
「ツナとアボカドとミニトマトの冷製パスタとコーンスープ。あとサラダだ」
「パスタ、本格的じゃん!」
「冷たいけどな」
「全然いいよ!今日は歩き疲れたから、こういうさっぱりしたものが食べたかった」
「歩き疲れた?どこに行ってたんだ?」
「ハハハッ。ちょっとそこまで、かな?」
 夢斗の歯切れの悪さが気になるが、食事が先だ。
「ふうん。まあ、食べよう」

「いただきます」
 俺たちは手を合わせて、料理に手を付け始めた。
「そうそう、さっき、倫くん、何か言いかけてたじゃない?あれ、なに?」
 パスタを頬張りながら、夢斗が興味津々に会話を始めた。
「あぁ、今日映画を見たんだけど、そこに登場する柴犬を見てたら夢斗とそっくりで」
「柴犬とぼく??」
「そう、尻尾を振りながら飼い主にすり寄るところとか、悲しい時は悲しい表情して、嬉しい時は全身で嬉しさを表現するんだよ。そんなところが夢斗にそっくりでさ」
 俺は夢中で夢斗に柴犬の魅力を15分間かけて語り始めた。
 夢斗は話を聞きながら、料理を口に運ぶ。
 時折夢斗がうなずいているので、聞いている想定で話し続けた。
「ふ、ふうん。そんなに似てるんだ?」
 パスタを完食した夢斗は、言葉を発した。
「夢斗にも見せたいよ、どれだけ似ているか、お前も知るべきだ」
 俺は映画感想を締めた。
 映画について、これほど熱く語れる自分がいるとは思いもしなかった。
「ねえ、倫くん、気づいてる?」
 夢斗がニッコリほほ笑んだ。
 夢斗が何を言わんとしているのか、わからず、頭の中にクエスションマークが浮かんだ。
「倫くんは映画に登場する柴犬の話をしているようで、ぼくのことばかり話していたよ」
「えっ?!マジか?!」
「うん。柴犬の話の後に、ぼくが登場する。ぼくが柴犬に似ているのはよくわかった。でも、倫くん、そこまでぼくのことを気にかけてくれてたんだね」
 夢斗の頬がポッとピンク色に染まる。
 夢斗に言われて気づいた。
 俺は映画を見ている間、柴犬そのものを観ていたわけではなく、柴犬を通して夢斗を考えていた。
「倫くん、顔、赤い」
 夢斗がクスクス笑う。
 この笑い顔も柴犬にそっくりなんだよなぁ。
 俺は柴犬がかわいいのか、夢斗のしぐさが犬っぽくてかわいいのかわからなくなってきた。
 考え込んでいると、夢斗が突然言った。
「ぼく、好きだよ」
 好き?
 好きって、なんだ??
 目的語は?
 何に対しての好きなんだ??
 ますます、頭が混乱する。
「倫くん、混乱してるね。ごめん。まるで倫くんから告白されたみたいで、ぼくも気持ちを伝えたくなっちゃったんだ」
 夢斗が俺をからかうようにクスクス笑う。
 あぁ、この顔、好きだなぁ。
 あれ?
 告白って言った?
 無言になった俺に痺れを切らし、夢斗が口を開いた。
「倫くんって、目に見えるものは整理整頓が得意だけど、見えないものは鈍いよね?」
 鈍いという言葉に反応してしまい、血液が頭に上るのを感じた。
 顔が赤く染まる。
 夢斗は続ける。
「ほら、ぼくが引っ越ししてきたとき、ぼくの荷物を理路整然と片付けるのは得意だったじゃない?でも、人の感情に関しては超がつくほど鈍感だよね?!」
 うっ。
 痛いところを突かれた。
「でも、そんな倫くんが好きだよ」
 夢斗は平然と言ってのける。
 目的語は俺だったのか……。
 って?!俺?????
 夢斗の好きは友人的好きなのか、恋愛的好きなのか、同居人的好きなのか、好きにも種類があるが、どれなのかわかりかねた。
「倫くんのことだから、考えてるよね?混乱させてごめんね」
 夢斗が上目づかいで俺の様子を探る。
「うん、混乱してる」
「今すぐ返事が欲しいとは思ってないよ。倫くんには言ってなかったけど、ぼくはゲイなんだ。今すぐ倫くんを取って食おうとか思ってないから安心して」
 夢斗がゲイ?
 思いのほか、ゲイであることに驚きはなかった。
 大量に読んだ哲学書の効果だろうか。
 恋愛について考え続けたせいで、相手が男とか女とか、そういったことは関係なかった。相手をどう思うかということの方が重要なのだ。
 
「ねえ、倫くん、アボカドの種、どうした?」
「普通にゴミ箱に捨てたけど?」
 夢斗はゴミ箱に向かい、何かを探すように漁りだした。
「おい、何やって……」
「あった―――!」
 夢斗がゴミ箱からアボカドの種を持ち、上に掲げる。
「ちょっと待ってて」と、いってキッチンに消えていった。
 5分くらい経っただろうか。
「ジャジャ―――ン!」
 夢斗は、アボカドの種に楊枝を3本ぶっさし、8分目くらいまで水を張ったコップの縁に置いたものを持ってきた。
「アボカドの種って、水耕栽培で芽が出るらしいよ」
「よく知ってるな……」
「でも、いつ出てくるのかはわからない。腐っちゃうかもしれないしね」
「なるほど」
「だから、種から芽が出てくるころに倫くんの気持ちを聞かせてよ。それまでは今まで通り接して欲しい。ぼくの気持ちを聞いちゃったから、無理かもしれないけど……」
 俺の性格を知っている夢斗なりの気遣いなんだろう。
 混乱している俺には答えを出すことが出来ない。
 でも、夢斗は時間を与えてくれた。
 じっくり自分と向き合おうじゃないか。
「わかった。ちなみに、夢斗が種の世話をするってことでいいんだよな?」
「うっ!」
「なんだ?できないのか?」
「……わかりました、お世話いたします……」
 さっきまではつらつとしていた夢斗が一気にしぼんだ。
「あっはっは」
 目から涙が出るほどおかしくなった。
 ネタが尽きない奴。
 これからも俺を笑わせてくれ。
 俺の欠けている部分を埋める存在。
 人間が愛を求める理由の一つだそうだ。
 多分、俺は自分の気持ちに気づいている。
 でも、今は素直になれず、受け入れられない。
「倫くん、これからもよろしくね」
 夢斗は微笑んだ。