すてたい王子とためたい王子

「達ちゃ―――ん!」
 バイト中、レジでおでんに出汁をかけていたら、夢斗が泣きそうな顔をしながら、俺にすり寄ってきた。
「おいおい、今度は何だよ?!」
 毎度のことながら騒がしい奴だ。
 しかも、夢斗は騒ぎ立てる割には大したことがない。
 いい加減、夢斗の扱いに俺も慣れてきた。
「それがさぁ、倫くんなんだけど……」
 また倫くんか。
 最近、夢斗が口にする名前で一番多いのは“倫くん”だ。
 まあ、好きな男のことを話題に出すのは、恋愛中であれば誰でも一緒なのだろう。
「昨日、倫くんのスマホに女の子の名前でメッセージが届いてさ」
「女の子?」
「そう、今度の日曜、デートするっぽいんだよね」
「デートって何でわかったんだ?」
「女の子からメッセージが来てたし、倫くん本人も日曜は待ち合わせがあるって言ってたんだよ。デートでしょ?!」
 それだけの情報でデートに結びつけるとは。
 元々思い込みが激しいだけか、好きな男だからネガティブに考えてしまうのか。
「デートとは限らないんじゃ……」
「ぼく、勘はいいんだ。あれは絶対にデート。しかも訳ありな感じがする」
 夢斗は好きな男に対しては第六感も働くのだろうか?!
 俺は夢斗よりも倫くん情報を持っている。
 夢斗と自分の情報を掛け合わせてみる。
 恐らく、夢斗のいう“女の子”は“元カノ”で、日曜にその子と会うのは倫くんなりに考えてのことだと思う。
 元カノとよりを戻してデートする、みたいな簡単な事情でないような気がした。
 俺が倫くんと接していて感じるのは、彼は一度別れた彼女とよりを戻すタイプではない、ということだ。
 基本動作は倫くんなりの合理性に基づいている。一方的に別れを切り出した相手がまだ好きなのであれば、その時にとことん話し合って、納得した上で別れる人間だと思う。
 別れを受け入れたということは、彼の中でその人との関係は終わったことであり、それが復活することはないと思う、永遠に……。
 でも、俺は倫くんが夢斗のことをどう思っているのかは、わからない。
 夢斗に期待を持たせることは言えない。
 それにしても、面白いことになってきた。
 倫くんと夢斗の恋愛を見守ろうと思っていた矢先、倫くんの元カノが登場するとは。
「そしたら確かめよう」
「えっ?!」
「待ち合わせの時間と場所はわかったのか?」
「倫くん、日曜は出かけるって言ってたんだ。10時半にS駅の南口で待ち合わせなんだって」
「相手がさゆりって子だとわかってるから、デートだと思ったわけか」
「そうしたら、俺たちも待ち合わせ場所に行こう。倫くんと女の子の後をつけよう」
 俺の世話焼き、かつあまのじゃくな性格が出てしまった。
「達ちゃん!!天才!」
 夢斗が俺の手を両手で挟み、目をウルウルさせている。
「夢斗も実際に二人の様子を見たら何かわかるんじゃないか?」
「そうだね。ありがとう」
「それに、コレは俺の勘だけど、デートではない気がするぜ」
「えっ?!そうかな??」
 夢斗の頬がピンク色に染まり、口角がキュッと上がった。
 倫くんと元カノがデートではないと言ったが、倫くんがお前のことを好きだとは一言も言っていないぞ。大丈夫かな、こいつ。
 夢斗はいいとして、俺の興味の矛先は倫くんだ。
 彼は女の子とどういう風に接するのだろう?
 人間的な興味がある。
 あの理屈の塊の倫くんが、俺たちには見せない顔を女の子には見せるのかも知れない。
 それはそれで面白いじゃないか。
 夢斗には申し訳ないが、俺の好奇心は今最大に膨れ上がっている。
 尾行が決定し、「俺がデートではない」と言った一言で、夢斗は安心したのだろう。
 俺からお玉を奪いとり、レジ横にあるおでんに出汁をかけ、上機嫌だ。
 まるでペットの世話でもしているかのように、夢斗は愛情たっぷりにおでんの出汁を注いでいた。
「すみませ―――ん」
 弁当売り場から女性のお客さんが店員を呼ぶ。
「はぁ―――い♪」
 いつもは俺に任せるお客様対応を夢斗が率先して動いた。
 倫くんの行動一つで夢斗の行動も変わる。
 恋する男とはこういうものなのかねぇ。
 夢斗とお客様が会話している様子を遠くから眺めていた。

 日曜日。
 S駅南口。
 俺と夢斗はマスクをつけ、バケットハットをかぶった。
 服装は目立たない色、グレーと黒にまとめた。
 俺たちを街に馴染ませる必要がある。
 と、思っていたら……。
 夢斗の着ているTシャツは確かにグレーなのだが、某ロックバンドのイラストが胸にでかでかと描かれている。
 口から舌を出しているアレだ。
「おい、これ、羽織れ」
 俺は万が一の時のために黒のカーディガンを持ってきていた。
 まさかこんなに早く出番が来るとは……。
「えっ?!何で?達ちゃん指定のグレーのTシャツだよ?」
「そのイラストの存在感がありすぎる。結構な人数がお前のTシャツ見てるぞ。有名なバンドだからなおさら」
「結構地味にしたんだけどなぁ」
「つべこべ言わずに羽織れ」
「はぁい」
 夢斗の天然さには時々ついていけなくなる。
 まあ、そこが彼のいいところでもあるのだが。
 
「あ、倫くん、いたね」
 さすが夢斗。好きな男を見つけるのは早い。
 そこに倫くんに駆け寄る女の子。
 倫くんは学校で見かける服装だが、女の子の方はかなり気合が入っている。
 モヘアの白のセーターにライトグレーのチュールスカートをまとっている。
 とてもはかなげな雰囲気を醸し出している。(しかしながら、そんな彼女には倫くんをビンタしたという実績があることを忘れてはならない。)
 もし、今の彼女に告白されたら即「OK」と言ってしまいそうな女子力高めの人物が倫くんと向かい合った。
「美男美女だな……」
 俺は隣に夢斗がいることを忘れて、思わずつぶやいた。
 夢斗は口をキュッと結んで、微動だにしない。
「悪い。思わず……」
「いいよ。確かに美男美女だよね」
 夢斗がシュッと萎んだように見えた。
 こうも感情と行動が連動しまくっていると、気を使うな、やれやれ。
 すると、倫くんたちが動き出した。
「倫くんたちのあとを付けよう」
 脱力しまくっている夢斗の腕をつかみ、倫くんたちの後に続いた。

 倫くんと彼女の着いた先は映画館だった。
「なに観るんだろうな?」
「倫くんの性格からすると、ミステリな気がするけど。彼女に合わせそう……」
「うーむ。想像つかんな」
 二人で悩んでいたら、夢斗が面白い提案をした。
「ねえ、単純に二人の後を追いかけててもつまらないから、ぼくたちで何の会話をしているか、想像してみようよ。僕は倫くん、達ちゃんはあの女の子のセリフを想像してみて」
「……わかった」
 まあ、夢斗は倫くんと一緒に暮らしているから、彼の人となりは分かっているのだろう。
 俺は、あの子のこと全く分からないんだけどね……。
 適当にしゃべるか。

「達ちゃん、今、ポスターの前に二人がいるよ。彼女が何か話した」
 これは俺にあの子のセリフを言えということか?
『わたし、これが観たい』
 彼女は20代の売り出し中の女優が柴犬を抱いて笑っているポスターを指さして、倫くんを上目遣いで見た。
 倫くんが相槌を打ち、何かしゃべった。
『いいよ。これにしよう』
 夢斗は倫くんが言ったと思われるセリフをしゃべる。
 俺と夢斗は目を合わせ、同時に頷いた。
「あの柴犬の映画っぽいな」
「うん」
 倫くんたちは飲み物とポップコーンを売店で購入し、シアターに消えていった。
 俺たちも慌てて同じ上映回のチケットを購入した。

 今のところ、倫くんと彼女は良くも悪くもない関係に見えた。
 明らかに彼女の方は倫くんに好意を抱いているようだが、倫くんは……。
 倫くんの表情が乏しいので何を考えているのかわからない。
 こういう時、夢斗だったら一発で感情が読めるんだけどなぁ。
 夢斗をちらりと見たら、表情が固まったまま倫くんたちの後姿を見つめていた。
 あ―――あ。メンタルが壊れる前兆……っぽいなぁ。
「おい、俺たちも何か買っていくか?」
「ううん。倫くんたちを追いかけよう」
 喉が渇いていたのだが、我慢する。
「わかった」
 夢斗の一番気になるものは倫くんってことか。
 倫くんたちはシアターのど真ん中の席を取ったようだ。
 俺たちは倫くんたちよりも7列後ろの左よりに座った。
「また何か会話してる」
 夢斗の熱いまなざしが倫くんとあの子に注がれた。
『これ、どうぞ』
 夢斗が倫くんのセリフを言った。倫くんがあの子にドリンクとポップコーンを手渡している。
『ありがとう。あとで支払うね』
 俺はあの子のセリフを言った。
『いいよ。大した金額じゃないし』
『でも、映画に付き合ってもらっちゃってるし、悪いよ』
『大丈夫だ。気にするな』
 夢斗よ。
 結構的を射たセリフなんじゃないか。
 恋は盲目とはこういうことなのかもしれない。
 夢斗は全神経を倫くんに集中させている。
 倫くんが身震いをして、シアター内をぐるりと見まわす。
 俺たちは座席に隠れるように身を縮めた。
 劇場が暗くなり、映画の予告が始まった。
 俺と夢斗は映画よりも倫くんとあの子を遠目で追う。
 それが俺たちのミッションだ。
 彼女が倫くんに寄りかかったり、顔を見合わせたり、その先も……なんてことを想像したけれど、二人とも座席に姿勢よく座り、スクリーンをまっすぐ見ている。
 どちらかが、たまにドリンクのストローに口をつける。自分のを相手にあげるとか、その逆もない。
 彼らの間に恋愛的な動きはない。
 
 2時間が経過し、あっという間に映画が終わった。
 彼らがシアターの出口に向かおうと、俺たちの方に向かってきた。
 夢斗が即座に俺の頭を上から押しつぶす。
「見つかるから!」
 座席の下で夢斗がシーーー!とすぼめた口の前に人差し指を立てた。
「倫くんたち、移動するっぽいね」
「倫くんたちが出たら、俺たちも追いかけよう」
「ラジャー!達ちゃん」
 夢斗が座席に隠れたまま、敬礼のポーズをとった。
 
 映画館を出た後、倫くんたちは近くのカフェに入った。
 座席は20席くらいで、空いている席もそんなにない。
 倫くんはアイスコーヒー、彼女はアイスカフェラテを頼んだようだ。
 運のいいことに倫くん達は窓際に向かい合って座っている。
 片や俺たちはというと……。
 店に入るとバレそうなので、外から二人の様子を探る。
 店は表側を腰ほどの高さの植木で囲われているので、植木に身を隠しながら観察した。
 それにしても、女の子の方は盛り上げようとしているのか、口数が多そうだけど、倫くんはうなずいたり、一言二言話すくらいだ。
 二人の温度差を感じる。
 夢斗も同じ考えのようで、「倫くん、喋らないね」とつぶやいた。
「何話してるんだろうな?さっき観た映画かな?」
「可能性は大きいね」
「倫くんが話し始めたぞ」
「さっきの映画の話かな」
「入りやすい話題だよね?」
 俺がぼーっとしていると、夢斗がまた「会話を想像しよう」と言いだした。
「ほら、あの子のセリフ」
『うん、そうだね。私、犬の中で柴犬が一番好きなの』
『俺も柴犬は好きだよ』
『一緒だね』
『そうだな。あの濡れたような瞳で見つめられると、抱っこしてあげたくなるというか』
『わかる。わたしの観たい映画に付き合ってもらっちゃったから、楽しんでもらえたか不安だったんだけど、良かった』
『こちらこそ。尻尾を振りながらすり寄ってくるところとか、同居人に似ていたな』
 倫くん、夢斗のこと、話しちゃう?
「おい、ちょっとお前に都合よくないか?」
「そう?」
 夢斗はすました顔でガラスの向こうの二人の様子を探っている。
「まあ、いいか」
『同居人?誰かと同棲してるの?』
 俺は彼女のセリフを言った。
『まあね』
「おい、倫くん、そんなこと言うかぁ?」
「ここで彼女にははっきりさせないと」
 夢斗は恋のライバルには厳しい。
 そして、かなりご都合主義だ。
「とは言え、元カノだからなぁ」
 俺は夢斗をいじめたい気持ちが抑えられず、ついいじわるなことを言ってしまった。
 表情をこわばらせた夢斗が俺の顔を見る。
「達ちゃん。なんで、あの子が倫くんの元カノだって知ってるの?」
「あはは。まあな。運悪く現場に立ち会ってしまったというか……」気まずくなった俺は「おい、倫くんが何か話してるぞ」と夢斗の気をそらせた。
 俺は気持ちが散漫になり、倫くんと彼女に集中できない。
 早く終わってくれ。
 夢斗と俺は木陰に隠れ、無言で二人の行く末を見ていた。
「わからないね。読唇術を学んでおけばよかった」
 夢斗がつぶやく。
「そうだな」
 俺は余計なことは言うまい、と心に誓った。
 さっきのような空気が流れても困るしな。
「あ、女の子が泣いている」
 夢斗が先に気づいた。
「クロージングが長引きそうだな」
 これから倫くんは泣いている彼女をなだめなくてはならない。
 恐らく、倫くんが一番苦手としていることだ。
 一方、夢斗は番犬のように二人を観察している。
 怖い。
 好きな男のことになると妙に神経質になるようだ。
 倫くんとあの子の飲み物はほとんどなくなっている。
 倫くんはずっとうつむいて、彼女が泣き止むのを待っている。
「倫くんが喋った……。なになに、俺は遠回しな言い方は苦手だから、単刀直入に言わせてもらう、って言ってるね」
 夢斗がスラスラ言葉にする。
「そんな長いセリフだったか?」
「ぼくは倫くんのことは何でもわかるんだ。心と心が今もつながっている」
「気持ち悪いな。スピリチュアル的なやつか?」
「まあね。あ、倫くんがまた喋ったよ」
「何て言ってるんだ?」
「『君とは付き合えない。今日一日一緒にいて答えが出た』……って言ってる。たぶん!」
 はぁ?
 まじか?!本当にそんなこと言ってるのかよ?
 突っ走りすぎてる感は否めないが、夢斗の推測は全く外れているわけでもなさそうだ。
 彼女はハンカチを目に当て、こぼれようとしている涙を抑えた。
 倫くんとあの子の間に不穏な空気が流れる。
 あの子が席を立って、その場を立ち去った。
 倫くんは一人席に残され、アイスコーヒーをすすった。
 顔を上げ、深呼吸をしている。
 誰だって誰かを傷つけることには痛みを伴う。
 超合理的な倫くんでも、きっと……。
 倫くんのそんな様子を見守り、ウハウハ気分の奴が隣に一人。
 さっきまで、この世の終わりくらいに落ち込んでいたのに、一瞬で気持ちを切り替えてるよ。
「誰かの不幸は誰かの幸せ。確かそんな言葉があったよね?!」
 夢斗よ、もっと立場をわきまえろ。
 お前、そのうち誰かに恨まれるぞ。
 
こうして俺たちの尾行は終わった。