すてたい王子とためたい王子

 先日、バイトで夢斗と一緒になった。
 客足が途絶え、俺がレジでボーッとしているところに、夢斗がシフトで入ったのだ。
 俺の顔を見るなり、興奮気味に推しの話を始めた。
 ハッピーバニーのAYAMEに会ったこと、彼女が倫くんのお姉さんであること、最近の倫くんとの共同生活について等、相変わらず聞いてもいないのに、ペラペラしゃべっていた。
 結構、深い内容だと思うのだが、第三者の俺に喋っていいんだろうか?
 夢斗の危機管理能力に不安を感じる。
 一通り喋った後、夢斗はポツリと言った。
「倫くんを好きな理由がわかった気がする」
 ポッと顔を赤らめた夢斗がいた。
 ただでさえ倫くんがタイプだったところに、推しのAYAMEの弟と判明したのだ。
 ここまで重なれば、夢斗が運命を感じるのも無理はない。
「これは運命だと思う」
 やっぱりな。俺と同じことを考えていたらしい。
 少女漫画の主人公が言うようなセリフを恥ずかしげもなく言う夢斗。
 彼らしい。
 以前は、「倫くんは何でも捨てさせようとする」と喚き散らしていたのに、今では「倫くんのおかげで部屋が片付いた」と嬉しそうにしている。
 恋は人を変化させるというが、その通りなのだと思った。
「でも、ぼくが倫くんを好きだって言わないでよ」
「俺からは言わんけど。でも、どうしてよ?」
「倫くん、ぼくがゲイってわかったらどう思うかわからないじゃない?」
 確かに。
 俺が倫くんと初めて会った日、彼はお付き合いしていた女子に激しいビンタをくらわされていた。
 女性との交際経験はあるようだが、男性を恋愛対象として見られるのかはわからない。
 そもそも、あの合理的な倫くんが恋愛ねぇ。
 想像できない。
「今のままがいいんだよ。ぼくが倫くんを『好き』なことがバレて、今の関係が終わったらと思うと……」
 夢斗が身震いした。
「そうか……」
 さっきまでのカラッと陽気な雰囲気が一転、どんよりと湿り気を帯びた雰囲気に変わった。

 月曜の昼。
 気分を変えて、いつもとは違う学食で昼飯を食べようと、食券販売機に並んでいると倫くんが声をかけてきた。
「昼飯か?」
「そう。たまにはこっちもいいかな~、なんて」
「俺も同感だ。気が合うな」
「倫くんと同じ気持ちなんて光栄です」
「ハハッ。俺はクラブハウスサンドにしようと思う」
「おっしゃれ―。俺も同じものにするわ」
 倫くんのクールな口調にも慣れてきた。
 最初は怒っているのかと思ったけれど、何か月か経ってこれが通常モードだと分かってきた。
 でも、前より口調が柔らかくなったような気がするのは俺だけか?
 メガネをかけているから表情は読み取りにくいけど、眉間にしわを寄せたり、イライラしていることは減った気がする。
 出会った頃は俺が声をかけるだけで、けだるそうな顔をしていたのに、今では倫くんから声をかけてくれる。
 まさか、夢斗の効果?
 確信はできないけど。

 空いている席に座り、「いただきます」と手を合わせて食事を始める。
「そういえば、倫くんさぁ、出会った時のこと覚えてる?」
 何の気なしに恋愛の話題を持ち出してみた。
 夢斗の淡い恋心を知ってしまった今、倫くんの胸の内を探るのは俺しかいない。
 勝手に義務感を抱いている。
「ブッ!」
 倫くんは鳩が豆鉄砲を食らったように、咀嚼していたクラブハウスサンドを吹き出しそうになった。
 俺をにらみながら「あれは忘れたいから、思い出させるな」と口元をナプキンで拭きながら言った。
「いや、倫くん、かっこいいからさ。その後、彼女とか作んないのかなーって」
 あくまで俺は第三者的立場を守る。
「あれで恋愛は懲りた」
「懲りた?」
「姉貴と一緒に歩いていたら、浮気をしていると思われて、あの結果だ」
 なるほど。
 まあ、ハッピーバニーのAYAMEと一緒に歩いていたら、勝ち目ないって思うわな。
 遠目で見ても美男美女カップルにしか見えないしな。
 彼女として、いたたまれない気持ちはわかる。
「ふぅん」
「それにメガネをしていると、とっつきにくいと思われるのか、あれ以来恋愛めいたものは何もない」
「そうか。ごめん、嫌なこと思い出させちゃって」
「過ぎたことだからな。俺も言われるがままに付き合っていたこともあるし。彼女に対して好きかどうかなんて考えていなかった。彼女には申し訳ないことをした」
 倫くんの中で過去は過去であり、後悔することや思い出すことはなさそうだ。
 現在の倫くんには恋愛の対象となる人物はいるのだろうか。
 しんみりした空気が俺たちに流れた。
 遠くから聞こえてくるバカ騒ぎしているサークル集団の声が一段と耳障りに感じた。

 次は倫くんと同じ授業なので、教室に向かおうとしたところ、女の子が倫くんの前に立ちはだかった。
「大路くん、今、いい?」
 顔を真っ赤にして、声をかけるのに勇気を出している感じが伝わる。
 これって……。告白……?
 倫くんは動じることもなく、俺に言い残した。
「悪い、先に教室に行っててくれ」
 倫くんは女の子と消えていった。
 あの子、どこかで見たことがあるような……。
 俺は記憶を高速で巻き戻した。
 倫くんに初めて会った日、ビンタした子だ……。
 
 勘の悪い俺だけれど、一波乱ありそうな予感がした。