すてたい王子とためたい王子

 大学からの外部入学であることもあり、友人知人は誰もいなかった。
 ほとんどの学生が内部進学者だと気づいたのは、入学してからだ。
 第一志望の大学に受かったものの、やっていけるか不安で押しつぶされそうだった。
 声をかけてみるも、会話が続かない。
 見渡すと半分以上はグループが出来ていて、その中に入っていくのは無理だと思われた。
 内部進学と外部入学とで大きな壁が立ちはだかっていた。
 この先、友だち、作れるのかな……。
 一見、幸せな選択が、実情を知るとハズレくじを引いた感が否めなかった。
 夢と希望に満ちた大学生活の始まりはお先真っ暗だった。
 
 *

 そんな時、一息つきたくて、なるべく人けのないところを探していたら、屋上にたどり着いた。
 誰もいない。
 大学で一番空に近い場所。
 張り詰めていた気持ちが一気に緩むのを感じた。
 両手を広げ、空を見上げ深呼吸する。

 その時だった。
 誰もいないと思っていた屋上の隅に人影が見え、何か会話をしている声が聞こえた。
 男と女?
 カップルか?
 気を使って、見ないようにしていたら……。

 バチ――――ン!

 何かを叩く音が空に響いた。
 思わず隅にいる二人の方を振り向いてしまった。
 男のメガネが弾みで外れ、床に転がっていた。
 女が男の頬を叩いたらしい。
 男が頬に手を当て、うつむいている。

「二股なんて信じられない!」
 女は泣きながら叫ぶと男から去っていった。

 えらいところに遭遇してしまった。
 俺もとっとと立ち退こう……。
 そろりと音を立てずにドアに移動する途中、心の中に好奇心が生まれた。
 男の面が見てみたい。
 何となく気になって、男の方に視線を向けると……。
 男がこちらを見ている……。
 目が合ってしまった。
 気まずい空気が流れる。
 このまま、見ていない振りをして去っていいものか。
 しかし、男はまだこちらを見ている。
 ここまで見られているのに、立ち去るのも人間としてまずいよな。
 迷った末に、男の方に近づき、恐る恐る「あのー、大丈夫ですか?」と声を掛けた。
「……」
 無言でうつむいたままの男。左手で頬を押さえている。
 俺は1回は声をかけたぞ。
 ノルマ、達成~。
 とっとと立ち去ろう。
「大丈夫そうなら、行きますね。ハハッ」
 様子を伺いながら一声かけたところ、男はうつむいた顔を俺の方に向け
「すまない……メガネがどこにあるか教えてくれ」と言った。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 この驚きをどのように表現したらいいのだろうか?!
 イケメンじゃないかーーーーー!!
 俺が今まで会ってきた中でナンバーワンのイケメンだ。
 潤んだ瞳、少し乱れた髪、シャープなあご、しかも背が俺よりも高い。
 恐らく180センチメートル近くあり、細身だけれど筋肉はついている。
 入学して同学年と思われる人間には手あたり次第声をかけてきたのに、
彼ほどのイケメンになぜ今まで気づかなかったのだろうか?

 あまりの驚きに彼の顔面を見つめていたら、「あの、メガネを……?」と、
イケメン君の声がした。
 慌てて落ちているメガネを拾い、手渡した。
「あ、これ、どうぞ」
「ありがとう。メガネがないと見えなくて、すまなかった」
 イケメン君はメガネをかけると、すぐにその場を立ち去っていった。

 俺はこの時気づいた。
 メガネをかけているあの男の存在には気づいていた。
 黒縁メガネをかけ、髪はセンター分けで、白か黒のTシャツに黒のパンツを履いている、
スーツだったら間違いなく銀行員に見えるあの学生だ。
 神経質そうでとっつきにくい雰囲気を醸し出していたので、あえて声をかけなかった人物。
 それがさっきのイケメンとは。
 面白過ぎる。
 これは絶対に仲良くなろう。
 
 数時間後、カフェテリアで、例のメガネをかけたイケメン二重面相を見つけた。
 コーヒーを飲みながら、参考書を読んでいた。
 素早く駆け寄り「仲良くしようよ」と手を差し出した。
 彼は俺の手を無視して、参考書を読み続けた。
 このあからさまな態度も面白い。
 普段の生活でこの態度を取られたら、感情の行き先は“ムカつく”の一択だったと思われるが、
彼に関してはその真逆の感情を抱いた。
 俺は無視されてもしつこく話しかけ、参考書を読んでいる二重面相の手を無理やり取って
握手した(正確には握手させた)。
「よろしく!俺は藤野達也、君は?」
「……大路倫一郎だ」
 貫禄あるな~。
 大きな路を、倫理正しく歩く。
 そんな雰囲気の、やたら道徳的な名前だ。
 呼び名を考えねば。
 なんかもっと愛着のある呼び方……。
 “大路君”はあまりによそよそしい。“倫一郎君”は長い。
 あだ名は“倫くん”でどうだろう?
 しばしの間考え、俺は笑顔で言った。
「じゃあ、倫くんって呼ばせてもらうよ」
 倫一郎は「勝手にしろ」と言い、俺の手から自分の手を引き抜くと、
参考書に視線を戻した。

 以上が俺と大路倫一郎の出会いだ。
 こうして俺は“ぼっち”生活を避けることができた。
 倫くん、よろしく。