すてたい王子とためたい王子

 
「ご、ごめん。悪かったよ。俺が押しつぶしたせいで」
 夢斗の目から一筋の涙がこぼれた。
「よりによって割れるなんて……」
「ごめん。弁償するから。どこで買ってくればいい??」
「あれは非売品だよ。抽選で当たったんだ」
「……」
 参ったな。
 夢斗は俺の顔を見てくれない。
 怒ってる……よな……?
 俺の顔なんて見たくないよな……。
「本当にごめん……」
 俺は静かに夢斗の部屋を出た。

 取り返しのつかないことをしてしまった。
 しかも、あいつは泣いていた。
 どうにかお詫びをしたいが、同じものを買おうにも売っていないというではないか。
 非売品には非売品で返すのはどうだろうか。
 あまり奥の手は使いたくなかったが、使うしかなさそうだ。
 その夜、俺は救いの電話をかけた。
「もしもし、あのさ……」

 次の日。
 朝食の時間に夢斗は現れなかった。
 一人でいつものメニューを食べるが、目の前に夢斗がいないことが不自然に思われた。
 味気ない食事は単にカロリーを取っているだけだった。
 部屋に戻り、クローゼットを開ける。
 いつもはローテーションに組み込まれたTシャツとパンツを選ぶが、今日は違う。
 姉貴の買った高級ブランド品のTシャツにジャケット、パンツを身につける。
 メガネを外し、コンタクトを入れる。
 髪をクシャッとさせ、無造作感をだしワックスで整えた。
 
「夢斗。昨日はごめん。ちょっと出かけてくる」
 夢斗の部屋の前で声をかけたが、静かなままだった。
「じゃ、夕方には戻る」
 そりゃ、怒るよな。
 好きなアイドルのプレミア物を壊してしまったんだから……。

 昨日、突然電話をしてお願いしたにも関わらず、姉貴は今日会ってくれることになった。
 10時にH駅で会うことになったのだが、なかなか現れない。
 まあ、いつものことだ。
 彼女は時間を守ったことがない。
 俺と正反対の性格。何事もルーズなのだ。
 よく言えば細かい事を気にしない。
 スマホのアプリで中国語の勉強をしていると、「倫ちゃん!」と背後から名前を呼ぶ声が聞こえた。
 振り向くと、そこには姉貴……いや、絢萌(あやめ)が手を振って立っていた。
 相変わらず目立つ。
「もっと地味な恰好できないのかよ。目立ってるぞ」
「これが私なんだから仕方ないじゃない」
 絢萌が頬を膨らませた。
 絢萌は小花柄のミニワンピースに丈短めの白いカーディガンを羽織っている。
 足元は白のスニーカー、バッグは有名ブランドの白のハンドバッグ。
 たとえ、今日のようなファッションをしていなくても彼女は目立つ。
 何を隠そう、俺の姉貴はハッピーバニーのAYAMEなのだ。
 同居生活を始めて早々に出ていったのは、アイドル活動が忙しくなり始めたからだった。
 一人で買い物をしているとナンパ目的で声をかけてくる男が多いとのことで、男避けとして付き合わされるのが俺だ。
 そのために絢萌と会う時は彼女の用意した一流ブランドの服装で身を固め、メガネは外しコンタクトを着用している。
 絢萌の護身用の男が出来上がるというわけだ。
 一度、いつもの格好で歩いていたら、彼氏と思われなかったようで、男避けの役割を果たさなかった。
「倫ちゃんは元がいいんだから、もっと着飾りなよ」が、姉貴の口癖だ。
 大学の知人が着飾った俺とバッタリ会っても気づかないだろう。
「よしよし、私が買ってあげた服、着てくれてるのね」
「そうじゃないと怒るだろ」
「よろしい。よくわかっている」
 絢萌が目を細めてニッコリほほ笑む。
「じゃ、今日はとことん付き合ってもらうからね!」
「はいはい」
「倫ちゃん、テンション低すぎー!」
「じゃ、案内してくれよ。姉貴が行きたいところ。その代わり、俺の約束も絶対守れよ」
「わかってるって。任せて!」
 絢萌がウインクしてガッツポーズを見せた。
 彼女は表情が忙しい。
 怒ったり笑ったり、感情に任せて瞬時に表情が変わる。
 あれ?
 これって……、夢斗に似てないか??
 夢斗の表情七変化が頭をよぎり、おかしさがこみあげてきた。

「じゃ、倫ちゃんの家にいこうか」
 姉貴は思う存分買い物ができたようで、満足したようだ。
買い物袋は全部俺に持たせたまま、足早に駅に向かう。
 姉貴を追いかける俺。
 彼女のペースには毎度のことながらついていけない。
「倫ちゃん、遅い!」
「はいはい」
 俺は小走りで姉貴についていった。