すてたい王子とためたい王子

 部屋で着替えをしていると、ノックの音が聞こえた。
「倫くん、今いい?」
「あっ……ちょっ……」
 答える前にドアが開き、夢斗がひょっこり顔を出した。
 着替えの途中とわかったのか、「ご、ごめん」と言って、ドアを閉めて外に出た。
「いいぞ」
 外にいる夢斗に声を掛けた。
 再びドアが開き、夢斗が顔を覗かせた。
「倫くん、夕食ありがとね。おいしかったよ」
 夢斗がしどろもどろしている。
「そこにいるのもなんだし、中、入ったら?」
「えっ?でも入られるの嫌なんじゃ……」
「入っていいって」
 単なる同居人で赤の他人なのに、なぜか夢斗を部屋に入れていた。
「う、うん……。じゃ、おじゃまします」
 夢斗が部屋に入ると、目を大きく見開き、口が開きっぱなしになった。
「な、何もない!」
 夢斗の第一声だ。
 白い壁に、白い寝具。床にはラグすらなく、机の上にはデスクライトだけ置かれている。
「ある。必要なものを必要な分だけ持っている」
「だってデスクとイスとベッドしかないよ!」
「全部クローゼットとデスクワゴンに収納しているから。基本、物は出しておかない」
 夢斗は360度部屋を見渡して、「物がなさ過ぎて、なんか落ち着かない」とつぶやいた。
 夢斗はクローゼットの取っ手を引っ張り、勢いよく開いた。
「おい!勝手に開けるな!」
 無礼にも程がある。
 ヤツは自分と他人の境界線がなくなる時がある。
 まるで自分の部屋かのように他人の部屋を扱う。
「想像してたのと違う……」
 夢斗はつぶやいた。
「何を想像してたんだか」
 思わず俺は呆れ声を出してしまった。
「物が押し込まれてぎっちり入ってるのを想像したんだけど」
 クローゼットには、上下5着ずつと外出用の服1着をハンガーにかけて収納している。
 服の隣には、大・中・小のバッグをS字フックで一つずつ吊るしている。
 下着や靴下は5セット、バスタオルや寝巻は3セット。
 寝具類や季節外の服も、それぞれジャンルごとに収納ケースへ収めている。
 それでも、クローゼットには十分な余白がある。
 クローゼットに余白がある状態が好きだ。
 なんだったら、物よりも余白の方が多いくらいがいい。
 この状態が俺にとってのベストだ。
「そんなわけあるか」
「倫くん……」
 夢斗が憐れむような表情を俺に向けた。
「人生楽しい??」
「はぁ?」
「だって、こんなに物がないなんて、人生を楽しんでいるようには見えないよ」
「俺はこの状態が快適だし、好きなんだ。この状態を保つことが喜びだし、幸せだ」
 夢斗はまだ信じられない、という顔をしている。
「デスクワゴンも見ていい?」
「どうぞ」
 夢斗は三段あるうちの上から順に引き出していった。
 一番上は筆記用具や文具、二段目はノートパソコン、三段目は教科書や資料類。
 それ以外は入っていない。
 一段引き出すごとに夢斗はがっかりした顔をした。
「倫くん、徹底してるね」
「そうかもな。とにかく物が多いとストレスが溜まるんだ」
 夢斗は先ほどから俺に憐れみの視線を注いでいたが、ふいにニヤリと表情を変えた。
「倫くん、エッチなものはないの?」
「そ、そんなものはない!俺に性欲は不要だ!」
 不意を突かれ、焦って答えたせいか声を荒げていた。
「はははははっ。冗談だよ!」
 夢斗は楽しそうに笑い転げていた。

「今度から夕食をお前の分も作ってやろうかと思ったが、やめた」
「えぇぇ!!」
「からかうからだ」
「ごめん、ごめんって。今日のチャーハン、最高だったよ!また作って?」
 夢斗が焦っている様子が面白い。
 そう、俺と夢斗はこうでないと。
「まあ、また倒れられても困るからな」
「倫くん……」
 夢斗が両手を顔の前で組み、涙目で訴えるお決まりのポーズを見せた。
 まったく、俺がこういうのに弱いとわかってやっている。
 ……まあ、悪い気はしないが。