コンビニで買える恋

15.帰る場所






 十吾はドアに耳を当てて、部屋の中の音を聞いた。特に大きな物音や、言い合う声は聞こえない。今は大丈夫そうだと判断して、できるだけ音を立てないように鍵を回した。

 本当に、いつもの習慣だった。

 足音を立てないようにリビングまで進み、繋がった寝室に目をやる。そこに誰かが寝ている様子はない。気の使い損だったな、と思いながら、鍵を机に乱雑に置いた。

 電気をつけて初めて、机の上に、1万円札が置かれていることに気がついた。状況が飲み込めず、
玄関を見るが、男の靴も、母の靴もない。

「......は?」

 口をついて出た、音か息かもわからないそれは、誰もいない虚空に溶けて消えた。

 慌てて、寝室の横の収納を開ける。そこには十吾の服と、母の季節外れの服だけがかかっていた。入り浸っていた男の服もいくらかかかっていたように思うが、それもない。

 そうか、と思った。自分は、置いていかれたのだ。いつまでもつかもわからない、1万円だけを渡されて。

 大方何が起こったのか、想像はついた。

 母と男が喧嘩して、男が去った。よくある話だ。大して、面白い話でもなんでもない。そして多分、その過程で言われたのだろう。『こぶ付き』だと。

 母は元来、男に依存しなければ生きていけない人間だ。だから次の男を探すために、あるいはもう決まった次の男のところへ走って行くために、『こぶ』を切り落としたのだろう。それさえも、容易に想像がついた。

 よかったのだ、これで。きっと、よかったのだ。

 もう殴られることもない。バイトの収入で、食費くらいはなんとかなる。家賃はわからないけれど、母の口座から引き落とされるはずだ。きっと大丈夫だ、きっと。

 震える手で、押し入れに残っていた、母が客からもらった毛皮のコートを取り出す。相変わらず、香水臭い。不思議と、涙は出なかった。

 いつまで、そうしていたのだろう。何かがシンクに落ちる音がして、現実に引き戻される。暑い中エアコンもつけず、毛皮のコートに包まっていたから、汗だくだった。

 風に当たろう、と思った。

 無目的に歩いているはずが、たどり着いたのはいつものコンビニだった。煌々と光る灯りに吸い寄せられていたらしい。殺虫灯に飛び込む虫と、一緒だった。

 ヴヴンーーとドアが開く。そこに立っていたのは、秀一だった。

 秀一の目が、大きく見開かれたのが見える。もう、無理だった。喉の奥に、巨大な鉛のようなものが込み上げて、秀一の姿が霞んでいく。

 秀一が駆け寄ってきて、十吾の肩を、抱いた。