コンビニで買える恋

11.深夜のコンビニ






十吾お出かけに誘っておいて、秀一には碌なアイデアがなかった。

恋愛経験がないから、デートをしたことがないのも去る事ながら、親にお出かけに連れて行ってもらった記憶もない。

出ている。
勉強しかしてこなかった弊害が、顕著に出ている。

というかそもそも、秀一には足がなかった。

大学はとっくに試験期間に入っていて、だから夏休みを待ってくれと言って時間稼ぎをしたのはいいけれど、その試験期間も間も無く終わろうとしている。

どこに、いついくかくらいは、決めなければならなかった。

だめだ、どう足掻いても集中できそうにない。

秀一は、はぁ、と息を吐いて、シャーペンを置いた。

普段、集中力を高めるためにスマホは引き出しにしまっているのだが、お出かけに最適な場所を探すために、それを取り出す。

画面に、『15』の文字が見えた。
『15』というのは、十吾のSNSの名前である。

曰く、『漢字でも数字でも大して変わらないから、簡単な方にしている』とのことだったが、他に数字の名前の人などいないから、こちらとしてはわかりやすくて、助かっていた。

15『勉強中?』

その4文字が、画面上で煌々と光っている。
勉強する場で携帯を触っていることが落ち着かなくて、ベッドの端に腰掛けた。

吉澤秀一『うん。今休憩』
15『俺も』
吉澤秀一『勉強?』
15『うん』

頑張ってね、と打とうとした手を止める。
そんなことよりも、どこで?という感想が浮かんできてしまったのだ。

普通は、みんな家で勉強する。

でも彼には、まともに帰れる家なんかない。
まさか夜のコンビニで勉強しているのではないだろうか。

秀一は、スマホを持ったまま、階段を降りて外へ出た。

秀一『もうすぐ試験?』
15『うん、期末』
秀一「そっか」

悩みに悩んで、そんな当たり障りのない言葉を選ぶ。

踏み込んだところで、何かしてあげられるわけでもない。

ただ彼が少しでもいい環境にいることを、祈ることしかできなかった。

「あ、」

コンビニの窓側、イートインスペース。
見慣れた影が二つ寄り添っている。

いち早く秀一に気がついた陽斗が、ガラス越しに手を振った。
彼は十吾の肩を突いて、集中しているらしい十吾に秀一が来たことを知らせる。

その様子を確認して、秀一はエアコンの効いた店内に入った。

「二人とも、おつかれ」
「お疲れ様です」

イートインスペースの入り口には、営業時間が書かれた看板がたち、チェーンで区切られている。

彼らだけが特別に許されているそこに入るのは忍びなくて、秀一はその外側から声をかけた。

陽斗は慣れた手つきでポールをずらし、秀一を呼び込んだ。

机に乗った椅子を一つおろして、どうぞ、と差し出される。

なんだかいけないことをしているような気がして、秀一はそこに、浅く腰掛けた。

「いつも、ここで?」
「普段は俺んち。今日みたいにねえちゃんが友達呼ぶとか、そういう時はここに来るんです」
「そう、なんだ」
「俺んちが無理なの知ってるから、店長さんが使っていいよって、言ってくれてるんだよね」

十吾は、場所代として購入したのだろうコーラをプシュッと開けた。

詳しく聞いたことはなかったが、この店の店長は、十吾の事情を知っていて、受け入れているらしい。

嘗て出会った警察官の人と同じだ、と思った。

「イートインスペースできるまでは大変だったよな、公園の東屋とか、コインランドリーの待合所とか」
「あっちぃし、さみぃしな」

陽斗も場所代を支払ったのか、手にはコーヒーを持っていた。
それをぼーっと見つめながら、考える。

十吾はやはり、幼い頃から家には居場所がなかったのだな、と、考える。

同時に、それを長い間陽斗が、そして自分が知らなかった人たちが見守ってきたのだな、とも。

順当に考えれば、十吾は何度も補導されて然るべきだった。
秀一がきている時間を考えれば、ここで出会えたほとんど全ての日において、そうだったはずだ。

それでも彼は、当たり前のようにここにいた。

その影に全く見えない人たちの許容や諦め、平たく言ってしまえば、『愛』があったことに、胸と目頭が熱くなった。

その世界にいなかったはずの秀一がこうして、このコンビニのイートインスペースに座っていることさえ、本来なら起こり得なかったことなのだと思うと、なんだか背筋が伸びた。

「ねぇ、秀一さん、なんで俺のコーヒー熱烈に見てんの?飲みます?」

陽斗が、ただずっと秀一の視線の先にあったコーヒーを、ずいと差し出した。

「え?あ、いや、」
「別に気にしないっすよ、だって、『キス』した仲じゃないっすか」
「は?」
「あ、いや、違うよ?関節キスね、関節キス」
「いや、それもダメだから」

十吾が、陽斗の手からコーヒーを奪って、それから店の奥へと向かう。

陽斗はその十吾の背中を、楽しそうに見つめていた。

「そういえば秀一さんさ、十吾のバイク、乗ったんでしょ?」
「あぁ、うん」
「へぇ、いいなぁ」
「......なんで?陽斗くんは?乗ったことないの?」
「ないんすよね」

陽斗は先ほど十吾によって奥に押しやられたコーヒーを取って、蓋についたストローで、無意味に中身をくるくるかき混ぜた。

分離していたコーヒーと氷の溶解水が、溶け合って茶色の液体を作る。

その過程を、二人はぼんやりと眺めていた。

「あれ、じいちゃんのなんですよ」
「じいちゃん?十吾の?」
「はい。......アイツ、親があんなんじゃないっすか。だから、じいちゃんがずっと面倒見ててくれたんですけど、小学校ん時に亡くなって」
「......そう」
「そん時、親はあれも売り飛ばそうとしたんですけど、アイツまじでボロボロになりながら、あれだけはなんとか守り切ったんです。『じいちゃんとの思い出だから』って」

陽斗はその時の十吾の様子を思い出したのか、顔を歪ませた。

泣き出さないだけ、偉いと思った。
秀一なら、きっと泣いてしまっただろうから。

その代わりとでもいうように、陽斗の手から、結露水の粒が垂れた。

「まぁ、そんな感じなんで、アイツはあのバイクには、人を乗せないんです」
「......そっか」

二人は、そのまま、色の薄いコーヒーを見つめ続けた。

「はい」

不意に、横から黒い液体を差し出される。

新しいコーヒーだった。

「え、なに?」
「奢り。自分の分あったら、もう関節キスしなくて済むでしょ」
「え、あ、ありがと」
「別に、十吾が嫌なら俺はしないよ」
「どうだか」
「親友の好きな人、盗る趣味ないんで」
「すっ......好きな......」
「まぁ、確かに?親友の『好きな人』だもんなぁ?」

十吾は、秀一の隣に立ったまま、肩に手を置いた。
ギクリ、と秀一の体が跳ねるのを、二人して楽しんでいるみたいだった。

「あ、じゃあ、僕もう、行くから」
「今来たとこなのに?」
「なんも買ってないのに?」

慌てて出ようとすると、二人はニヤニヤをしながら揶揄う。

秀一は油を差し忘れたおもちゃのような動きで、店内に向かった。