ヴヴンーーと音を立てて、ドアが開く。
中から溢れ出た冷気が、体表の熱を、一気に奪っていった。
吉澤秀一は、外で吸い込んだ熱気を逃すように、ふぅ、と息を吐いて、店内をぐるりと見回した。
深夜のコンビニは、人が少ない。
立地もそれなりにいいこのコンビニは、日中はそれなりに混んでいて、誰かしらがレジの前に並んでいる。
けれど今は、秀一を含めても、客は5人もいなかった。
適当にコンビニ内を周回しながら、目についた夜食を手に取って進む。
不意に視線を上げた時、冷蔵庫の中で、キンキンに冷えたビールが目に入った。
秀一はもう21歳になるが、ほとんど酒を飲んだことがない。
特別嫌いなわけでもないけれど、一度だけ飲んで帰った時、親にひどく嫌な顔をされたのだ。
「酒を飲む暇があるなら、勉強しなさい」
「お前はいっときの快楽のために医者になるのを諦めるんだな」
「そんな中途半端なやつは、医者になるどころか、勤め人も無理だ」
それから何となく、ただ何となく。
酒というものを避けて生きていた。
けれど、今日はーー
思わず、手が伸びていた。
冷蔵庫から取り出した銀色の缶が、秀一の指先を、痛いくらいに冷やしていく。
なぜだか責められているような気がして、足早にレジへと向かった。
「こちらは、年齢確認商品です。年齢確認のため、身分証の提示をお願いします」
少し体を前後に揺らしながら、いつもの店員が秀一の方を向く。
正確に言うと、体は秀一の方を向いているものの、視線は合っていない。
彼の目はいつも忙しなく動いていて、正確に秀一を捉えることは少なかった。
「こちらは、年齢確認商品です。年齢確認のため、身分証の提示をお願いします」
秀一から返事がないことに焦れたのか、彼が同じ言葉を繰り返す。
少し申し訳なく思って、秀一は慌てて身分証を差し出した。
*
ヴヴンーーと音を立てて、待ってましたと言わんばかりに温かい空気が秀一の体を包んだ。
夜とはいえ、この季節は暑い。
秀一は、体中の汗腺という汗腺が、ブワッと開いていくのを感じた。
徐にレジ袋に手を突っ込み、指先の感覚だけで、銀の缶を引っ張り出す。
家に帰る前に飲み切ってしまわなければ、そして缶をここに捨ててしまわなければ。
家で何を言われるか、わかったものじゃない。
一刻も早く飲み干してしまおうと、店の前に置かれたゴミ箱の前に立った。
プシュッッーー。
軽快な音とともに、弾かれた結露水と、ガスに押し出されたビールが跳ねる。
秀一は、そのままの勢いで、缶に口をつけた。
ほんのり苦い、麦茶のような、コーヒーのような香りが、鼻を抜けていく。
炭酸が胸腔を満たして、息苦しさのあまり、生きているという感覚がした。
「……ねぇ」
隣から、いつも入り口付近に座っている少年たちの声が聞こえている。
「ねぇってば」
声が思いの外近く聞こえて振り向くと、いつもコンビニに屯している少年の一人が、秀一を見つめていた。
どうやら、秀一に話しかけていたらしい。
「……はい」
秀一は、警戒した。
普通、落とし物を拾いでもしない限り、知らない人に話しかけることなどない。
財布も、買ったものも、きちんと手の中にあるこの状況では、彼が秀一に話しかける理由はないように思えた。
少年は、秀一の警戒心満載のリアクションにも動じず、それーーと、秀一の手にあるビールを指差した。
「それ、俺にも買ってくれない?」
やはり、ろくでもない用事だったか。
秀一は、どう返事をするべきか考えながら、財布を尻のポケットにしまった。
変な答え方をして喧嘩に巻き込まれるのも嫌だが、代わりに購入することもできない。
彼はどう見ても、未成年だった。
秀一は、コホンと意味のない咳払いをして、缶を持つ手を彼から見えない位置に移した。
「あの......ご自身で買われたらいかがでしょうか」
「買えるならそうしてる」
でしょうね、と思った。
思ってから、彼の目が、やけに切羽詰まっていることに気がついた。
男性にしては少し長い、目元にかかる前髪。
そこから覗く瞳が、やたら真剣なのだ。
ずっとその瞳を見ていたら、断れなくなってしまいそうで、秀一は残りのビールを慌てて流し込んだ。
「と、とにかく僕は、無理なので。他を当たってください」
缶を乱雑にゴミ箱に押し込んで、背を向ける。
足早にその場を離れながら、頭の中で先ほどのやり取りを反芻した。
お世辞にも、格好いいとはいえないやり取りだった。
だいたい、『他の人を当たって』なんて、他の人でもダメに決まっている。
成人してもう何年も経つのだから、もっと毅然とした対応をするべきだったのにーー
考えれば考えるほど反省ばかりが浮かんできて、秀一は足を速めた。
中から溢れ出た冷気が、体表の熱を、一気に奪っていった。
吉澤秀一は、外で吸い込んだ熱気を逃すように、ふぅ、と息を吐いて、店内をぐるりと見回した。
深夜のコンビニは、人が少ない。
立地もそれなりにいいこのコンビニは、日中はそれなりに混んでいて、誰かしらがレジの前に並んでいる。
けれど今は、秀一を含めても、客は5人もいなかった。
適当にコンビニ内を周回しながら、目についた夜食を手に取って進む。
不意に視線を上げた時、冷蔵庫の中で、キンキンに冷えたビールが目に入った。
秀一はもう21歳になるが、ほとんど酒を飲んだことがない。
特別嫌いなわけでもないけれど、一度だけ飲んで帰った時、親にひどく嫌な顔をされたのだ。
「酒を飲む暇があるなら、勉強しなさい」
「お前はいっときの快楽のために医者になるのを諦めるんだな」
「そんな中途半端なやつは、医者になるどころか、勤め人も無理だ」
それから何となく、ただ何となく。
酒というものを避けて生きていた。
けれど、今日はーー
思わず、手が伸びていた。
冷蔵庫から取り出した銀色の缶が、秀一の指先を、痛いくらいに冷やしていく。
なぜだか責められているような気がして、足早にレジへと向かった。
「こちらは、年齢確認商品です。年齢確認のため、身分証の提示をお願いします」
少し体を前後に揺らしながら、いつもの店員が秀一の方を向く。
正確に言うと、体は秀一の方を向いているものの、視線は合っていない。
彼の目はいつも忙しなく動いていて、正確に秀一を捉えることは少なかった。
「こちらは、年齢確認商品です。年齢確認のため、身分証の提示をお願いします」
秀一から返事がないことに焦れたのか、彼が同じ言葉を繰り返す。
少し申し訳なく思って、秀一は慌てて身分証を差し出した。
*
ヴヴンーーと音を立てて、待ってましたと言わんばかりに温かい空気が秀一の体を包んだ。
夜とはいえ、この季節は暑い。
秀一は、体中の汗腺という汗腺が、ブワッと開いていくのを感じた。
徐にレジ袋に手を突っ込み、指先の感覚だけで、銀の缶を引っ張り出す。
家に帰る前に飲み切ってしまわなければ、そして缶をここに捨ててしまわなければ。
家で何を言われるか、わかったものじゃない。
一刻も早く飲み干してしまおうと、店の前に置かれたゴミ箱の前に立った。
プシュッッーー。
軽快な音とともに、弾かれた結露水と、ガスに押し出されたビールが跳ねる。
秀一は、そのままの勢いで、缶に口をつけた。
ほんのり苦い、麦茶のような、コーヒーのような香りが、鼻を抜けていく。
炭酸が胸腔を満たして、息苦しさのあまり、生きているという感覚がした。
「……ねぇ」
隣から、いつも入り口付近に座っている少年たちの声が聞こえている。
「ねぇってば」
声が思いの外近く聞こえて振り向くと、いつもコンビニに屯している少年の一人が、秀一を見つめていた。
どうやら、秀一に話しかけていたらしい。
「……はい」
秀一は、警戒した。
普通、落とし物を拾いでもしない限り、知らない人に話しかけることなどない。
財布も、買ったものも、きちんと手の中にあるこの状況では、彼が秀一に話しかける理由はないように思えた。
少年は、秀一の警戒心満載のリアクションにも動じず、それーーと、秀一の手にあるビールを指差した。
「それ、俺にも買ってくれない?」
やはり、ろくでもない用事だったか。
秀一は、どう返事をするべきか考えながら、財布を尻のポケットにしまった。
変な答え方をして喧嘩に巻き込まれるのも嫌だが、代わりに購入することもできない。
彼はどう見ても、未成年だった。
秀一は、コホンと意味のない咳払いをして、缶を持つ手を彼から見えない位置に移した。
「あの......ご自身で買われたらいかがでしょうか」
「買えるならそうしてる」
でしょうね、と思った。
思ってから、彼の目が、やけに切羽詰まっていることに気がついた。
男性にしては少し長い、目元にかかる前髪。
そこから覗く瞳が、やたら真剣なのだ。
ずっとその瞳を見ていたら、断れなくなってしまいそうで、秀一は残りのビールを慌てて流し込んだ。
「と、とにかく僕は、無理なので。他を当たってください」
缶を乱雑にゴミ箱に押し込んで、背を向ける。
足早にその場を離れながら、頭の中で先ほどのやり取りを反芻した。
お世辞にも、格好いいとはいえないやり取りだった。
だいたい、『他の人を当たって』なんて、他の人でもダメに決まっている。
成人してもう何年も経つのだから、もっと毅然とした対応をするべきだったのにーー
考えれば考えるほど反省ばかりが浮かんできて、秀一は足を速めた。
