「起きろよー」
切実に問いたい。
朝起きると、家族でも何でもない男友達が至近距離で自分の部屋にいた時、人間は一体どういう対処法を取るのが正解なのだろうか。
選択肢A、とりあえず殴る。
選択肢B、近所迷惑を顧みず悲鳴を上げる。
選択肢C、寝起きの頭で顔面に見惚れる。
結論。私はそっと目を閉じた。
現実逃避一択である。
よし、これは夢だ。悪夢の類だ。
一度リセットしよう。目を開けたら、そこにはいつも通りの天井が広がっていて、鳥のさえずりが聞こえて……今日の朝ご飯は美味しい焼き魚が良いなぁ。鮭の塩焼きとか最高だよね〜。
しかし、目の前の男はそんなささやかな抵抗すら見逃してくれないらしい。
「……十秒以内に起きないと等活地獄に堕とすよ」
ガバッと布団から飛び起きた。
畳の上に眠そうにあぐらをかきながら座っているのは、十王仲間の変成王。
外見だけならば、整った顔立ちだろう。
細身ながら和服を粋に着こなす均整の取れた体格で、背丈は私より少し高い。
光も輝く白銀の髪は毛先にやや癖があり、絹の糸をも凌ぐ柔らかさ。
が、常に笑みを浮かべながら物理攻撃を叩き込むため、一部の獄卒からは『爽やかサイコパス』なんて囁かれていたりもする。
私―――秦広王は十王の一人。
生まれ育ったのは『冥府』と呼ばれる、生者には縁のない世界。
そして私達十王は、生前の行いによって亡者を裁く10人の冥府の王。
……なんだけど。
十王の長であり、冥府の総支配人である閻魔大王は、ぶっちゃけポンコツすぎて笑えない。
人道には『嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれる』という恐ろしい迷信があるらしいが、現場を知る身内からすれば全然そんなことはない。
昔、閻魔がちょっと格好つけて厳しく亡者を裁こうとしたら、亡者達による大ブーイングと大暴動が起き、メンタルをやられた閻魔が三日三晩寝込んだ。
……冥府の王の威厳って何だっけ?
(あ、元からなかったわ……)
心の中でセルフノリツッコミを入れながら、私は乱れた布団を蹴飛ばしたまま仰向けにのけ反り、目の前の変成くんを凝視した。
自分の心拍数がまだ早いのは決して目の前の美顔にドギマギしているからではなく、純粋な生命の危険を感じたからだと自分に言い聞かせる。
「脅されて起きるの、目覚めが悪いからやめてよ!」
「起きないからでしょ。あと、もうお昼ね」
にこやかな笑みでとんでもないこと言ったぞ、おい。
「お、お昼……!?」
慌てて室内を見回し、壁に掛かった時計に目をやる。長針と短針がほぼ真上を指していた。
……うわ、本当だ。やってしまった。
とりあえず「着替えるから出てって!」と変成くんを部屋から追い出し、のそのそと身支度を始めながら息を吐く。
時計を見ると、もうすぐお昼だ。確か午後から閻魔に呼び出されていたっけ。
「正直気乗りしないんだよね〜」
今まで、あの手の呼び出しでまともな用事だった試しがない。
『仕事めんどい、ぴえん』とか。
『仕事多すぎ、ぴえん』とか……。
……挙げだしたらキリがない。
憂鬱な気分を抱えたまま、私は重い足取りで閻魔庁へと向かった。
***
「秦広王、来てくれたんだね!」
「……」
――言葉が出ない。嫌な予感しかしないと思っていたが、甘かった。嫌な予感どころか、嫌な現実しか存在しない。
目の前には、太い縄でぎゅうぎゅうに緊縛され、床にへたり込んで土下座をしているのは閻魔だよね?
「え、何してんの……?」
呆れ果てて声をかけると、いじいじと上目遣いでこちらを見てきた。
「いやぁね〜、地獄の扉を開けっ放しにしながら寝ていたら亡者達、逃げちゃった☆……それで反省してます」
逃げた亡者の数を想像するだけで頭が痛くなってきた。何百人、いや何千人が今頃現世のあちこちを彷徨っているのだろう。
すると私の後ろから現れた他の十王の面々が、閻魔庁の倉庫から発掘してきたであろう業務用の特大バーベキューコンロや木炭、トングを持ってゾロゾロと集まってきた。
みんな目がガチだ。
「秦!今日はバーベキューだよ〜」
「え、僕、焼かれる?」
「炭火焼きが良いですか?それともじっくりウェルダンで燻製にしますか?」
「あーん、めっちゃキレてるー」
縄で縛られたまま、床をごろごろと転がって逃げようとする閻魔。
それを手慣れた手つきで囲み、「おめーら今日の昼飯は肉だー!」「火ィ起こせー!炭を追加しろ!」と、むしろ楽しそうにはしゃぎ始める十王と獄卒達。
煙がモクモクと立ち込め始め、どこからかうちわを持ってきてパタパタと仰ぐ者まで出てくる始末だ。
……うん。
これはもう、止めるだけ無駄かな。
(よーし、焼肉のタレ買ってこよーっと!)
切実に問いたい。
朝起きると、家族でも何でもない男友達が至近距離で自分の部屋にいた時、人間は一体どういう対処法を取るのが正解なのだろうか。
選択肢A、とりあえず殴る。
選択肢B、近所迷惑を顧みず悲鳴を上げる。
選択肢C、寝起きの頭で顔面に見惚れる。
結論。私はそっと目を閉じた。
現実逃避一択である。
よし、これは夢だ。悪夢の類だ。
一度リセットしよう。目を開けたら、そこにはいつも通りの天井が広がっていて、鳥のさえずりが聞こえて……今日の朝ご飯は美味しい焼き魚が良いなぁ。鮭の塩焼きとか最高だよね〜。
しかし、目の前の男はそんなささやかな抵抗すら見逃してくれないらしい。
「……十秒以内に起きないと等活地獄に堕とすよ」
ガバッと布団から飛び起きた。
畳の上に眠そうにあぐらをかきながら座っているのは、十王仲間の変成王。
外見だけならば、整った顔立ちだろう。
細身ながら和服を粋に着こなす均整の取れた体格で、背丈は私より少し高い。
光も輝く白銀の髪は毛先にやや癖があり、絹の糸をも凌ぐ柔らかさ。
が、常に笑みを浮かべながら物理攻撃を叩き込むため、一部の獄卒からは『爽やかサイコパス』なんて囁かれていたりもする。
私―――秦広王は十王の一人。
生まれ育ったのは『冥府』と呼ばれる、生者には縁のない世界。
そして私達十王は、生前の行いによって亡者を裁く10人の冥府の王。
……なんだけど。
十王の長であり、冥府の総支配人である閻魔大王は、ぶっちゃけポンコツすぎて笑えない。
人道には『嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれる』という恐ろしい迷信があるらしいが、現場を知る身内からすれば全然そんなことはない。
昔、閻魔がちょっと格好つけて厳しく亡者を裁こうとしたら、亡者達による大ブーイングと大暴動が起き、メンタルをやられた閻魔が三日三晩寝込んだ。
……冥府の王の威厳って何だっけ?
(あ、元からなかったわ……)
心の中でセルフノリツッコミを入れながら、私は乱れた布団を蹴飛ばしたまま仰向けにのけ反り、目の前の変成くんを凝視した。
自分の心拍数がまだ早いのは決して目の前の美顔にドギマギしているからではなく、純粋な生命の危険を感じたからだと自分に言い聞かせる。
「脅されて起きるの、目覚めが悪いからやめてよ!」
「起きないからでしょ。あと、もうお昼ね」
にこやかな笑みでとんでもないこと言ったぞ、おい。
「お、お昼……!?」
慌てて室内を見回し、壁に掛かった時計に目をやる。長針と短針がほぼ真上を指していた。
……うわ、本当だ。やってしまった。
とりあえず「着替えるから出てって!」と変成くんを部屋から追い出し、のそのそと身支度を始めながら息を吐く。
時計を見ると、もうすぐお昼だ。確か午後から閻魔に呼び出されていたっけ。
「正直気乗りしないんだよね〜」
今まで、あの手の呼び出しでまともな用事だった試しがない。
『仕事めんどい、ぴえん』とか。
『仕事多すぎ、ぴえん』とか……。
……挙げだしたらキリがない。
憂鬱な気分を抱えたまま、私は重い足取りで閻魔庁へと向かった。
***
「秦広王、来てくれたんだね!」
「……」
――言葉が出ない。嫌な予感しかしないと思っていたが、甘かった。嫌な予感どころか、嫌な現実しか存在しない。
目の前には、太い縄でぎゅうぎゅうに緊縛され、床にへたり込んで土下座をしているのは閻魔だよね?
「え、何してんの……?」
呆れ果てて声をかけると、いじいじと上目遣いでこちらを見てきた。
「いやぁね〜、地獄の扉を開けっ放しにしながら寝ていたら亡者達、逃げちゃった☆……それで反省してます」
逃げた亡者の数を想像するだけで頭が痛くなってきた。何百人、いや何千人が今頃現世のあちこちを彷徨っているのだろう。
すると私の後ろから現れた他の十王の面々が、閻魔庁の倉庫から発掘してきたであろう業務用の特大バーベキューコンロや木炭、トングを持ってゾロゾロと集まってきた。
みんな目がガチだ。
「秦!今日はバーベキューだよ〜」
「え、僕、焼かれる?」
「炭火焼きが良いですか?それともじっくりウェルダンで燻製にしますか?」
「あーん、めっちゃキレてるー」
縄で縛られたまま、床をごろごろと転がって逃げようとする閻魔。
それを手慣れた手つきで囲み、「おめーら今日の昼飯は肉だー!」「火ィ起こせー!炭を追加しろ!」と、むしろ楽しそうにはしゃぎ始める十王と獄卒達。
煙がモクモクと立ち込め始め、どこからかうちわを持ってきてパタパタと仰ぐ者まで出てくる始末だ。
……うん。
これはもう、止めるだけ無駄かな。
(よーし、焼肉のタレ買ってこよーっと!)



