当方エスパーにつき

「珍しいね。祐希が誘ってくんの」

大晦日のファストフード店。
向かいの席に座る陽翔はポテトをつまんでいる。

「ちょっと相談あって」

俺がそう言えば、陽翔はその手をぴたりと止めた。

永井に告白されてからもう一週間。
答えは一向に出ないでいる。

それもそうだ。永井を恋愛対象として見たことは一度だってない。
簡単に答えなんて出るはず無かった。
それに、いかんせん俺は恋愛経験がない。
一人で考えるのにも行き詰まりを感じていた。

「陽翔は好きってなんだと思う」

「え、何急に。まさか告白された?」

「まあ、うん」

「まじか。でも、相談してくれんのはうれしいんだけど、恋愛経験ないんだよね俺。大丈夫そ?」

陽翔の意外な発言に俺は驚いた。
陽翔に声をかけたのは、相談できるような相手が陽翔しか思いつかなかったことも大いにあるが、勝手に恋愛経験豊富だと思っていたからだ。
しかし、陽翔に恋愛経験がなくとも、話を聞いてもらえるだけでありがたい。
俺はそれでも大丈夫だという意味を込めてぶんぶん首を縦に大きく振れば、さっきまで不安そうだった陽翔はほっとしたような表情を見せた。

「好きね。うーん、なんだろ」

陽翔は難しい顔でしばらく考え込むと、携帯を取り出して何やら調べ出した。

「AIは相手をもっと知りたいとか一緒にいたいという感情とか言ってるけど」

陽翔は一呼吸置いてから続けた。

「まあ、言われてみれば一緒にいたいっていうのは確かにそうかも。独占欲的な?」

独占欲。一理あるかもしれない。

じゃあどうだ?
永井と遊ぶのは楽しい。
2人で遊ぶことも増えた。
でも、永井を独り占めしたいかと聞かれれば、そんなことはない。

「まあ、でも付き合うなら、そういうことしたいって思えるかじゃない?」

そういうこと。
つまり恋人同士の触れあい。
手を繋いだり、ハグをしたり。それ以上のことだって。

俺が永井と…?
全く想像がつかない。
だって、今までそんな風に見たことなかったし……。
いやだから今こうして考えてるのであって……。

「相手はさ、祐希がエスパーだって知ってんの?」

何気ない陽翔の質問に俺は思わずぎくりとする。

俺はまだ自分がエスパーである事を永井に言えていない。

言おうとはした。
でもそれどころじゃなくなってしまったから。

「まだ知らない……けど言うつもり」

誓いだなんだと言って携帯のケースに挟んだコーン署長も、もうすっかり見慣れてしまった。

覚悟を決めたつもりだったのに。

修了式の日。
永井に話を譲ったのは、俺の中に恐怖心があったからだ。
だから逃げた。

「あ、言うつもりではいるんだ」

「え、なんで?」

「だって、エスパーだってバレたら、ずっと隠し事してたの?そんな人やっぱ好きじゃない!って相手がなるかもしんなくない?それで告白無かったことなるかもしれないし。もし、告白受ける可能性が少しでもあるなら、言わない方がいいんじゃない?」

そこで俺はハッとする。
俺は永井を信頼しているから、自分もエスパーだと明かそうと思った。

それはきっと永井も同じだったはずだ。

だから今になってこの事実を明かすということは、俺が今まで永井の事を信頼していなかったと本人に伝えることと同義なのだ。

そうすれば気持ちが変わってもおかしくない。

「秘密のない人なんていないと思うし。別に黙ってたら分かんないじゃん」

「でも……言う」

陽翔の言う通り、普通なら言わない限りバレないだろう。

でも永井は心が読める。

だから、永井に知られる前に、俺の口からきちんと言いたい。
それはバレるのが怖いからじゃない。
永井にきちんと向き合いたいからだ。

「祐希は真面目だなー。まあ、一颯は嘘とか隠し事とか嫌いなタイプかもね」

「な、なんで永井が出てくんの」

「だって、最近の一颯やたら祐希のこと気にするし……」

「気にするって?」

「勉強会だって誘ったら、小泉は来んの?てさ。修学旅行の時だって……まあ、それは置いといて。何かにつけて祐希の名前を出すわけ。で、そんなところに祐希の相談でしょ。点と点が線で繋がっちゃったよね」

名探偵さながらの推理を披露した陽翔は、かけてもいない眼鏡をクイっと押し上げる動作をしてみせた。

「じゃあ、最初から気づいて……?」

「そうなるね」

バクバクと心臓がすごい速さで鳴っている。
気持ちを落ちつけるためにと、俺は平静を装ってコーラに手を伸ばす。
しかし、その手はしっかり震えていた。

滑稽すぎる俺を見て陽翔は笑いをかみ殺しながら言った。

「そ、そういえば、今日初詣に誘おうと思ってたんだけど……そんなことになってるなら祐希行かないよね?」

聞けば、陽翔は昨日たまたま部活終わりに木下と会い、そこで初詣の話が出たらしい。
でも2人で行くのはなんだから。と木下は陸と織田に陽翔は俺と永井に声を掛けてみるということになった。
俺とは今日会う予定があったから、その時に誘えばいいと思ってメッセージを送ることはしなかったが、会う予定のない永井にはすでに連絡済み。
そしてさっき行くと返信が来ていたらしい。

「いや、行く」

俺が即答したのが意外だったのか、陽翔は目を丸くした。

話を聞いたとき、永井に自分がエスパーだと伝える絶好の機会だと思った。
初詣という名目で集まった後なら、解散後どこかの店に誘うなり、帰り道なり永井と二人きりになるチャンスはいくらでもある。
そのタイミングで伝えられるのでないかと思った。

卑怯かもしれないが使える手は使う。

もう逃げない。


初詣の集合場所として指定されたのは高校の最寄り駅。
その西口。

まだ、集合時間には早いがそこにはすでに永井の姿があった。
俺は恐る恐る声を掛ける。

「おはよ。早いね」

「はよ。そっちこそ」

永井の態度はちっとも変わらなかった。
逆に普段通り過ぎて、告白なんて無かったのではないかと錯覚してしまいそうだ。
でも、俺は意を決して切り出す。

「今日さ、初詣の後時間ある?」

「ある」

即答だった。

「じゃあ、よろしく」

自分で言っておいて何がよろしくなのか全くわからないが、ひとまず約束を取り付けることには成功した。

それから俺たちは話すことなく、集合時刻ぴったりに陽翔。
少し遅れて木下と織田がやって来て、今日参加するメンバー全員が揃った。

「なんで練習着?」

陽翔は木下と織田を指さした。

「午後から部活なんだよ」

「正月から部活とか、ほんとありえないよな」

木下と織田は口々に不満を漏らした。

「じゃ、時間あんまないし行こうぜ」

木下は先陣を切って歩き出す。俺達もその後に続いた。


「結構混んでるね」

隣にいる陽翔は手をすり合わせ、ハーっと息を吐く。
かれこれ三十分以上は並んでいるが列は一向に進まない。
参拝までには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「そういえば、陸いないの珍しいね。こういうの絶対参加するタイプじゃん」

陽翔の何気ない一言で、後ろで楽しそうに喋っていた織田と木下はピタリと静かになった。

「え、なんかごめん」

喧嘩でもしたのだろうか。
いや、それにしても2人がこんな反応をするなんて、まさか怪我か事故?

そんな心配をしていたら、木下が低い声で答えた。

「奴は彼女とデートだって」

「「え」」

思わず俺と陽翔は顔を見合わせた。

「あー、ずるい、ずるい。ほんとずるいよな?なんで俺には彼女できないんだよ」

「陸ばっかりモテてさー。ほんと不公平だわ。あー、お賽銭めっちゃしたら彼女できたりしないかな」

これにはさすがに俺も陽翔も、後ろにいた永井も大きなため息をついた。
全く心配して損した。

「みんなして何その反応」

当然の反応だったと思うが、どうやらこれが木下と織田のスイッチを入れてしまったようで。
彼女が欲しい。だけどモテない。
木下と織田による演説が始まってしまった。
2人の演説にはどんどん熱が入る。

かれこれもう何十分たっただろうか。
そろそろ参拝の順番が回ってきそうだ。

「あー、ところでさ。陸の彼女ってどんな子なの?」

2人の話に割り込んだのは陽翔だった。
大方二人の話に飽きたのだろう。

「知らない。だって一回も会ったことないし」

「え?一回も?」

木下の返答は意外なもので、驚いた俺と陽翔は思わず振り返る。

「そうそう。これがひどい話でさ。陸が会わせてくんないの。彼女練習試合とか見に来てんだよ?そん時にちょっと話とかさせてくれたっていいじゃんね?まあ、彼女大事にしてんのは分かるけどさ……」

木下はもごもごと口ごもる。木下を揶揄うように織田が言った。

「こいつ陸の事大好きだからさ、拗ねてんの。隠し事されたって」

「拗ねてねーし。それに別に好きじゃねーから」

「いや、いつも陸の事すごいすごいって言ってんじゃん。それに陸みたいにな……いだだだ」

織田の腕を捻り上げる木下の顔はそれはそれは赤かった。

「お参りしたら、屋台回る。全制覇するまで終わんないから」

木下は吐き捨てるように言う。

「分かったから。て、手離して。千切れる」

ほんと2人は相変わらずだ。


料理を買い込んで訪れた初詣期間の臨時休憩所。
陽翔はさっき買った焼きそばを一口食べて、感嘆の声を漏らした。

「やばい、めっちゃうまい。ちょ、祐希食べてみ」

一口分の焼きそばをつかんだ箸が口元に運ばれてくる。
パクリと食べれば、たちまちソースの香ばしさが口いっぱいに広がった。

「うっま」

「だよね?じゃあ一颯も。ほら口開けてー」

陽翔は俺にしたように焼きそばを永井の口元へ運ぶ。
永井が素直に口を開けたので、箸はそのまま永井の口の中へ。

か、間接キス!

永井と回し飲みや回し食べは普通にしていた。
別に今までは何とも思わなかったのに。
告白されるとこうも意識してしまうのか。

しかし、こんなにどぎまぎしているのは俺だけらしい。
永井は顔色一つ変えることなく、焼きそばを味わっていた。


「俺ギブ。もう食えんわ」

一番に根を上げたのは織田だった。
ここまでたこ焼き、焼きそば、フランクフルトなどなど。
屋台全制覇とはいかないが、それでもかなりの店の料理を食べたと思う。
俺の腹もそろそろ限界だった。

「早くね?俺まだ甘いの食べたりないけど」

木下は再び買い出しに行こうと財布を手にしていた。

「いやもうほんと無理。ってかお前もこの辺で辞めないと絶対やばいから。部活動けなくなんぞ」

「……分かった。じゃあ、最後あれだけやりたい」

織田の忠告をしぶしぶ受け入れた木下が指さしたのは、休憩所からほど近いところにある射的の屋台だった。

「射的?なんで?」

「ずっとやってみたかったから」

もじもじと木下は恥ずかしそうだ。

「だってさ。俺はいいけどみんなどう?」

織田は俺達三人を見回す。
もちろん反対する者はいなかった。


「どっちが多く景品落とせるか。な?」

嬉々として銃を構える木下は織田にそう言った。

「望むところじゃん。俺、結構うまいけど」

2人のやり取りを見ていた陽翔はおもむろに財布を取り出した。

「勝負?楽しそうじゃん。俺も混ぜて。あれ、一颯も?」

そんな陽翔に続くように、永井も財布から小銭を取り出していた。
俺は見ているだけのつもりだったのだが、こうなってしまったら自分だけやらないというのも変な感じがする。
俺も慌てて財布を取り出す。

「全員やる感じ?ぜってぇー勝つ」

「俺、織田には負けねぇから」

まずは自信ありげな織田と木下から。弾は全部で五発。先に撃ったのは織田だった。

「くっそあたんねぇ」

「結構うまいんじゃなかったの?」

木下は織田を揶揄うと、真剣な顔つきで狙いを定め引き金を引く。

「外してやんの」

「次は当てるし」

2人はそんな調子で交互に弾を撃ち合っていった。


「負けた……」

「まあ、経験の差ですかね」

結果は織田の勝ち。さすが得意と言っていただけある。
次は俺と陽翔の番。

「小泉頼んだぞ」

木下は神妙な顔つきで俺に銃を手渡した。ずっしりとした重みが手のひらにかかる。

俺は銃口にコルクを詰めると、中段にある小さな菓子の箱に狙いをつけ引き金を引く。
しかし、コルクの弾は想定よりもやや下、景品が置かれている棚に当たってしまった。
俺が再び銃口にコルクを詰めていると、隣からは陽翔の残念そうな声が聞こえた。

「あー、やっぱ当たんないか」

ちらりと陽翔の方を見れば、弾はあと二発。
かなりハイペースで撃っているようだ。

そして俺が三発目を撃ったところで、陽翔は銃を台の上に置いた。
どうやらもう全弾撃ち尽くしたようだ。
そして陽翔と入れ替わるように、俺の隣に永井がやって来た。

永井は流れるように準備を整え、銃を構えるといとも簡単に駄菓子の箱を撃ち落としてしまった。
俺は呆気にとられながらも、自分の手元に再び集中する。

そして、全弾撃った結果は、獲得景品ゼロ。
やはりそう上手くはいかないものだ。
俺はトボトボと後ろに下がり永井の様子を木下達と一緒に眺めていた。


「永井めちゃくちゃうまいじゃん」
景品入りのビニール袋を手に戻って来た永井に織田が興奮気味に声を掛ける。
なにせ永井の撃った弾は全弾命中。これは織田を上回る記録だった。

「別に……」

永井は無表情で答えると、おもむろに手に提げていたビニール袋から景品をひとつずつ取り出して、俺たちに順々に手渡していく。

「くれんの?」

「菓子あんま食わないから」

「そうなん?じゃあ貰うわ。サンキュー」

木下は貰ったキャラメルの箱を開けさっそく、一粒口に放り込んだ。

織田はラムネ、陽翔はチョコレート、永井が俺に手渡したのは『ベジデカ』の食玩だった。

「あ、ありがと……」

ビニール袋から景品を出すとき、誰にどれを渡すか選んでいる様子は無かった。
でも、俺にこれを渡してくれたのは絶対に偶然じゃない。
ほんとさらっとこういうことすんだよな……

小さな優しさがなんだかくすぐったかった。



「小泉もうちょい永井の方寄って」

内カメラにした携帯を掲げた木下が言う。

解散前に写真を撮りたい。
木下たっての希望で俺たちは大鳥居の前にいた。

俺は指示通りに半歩横へズレる。
永井との距離はほんの数ミリ。
意味もなく鼓動が早くなる。

「お、入った入った。じゃあ撮るよー」

パシャ。
木下の声掛けでシャッターが切られる。

「いい感じに撮れたわ。写真送るからちょっと待って」

木下が言い終えてすぐ、携帯から通知音が鳴る。
送られてきた写真を見るために、携帯を取り出した時だった。

織田が切羽詰まった声で言った。

「時間!やばい。マジで部活遅れる」

「ほんとだやっばい。じゃあ俺ら行くわ。またな!」

木下と織田はバタバタとあわただしく走り去っていった。

「じゃあ、俺らも帰りますか」

「あ、いや俺は……」

この後は永井と予定がある。
昨日のうちに、永井と落ち着いて話ができそうな場所の目星はつけてあった。
この神社からほど近いところにある大きな公園。
だから今、陽翔と一緒に駅に向かうわけにはいかない。
必死に断る理由を考えていると、陽翔は何かを察したような表情を見せた。

「じゃあまた学校で」

陽翔はそう言い残して、一人で駅の方に歩いて行ってしまった。


神社のトイレに行った永井を待っている間。
俺はさっき木下が送ってくれた写真を眺めていた。

やっぱり俺、変な顔してる。
上がり切らない口角がなんとも言えない表情を作り出していた。

それに比べて永井は……。
相変わらずの仏頂面だが、無表情な分均整の取れた顔立ちが際立ち、いっそうイケメンに写っていた。
無加工でこの写りの良さは本当にうらやましいかぎりだ。

それにしても今日は楽しかった。
またこうやって遊べたら。
今度は陸も一緒に。あ、でも陸は彼女優先か……。

じゃあ、永井とも?

ふとそんな考えが頭をよぎった。

もし俺が告白を断ったら。
永井は別の誰かを好きになる?
それで恋人なんかできたりしたら?
きっとこうやって遊ぶことも少なくなる。

それは……なんか嫌だ。

受験が終わったら、また2人で遊んで。
卒業旅行とかも2人で行ってみたい。
他にももっと……。

『独占欲的な?』

陽翔の言葉が脳内でこだまする。

俺は永井を他の誰かに取られたくない?
永井の特別になりたい?

「ごめん。待たせた」

永井の声で我に返る。俺、何考えてた?

「だ、だいじょぶ。全然、ほんと全然」

「なんかあった?」

永井が心配そうに俺を見る。

「なんもないから。行こ」

俺は出口に向かって、早足で歩きだす。
今は永井と並んで歩ける気がしない。

永井がついてきていることを確認しながら、俺は永井の少し先を行く。

砂利道の境内は足元が悪い。
俺は数メートル歩いたところで砂利に足を取られて盛大に転んでしまった。

「小泉!」
やや後ろから聞こえた、永井の声。
そして、こちらに駆け寄ってくる足音。

「大丈夫ですか?」

頭上から聞こえたのは女性の声だった。

急いで起き上がろうと地面に手を付くと、手のひらがチリと痛む。
多分手を擦りむいている。
でも、俺はそんな痛みを気にせず立ち上がった。

目の前に立っていたのはセーラー服を着ているおそらく同い年くらいの女子だった。
彼女は俺の顔を覗き込むようにして尋ねた。

「頭とか打ってないですか?」

「大丈夫です。なんかすいません」

「いえいえ。平気そうでよかったです」

彼女はふわっとやわらかい笑みを浮かべる。

やや遅れて駆け付けた永井は珍しく慌てた様子だった。

「平気?」

「平気。こけただけ」

俺が半笑いで答えると、永井はムッとした表情で距離を詰めてくる。
そして、永井は俺の手を指さした。

「擦りむいてる」

痛みで確信はしていたが、俺の手の平は擦り剝け、血は手首のほうまで垂れていた。

「こんくらい平気だって」

「よくない。洗わないと」

俺が渋ると、永井は俺の腕をつかんだ。
そして、無理やり来た道を引き返そうとする。
多分水道のあるトイレに向かおうとしているのだ。

「ほんとにいいって。血はティッシュで拭くし」

「心配だから」

俺の腕をつかむ力がぎゅっと強くなり、永井の不機嫌そうな声が聞こえてくる。

(小泉はすぐ自分の事ないがしろにする)

普段から自分の事をないがしろにしているつもりなんてない。
今だってそうだ。
こんな擦り傷なんて事ないから、わざわざ永井の手を煩わせたくなくて。

ジワリと涙が込み上げる。

永井は優しい。

ゲーセンの500円。
ショーの動画。
『ベジデカ』の映画を観るために、わざわざ原作を読んできてくれた。

永井の優しさは他にももっとたくさん。

俺は永井の優しいところが好きだ。
あと、本音で話してくれるところも。

俺はそんな永井の隣にいたい。

気づいてしまえば、もう見て見ぬふりはできなくて。
俺は永井が好きなんだ。


「菜穂ちゃん!急にどっか行かないでよ」

突然大きな声がしたので振り返ると、大柄な男子がセーラー服の女子の隣に立っている。

「ごめんってば」

「ほんと心配するから。もうやめて」

「はいはい」

2人の年齢は同じくらいに見える。
それに随分親し気な様子からすると、カップルだろうか。

「で、そっちの人たちは知り合い?」

男子は俺たちに視線を移す。

「あの。転んだ俺を心配して駆けつけてもらって……」

「え、大丈夫ですか?」

「全然だいじょぶです。ほんとありがとうございました」

「でも、手から血が出て……」

「大丈夫だって言ってるでしょ。ほら行くよ」

セーラー服の女子は大柄な男子の手をするりと取る。そしてそのままごく自然に指を絡めた。
男子を半ば引っ張るような形で、2人は雑踏の中へ消えていった。



公園の入り口をくぐると、目の前には大木がそびえ立っていた。

「金木犀」

永井がつぶやいた。

「なんで分かんの?」

「好きだから。金木犀だけ見分けつく」

「そっ、か」

好きだから。今のは俺に向けられた言葉ではないのに、ドクンと心臓が跳ねた。

金木犀の横を通って道なりに進む。
するとちょうど東屋があった。
ちょうどあたりに人もいないし、俺たちはそこで腰を落ち着けることにした。

「ごめん、わざわざ」

「別に。午後予定無かったし」

「そっか……」

早く言わないといけないのに。言葉が喉につかえてなかなか出てこない。

ぐずぐずしていたら、永井が確信めいた顔で聞いた。

「こないだの返事?」

「ち、違う。その、俺。永井に言わないといけないことがあって。あの、俺。」

「ゆっくりでいいよ」

永井がクスリと笑う。
俺は深呼吸をして心を落ち着けてから、正面に座る永井の顔をしっかりと見る。

「俺も人の心読めるんだ。ずっと黙っててごめん」

永井はピクリとも表情を変えなかった。そして、いつもの声色で言う。

「何となくそんな気してた」
「え、なんで」

「俺がエスパーだって言った時、小泉はどうやってって聞いたから。大体冗談だと思って流されるのに、小泉は疑いすらしなかったし。それに言ってないはずなのに俺があのアイス好きだって知ってたから」

一世一代の告白は拍子抜けするほどあっさり終わってしまった。

「あ、でも。俺永井にずっと隠し事してきたわけだし……。気持ちとか変わったり……」

「しない」

即答だった。
そして、永井はきっぱりと言い切った。

「俺は小泉が好きだし、付き合いたいと思ってる」

「俺は……永井の気持ちには答えられない」

永井があまりにまっすぐに言うから。
後日きちんと伝えるはずだった返事が、気づけば口に出ていた。

「……分かった。最後に一つだけ。」

永井は絞り出すような声で言った。

「俺の事どう思ってる?」

「え」

「小泉が良ければ、また友達として関係続けたい。一緒にいんの楽しいし。また遊んだりしたいから。無理ならそれでいいから」

「俺は……」

永井が好きだ。

好きなんだ。だけど……。

「と、友達だと思ってる……」

あんなことを伝えても永井を困らせるだけだから。だから、あえて本当の事は言わないでおくことにした。

「気使わせてごめん。本音言わないのが優しさだって分かってるけど……ごめん」

永井は突然俺の左肩をつかむと、勢いよく外へ向かって押す。
俺の体は右へねじれて、流れるように永井と目が。

「なに?これ」

俺は寸でのところで永井の両目を覆うことに成功していた。

「ちゃんと俺の口から話すから。だから……聞いても幻滅しないでほしい」

永井は黙って頷いた。

俺は永井の目を覆っている手をそっと外す。
それは、触れていると永井の本音聞いてしまうから。
俺はそれを知るのが怖い。
きっと、これからする話を聞けば永井は俺を嫌いになるから。

「俺は永井の事好きだよ。でも、永井と手つないだりとか、そういうことしたりする想像がつかなくて」

神社で会ったあのカップル。
2人が去り際に自然に手を繋いでいるのを見た時、俺は永井とああなれる未来が見えなかった。
そもそも俺の恋愛対象は女性なのだ。
男性である永井をそういう風に見れないのはある意味自然なこと。
でも、俺は確かに永井が好きなのだ。
だから好きな相手に対して触れたいとかそういう欲求を抱くのは自然なはずなのに。なのに、俺は。

震える声を誤魔化すように咳払いをする。

「でも、永井に他に好きな人ができるのは嫌で」

ああ、言ってしまった。
俺は俯いてテーブルの木目をじっと見つめる。

こんな最低なことを言ったのだ、永井の言葉はどんなものでも受け止めようと思っていた。
なのに、永井は何も言わない。

呆れてる?それとも怒ってる?やっぱり俺の事嫌いになった?
永井を見ようにも怖くて前が向けない。

「ごめん、自分勝手で」

視界がぼやける。

人に嫌われるのが怖くて、いい人を演じてきた。
本音は飲み込んで、相手の望むとおりに。
そのために力を使って。

でも、どんなに俺が相手の理想通りに動いても、陰口を言われることも、嫌われることもあるわけで。
あの時、ああ言わなければ。逆にああ言っていたら。失敗するたびに考えずにはいられなかった。
そのせいか、いつの間にか俺は誰にも本音を言えなくなっていた。

だから、今すごく怖い。
永井に言ったこと、あれは俺の本音だから。
嘘偽りのない、心からの言葉だから。
溢れそうになる涙を堪えるために、俺は唇を強く噛み締める。

「あのさ」

永井の声に俺は体を震わせる。

「小泉が告白断ったのは、俺と恋人らしい振る舞いができないからってことでいいの?」

まるで子供に話しかけるような柔らかい声。
俺は肯定の意を伝えるために、ゆっくり頷く。

「分かった。なら付き合おうよ」

「意味分かんないんだけど」

永井のあまりに素っ頓狂な返答に出かけていた涙も引っ込んだ。

「小泉は俺の事好きなんだよね?」

これは事実なので素直に頷く。

「お互い好きならそれでよくない?」

「でも、それじゃ……」

「恋人になったからって、恋人らしく振る舞わなきゃいけないわけじゃないと思うけど」

「それだと友達と変わんないじゃん」

「そうかもしれないけど、大多数の内一人から唯一になる。特別になる」

特別。それは俺が望んでいるもの。

「永井は、それでいいの」

俺もそうだが、永井も健全な男子高校生。
性欲だって当然あるはず。
恋人ができれば大抵の場合その欲は、恋人に向けられる。

だから、俺と永井が恋人になれば、永井から俺に向けられるであろうその欲を。
俺は永井の性欲を満たしてあげることはできない。
きっと永井に我慢を強いることになる。

「いいもなにも、俺は小泉を誰かに取られたくない。小泉の一番になりたいだけだから」

永井は俺の手をそっと取る。

「嘘じゃないから」

あの日、信じてほしくて俺が永井の瞳を見たように。

握られた手から伝わってくるのは今聞いた通りの言葉で。

「だから、俺と付き合ってほしい」

永井は俺の手を両手で包み込むように握る。そして懇願するように言った。

「うんって言って」

俺は顔を上げて永井をしっかり見据える。
でもその姿は段々とぼやけて。頬が濡れる感触がした。

「うん」
俺が答えれば、永井は嬉しそうに笑った。