当方エスパーにつき

修了式終わりの下駄箱。
先に待っていた永井は、俺が靴を履く様子を見ながら言った。

「テストどうだった」

「俺は……いつも通り。あ、でも数学はちょっと良かった」

せっかくの勉強会も虚しく俺の成績は振るわなかった。
それも、永井が陸の事を好きだという衝撃の事実が頭をちらついてしまい、勉強に集中できなかったからだ。

だだ、今はそんなことよりも重要なことがある。
俺もエスパーであること。
今日言うと決めていた。

「あのさ」

「小泉さ」

こんな時に限って、永井と話し出すタイミングが重なってしまった。
俺の話は場合によって拗れるかもしれない。
だから俺は永井に先に話すよう促した。

「明日空いてたら、映画とかどう?」

明日は冬休み初日。
特に予定は無い。

「いいよ。なんか見たいのあんの?」

「ベジデカ」

永井の口から出たのは、思いがけない映画のタイトルだった。

「え、永井興味ないじゃん」

「チケット余ってるから。妹と行くつもりで買ったけど、急に行けなくなったっていうから」

「あー、そういえば陸も行きたがってたなあ」

少々わざとらしかった気もするが、俺は永井の恋を応援したいのだ。

「前田?なんで?」

「陸も『ベジデカ』好きなんだってさー」

「だから?」

なかなか思い通りにはいかないものだ。
だって、永井は陸のこと好きなんでしょ?と言えれば簡単なのだが。
でもそんなこと口が裂けても言えない。

「俺と2人だと嫌?」

渋る俺に永井は悲しげな声で聞いた。

「嫌じゃないけど……」

「けど……?」

「い、行きたい!めっちゃ行きたい!」

俺だってめちゃくちゃ行きたいわ!
やっぱり、いらぬ気づかいなんてするもんじゃない。

「じゃあ、決まりな」
永井は顔をほころばせる。

ただ映画に行くだけなのに、そんなに喜ばれるとなんだか照れくさい。
2人きりで遊ぶのなんてもう珍しいことでもなんでもないのに。
ついこの間だって放課後カラオケに行ったし。
なのにこのテンションは……?

結局こんな雰囲気では俺がエスパーだと明かすこともできず、俺は金曜の午後11時に駅前で待ち合わせという約束を交わして永井と別れたのだった。



エンドロールも終わり劇場内に明かりが戻る。
俺は言わずにはいられなかった。

「めっちゃ面白かった」

『劇場版・ベジデカ』は、それはもう最高の映画だった。
ストーリーは原作を知らない人も楽しめる内容かつ、劇中はコアなファンの喜びそうな小ネタが数多く仕掛けられていた。
映画オリジナルストーリーということだったが、しっかり原作につながる話になっていたし……。
とにかく最高だった。
たった今見終わったばかりだが、俺はもう一度見に行くことを決めていた。

「いやほんと、あのラストシーンはまじで……」

俺はハッとした。
興奮のあまりここで長々と感想を語ってしまうところだった。

手早く荷物をまとめて席を立つ。
出入り口に続く階段を下っていると、後ろを歩く永井が関心した様子で言った。

「レディートマト編絡めてんのが上手いよな」

「え、永井なんで知ってんの?」

確かに、ラストシーンでレディートマト編につながるような演出があった。
そもそも『ベジデカ』を見たことのない永井がなんでレディートマト編の内容を知っている?

「全部見てきたから」

「え、アニメ?」

「いや、漫画も。妹に借りたから。映画見るなら内容知っといた方がいいと思って」

「いつの間に……」

「アニメはテスト終わってから。で、漫画は昨日読み終わった」

俺は言葉が出なかった。
永井はさらりと答えたが、これはそんなに簡単なことではない。
全教科のテストが終了したのはつい一週間ほど前。アニメ一話はほんの二、三分程度だが話数は400話近くある。
それをこの短期間で全て見終える、加えて漫画も既刊全巻読破ともなれば流石に驚くだろう。

でもそれなら。

「感想会しよう!」



俺は感想会の場所として映画館からすぐのファミレスを選んだ。
それは長時間いても問題ないからだ。

店内に入ると、すぐにアルバイトらしき従業員がやってきて2人がけの席へと案内された。
永井は席に着くなり、注文用のタブレットを手に取った。
そして、迷いのない手つきで操作すると、すぐに俺に手渡した。

受け取ったタブレットで注文カゴを確認して見れば、すでに大盛のパスタとドリンクバーが選択されていた。
俺は映画館でポップコーンを食べたので空腹感はあまりない。
だから、ドリンクバーとパフェを選んで注文を送信した。

「先行ってきていいよ」

永井にドリンクバーの順番を譲り、席で荷物を見ているともう俺の頼んだパフェが運ばれてきた。

「お待たせしま……。あれ、小泉?」

聞き覚えのある声。まさかと思って、顔を上げれば想像通りの人物がいた。

「照井」

「えー、偶然。どっか行ってきたの?」

「映画に」

「まさかデート?」

「違うって。友達と」

「だよね」

そう言って照井はケラケラと笑った。
俺に彼女なんていなくて当然みたいな反応は少し腹立たしかったが、生まれてこのかた彼女ができたことはおろか、告白なんてされたこともない。
最近、陽翔や陸たちみたいな陽キャと一緒に過ごす時間が多かったせいで忘れかけていたが、俺は根暗だしコミュ障。
おまけに容姿だって冴えないし、こんな反応をされても当然だ。

一人で勝手に傷ついていると、照井は急に申し訳なさそうに言った。

「こないだはごめん。迷惑だったよね。なのにわざわざ連絡もくれて。ほんとごめん」

照井達とフードコートで会った日。
俺は自宅に戻ってから照井に連絡を入れていた。

『やっぱり永井、連絡先教えたくないらしい』

照井達も分かっていたと思うし、改めて連絡を入れる必要は無かったのかもしれない。
でも、なんかもやもやするから。
俺は、すっきりしないという理由でメッセージを送ったのだ。

「これ、お詫びじゃないけど」

照井がそう言って机に置いたのは、会計金額が10%引きされるクーポンだった。

「いいってそういうの」

「いいのいいの。それ今日までだし、うち使う予定無いから貰って」

照井は俺に強引にクーポンを押し付けると、じゃあねと小さく手を振って厨房の方へ消えてしまった。

「さっきの友達?」

戻って来た永井が、照井の去っていった方を見ながら言った。

「友達っていうか知り合い?ほら照井だよ。この間フードコートで会った」

「ああ、あんときの」

永井は興味なさげに答えると、コップの中身を飲み干してしまった。


大分『ベジデカ』の映画について話をした。
食べ終えた皿はとっくに下げられてしまったし、ドリンクバーだけで居座るのもそろそろ限界だ。
照井からもらったクーポンをしっかり使い会計を済ませて外へ出ると、ピューっと北風が頬を撫でた。

暖房の効いた店内から一転、外は日暮れ間近ということもあってか冬本番さながらの寒さだ。
一応防寒対策はしてきたつもりだが少し肌寒い。

「ちょっと、自販機寄っていい?」

我慢できない寒さではないが、ここで風邪を引けば冬休みの半分を無駄にしてしまうことになる。
何か暖かい飲み物を買ってカイロの代わりにしたい。
すぐそこにコンビニもあるが、入ると余計なものを買ってしまう気がしたので、あえて自動販売機で飲み物を購入することにした。

ファミレスの外には自動販売機が二台並んで設置されている。
せっかくなので、当たりつきの自動販売機で飲み物を買うことにする。

ココアのボタンを押すと缶が取り出し口に落ちたのと同時にピピピピと抽選が始まった。
今のところ三桁目までは数字が揃っている。

どうせ、最後の一桁が揃わないけど。

当たらないだろうと液晶から目を逸らした時、ピーと自動販売機が音を立てた。

聞きなれない音に、液晶を見てみると0000の文字が表示されている。
当たった……。ほんとに当たるんだ。

「永井何がいい?」

このココアはカイロ代わりに買ったのだ。
それなら一本で十分だ。
それに、せっかくだから永井おすそ分けと思って、声をかけたのだが返事がない。

永井は俺の後ろに立っているから、声が聞こえなかったというわけではないと思う。

「永井ー。どれがいい?」

今度はさっきよりも大きな声で。
しかし、返答はない。

どうしたんだろう。ってかいるよな?
まさか帰った?

永井の姿を確認するために俺が振り向こうとしたら、後ろからヌッと手が伸びてきた。
そして俺の真横にあるボタンを押す。

「こんな寒いのに冷たいやつ?しかも……」

「小泉が好きだ」

「え?」

聞き間違いか?

「えっと、ごめん。なんて……」

「なんでもない。ごめん」

慌てて振り返ると、もう永井は歩きだしていた。
その背中はどんどん遠ざかっていく。
俺は取り出し口から急いで缶を取り出すと、それを抱えて永井の後を追いかける。

永井は背が大きいから見失うことはない。
でも、永井はわざと人が多い場所を選んで進んで行く。
そのせいでなかなか追いつくことができない。

しかも、この先は大きな交差点だ。このまま追いかけても、追いつくどころかいよいよ見失ってしまう。

俺は一か八かの賭けに出た。



駅前広場のベンチに腰かけていれば、数分も立たないうちに不満げな顔をした永井がやって来た。

「あれはずるい」

「だって、そっちが逃げるから」

俺はあの時、永井を追うのをあきらめた。
その代わりに、永井にメッセージを送っていた。

『駅前広場で待ってる。来るまで帰らない』

永井は俺が送った半ば脅迫のようなメッセージを見て、ここにやって来たのだ。

「寒いし、どっか中入ろ」

また逃げられるかもしれない。
俺が大きく首を横に振れば、永井は深いため息をついた。

「じゃあ、これしてて」

永井は首に巻いていたマフラーを外すと、俺の首にふんわりと巻いた。
そして、隣に腰を下ろすと自嘲気味につぶやいた。

「なんでもないは無理あるか……変なこと言ってごめん」

やっぱり聞き間違いではなかったのか。

「さっきはびっくりしただけで…引いたとかじゃなくて」

「そういうのいいって。気使われる方がきつい」

「いや、気使ってるとかじゃなくて。えっと……さっきの本当?」

永井は目を伏せて、噛みしめるように言った。

「俺は小泉が好きだよ」

永井からの衝撃的な告白はこれが二度目だった。

永井が好きなのは陸じゃなくて俺?

「それは、やっぱり恋愛的な意味で……?」

「そう。俺は小泉を恋愛対象として見てるし、付き合いたいと思ってる」

面と向かって言われて、俺は思わず固まってしまう。

長い沈黙の後、永井は絞り出すような声で言った。

「無かったことにしてほしい」

「それは……できない」

「だよな」

「違くて、ちゃんと考えたいから。返事。」

この話をうやむやにしても、きっと元の関係には戻れない。
というより、俺たちの関係はもう変わってしまった。
どうやったって前の俺達には戻れない。だから、俺は永井の気持ちに向き合いたかった。

「ハハ、お人よし」

永井の声は乾いていた。
「ほんとにそう思ってるから」

俺はうつむく永井の頬を両手で挟んで無理やりこちらを向かせる。
そして、信じてほしい、そんな願いを込めて永井の瞳をまっすぐに見た。
鼓動がうるさい。駅前の騒がしさが嘘のようだ。

しばらくそうやって見つめ合っていると、永井がフッと笑った。

「分かった」

永井が呆れたように言うのと同時に、脳内に流れ込んだのは「よかった」という永井のかすかに震えた声だった。