当方エスパーにつき

修学旅行2日目。
平和学習を終えた俺たちが今いるのは、水族館の入り口。
正しくはそこから少し離れたところに設置されているベンチだ。

入り口付近は俺たちの予想を上回る混雑具合だった。
館内はこれ以上の混雑は必至。
どう館内を見て回るか入場前に何となく決めておいた方がいいという前田の提案に従い、俺たちは人気のないこの場所で作戦会議を始めたのだった。

しかし、木下と織田は早々に、任せると言って戦線離脱。
記念写真を撮るために、入口ゲート近くに設置されている大きなモニュメントのほうに行ってしまった。

俺と前田はそれぞれの携帯で水族館のサイトを見ながら、気になる展示がないか探していた。

「ショーとかは?俺見たい……かも」

さも、今サイトを見て興味を持ちましたというように発言したが、実は自由行動でここに来ると決まってから、イルカショーは絶対に見たいと思っていた。
それは、俺が大のイルカ好きということもあるが、ここの水族館ではショー終了後、イルカ達と写真が撮れるのだ。

「あ、今俺も言おうと思ってたわ。じゃあ、ショー見るのは決定で……」

ショーの時間までは館内を適当に見て回るということで話がまとまった。

「じゃあ、あいつら呼んでくる」

前田は木下達を呼びに1人でモニュメントの方へ行ってしまった。

俺は暇を持て余して景色をぼんやり眺めていると、よく知る姿が視界の端に映った。
俺は大きな声で彼らの名前を呼ぶ。

「陽翔、永井!」

すぐにこちらに気づいた2人は小走りでベンチまでやって来た。まさか本当に会えるとは。

「1人?他の人は?」

俺に会うなり陽翔は心配そうに尋ねた。
大方、俺がハブられて置いていかれたとでも思っているのだろう。

「みんなモニュメントの方にいるよ」

俺がそう答えれば、陽翔はほっとした顔を見せた。

「そっちは2人?」

陽翔は俺に1人かと聞いたが、対する陽翔側も永井以外の班員らしき姿は見えなかった。
一応一班は4人と決まっているはずだ。

「いやいや。本当はあともう二人いるけど、知り合いと回りたいっていうからさ。別行動中」

じゃあ一緒に回れるんじゃ……

「じゃあ、一緒に回るか?」

提案したのは前田だった。
いつの間にか織田と木下を連れて戻ってきていたらしい。

「いいの?俺そっちの2人とは初対面だし、永井はほとんど全員と初めて会うし……」

陽翔は木下と織田。永井は俺以外とは初対面だが、これくらいのこと前田達が気にするはずもない。

「全然。多い方が楽しいし。あ、ショー見んのは決定だけどそれでもいいなら」

「えー!回りたい!永井いいよね?」

陽翔が目を輝かせて聞けば、永井は無言でうなずいた。


初対面の面々もいたので軽く自己紹介を済ませてから館内に入ると、まず最初に目に飛び込んできたのは、サンゴ礁を自由に泳ぐ熱帯魚達だった。
赤、青、黄色。色とりどりの魚たちが入り乱れる様は圧巻、そして幻想的で。
俺は外出先でもほとんど写真を撮ることはないのに、自然とこの光景を携帯のカメラに納めていた。

しかし、こんなに感動しているのは俺だけのようだ。
永井はもう違う水槽を見ているし、木下と織田は前田、さらには陽翔も巻き込んで一緒にどの魚が食べられるのかなんて議論をして盛り上がっていた。

ここでこれ以上写真を撮ったら、携帯の容量が足りなくなってしまう。
泣く泣く写真撮影に区切りをつけた俺は、一人水槽を見ている永井に声をかけた。

「何見てんの」

「魚」

「それはそうだけど」

永井は表情に乏しいから、あまり何を考えているか分からない。
でも、今は明らかにつまらなそうだ。

「あっちでさ、ヒトデ触れるって。行こうよ」

今いるエリアにはナマコやヒトデとふれあえる体験型の展示がある。
俺は永井が楽しめたらいいなという思いで、その展示に誘ってみた。

「小泉が触りたいだけだろ」

図星だった。
決して、永井が楽しんでくれればという思いが嘘なわけではない。
ただ、ほんの少し、ナマコに触りたいけれど、俺一人で行くのは恥ずかしいなんて考えていただけであって……。

目は合っていないから、心を読まれたわけではない。
なのになんで永井は分かったんだ?

少し気がかりではあるが、別に聞かれて困る本音でもない。

「そ、そうだよ。だから一緒に行こ」

正直に白状すれば、永井はしぶしぶ一緒に来てくれた。


ふれあい体験コーナーと書かれた吊り看板の下には、膝位の高さの水槽が展示されている。
大きさは家庭用のビニールプールほどで、中には数種類のナマコとヒトデが放されていた。
俺たちは係員の指示に従い、手洗いを済ませてから、空いているスペースへ移動する。

そして、俺はそっと水の中へ手を入れた。
近くにいたナマコを両手で包み込むように触る。

「やばい」

ぷにぷにとした弾力もありながら、今にも溶けてしまいそうなほど柔らかい。
俺の語彙力では表現することができないが、とにかく気持ちいい。
種類が違えば感触も変わるのだろうか。
俺は今手の中にいるナマコをそっと放すと、近くにいた別の種類のナマコをそっと手の中に収めた。
先ほどと比べるとやや硬い。じゃあまた違う種類は?
俺がすっかり魅惑の感触に夢中になっていると、突然カシャリというシャッター音が聞こえた。
音がした方向を見れば、永井が携帯を構えていた。俺は永井を睨みつける。

「撮った?」

「後で送る」

永井に悪びれるそぶりはない。全く呆れたやつだ。

このまま放っておけば、またいつ写真をつられるか分からない。
写真はあまり好きではない。
永井の携帯を奪ってやりたいところだったが、この手では無理だ。
濡れているだけならハンカチで拭けば済むのだが、なにせ俺はナマコとたっぷり触れ合っている。
ナマコに限らず、生き物と触れ合った後は手洗いが鉄則というくらいには、ふれあい後の手は汚れているのだ。
ということは、今俺の手には無数の菌がついているかもしれないというわけで……。
そんな手で永井の携帯には触れない。かといって、今手を洗いに行くのもなんか違う気がする。
でも、写真を撮ってほしくないと言うのも場が白けてしまいそうで違う気がした。

「送んなくていーよ。ってか永井も触れよ」

無理やり話題を逸らす。それが絞り出した答えだった。

「せっかく来たんだし」

ダメ押しと言わんばかりに、そう言えば永井は携帯をポケットにしまい、静かに水槽に手を入れた。
そして、近くにいた大きなヒトデを両掌に載せると感慨深そうにとつぶやいた。

「思ったより硬い」

永井は興味深そうに水中のヒトデを見つめていた。

「ほら、小泉も」

ヒトデをのせた永井の手が水中を移動し、こちらの手に近づいてくる。
俺は慌てて手でお椀の形をつくった。
そうすれば永井は俺の手のなかへヒトデを徐々に移動させていく。

(楽しいかも)

手が触れているせいで、永井の声の声が聞こえてきた。

「楽しい?」

写真を撮られた腹いせというわけではないが、俺は揶揄い交じりに尋ねた。
まあ、どうせ永井のことだから、別にとか全然って答えるだろうけど。

永井は俺の手にヒトデを移動させ終えると、くすりと笑って答えた。

「楽しいよ」

俺は思わずたじろいだ。
素直に答えるとは。
これは想定外だった。

「そ、そっか。ならよかった」

なんだかドギマギして、そっけない答えしか返せなかった。


「おーい、お二人さん。そろそろ次行くけど」

微妙な空気になった俺たちの間に割って入ったのは前田だった。
腕時計を確認すれば、ふれあい体験コーナーに来てから10分以上が経過していた。

声をかけに来てくれた前田にお礼を言ってから、俺と永井は急いで手を洗う。
再び前田の元に戻ると、木下達残りの三人も集まっていた。

「ごめん。お待たせ」

「いいって。じゃあ、次行こー!」

木下は元気よく言うと、先陣を切って歩き出した。


大水槽がある次のエリアに続く通路は薄暗かった。
さっきまでいた熱帯魚エリアが比較的明るかったこともあるのだろうが、なかなか目が慣れない。
床の色も黒っぽいから段差に気を付けないとなんて思っていたそばから、少し上り坂になっている部分でつんのめってしまった。
運よく転ばずに済んだのは、後ろを歩いていた前田が俺の腕をつかんでくれたからだ。

「大丈夫か?暗いもんな」

「平気、平気。前田のおかげで助かった」

「俺の腕、どっか掴んどくか?」

「いいって。大丈夫」

俺もまた転びそうな気がしていたので、ありがたい申し出ではあったが、流石にそれは子供みたいで恥ずかしかった。

「遠慮すんなって」

「いや、ほんとに」

前田が親切心で言っているのは分かっているけど、どうしても照れくさい。
しかし、何度断っても前田は引かない。
とうとう押し問答になると、前を歩いていた永井が歩く速度を緩めて俺の隣にやって来た。
そして真剣な声で言った。

「俺が手つないでてあげようか」

おいおい、張り合ってどうする。
まさか冗談?だったら、たちが悪い。
でも、永井はボケを言うタイプではない。
これはマジなやつだ。
こうなったら、俺がどちらかを頼らなければ場の収集が付かない。
でも、どちらを頼る……?
前田か永井か。
俺がうだうだと考えていると、ガっと左腕をつかまれた。
驚いて左側に視線を移すと、そこには一番後ろを歩いていたはずの陽翔がいた。

「何やってんの。まどろっこしいから、これでいいでしょ」

第三勢力の介入により、事態は収束。
次のエリアまで、俺は陽翔に腕を引かれながら歩いた。



この水族館の目玉と言われているだけあって、大水槽エリアはとりわけ混雑していた。
俺達は人の波に乗って徐々に移動し、やっと大水槽の前まで移動することができた。

やはりジンベエザメは圧巻だ。巨体を操り悠々と泳ぐ様子は遠くから見ても迫力があったが、間近で見るとまさに大迫力。
体重どんくらいだろ……俺何人分?
遥か頭上を泳ぐその姿をじっと観察していれば、横から視線を感じた。
右隣りに視線を移せば、永井がこちらをじっと見ていた。
そのせいでばっちりと目が合ってしまう。

「小泉300人分くらいじゃない?」

「真面目に答えなくていいから……」

よりによってあんな幼稚な考えが読まれた。
絶対にアホだって思われた。
恥ずかしさをごまかすように、俺は永井に話題を振る。

「永井はさ……」

ぐっと誰かの体の一部、おそらく腕だと思われるものが背中に押し付けられる感覚。
俺はこの感覚を知っているし、なんなら毎朝味わっている。
そう満員電車だ。
大方今は、誰かが後ろの列に無理やり割り込んできて疑似的にその状況が再現されているのだろう。
しかし、痛い。俺の肩甲骨のあたりには固い何か、とりあえず後ろにいる奴が身に着けていると思われるものがめり込んでいた。
文句の一つでも言ってやりたいところだが、そんな勇気もない。

「俺、列ぬけるわ」

俺は永井に告げて、列から外れることにした。
とにかく、肩甲骨のあたりが痛かったのだ。

せめて、奴の顔だけでも見てやるという思いで、ちらりと視線だけ後ろに向ければ、なんと俺の背後に立っていた人物は前田だった。

「え」

驚いたのは、俺を押していたのが知り合いだったからというわけではない。
腕が俺の背なかに触れてるせいで、前田の意外な心の声を聞いてしまったからだ。

(おっさん押すなよ……。ってかやっぱ人多いな。あー、やばいな。さっきより気持ち悪くなってきた。)

前田は体調が悪いことをうまく隠していた。
さっきよりということは、入場時点か少なくとも前のエリアにいたときから。
しかし、言い出さないあたり症状は軽いのだろうか。
はたまた、みんなに気を使って言えていないだけで、結構しんどいのかもしれない。
何にせよ体調が万全でないのなら、一刻も早くどこかで休んで様子を見るべきだ。

「俺、やっぱり前のエリア戻る。前田と行くから。でもショーには戻る」

俺は早口で永井に告げると、振り向いて前田の腕をつかむ。
前田も急なことに驚いているようで、その目は大きく見開かれていた。

「いや、ちょ……」

永井は何か言っているようだったが、気にせず俺は前田の腕を引いて、人だかりの外へ向かって歩き出した。


さっき歩いてきた通路を半分ほど引き返したところで、ここまで大人しくついてきていた前田が口を開いた。

「小泉?どうした?」

口調は優しかったが、声色には戸惑いが混じっている。
当然だ。前田からすれば、俺が奇行に走ったようにしか見えない。
どうしてこんな行動をとったのか説明が必要だとは分かっている。
俺は恐る恐る言葉を紡ぐ。

「体調、悪そうに……見えたから」

前田は近くにあった壁にもたれかかると、ふーっと大きく息を吐いた。

「だからか……やっぱ、俺変だった?」

「変ではなかったと思う」

「まあでも、気づかれてるしな。でも助かった」

言い終えると同時に、前田はずるずるとその場に座り込んでしまった。
俺は慌てて傍に寄って声をかけるが、前田の返答はない。
流石にここまで体調が悪いとは思っていなかった。

俺は体調不良とは無縁の人生を送ってきたせいで、こんな時どうすればいいか分からない。
係員に助けを求めようにも、近くにその姿は見当たらない。
結局、俺は傍で見ていることしかできなかった。

「どうかされましたか?」

声をかけてきたのは、首からスタッフ証を下げた女性だった。どうやら親切な人が係員の人を呼んでくれたようだった。
医務室を利用させてもらうために状況を説明していたら、前田がよろよろと立ち上がった。

「ちょっと、眩暈しただけです。大丈夫です」

前田は力ない声で言って、係員の女性に頭を下げると俺の手を引いて歩き出してしまう。

「ま、前田。休ませてもらった方がいいって」

どう見ても前田は大丈夫ではない。
絶対に休ませてもらった方がいいのだが、前田は俺の手を引いて歩き出す。
俺は前田の手を振り払うこともできず、連れられるままにその場を後にした。


俺達は熱帯魚エリアまで引き返してから、ペンギンなどのいる屋外のエリアに続く扉から外へ出た。
そして今は休憩所にいる。

俺は前田に近くの自動販売機で買ってきた水を差しだす。
すると前田は遠慮がちに受け取った。
そして、キャップをひねると、コクリと一口飲み込んだ。

「水ありがとな。だいぶ良くなってきたし、戻るか」

にこりと笑う前田の顔色はここに来た時よりもより良くなっていた。
かなり回復しているようだが、ショーの会場もきっと大勢の人がいる。
また具合が悪くなる可能性も考えて、ショーは見に行かない方がいいだろう。

「いや、ショーは…」

俺の言葉はとある人物の声でかき消されてしまった。

「あれ、陸じゃん。どした、こんなところで。ショー始まるけど行かないの?」

前田を陸と呼んだ人物は、長身の男で俺達と同じ制服を着ていた。

「人混みで酔ったんだよ。ショーはこれから行く」

「あー、いつものね。陸は三半規管終わってるからなー」

親しげに話しているということに加え、前田が酔いやすい体質を知っていることからも2人はかなり仲がいいようだ。

「薬は?飲まなかったん?」

「飲んだよ。ほら」

そう言って前田は、鞄から巾着を取りだすとその中から、酔い止めと書かれた箱を取り出した。
そして、箱からPTPシートを引っ張り出すとひらひらと掲げた。10錠入りのそのシートは2錠分、おそらく1回分が空になっていた。

「それ、いつものと違くない?」

男は前田の手から箱を奪い取るとまじまじと眺めた。
そしてハッと何かに気づいたような顔をすると、いぶかし気に前田を見て言った。

「まさか、『ベジデカ』のキャンペーン?」

前田は勢いよく首を横に振ったが、男に詰め寄られるとついに白状した。

「キーホルダー付いてたから……。でも、前飲んだときはちゃんと効いたし」

青天の霹靂。こんなところに『ベジデカ』好きがいたなんて。
しかし、油断はできない。永井の時のような失敗はできない。
俺は平静を装って前田に聞いた。

「前田は『ベジデカ』好きなの?」

「いや俺は途中リタイア」

「めっちゃ好き」

なぜか前田と一緒に男までもが俺の問いに答えた。
訳が分からない。俺は確かに前田に聞いたはずだ。
困惑する俺を見た前田は、ああと何か納得したようで、困ったように笑った。

「そっか、小泉初めて会うんだよな。悪ぃ。こいつも前田なんだよ」

「俺、4組の前田駿。よろしくねー。で、小泉?もでかぶさ好きなの?」

「あ、え、うん」

それを聞いた前田駿と名乗った男はニッと笑うと、芝居がかったような調子で言う。

「いやー、よかったねー陸。ああ、これでやっと俺も『ベジデカ』ハラスメントから解放されるわ」

「いや、それは怪盗ベリー編のあの回は確かにトラウマかも知んないけど。でもそれだけで見るのやめんのはもったいないって話で……」

ぶつぶつと前田はまだ何か喋っている。
前田は普段からよく喋るほうだが、こんなに喋っている姿は初めて見た。
それだけに、前田がかなりの『ベジデカ』好きであることが分かる。

前田は気のすむまで喋り終えると、興奮気味に俺の肩をつかんだ。

「なんで今まで黙ってたんだよ。無限に話したいことあんだけど」

(やべぇ、同志がこんなとこに)

本人の口からも心の声からも喜びの言葉が聞こえてきて、俺は思わず笑ってしまった。

ずっと前田のグループに馴染めないって思ってた。
それはきっと、俺がコミュ障だからというのもあるけど、心のどこかでみんなとはノリが違うとか、共通の話題もないし仲良くなれないなんて思っていたからだ。
俺は無意識に壁作って逃げてたんだ。

「いや、前……陸だって」

前田が二人いるから。だから、下の名前で呼ぶ方がいいと思った。
前田……陸は驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になって言った。

「お互い様だな」

その笑顔は今までで一番の笑顔だった。


「どこ行ってたんだよ」

そう言って木下は俺たちをジロりと睨む。
それもそのはず、今俺達がいるのは観客のいなくなった屋外プール広場。
先ほどまでショーが行われていた場所だ。
結局、俺たちはショーに間に合わなかった。

「ほんとごめん」

陸が深く頭を下げたので、俺も続けて謝罪をしてみんなに頭を下げる。
すると、木下と織田は口々に心配げな声をあげた。

「勝手にいなくなるから心配したんですけど」

「全然戻ってくる気配ないし」

「ほんとごめん。ちょっと具合悪くて小泉に付き添ってもらってた」

「またいつもの?」

「そうそう、人酔い」

「なんだよ。ちゃんと薬飲んどけって言っただろ」

先ほどまでとは打って変わって織田と木下は悪態をついた。
四組の前田もバスケ部に所属しているかつ、陸が酔いやすいことを知っていた。
きっとバスケ部の面々は、陸が酔いやすい体質だと言うことを知っているのだろう。

俺の頭には最悪の考えが頭をよぎる。
体質に理解がある者がいるなら、俺があんな事をしなくても、陸は体調が限界を迎える前にみんなに申告したのではないか。
だから言い出せなかったのでは無く、まだ耐えられるくらいの体調の悪さだった。
逆にあそこまで体調が悪化したのは、俺が無理に連れ歩いたせいかもしれない。
俺のしたことは余計なお世話だったかもしれない。

答えは陸にしか分からないし、きっと聞いても本当の事は言ってくれない。
真実が分からない以上、俺のしたことが間違いだったとは言い切れないけれど……。
から回ってしまったのではないかと、心が沈んだ。

「理由は分かったんだけど。えっと、それどうした?」
陽翔は俺の抱えている大きなイルカのぬいぐるみを指さした。

「これは……」

それは俺達がみんなと合流する数分前。

「ちょっと待って。これやりたい」

待ち合わせ場所であるプール広場に向かっている最中。
土産物店の前をちょうど通りかかった時、俺たちはもう一人の前田に呼び止められた。
足を止めて店先を見ると、くじ引きの屋台が出ていた。
くじ引きは一回1000円、必ずイルカのぬいぐるみが当たるというもので、くじの等級でもらえるぬいぐるみのサイズが決まるそうだ。彼はこれがやりたかったらしい。
実に魅力的なくじだが、一等の見本として飾られているぬいぐるみはかなり大きい。
当たってしまった場合、スーツケースには絶対入らないので、抱えて帰るしかないだろう。
俺が一等を当てるとは思えないが、そんなことになったらもって帰るのが恥ずかしいので、俺はおとなしく陸と一緒に後ろから様子を見ていることにした。

前田が当てたのは三等。ぬいぐるみは十五センチほどの大きさだった。

「まあまあかな。付き合わせてごめんね」

結果に納得はいっていないようだが、前田の気は済んだらしい。

「ちょっと待った。俺もやる」

陸はいそいそと財布を取り出すと、その中から千円札を二枚取り出す。

「二回お願いします」

陸はそう言って店員にお札を手渡した。
陸は多数のくじが舞っている機械に手を入れると、中からくじを一枚だけを取り出した。
続けてもう一枚引くのかと思えば、振り向いて俺の腕をつかんだ。

「あ、一回は小泉の分な」

陸は俺の腕を躊躇なく機械に入れた。
それはあまりに突然のことだったので、俺は訳も分からずそのままくじを一枚引いてしまった。

いや、何やってんだよ。

我に返って引いたくじを陸に返そうとすれば、陸はさっきのお礼だと言って受け取らなかった。
俺が、しぶしぶ二つ折りになっているくじを開くと、一等という文字が目に飛び込んできた。

というわけで、なぜか運を発揮してしまった俺は大きなイルカを連れ帰ることになったのだった。

「えー、なにそれ俺もやりたい」

イルカの入手経緯を聞いて、真っ先に興味を示したのは織田だった。
続いて木下、それから陽翔も。

希望者多数ということで俺たちは件の土産物店を再び訪れた。
そこで三者のくじ引き対決を見届けたり、みんなでおそろいのTシャツを買ったり。
俺たちは集合時間ギリギリまで水族館を楽しんだのだった。


俺たちはホテルへ向かうバスに揺られていた。
隣にいる陸は、1日目の体験学習に向かうときよろしく、早々に寝てしまった。
乗り物酔い対策なのか、単純に疲れているのかもしれない。
今日はいろいろあった。さすがに俺も疲れた。
目を閉じてうとうとしていたら携帯からメッセージの受信を告げる通知音が鳴った。
メッセージアプリを開いてみると、永井から写真が数枚送られていきていた。
そのうちの一枚は俺がナマコを真剣な目で見つめているものだが、残りの写真は俺が知らない間に撮られていたものだった。
盗撮すんな。と返信すると、すぐに既読が付く。
そして、一本の動画が送られてきた。
動画を再生してみると、軽快な音楽にあわせてイルカ達が次々とジャンプしていく映像が流れる。
それは見損ねたショーの映像だった。
はっきり言うと、イルカ達との写真撮影もショーも心残りだった。
だからこうしてショーの映像を見ると、やっぱり自分の目で見たかったと思ってしまう。
でも、こうして動画を撮って送ってくれる。せめて映像だけでもという永井の気遣いがうれしかった。
ありがとうと送ったが、そのメッセージには既読が付いたきり、永井から返信が来ることは無かった。



解散式という名の担任からの諸注意と連絡を受け空港を出ると、ひんやりとした空気がワイシャツの襟の隙間から入り込む。
沖縄にいたのはたった三日だが、その三日で出発前よりもさらに秋が深まっている気がした。

「祐希ー!こっちこっち!」

俺を呼ぶ陽翔の隣には永井の姿もある。
俺達は空港から途中まで同じ路線を使う。だから昨日のうちに一緒に帰る約束をしていたのだ。

三人そろってスーツケースを引き駅まで移動し、電車に乗り込む。
幸い下校のピークは過ぎ帰宅ラッシュにはまだ早かったことから車内はそれほど混雑しておらず、三人横並びに座ることができた。

「じゃーん、見てこれ」

そう言って陽翔が取り出したのは、懐かしのバニラバーを再現したチョコレートだった。

「え、どこで買った?」

「空港のコンビニ。祐希このアイス好きだったよね?」

「そうそう!ちっちゃい頃よく食べた。アイスは復刻の食べたけど。チョコも出てたんだ。っていうかそのアイス永井も好きだよ」

4月に永井とゲーセンに行った日。
俺がコーン署長のお礼にこのアイスを奢った時、確か永井も好きだと言っていた。

「ならよかった。でも、なんで一颯びっくりしてんの?」

「小泉にそんな話してないけど」

しまった。永井が言っていたのは間違いないが、俺が聞いたあれは心の声だ。

「言ってなかったけ?誰かと勘違いしてたかも……」

「いや、俺もそのアイス好きだけど」

「なら、よかった。はいはい配るから手出してー」

さっきは苦し紛れの言い訳で何とかごまかした。でも、そうまでしてまだ隠す必要はあるのだろうか。
もう十分永井とも仲良くなった。
出会った頃とは違い、俺はもう永井を信頼しているのだから。

陽翔がせっかくくれたチョコレートは味がよくわからなかった。