当方エスパーにつき

夏休み最終日。
本来であれば、今頃家で惰眠をむさぼっていただろう。
しかし俺は今、陽翔と永井と一緒に郊外のショッピングモールに来ている。

きっかけは昨日の大雨。
昼頃から降り出した雨はしだいに強さを増し、夕方にピークを迎えたものの今朝方まで降り続いた。
その結果、今日予定されていたサッカー部の練習試合は延期。
体育館も空きが無いらしく部活自体が中止になった。
思いがけず時間のできた陽翔はカラオケのリベンジだと俺達に声を掛けたのだった。

「どっちがいいと思う?」

そう尋ねる陽翔の顔は真剣そのものだ。

「どっちでもいい」

「どっちでもいいことないでしょ」

「いや、一緒じゃん」

陽翔が左右に掲げるtシャツ。俺にはその違いがよく分からなかった。
俺は衣服に頓着するほうではない。
今日は永井も一緒なのだから、意見なら俺よりもそういうことに詳しそうな永井に求めてほしいところだ。
でも、声を掛けようにも、永井は永井で先ほどから俺の後方で鞄を熱心に選んでいる。
そういう訳にもいかないのが現状だった。

「いや、こっちは で……」

陽翔の口からは、おそらくファッションに関するであろう単語が次々と出てくる。
ああ、始まってしまった。
「どっちがいい?」という陽翔の二者択に答えを出せない俺。
そして始まる陽翔のオシャレ解説。
陽翔と服屋に来ると、いつもこうなるのだ。
こうなると長いんだよな。

正直この展開にもうんざりしていたが、楽しそうな陽翔を見るのは嫌いではない。
最後まで付き合いますか。
俺が覚悟を決めたところで、思いもよらぬ助け舟が出された。

「小林だったら、こっちじゃね」

驚いて声のする方を見ると、いつの間にか永井が俺の隣に立っていた。
手にこの店の紙袋を持っていることから察するに、自分の買い物が済んだので俺たちの様子を見に来たらしい。

「やっぱ、こっちだよな」

永井の意見を受け結論が出たのか、陽翔は右手に持っていたTシャツをラックに戻すと、満足げにレジに向かった。
永井のおかげで助かった。
これで服屋はもう終わりか。
ホッと胸をなでおろしたのもつかの間。
陽翔はこれで調子づいたのか、この後二時間みっちりと俺は服屋巡りに付き合わされた。

やっと買い物がひと段落して、昼食を食べにフードコートにやって来たのはつい先ほどの事だった。
時刻は午後1時半を回っている。
すでに昼のピークが過ぎたフードコート内はちらほら空席もある。
俺たちは入口から少し遠いが片側がソファー席になっている四人掛けのテーブルに腰を下ろした。

「ごめんこめん。さすがに腹空いたよね。付き合ってもらったし、昼おごる。ハンバーガでいい?」

「いいよ、俺はなんもしてないし」

実際、陽翔の服選びに付き合っていたのは永井だ。
俺は本当に見ていただけ。それなのに昼代を出してもらうのは、さすがに気が引けた。

「いーの、いーの。祐希君も黙っておごられてください」

「でも」

「クーポンあるから。ほら」

そう言って陽翔が見せてきたスマホの画面には、おなじみのファストフード店の割引クーポンが表示されていた。
何が何でも奢る気らしい。今日は陽翔の言葉に甘えることにした。
「じゃあ、並んでくる」

「俺、水取ってくる」

財布を手に席を離れようとする陽翔に続き、俺も席を立つ。
永井と2人になるのはまだ気まずかった。

永井と知り合ってから約4ケ月。この間、交流が無かったわけではない。
忘れた教科書を借りたり、陽翔もいたが学食で一緒に昼を食べたり……。
いまだに永井は友達の友達どまりだった。

俺にコミュ力があったら、もっと仲良くなれてたのかな。そもそもこうやって会話から逃げるから、いつまでたっても仲良くなれないんだろうな。
紙コップに水を注ぎならそんなことを考えていたら、コップからは水があふれていた。
慌ててボタンから手を離す。

びしょびしょに濡れた紙コップは捨てて、新しいものに水を注ぎなおした。

(戻ったら、なんか話しかけてみよ)

人数分の紙コップをトレイに乗せ、俺は永井の待つ席へ向かった。


席まであと数メートルのところで俺はぴたりと足を止めた。
永井が2人組の女子と話し込んでいる。
もしかして知り合い?

仮にそうだった場合、今席に戻れば永井と2人でいるよりもっと気まずい状況になるだろう。
俺は彼女たちが立ち去るまで、少し離れたところから様子をうかがうことにした。

どこかいい場所は。
あたりを見回すと俺たちの座席近くにある前方と左右が衝立囲まれたカウンター席に空席がある。
俺は迷いなくそこに腰を下ろした。
永井達の姿は見えないが、声はばっちり聞こえてくる。ここなら大丈夫そうだ。

「じゃあ、お友達も一緒にどうですか」

「無理」

「連絡先とかは?だめならSNSとかでも」

会話の内容を聞く限り永井と彼女達は初対面。
そして、これは。まごうことなきナンパ。
しかも、逆ナンだ。
やっぱりイケメンはすごいんだな、なんて思ってしばらくやり取りを聞いていたら、雲行きが怪しくなってきた。

先ほどから永井の語気がどんどん強くなっている気がするのだ。
永井があしらっても、彼女たちはなかなかに食い下がった。さすがにしつこい彼女たち永井も流石に苛立ってきているのだろう。
このままだとまずい気がする。

「永井、お待たせ!」

あのまま見ていて、彼女達はそのうちあきらめて立ち去ったと思う。でも万が一トラブルにでもなったりしたら。
それに、永井も困ってるし。

俺はとっさに永井と女子の間に割って入っていた。
ああ、こんな風に邪魔をして彼女たちになんていわれるか。
内心おびえる俺に掛けられたのは、想定外の言葉だった。

「小泉じゃん」

「照井?」

初対面であるはずの俺を小泉と呼んだ女子の顔をよく見てみれば、そこにいたのは中学の同級生である、照井真だった。

「そうそう。でもよく覚えてんね」

覚えているもなにも、照井はクラスの中でも目立つ存在だった。一言で表せば女子のリーダー格。同じクラスになれば嫌でも印象に残る。

「そっちは、中島?」

「うん。小泉君、久しぶり」

中島はそう言ってはにかむと、こちらに小さく手を振った。

「えー、よくわかったね。志乃、結構変わってんのに」

確かに照井の言う通りだった。
俺の記憶にある中島は、胸位まであるおさげをしているが今目の前にいる中島は耳が見えるくらいのショートカットだ。
でも、髪型こそ大きく変われど、顔立ちには当時の面影が残っていた。

だから、先ほどの照井の問いに答えるなら、顔が変わってないからが答えになる。
しかし、俺にはそう安易に答えられない理由があった。
照井、中島と同じクラスになったのは3年時の一度きりだったし、その一年で二人と特段関わりがあったわけでもない。
加えて、俺の通っていた中学は一学年6クラス。一クラスは40人だった。
大勢同級生がいる中で、接点もない、たった一度同じクラスになったくらいでは、記憶に残らないのが普通だ。
照井は目立っていたから、覚えていてもおかしくないが中島は違う。
つまり、顔が変わってないからという答えは、裏を返せば当時はそんなに関わりなかったけど、俺は卒業後も中島の顔を覚えていたということになる。
それは客観的にみても少し、いやかなり気持ち悪い。

「いや、そっちだって」

結局、どう答えても気持ち悪いような気がして、俺は話題をそらすように照井を茶化した。

「小泉は全然変わんないじゃん」

照井はてケラケラ笑いながら俺の肩を何度も小突いた。

「まさか小泉にこんなイケメンの友達がいるなんてね」

照井は目の前に座っている永井をちらりと見た。
つられて俺もそっちに視線を移すと、永井はもう携帯を眺めていた。

「友達だけど……」

友達と言えるような関係は築けていないが、今はそう言うしかなかった。

「連絡先知りたいのに、ガードが固くってさ」

照井は永井にも聞こえるようにそう言った後、俺にだけ聞こえるように小声で付け加えた。

「志乃が、あの人タイプなんだって。だから協力してほしいんだけど」

「え」

俺は思わず固まってしまう。
だって、中学時代、俺は中島が好きだった。一目ぼれだった。
さっき小泉君と呼ばれたときは、覚えていてくれて嬉しかった。
それに、こんな俺を覚えてるなんてもしかしてと思っていたが、完全に思い上がりだった。
逆に当時も今も全く脈が無かったことが突き付けられて少し悲しくなる。

「うちと志乃、中学のグループチャットに入ってるから。必要だったら、友達登録して。じゃあ、よろしく!」

「ちょ、ちょとま」

照井は俺の返事なんて待たずに、中島を連れさっさとフードコートを後にしてしまった。

「さっきの二人、知り合い?」

陽翔は照井達と入れ違いになるように戻って来た。

「俺の同級生。中学の」

「そうなんだ」

陽翔はそう答えると、すぐに話を別の話題に移してしまった。
俺は永井が逆ナンされた事を話そうと思っていたが、先ほどの陽翔の様子を見るに、さほど二人に興味がないのだろう。
それなら、永井の逆ナンなんてわざわざ話題を戻してまで話すことでもない。
俺は言いかけた言葉を飲み込み陽翔の話に耳を傾けた。


「楽しかったー!じゃあ、また学校で!」
陽翔はそう言って、俺たちに大きく手を振った。
陽翔はバス。俺と永井は電車。
交通機関の異なる陽翔とは一足早く別れることになった。

俺は永井と2人、ゲームセンターに行ったあの日と同じように駅までの道を歩いていた。
「あのさ、中島が永井とどうしても連絡先交換したいんだって。ダメかな」
返事なんて分かり切っているが、聞くなら今しかないと思った。
照井に頼まれた手前、協力はしたい。
なにせ、俺は頼み事を断れないのだ。

「中島?誰?」

永井から返って来たのは想定外の言葉だった。俺は驚きのあまり永井の肩をつかむ。

「え、覚えてない?」

永井の答えは沈黙だったが、俺の脳内に聞こえてきたのは絶望的な言葉だった。

(誰?)

どうやら本当に中島の顔を覚えていないらしい。

「フードコートで会った……ほらショートカットの女子」

少しヒントを出せば、永井は口に手を当てて考え込んだ。そして……。

「ああ、さっきの……小泉が好きだった人?」

永井は俺を真正面から見据えると、はっきりとそう言った。
驚きのあまり俺は固まってしまう。
なんで、永井がそのことを?もちろんこんなことは誰にも言っていない。言うはずがない。なのになんで。

「なんで?」

永井がそう言ってわざとらしく小首をかしげる。
おかしい。それは俺のセリフだろ。
どうしてバレた?。
こんなの、俺の心の声が読まれてないと説明つかないじゃん。

まさか。

「そう。俺、人の心読めるから」

衝撃の告白だった。
嘘だと思いたい。頼む嘘であってくれ。
でも、俺を見る永井の顔は真剣そのものだ。
本当なのか?

「どうやって?」

俺は恐る恐る永井に尋ねた。
永井は淡々と答える。

「目合わせるんだよ。俺は、目が合ったやつの心が読める」

俺はとっさに永井から目を逸らした。

「ご、ごめん」

「いいって。大体みんな同じ反応するから」

永井はそう言って笑った。

秘密を打ち明けてくれるのは正直うれしい。
秘密の共有。
そんなこと相手を信頼していなければ絶対にしないから。

だから、さっきは永井が俺を信頼していると言ってくれたようで。
それはうれしかったのだが。

俺は猛烈焦っていた。
どのくらい心を読まれた?
永井はどこまで知っている?
一番気がかりなのは、俺もエスパーであることがバレているか否かだった。

しかし、いつ永井と目が合ったかなんて覚えているわけがない。
いくら考えたって答えなんて出ないのは分かっている。それでも俺は考えることをやめられなかった。

「小泉?」

心配そうな永井の声で俺は我に返る。
そうだ。まだ、バレたと決まったわけじゃない。

気持ちを落ち着けるように一度深呼吸をすれば、少し冷静さが戻ってくる。
俺は思い切ってカマをかけてみることにした。

「じゃあ、永井は俺が」
俺はあえて言葉を切った。
こうすれば永井は自分から知り得た情報を話す。
仮に永井が俺もエスパーであることを知っていれば真っ先にその事を話す。

どうかバレていませんように。俺はただ祈るしかなかった。

「ああ、初対面の時に俺は恋人が選び放題だって考えてたこと?それとも……」

永井の返答に俺はホッと胸をなでおろした。
どうやら、俺がエスパーであることはバレていないようだ。

それにしても、初対面の時から心が読まれていたとは思わなかった。
もしかして、永井の機嫌が悪かったのは、永井が俺の邪な考えを読んでいたからだったのか。
確かにこんなこと思われてたら、気分悪いよな。
それなら、あんな態度を取ったのも腑に落ちる。
まさかこんな形で答え合わせをすることになるとは思っていなかったが。

「悪かったって。ほんとごめん。だって、あの時はこんなイケメンが来るって思ってなかったし」

「俺もさすがに態度悪かったって反省してる。それと今まで黙ってて悪かった。……これからは目合わないように気を付ける」
永井はうつむいて、バツが悪そうに頬を掻いた。

俺はそんな永井の姿を見て、あの日の事を思い出していた。
あの日。俺がエスパーだと陽翔に明かした時。

「隠しててごめん。これからは触んないように気を付けるから」

驚く陽翔に俺はそう言った。
本当は「だから、明日からも普通に接してほしい」と続けたかったけれど、ぐっとこらえた。

だって、俺はお願いできる立場にないから。

俺は勝手に陽翔の心を覗いていた。
故意に心を読んだのは、会話の話題に困った時だけで、ほんの数回。
でも、故意だの他意だの陽翔からすれば関係のないことだ。
本音という人の隠し事を無遠慮に暴いておきながら、そのことを相手に黙っている。
相手からの信頼を裏切るようなことをしている人間が、この期におよんで関係を壊したくないなんて言えるわけがなかった。

あの日の俺と今目の前にいる永井。きっと同じはずだ。

「いいよ今まで通りで。別に気にしないから」

あの日、陽翔が俺にかけてくれた言葉。気づけば、そっくりそのまま口に出ていた。

「え」

そんな小さな声がしたかと思うと、永井はゆっくり顔を上げる。

「ありがとう」

永井は眉尻を下げて笑った。

「じゃあ、永井はテレパシーも使えるんだ」

俺が聞けば永井は能力について、いろいろ答えてくれた。
得た情報を整理すると、眼鏡やコンタクトをしていても能力は使える。
画面越しでは力が使えない。
目が合っているときに相手に語りかければ、テレパシーも使える。
ざっとこんなところだろうか。

それにしても、目が合うと……か。

用意に回避できる条件だ。だって永井を見なければいいのだから。
しかし、気にしないと言ってしまった手前、会話中に全く永井を見ないようにするという対策は取れない。

つまり有効な対策方法は取れなくなった。
せいぜいできるとしたら、永井といる時は余計なことを考えないことくらいだ。

余計なことを考えていると、中島の時のように……。

「待った。永井、フードコートで俺が照井と話してた時、ずっと携帯見てたよね?」

思い返せば、中島のことを考えたのはこの時だけだ。
このタイミングで永井が俺の心を読んだのでなければ、俺が中島を好きだったと知っていることの説明がつかない。
俺は永井を睨みつけた。

永井はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「小泉分かりやすすぎるから。あれは読まなくても分かる」

「さっき感動的な空気かえせよ」

「じゃあ、信じない?なら、また当てようか?」

「い、いい。信じる。信じるから」

疑う余地なんてない。
これ以上心を読まれたくなかったので両手を挙げて降参のポーズを取れば、永井は声を出して笑った。

「めっちゃ笑った。じゃ、また学校で」

永井は満足したという表情でそう告げると、改札の中へ消えていった。

永井の姿が見えなくなった後、俺も自分の利用している路線の改札をくぐる。
ホームに降りれば電車はすで到着していたので、慌てて乗り込む。

(俺もそうだって言えばよかったかな)

帰りの電車に揺られながら俺は、永井に自分もエスパーであると明かさなかったことを少し後悔していた。
永井は悪い奴じゃない。
愛想は無いが思っていることは正直に言う、裏表のない性格をしている。

そんな奴に隠し事をすることに俺は罪悪感を覚えていた。

(でも、言えない)

それでも、今度永井に会ったらエスパーだと明かすという選択肢は今の俺にはなかった。
永井には悪いが、俺はまだ永井を信頼しきれていない。
永井とはたった数回遊びに行っただけで、俺は永井のことをよく知らない。
そんな関係の浅い相手に心を許せるほど、俺は優しい人間ではないのだ。