当方エスパーにつき

助けて、陽翔。

放課後。俺は永井と二人、駅前の繁華街を歩いていた。

「明日の放課後カラオケ行こー」

昨晩、風呂から上がり携帯で動画を見ていたら、陽翔からメッセージが届いた。
チャットアプリを開いて確認してみると、メッセージが届いていたのは個人チャットではなく、陽翔、永井、俺の3人がメンバーとなっているグループチャットの方だった  。
このグループチャットは昨日俺が永井と連絡先を交換したとき、いつの間にか陽翔が作っていたものだった。

陽翔が放課後遊びに誘ってくるのはずいぶん久しぶりだ。
サッカー部に所属する陽翔は、2年になってからレギュラー入りを果たしたこともあり、オフの日をほとんど自主練にあてていた。
1年の時はオフの日はきまって陽翔が俺を誘い、いろいろな所を遊び歩いていたことを考えると、レギュラーとしての責任の重さをこちらも痛感させられる。
そんな中での明日の誘い。行きたい、非常に行きたい。しかし……。

「永井もかー」

思わず声に出てしまう。
あくまで連絡が来たのはグループチャット。
これは俺個人への誘いではない。
永井だって来る可能性があるわけだ。

決して永井が嫌いだから来るのが嫌なわけではない。
確かに昨日は感じの悪いやつだと思った。
でも1日経って俺の中では永井もコミュ障というところに落ち着いていた。

じゃあ、なぜ行きたくないか。それは気まずいから。
そしてなにより恥ずかしいのからだ。昨日から俺は家にあるでかぶさグッズを目にするたび、昨日の失態を思い出しては悶えていた。

俺の脳内には俺を憐れむ永井の姿がこびりついていたのだ。
きっと、永井は俺を変な奴だと思っているに違いない。
そんな相手とカラオケなんて俺には絶対に無理だ。
泣く泣く断りの文面を画面に打ち込む。

(でも、この機会を逃したら、次はいつ陽翔と遊べるんだろう)

ふと疑問が浮かぶ。

考えられるとしたら次のチャンスは早くて夏休みだろうか。
いや、部活の合宿があればもっと先になるかもしれない。3年になれば受験もあるし、もしかしたら卒業までなんてことも……。
嫌な妄想というのはどこまでも膨らむものだ。

己の羞恥心と陽翔と遊ぶチャンス。
両者を天秤にかけた結果、俺は陽翔の誘いに乗ることを選んだ。
永井が来られないことをほんの少しだけ祈りながら、俺は賛成のメッセージを送信する。
ほどなくして永井からも賛成の意を表すスタンプが送られてきた。

期待も虚しく、こうして三人でのカラオケ行きが決定したというわけだ。


「ごめん、カラオケ行けなくなった」

昼休み。
俺の個人チャットには陽翔からそんなメッセージが届いていた。
同じクラスの永井には直接伝えてあるのだろう。

それなら今日は中止かと残念に思いつつも、少しほっとしたのもつかの間。
続いて送られてきたメッセージに俺は思わず声を出して驚いた。

「一颯は2人でもいいってさー。祐希は?」

そうきたか。
永井はよくても、俺はよくない。
俺は陽翔と遊ぶために誘いを受けたのだ。正直、陽翔が来ない以上断りたい。
でもこんなの、いいって言うしかないじゃんか。

気まずい状況になることは想像に難くないが……行くしかない。
それに陽翔と付き合いをつづけるなら、これからは永井が一緒になることもきっと増える。
ここで仲を深めておくことも必要だ。
コミュ力を鍛えるいい機会だと思うことにしよう。


そして、現在。俺は途方に暮れていた。

「ただいま満室となっておりまして。ご案内まで、1時間ほどかかってしまうのですが……」

やっとの思いで到着したカラオケの受付で聞かされたのは、絶望的な言葉だった。

今日は3人でカラオケに行く。
俺達は当初の予定通りここに来ただけだ。
だから、1時間も待ってまで永井とカラオケをする理由はない。

でも、ここで解散というのも変な気がして。
俺達は店を後にし、当てもなく繁華街を歩いていた。

「ど、どうしようか」

さすがにこのままブラブラするわけにもいかない。
別の目的地を決めなければ。
それなら永井が行きたい場所があれば……という意図で聞いたのだが、、永井から返って来たのは「小泉は?どっか行きたいとこないの?」という答えだった。

まさかのカウンター攻撃に俺は面食らってしまう。
ファミレス?いや、映画?なんか違う気がする。
そもそも世の男子高校生たちは放課後どこへ行くのか。考えれば考えるほど、深みにはまっていく。

そういえば、遊びに誘うのも行き先を決めてくれるのもいつも陽翔だ。今まで陽翔に頼りきりだったことがここであだとなった。
思考の限界に達した俺は、せめて何かヒントが得られればという思いから永井の考えを読むことにした。
人様の頭の中を読むのは気が引けるが、今回は許してほしい。

俺は永井の肩にさりげなく触れる。

(あ、ゲーセン)

聞こえてきた心の声に思わず俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
ゲームセンター。その手があったか。

駅前の大きなゲームセンターはここからすぐだ。
なんなら、ロゴの描かれたブルーの大きな看板はもう見えている。
永井も看板がたまたま目についただけかもしれないが、もうここしかないと思った。

「何?」
俺が永井の肩に触れたから、永井は俺に声をかけられたと思ったようでこちらを見た。

「ご、ごみ!ごみ付いてたから。そうだ、ゲーセン!ゲーセン行かね?」

「いいね」

無事に永井の賛成が得られて俺はほっと胸をなでおろした。



駅前のゲームセンターは地下1階、地上2階建てという構造でこの辺りでは最大の広さを誇る。
加えて、その立地の良さもあり、店内は平日でありながらもかなりのにぎわいを見せている。
とりわけ今俺たちがいる入口付近は混雑していた。
どうやら人気アニメのフィギュアが投入された機体が多く設置されているようだ。

何とか人ごみをかき分け、店内の中ほどまで進んできたところで俺は運命的出会いを果たした。

「コーン署長だ!」

大きなクレーンゲーム機の中には、『ベジデカ』に登場するキャラクター、コーン署長が鎮座していた。
コーン署長は俺の推しだ。
最近人気が上がっていることもありグッズが次から次に出るため、グッズ情報が追いきれなくなっていた。
だから、こんなに大きなぬいぐるみがプライズとして出ていたなんて知らなかった。

「これ、やっていい?」

俺が聞けば永井は無言で頷いた。



「とれないんじゃね?」

ずっと黙っていた永井が声をあげたのは、俺が四度目の両替に向かおうとした時だった。
永井がそう言うのも無理はない。
コーン署長のぬいぐるみは両手に抱えるほどの大きさがある。
そのせいでぬいぐるみ自体が重く、プレイ開始時からコーン署長の体が持ち上がったことがほとんどないのだ。

「さすがにこれで最後にする」

絶対に取って帰る。もう意地になっていた。

でも、俺の軍資金はこの千円で底をつく。正真正銘これが最後の両替。

覚悟を決めて両替機に向かおうとすると、永井は鞄からおもむろに財布を取り出した。
そして、そこから硬貨を一枚選ぶと投入口に滑り込ませた。

「ちょ、ちょ。なにやってんの。しかも500円だし」

「100円で1回よりも500円で6回できるならそのほうがよくない?」

「まあ、そうだけど……」

確かに、永井が言うように500円を投入するほうが得ではある。
頭では理解しているのだが、一度に500円を失うという心理的ハードルは高い。
それに、もしかしたら次の100円で取れるかも。なんて甘い考えもあった。

「はやく。時間無くなる」

液晶に表示される残り時間は、あと半分を切っていた。
俺は慌ててアームを操作する。
俺はまめだいふくの真上にアームを固定し、下降ボタンを押す。
アームはでまめだいふくしっかりと捕らえる位置取りで下降していくが、まめだいふく捕らえることはせず、その体表をするりとなでるだけで上昇してしまった。
それから同じようなプレイが続き、ついに6回目。

「きた!」

今までとは明らかにアームの挙動が違う。
アームはコーン署長めがけて下降すると、ついにその体をがっしりと捕らえたのだった。
宙に浮かんだコーン署長はそのまま獲得口へと運ばれていく。
そして、景品獲得を告げる陽気な音楽が店内に響き渡った。

「やった、取れた!」

俺はすぐに獲得口からコーン署長を引っ張り出す。
つぶらな瞳と目が合った。
か、可愛すぎる。
思わずふわふわの体を両腕で抱きしめる。
大きさと可愛さが比例するわけではないが、やはりいい。
小ぶりなぬいぐるみはコロンとしたサイズ感がそれはそれで可愛い。
洋服を着せて、一緒に出掛けるなんてことができるのも小さなぬいぐるみだけだ。
だがしかし……この安心感。圧倒的綿量が生み出す、まるで包み込まれているかのような感覚。
そして、確かにいると感じさせる、この存在感。
いい。よすぎる。家に帰ったら、どこに飾ろうか……

「やったな」

声をかけられてハッとする。そういえば、永井と一緒だったんだ。
嬉しさのあまり俺はそのことをすっかり忘れていた。
やばい、引かれた?
そう思いながら恐る恐る視線を移すと、永井はにこりと笑みを浮かべていた。

「これで入る?」

永井はいつ取ってきてくれたのか分からないが、景品を持ち帰るための大きなビニール袋を手渡してくれた。



「それ、そんなに好きなんだ」
ゲームセンターを後にし、駅に向かう道中。
永井は俺の持つ大きなビニール袋を指さしてこう言った。
中には先ほど獲得したコーン署長が入っている。

「あ、うん。」

永井の口調は決して俺をバカにするものではなかったのだが、俺の返答はずいぶん弱弱しいものになった。

『ベジデカ』は最近になって大人でも面白いと紹介されてはいるが、子供向けアニメだ。
高校生にもなってこういうのが好きなんて子供っぽい。自覚はあった。
だから、『ベジデカ』のグッズは買っても、それを身に着けることはない。
そもそも、『ベジデカ』が好きなことは陽翔以外に公言していない。
近頃、アニメや漫画といった、いわゆるオタク文化への理解は進んでいる。だから、性別や年齢を理由にキャラクターグッズを持つことを否定する人はもうほとんどいない。
もし俺が周りに『ベジデカ』が好きだと告白しても、引かれることはないと思う。

でも、俺がそうしないのは、俺が人の心を読めるからだ。人は嘘をつく。
俺は嘘に隠された本音をたくさん聞いてきた。それはもちろん家族だって例外じゃない。
だから、本当は引かれていたら?馬鹿にされていたら?
いつしか俺は、自分が他人からどう思われているのかばかり気にするようになっていた。


やっぱりはしゃぎすぎたかな。
興奮が冷めてくると、たかがぬいぐるみにあんなに本気になっていた自分が、なんだか馬鹿らしく思えてきた。

「コンビニ。コンビニ行きたいから、永井これ持ってて」

ネガティブな思考を振り払うように、俺はコーン署長の入ったビニール袋を永井に押し付けて、目の前のコンビニに駆け込んだ。

(何も買わないで出るのは不自然だよな……)

永井の隣にいるのが恥ずかしくて、勢いのまま来てしまったが、今これといって必要なものはない。
悩んだ末、俺は500円のお礼もかねて永井に何か買っていくことにする。
でも、永井の好きなものなんて見当もつかなかったため、店内を見て回る。

(これ……)

アイスケースのとあるアイスに目が留まった。
バニラ味の棒つきアイス。
特筆すべき点はないアイスだが、あたりつきのそのアイスは、子供のころよく食べていた。
たしか、販売は終了していたはずだが。
思わず手に取ってみればパッケージには期間限定復刻という文字が並んでいた。

期間限定という言葉に弱い俺は、迷わずそのアイスをもう一つ手に取り、レジで会計を済ませる。
お礼のはずが、結局自分の食べたいものを買ってしまった。
店を出ると、永井は携帯を眺めていた。

「ごめん、お待たせ」

声をかければ永井は画面から顔をあげ、先ほど預けたビニール袋を無言で俺に手渡した。
俺はそれを受け取ると同時に、さっき買ったアイスを差し出す。

「なにこれ」

「なにって。さっきお金出してもらったし……そのお礼」

「律儀すぎ」

「借りはつくらない主義だから」

永井はハハと声を出して笑った。

「俺が2つ食べるからいいよ」

別に変なことを言ったわけではないけど、永井が笑うから恥ずかしくなった。
俺がアイスを引っ込めようとしたその時。

「もらうよ。サンキュー」

永井は俺の手から、アイスを抜き取った。
そしてすぐにパッケージを開けてアイスを取り出す。
永井アイスをぱくりと咥えると、一人で駅の方へ歩いて行ってしまった。

「昔好きだったやつ……か」

意図せず知った永井の本音を俺は確かめるようにつぶやいた。
永井がアイスを俺の手から取った時、指先がほんのわずかに触れた。

永井も子供の頃にいっぱい食べたのかな。
小さな永井がアイスをほおばっている姿を想像すれば、自然と小さな笑みがこぼれた。

雑踏に消えていく永井の後ろ姿を眺めながら、俺はアイスを口に運ぶ。
一口、二口。永井の姿が人ごみに飲まれて見えなくなるころには、アイスはもう影も形も残っていなかった。

「あ、あたり」
アイスを食べ終え、裸になった木の棒には焼き印で『あたり』の文字が刻印されていた。
小さい頃だったら飛び跳ねるほど喜んですぐ交換に行ったと思うけど、今はもうそんな気は起きない。

あたり棒を捨てるため店内に戻る。
レジ横のゴミ箱の前に立った時、不意に「やったな」と言ってほほ笑む永井の顔が浮かんだ。
そういえば、ゲームセンターで見せた笑顔が初めて見る永井の笑顔だった。
それに、さっきもあんなに笑って。

少しは打ち解けられたのだろうか。
俺はあたり棒をハンカチでくるんでポケットの中にそっと入れた。