当方エスパーにつき

「俺は小泉が好きだよ」

永井からの衝撃的な告白。
でも、これは二度目の事だった。


「小泉、次体育だけど」

前田は俺の抱える生物の教科書を指さして言った。

「え、まじ?」

「今日サッカーだって。昨日帰りのホームルームで連絡あったけど」

完全に失念していた。
体操着とジャージは今頃自宅のベランダ。
今日は家に兄がいるはずだが、持ってきてもらうにも昼休みは残り20分。
仕方がない。奴を頼るか。
俺は携帯を取り出し、メッセージを飛ばす。
するとすぐに既読が付き、グッドサインを掲げたスタンプが返って来た。

「ちょっと、7組。陽翔の所行ってくる」

俺はパンをほおばる前田にそう言い残して、急ぎ足でクラスを後にした。


7組の教室前まで来たのはいいが、ここからどうする。
他クラスに行くことは俺の中でだいぶハードルが高い。
誰かに呼んでもらうのか、それともしれっと教室に入るのか。いったいどうするのが自然なんだ。
まごまごしていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。

振り返れば、ジャージと体操着を手にした陽翔の姿があった。

「助かる。まじでありがとう。ほんと神様仏様陽翔様です」

深々と頭を下げて、俺は陽翔から体操着とジャージを受け取る。

「苦しゅうない」

陽翔はそう言っておどけて見せた。

「今度学食おごるから」

借りは作らないのが俺の主義だ。

「いや、いいよ」

てっきり喜ぶかと思ったが、陽翔は微妙な顔を見せた。

「遠慮すんなって」

「そうじゃなくて……ってか時間。やばいんじゃない?」

言われて時計を確認すれば、昼休みは残り10分を切っていた。
次の体育は校庭だ。着替えて移動するとなるとかなりぎりぎりだ。

「やっば。じゃあ、これ明日返す!」

俺は陽翔に一方的に告げて、小走りで自分のクラスへ。

教室に戻ると電気は消え、中はがらんとしていた。俺以外はもう着替えて校庭に行ってしまったのだろう。
急いで制服から体操着へ。そして、ジャージへ袖を通す。
しかし、何かがおかしい。

(なんか、でかくないか?)

俺と陽翔は背格好がほとんど同じ。だから、もちろん借りた体操着もサイズはぴったりだ。
なのにこのジャージは丈も長いし、袖もやけに余る。
まさかと思いジャージを脱いでみると、左胸には『永井』という知らない苗字が刺繍されていた。


「永井って誰だよ」

放課後の下駄箱。
俺は部活に向かう陽翔を捕まえて、詰め寄っていた。

「やっぱサイズ、デカかった?」

「それもそうだけど。知らん奴のジャージ貸すなよ!」

「だって、俺今日ジャージ持って無かったんだもん。でもジャージないと寒いと思って」

「だからって!」
俺は陽翔の肩をがくがくと揺さぶる。

「ごめんて。でも一颯が貸してもいいって言うからー」

「一颯?」

「そうそう。永井一颯。今隣の席でさ、仲良くなった」

仲良くなったか……。相変わらずのコミュ力お化けめ。
陽翔は誰にでもフランクに話しかける。だから、初対面の人と打ち解けるのだって早いし、友達も多い。
俺とは正反対だ。

「ジャージなら俺が返しとくから。安心してよ」

俺がコミュ障なのはもちろん陽翔も知っている。
だから、これは陽翔なりの気遣いなのだ。

「いいよ。自分で返す」

「え、そう?」

陽翔は目を丸くした。
驚かれるのも無理はない。

「じゃあ、よろしく」
いつもの俺だったら、きっとこう答えていた。
でもそうしなかったのには、きちんと訳がある。

進級して新しいクラスになった。
陽翔とクラスが離れた俺は見事にボッチだった。
だって、1年の時に仲が良かったのは陽翔だけだったし。
2年になればクラス替え直後でも同じ部活同士だったりで、それなりにグループもできている。
誰かに話しかけようにも勇気が出なかった。

一人でもなんとかなる。
ボッチの覚悟を決めたのだが、俺は早々に詰んでしまった。

体育の授業で行われた体力テスト。
教師は二人一組でペアを作るように言った。
もちろんみんなは友達同士で誘い合って、順調にペアが成立していく。
まずい。早くしないと。
焦っていた時、後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り向くと、1年の時同じクラスだった前田が立っていた。

「俺とペア組まねぇ?」

俺はもちろんこの提案を受け入れた。

そして、この出来事をきっかけに今は前田のグループに入れてもらっているのだ。

しかし、グループに入れてもらったはいいものの、俺はグループに馴染めないでいた。
それもそのはず、俺以外の面々は全員バスケ部。
だから、グループには運動部特有のノリみたいなものがあった。
俺はそれにどうしてもついて行けず、なかなかうまく会話に入ることができなかった。

最近、前田達は何かと俺に話題を振る。
俺が上手くしゃべれないから、きっと気を使わせてしまっている。
俺のコミュ力が低すぎるせいで、前田達に迷惑をかけている。

だから、俺はコミュ力を上げなければならない。
これ以上前田達に迷惑をかけないために。

コミュ力を上げるには、まずいろいろな人と関わる機会を作らないと。
そう思っていた矢先に、訪れた出会いのチャンス。
相手は陽翔の知り合いだし、逃す手は無かった。
ジャージを返して、まずはお礼を言って。
それから、少し話をして。もしかしたら連絡先も交換できるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、俺は陽翔を通して永井と会う約束を取り付けたのだった。



「やあやあ、祐希君。2組からはるばるようこそ!」

そういうと陽翔は仰々しくお辞儀をし、俺を教室の中へ迎え入れる。
俺は昨日の約束通り、永井にジャージを返すべく再び7組を訪れていた。

「祐希はこっちなー」

陽翔に促されるまま、窓際の座席に腰を下ろす。だが、前後左右の座席は空席だ。いったい『永井』はどこにいるのだろうか。

「一颯は購買行ってる。そろそろ戻ると思うけど」

「な、なんで」

「それくらい分かるよ。祐希は分かりやすいから」

陽翔が俺の思考を読んでいるなんて可能性は1ミリもないのだが、ここまで来ると少し恐い。
実は陽翔もエスパーで俺の思考は筒抜けで……。とありもしない妄想が膨らんでしまう。

「お、一颯。おかえりー」

陽翔の声で我に返る。パッと顔を上げれば目の前に人が立っていた。
こいつが、永井。

黒髪に通った鼻筋。均整の取れた顔に切れ長の瞳。
俺の目に飛び込んできたのは、絵に描いたような美男子だった。
思わず、じっと見つめてしまう。すると、漆黒の瞳もこちらを見つめ返した。
思わずドキリとしてしまう。

やっぱ恋人とかいるのかな。
いなくても選び放題だろうなんて邪なことを考えていたら、陽翔から自己紹介を促される。
俺は慌ててイスから立ち上がる。
大丈夫。練習はしてきた。

「小泉祐希です……。どうも」

練習はいったい何だったのか。
口をついて出たのは我ながらひどい自己紹介だった。

「緊張しすぎだろ」

陽翔は呆れたように笑いながらも、俺をフォローしてくれた。

「じゃあ、次は一颯ね」

陽翔はにこやかに永井に自己紹介を促す。
永井はじっと俺を見たまま、ぶっきらぼうに言い放った。

「永井一颯。よろしく」

永井は床に視線を落とすと、それきり黙ってしまった。

感じの悪っ。
俺の自己紹介だってひどいものだったけど、これはあんまりじゃないか?

永井の態度に驚いた俺はちらりと陽翔の方に視線をやる。
どうやら、驚いたのは俺だけではないようだ。
陽翔は目を丸くしていた。

「2人とも緊張しすぎじゃない?」

陽翔は顔を引きつらせながらも、ぎこちない笑み浮かべている。
ごめん、陽翔。
まさか、こんなことになるとは。

気まずい沈黙が流れる。
俺は意を決して発言した。

「こ、これ。ど、どうも……。ジャージアリガトウゴザイマシタ」

緊張のあまり言葉尻が上ずる。
今日の目的は永井にジャージを返すこと。
もう、コミュ力を上げるとか、仲良くなるとかそんなことはどうでもいい。
俺は一刻も早くここから立ち去りたかった。

俺は洗濯済みのジャージが入った袋を恐る恐る永井の前に差し出す。

「別に」

永井はそう言って袋を受け取ると、前方の机に袋をそっと置いた。
この時一瞬だけ見えた永井の机の上。
このわずかな時間で俺の目は確かにあるものを捕らえていた。

①「ベジデカ?好きなん?」

永井のペンケースについているキーホルダー。それは紛れもなく『ベジデカ』のオニオンだった。

『ベジデカ』は毎朝7時00分から放送されている子供向けアニメの名称だ。
ストーリーは主人公の新米刑事オニオンとその仲間たちが繰り広げる日常を描いたもの。
絵柄も可愛く、ほのぼのした話が大半だが、中にはシリアスなもの思わず涙してしまう感動的なものもある。
ストーリーの幅広さもさることながら、随所に伏線がちりばめられており、子供向けと謳っているが大人も大いに楽しめる。
最近ネットで話題になったせいか、人気が急上昇しているのだ。

「え、俺……」

永井の返答はあいにく校内放送にかき消されてしまった。
でも、このハチマルのキーホルダーは発売後に即完売したランダムグッズだ。
これを持っているということは、なかなかの『でかぶさ』ファンと考えてもいいのではないだろうか。
きっとそうだ。
永井も『でかぶさ』が好きに違いない。
まさかこんなところで仲間に出会えるなんて。
先ほどの永井の感じの悪さがどうでもよくなるくらい、俺は舞い上がっていた。

「えー、推しは?あ、最新話のさ……」

「いや、ごめん。俺じゃなくて妹が。俺はそんなに好きじゃない。っていうかあんま知らない。」

先ほどよりも大きな声で、永井ははっきりそう言った。

やってしまった。俺は興奮のあまり冷静さを欠き、ある重要なことを忘れていた。
それはキャラクターグッズを持っていると、そのキャラクターを好きはイコールではないということだ。
キャンペーンでたまたまもらったとか。
そのキャラクターが好きな友達からもらったとか。
人がキャラクターグッズをもつ理由はいくらでもある。
あの時聞き返していれば……と後悔したところでもう遅い。永井の憐れむような視線が痛かった。

「ソッカ……。スミマセンデシタ……」
妹が、か……。俺は永井の答えを反芻する。
顔がみるみる熱を持っていく。
ああ、穴があったら入りたいってこういう時に使うのか。
羞恥で火照る体に反比例して頭はどんどん冷え、冴えていく。
きっと今、俺の体をサーモグラフィーで見たらすごいことになっていると思う。
いよいよ永井の視線に耐えられなくなって、俺は目線をそらす。

すがる思いで陽翔を見れば、陽翔は声を殺して笑っていた。

(なに笑ってんだよ。助けろ。)

嫌に静かだと思ったが。
まさか、笑っているとは。
腹が立ったので、陽翔の脇腹をつねり不満を訴える。

(ごめん、ごめん。いや、面白すぎた)

(恥ずかしいから、早く助けろ)

(分かったから、テレパシーやめて。痛いから)

俺は超能力者だ。テレパシーを使って相手の思考を読むことができる。
ただし俺の場合、その能力はとても限定的で、相手に触れている間しか相手の思考を読むことができない。
接触しているときにこちらから意志を持って語りかければ会話も可能だが、陽翔の言うように会話中は微弱な電気刺激を感じる。
満員電車では常時誰かの思考が流れてくるといった具合にコントロールも難しく、あまり便利な力とは言えない。

「いやー、笑った、笑った。」

陽翔は目元の涙をぬぐう。
そして陽翔は仕切り直しと言わんばかりに手を叩いた。
そこからはもう陽翔の独壇場で。
言われるがまま俺は永井と連絡先とSNSアカウントを交換し、軽く雑談をしてから2組へと戻って来た。
自席に腰を下ろすと、大きなため息がでた。

練習したのに自己紹介はうまくできない。永井が『でかぶさ』好きだと早とちりして、一方的にまくしたてる。
連絡先だって陽翔のおかげで交換できた。コミュ力をあげると意気込んだのはよかったが、大いにから回ってしまった。
あの時ああしていれば。
考え出すともう止まらなかった。
脳内反省会は予鈴が鳴るまで続き、俺は昼食を食べ損ねることになった。