お洒落好きの落ちぶれ姫は、今日も地味に参ります!〜再会した貴公子とじれ恋が始まりました〜

 瞳にあの頃のあどけなさが宿る。橙子もつられて笑った。

「大変だったよね。結局、二人がいなくなったと大騒ぎになって、見つかった時には……」
「白磁を器を割ったことと、隠れたことをまとめて怒られた」
「そう!」
「橙子は必死で俺をかばってくれて」
「だって、そこは年上だもの」
「でも、もう守られるだけの年下じゃない」

 雅貴が、力強い口調できっぱりと言う。抱きしめる手にわずかに力がこもる。

「橙子を守れるくらいには強くなったつもり」
「雅貴さま……」

 橙子の胸が、再びとくとくと波打つ。なぜだか気恥ずかしいような嬉しいような不思議な気持ちでいっぱいになった。
 ただの思い出として終わりかけていた雅貴との関係。それが、再びこうして出会い、また二人で思い出を積み重ねていくような日が来るなんて。
 雅貴が小さくはにかむ。

「でもまあ、こんな女の姿で言っても格好がつかないけれど」
「そんなことない。着飾ったの私だし」

 どちらからともなく笑いがこぼれた。雅貴と幸せな気持ちがぴたりと重なった気分になる。
 けれど。
(幼い頃に雅貴さまと離れ離れになってしまったように、この時間もいつか終わる)
 こちらは中央から地方へと落ちのびたしがない豪族の娘だ。でも雅貴は違う。いずれ右大臣のあとを継ぎ、国政を担う公卿となる人間。不釣り合いにもほどがある。

「雅貴さま、まずは何を置いていったのか確認しましょう」

 幸せな気持ちと一緒に雅貴の胸を押しやって橙子は離れる。近づき過ぎは良くない。お互いもう大人だし、これ以上は傷ついてしまうだろうし。
 雅貴が少し残念な顔をしながらも、すぐに表情を切り替えた。二人で几帳の後ろから出ると、すぐに謎の女房が立っていたあたりを物色する。
 探すことしばし、雅貴が「あっ」と声を上げた。

「どうしたの?」
「これだ、間違いない」

 雅貴がある物を持ち上げる。対となる鳳凰の彫刻が施された花の形をした鏡。

「東宮が彬子のために用意した唐鏡だ。さっきまでなかった。これを置きに来たんだ」
「なぜ、こんなところへ?」
「分からない。問いただしたいが——、橙子、顔は見えた?」
「ううん、扇で隠していたから分からなかった。でも、誰だか分かるわ」

 橙子が答えると、驚いた表情で雅貴は目を瞬かせた。

「なぜ?」
「だって、襲(かさね)の色目が引っぱがしたくなるくらい奇天烈(きてれつ)なんだもの」

 昨日、昭陽舎へ向かう途中に藤と自分に嫌味を言ってきた女房だ。あの配色は忘れない。

「顔は見なくても、個性的すぎる襲の色目だったからすぐに分かるわ」
「さすが。よし、分かった。行こう」

 花形の鏡を雅貴が袖口の中に収める。そして、橙子たちは殿舎中央へ戻ることにした。
 とりあえず適当な棚と香炉をそれぞれ持って、運ぶふりをしながら例の女房の姿を探す。
 どこへ消えたのか、ひと通り探すが見当たらない。

「別の殿舎も探してみるか」
「そうね……あっ、あの子! あの残念顔!」

 文(ふみ)を持って廊下を歩く女房が一人。橙子が雅貴の袖をぐいっと引っ張り、こそこそと耳打ちする。

「あれは昨日、奇天烈色づかいと一緒にいた友人の残念顔だわ」
「……他に言い方ないのか。容赦ないな」
「いいから! 彼女に聞いてみましょう。もしっ、そこの残念顔のあなた!」

 考えるよりも先に口に出てしまう橙子である。残念顔はぴたりと立ち止まり、わなわなと唇を震わせた。

「それ、私のこと?! 貧乏くさい地味女のくせに、美人と一緒にいるからって調子に乗っているの?!」
「まさか。むしろ、化粧をしない方が愛らしい顔なのにもったいないと褒めています。それよりも、昨日一緒にいた個性的な色づかいの子、今日はどこにいるかしら?」
「しばらく実家に戻るとかで、ついさっき帰ったわ」
「どうして?」
「どうしてって、なんでそんなことをあなたに——」

 すると雅貴が橙子を押しのけて残念顔に迫った。

「体調不良? それとも何か事情が?」

 愛らしい容姿からは想像できない、どきりとするほど低い声。残念顔は、文を落としかけ顔を真っ赤にさせた。

「く、詳しいことは私も……。でも彼女、いろいろ悩んでいたから……。悪い男に引っかかっちゃって」
「悪い男……?」
「ええ、最初は甘い言葉で口説かれて楽しそうだったのだけど、近頃は金を用立てろと言われることが多くなったとかで——。御所務めは、自分の身なりを整えるのにも費用がかさむし、けっこう追い詰められていたと思う」
「相手の男って、誰か分かる?」
「……」

 さすがに喋りすぎたと思ったのか残念顔が押し黙る。雅貴が、彼女の手を取って、両手でギュッと握りしめた。

「頼む。教えてほしい」
「は、はひ」

 残念顔がなんども頷く。彼女の目には、もう橙子の姿は入っていない。今日も埋没系の装いなので狙った通りではあるのだが、蚊帳(かや)の外に放り出されたような気分でちょっと納得がいかない。
 呆れ返る橙子の前で、残念顔がもじもじと雅貴に答える。

「……源(げんの)式部少輔(しきぶのしょう)さまです」
「ああ、あの男。なるほどね」

 雅貴が口の端に冷めた笑みを浮かべた。まるで獲物を追い詰めた狼のような顔である。
(雅貴さま、顔! それは、手弱女(たおやめ)の顔じゃない!)
 手振り身振りで橙子が指摘をすれば、雅貴は小さく咳払いをして表情を改めて、残念顔ににっこり笑った。

「ありがとう。足止めしてすまない。仕事に戻っていいから」

 も、完全に口調が男だ。しかし、愛らしい顔と相まって、なんとも言えない中性的な魅力を醸し出している。

「あ、あのっ、よろしければお名前を——!」
「……明石」

 雅貴が名乗れば、彼女は手に持っている文を握りつぶした。
 それから再び棚と香炉を運ぶふりをして、さらに聞いて回る。今度は、主に源式部少輔のことである。
「無類の女性好きと聞いたわ。毎日、女性をとっかえひっかえとか」
「いろいろ珍しい舶来の贈り物をしてくださるそうよ。源(みなもと)家って、財力あるのねえ」
 どうやら恋人をあちこちに作り、派手に貢ぎ物をしてたらしい。しかし、こうした華やかな噂に混じり、「騙された」「金にうるさい」といったきな臭い話もいくつか入ってきた。

「源式部少輔は、女癖が悪くて有名なんだ。無節操に将来の誓いを立てたり……ああいう軽い奴は嫌いだ」

 聞き取りを終わらせて温明殿に帰る道すがら、雅貴が吐き捨てる。怒っているせいか大股歩きが復活している。

「それにしても、派手な貢ぎ物か。源家にそこまでの財力はなかったはずだ。本命に貢ぐ金を、どうでもいい女からせびり取っていたかな」
「雅貴、このあとどうするの? 例の女房に話を聞きに行く?」
「そうだな……。ただ、相手が勝手にやったことだとしらを切るかもしれないし、決定的な何かが欲しい。こちらから仕掛けよう」
「仕掛けるって何を?」
「色仕掛け。橙子、明日は妖艶な感じで頼む」

 言って雅貴は涼やかな目をすっと細めた。