お洒落好きの落ちぶれ姫は、今日も地味に参ります!〜再会した貴公子とじれ恋が始まりました〜

 次の日、橙子は言われたとおり昭陽北舎の藤の部屋を訪ねた。今日は天気の良い日だというのに、御簾(みす)は全て下ろされ、藤以外の女房の姿はない。

「あれこれ用事を言いつけてみんな出払ってもらったわ。衣装はここにあるものをどれでも使ってちょうだい。あと、化粧道具はこれでいいかしら? ああ、それと、大急ぎで付け髪も用意させたわ」
「藤さま、完璧です」

 今日の藤は、昨日よりずっと浮足立っている。義理の弟の変装に、少なからずわくわくしているらしい。

「ちゃんと姫君になるかしら?」
「端正な顔立ちですし、私が全力を注ぐので大丈夫だと思います。あとは雅貴さまがどれだけ女性っぽく振る舞うかですね」

 すると、藤が「あら」と目を細めた。

「ちゃんと雅貴さんのこと、名前で呼んでくれるのね」
「え?」
「会った最初こそ名前だったけれど、途中から蔵人少将さまになっていたでしょう?」
「あ、いや、それは……失礼かなと。でも、そう呼べと言われたもので……。口をきかないって……はい」

 橙子はしどろもどろに答える。藤がおかしそうに笑った。

「幼馴染だものね」
「ち、違います。……顔見知りです」
「でも、雅貴さんは幼馴染だと言っていたわ」
「それは……ちょっとお互いの認識にずれが生じているようで……」
「そうなの? でもまあいいわ。だって、いずれにしても幼馴染のままでは困るもの」

 ええと、それはどういう意味?
 思わず首を傾げる橙子に、藤が含みのある笑みを返す。どうやら自分で考えないといけないらしい。
(……幼い頃、一緒に遊んだ男の子)
 橙子にとっての雅貴は、ずっとそうなのだ。いきなり今の雅貴を突きつけられても、正直なところどう接していいか分からない。
 お互い大人になって、見た目だけでなく立場も変わった。あの頃のように手をつなぐことも、狭い土蔵で二人でかくれんぼすることもない。
 それで橙子が返答に困っていると、雅貴がようやく現れた。なんともやる気のない、微妙な顔だ。

「雅貴さん、遅いわよ」
「そういう義姉上(あねうえ)は楽しそうだな。これ、本当にやるの?」
「もちろん。主命ですよ」

 藤が雅貴の腕をぐいぐい引っ張り、部屋の中央に立たせる。そして衣装盆の衣を広げ、「どれがいい?」と彼に迫った。

「私としては、ちょっと落ち着いた感じでもいいと思うのだけど……」
「どれでもいい」

 雅貴が、不機嫌なため息とともにそっぽを向く。橙子は、並べられた色とりどりの衣を見比べ、「よしっ」と手を叩いた。

「まずは華やかに愛らしく攻めることにする!」
「華やかに、」
「愛らしく……?」

 藤が少し不安げに眉をひそめ、雅貴がいよいよ微妙な顔をした。

「俺を愛らしくすると?」
「そうよ。まずは衣選びね。じゃあ雅貴さまは、その直衣(のうし)を脱いで」

 言って橙子は、部屋に並んだ衣装を見つめ、あれこれ思案を始める。こぶしを口元にあてて目をつぶり、じっと出来上がりを想像する。

「襲(かさね)の色は、紅梅を匂わせて……表着(うわぎ)は萌黄、小袿は赤で決まりね」

 ぶつぶつと呟くことしばし、橙子はぱっと目を開けた。そして雅貴へ意気揚々と顔を向ける。

「雅貴さま、決まったわ。これでいきましょう——って、きゃあ!」

 いつの間にか部屋には雅貴一人だけになっていて、彼は着ていた直衣(のうし)をすっかり脱いで、下袴を履いているだけの半裸状態となっている。
 雅貴が慌てて橙子に飛びつき、口をふさいだ。

「叫ぶな。まるで俺が襲っているみたいだろう」
「いや、ちょっと、なんで裸なの!!」
「脱げと言ったのは橙子だろう。単衣(ひとえ)を直に着るのじゃないのか? だから暴れるなって!」
「確かにそうだけど……最近は一番下に小袖を着るものなの!」

 近い近い! 裸が近い!!
 必死で雅貴を押しやり、橙子は距離を取る。そして顔をそむけながら、ぶんぶんと指をさす。

「小袖ぐらい着て! 藤さまは?」
「出ていってもらった。じゃあ下袴は……」
「もちろんそのまま! 絶対に脱がないで!」

 すると、雅貴が小袖に腕を通しながら、再び橙子に近づいてきた。

「昨日からこっち、男として認識されていないみたいだったのに……ふーん、意識してくれるの?」
「あたりまえでしょ」
「でも、幼馴染でもない顔見知りだろ」

 言って橙子の顔を覗き込む。はだけた小袖から雅貴の引き締まった胸が見え、橙子は目を泳がせた。

「頼むから離れて」
「なんで。今から俺に衣を着せてくれるんじゃないのか。橙子、こっち見て」
「やだ。ちゃんと着てって言っているじゃない」

 困り果てて、最後は泣きそうな声で訴えれば、雅貴がようやく離れる。そして、すたすたと部屋の中央に戻り、不機嫌な顔で小袖の襟元を合わせた。